竣工当時空母赤城は3段甲板だった?
戦前、赤城と加賀は戦艦、重巡として建造途中だったものを軍縮条約により空母へ変更されたものですが竣工当時赤城は3段甲板だったと聞きました。
上段は着艦専用、中段は艦爆発艦、下段は戦闘機発艦と記憶しています。
しかし、搭載機数は少ないし、それほど効率はよくないのですぐに一枚甲板に改装されたようですが3段甲板は事実だったのでしょうか?
ご存知の方がいらっしゃればお答えをお願いいたします。
回答(5件)
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「赤城」のみのことを質問されたと勘違いしていたため、少し補足しておきます。
「加賀」もまた八八艦隊案の一艦です。
「長門」「陸奥」の拡大改良型である「土佐」型戦艦の一艦です。
なお誤解が少し有るようなので説明しておきます。
「加賀」→戦艦です。
「赤城」→巡洋戦艦です。巡洋戦艦とは戦艦より砲門数を減じ、場合によっては装甲を減じて、その分機関出力を増し高速化したものです。
先に説明したように、アメリカの「レキシントン」「サラトガ」のように同型艦よりの改装ではなく、違う艦種よりの改装となりました。
中段甲板ですが、私の記憶に間違いがなければ同レベルに羅針艦橋があり、艦載機の発着艦はできなかったように記憶しております。
フラッシュデッキ化された2艦は、「加賀」の低速なのを除けば艦載機も多く極めて強力な空母でした。
「蒼龍」、その拡大改良型の「飛龍」、大和」型と共に建造された新鋭の「翔鶴」、「瑞鶴」と共に真珠湾を攻撃し、その運用上の不手際から「蒼龍」、「飛龍」と共にミッドウェーの海に沈んだのはご存知のことかと思います。
この回答へのお礼
回答ありがとうございます。いまいち記憶がはっきりしなかったのでこれですっきりいたしました。
No.4ベストアンサー20pt
「赤城」自体は八八艦隊案により計画された巡洋戦艦です。
ワシントン条約により空母に計画変更されました。
当時空母の運用実績が乏しく、空母は「鳳翔」が有るのみでした。
それで、上段は発着艦、中段は20センチ砲甲板、下段は発艦専用となりました。
「加賀」も同様ですが、煙路、アイランドなどに違いがあります。
3段甲板は、艦載機の大型化も含め使い勝手が悪く、のちにフラッシュデッキとされました。
同時期に改装されたアメリカの「レキシントン」「サラトガ」は最初からフラッシュデッキでありこちらの方が先見の明が有ったといえそうです。
余談になりますが、当初は巡洋戦艦の「天城」「赤城」を空母へ改装する予定でしたが、「天城」が震災で破壊されたため、戦艦「加賀」が改装されました。
この回答へのお礼
回答ありがとうございます。いまいち記憶がはっきりしなかったのですがすっきりいたしました。
はい,当初は戦艦として建造され,後に空母に改装されました。
そして,効率よく運用するために三段甲板にしたのですが‥
実際には使い勝手が悪く,一枚甲板とされました。
戦艦からの改装艦ですから,空母としての機能は実はあまり高くなかったのですが,姉妹艦の加賀と共に連合艦隊を代表する空母となりましたネ。
以上kawakawaでした
この回答へのお礼
回答ありがとうございます。いまいち記憶がはっきりしなかったのですがこれですっきりしました。
空母赤城
で検索かけると、かなりhitします。
参考URLです。どぞ。
http://www.sumomo.sakura.ne.jp/~asahi/IJN/PROFIL …
http://www.biwa.ne.jp/~yamato/akagigata.htm
この回答へのお礼
回答ありがとうございます。いまいち記憶がはっきりしなかったのですがこれですっきりしました。
No.1ベストアンサー10pt
その通りです。
上段は着艦専用、下段は発艦専用、中段は状況に応じて発艦に使用する、という予定だったようです。
ところが中段は艦橋の拡張で早々に使えなくなり、やがて大型艦載機の運用には飛行甲板が短すぎる、という欠点が露呈しました。
そこで1枚甲板に改装し、その長さも190メートルから250メートルへと延長され、近代空母として生まれ変わったというわけです。
この回答へのお礼
回答ありがとうございます。いまいち記憶がはっきりしなかったのですがこれですっきりしました。
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