論語について
論語を家庭で教えなくなったのは明治の後半くらいからですか?またその理由は強いて論語が問われることもなくなったからですか?
回答(3件)
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No.3ベストアンサー20pt
湯川秀樹は子供のときに、お祖父さんから毎日論語の素讀をさせられたらしいですよ。この素讀が後々に非常に役に立ったさうです。
でも論語を家庭で教へてたのは、武家の家に限られるやうです。
學校では戰前まで、漢文が科として獨立してました。ですので、戰前教育を受けた世代は論語に限らず漢文の素養があります。
この回答へのお礼
戦前は大丈夫ということですね、どうもありがとうございました。
No.2ベストアンサー10pt
論語を教えなくなったのは戦後の新しい教育が始まってからです。でも私は私立だったので中学で教わりましたけどね(^_-)
論語を教えなくなったのは論語が孔子や孟子の初期の精神から離れて為政者が民衆をガバナビリティのいい集団に作り替える道具にしたために、忠孝が重んじられ、元来最も大切とされた仁義(ヤクザがひんまげた教義ではない)を軽んじたものに成り下がっていたからです。紅衛兵達が孔子を攻撃したのもこのような理由からだったのです。
元来孔子は王がそれにふさわしい存在となるために何を為すべきかを説いたものの筈で、それが仁であり義で、それは今でも大いに参考になるものなのですがね。しかしそれは階級を前提にした規範であり、現在の民主主義社会にはそぐわないものであることは確かだと思います。
この回答へのお礼
戦後ですか、どうもありがとうございます。
基本的には武士階級の崩壊により 素読は廃れた
武士階級の崩壊は、明治初期。
素読は武士階級にとって、官僚として生きるための必須項目であり、官僚になる方法が、藩校などから、西洋式の学校組織に変わった段階で、四書五経を学習する必要はなくなり、それによって、論語も無論、学習対象から外れた。
この回答へのお礼
ありがとうございました。
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