(/_;) 江戸城の秘密を守るため……これがほんとうなら、大工さんがあまりにもかわいそう……
本を読んでいて、びっくりしました。徳川家康は、江戸城が完成したあと、いっしょうけんめい働いた多くの大工さんを、城の秘密がもれないように皆殺しにしたとか……。そんなことって、、ほんとうにあったんでしょうか? 史実として、たしかな証拠があるんでしょうか?
それが史実なら、家康は大工さんの家族に、こんにちのおカネでいえば一人あたり何億円かの賠償金のようなものを支払うべきだと思うんですが、じっさいはどうだったんでしょうか?
家族は、「おとうちゃんがいつまでも帰ってこない!」と、大騒ぎしたと思いますが……。
回答(6件)
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かつて(明治以降)、伏見櫓(皇室番組とかで二重橋映すと
背後に映っている建物)の下から多数の白骨が見つかった
そうです。
人柱か、殺された大工だかはちょっと覚えてません。
(昔読んだ本の記憶なので)
この回答へのお礼
ご回答いただき、たいへんありがとうございました。
以前、天守閣を建築する時には「人柱」を立てたと聞いたことがあります。
江戸城以外のお城も然りです。
ご参考まで・・・
この回答へのお礼
ご回答いただき、たいへんありがとうございました。
ぼくは皆殺しには否定的な意見を持っています。
仮に皆殺しなどにした場合、噂が市中を巡るものです。彼らを殺すことには、求心力を失うというリスクがともないます。偽政者としては、マイナスになるものでしょう。求心力の低下は、みずからの存在の危機にもつながります。
秘密を守る>求心力低下と考えるなら別ですが。
この回答へのお礼
ご回答いただき、たいへんありがとうございました。
No.3ベストアンサー10pt
日本の江戸城だけでなく,世界中で同じようなことが起こったようですネ。
中国では大工さんだけでなく,墓の設計から建設に携わった関係者全員が生き埋めにされたという例もあるようです(後の盗掘を防ぐため)。
こういった人員の徴集は拒否不能な強制的なものですから,家族達は出頭命令があった時点で永遠の別れとなることを覚悟したことでしょうネ。そして,それを誇りに思うと同時に悲しんだことでしょう‥。
新しい刀の試し切りをすることを疑問と思わない士族,それも,特権階級の頂点であった征夷大将軍が遺族に対する保障を考えるということは‥ありえないことでしょう。
逆に機密が漏れることを恐れて一族郎党すべてを抹殺すべきと考えていたかも知れませんネ。
時代の違いで価値観は全く異なってきます。
以上kawakawaでした
この回答へのお礼
ご回答いただき、たいへんありがとうございました。
すみません。
補足です。
おやさしいyumiさんに気休め?
になる一言です。
でも、そのような悲しい事件は頻繁にあった事件だとはおもいません。
なぜなら、そのようなことが頻繁にあったとしたら、誰も大工さんになりたいとは思わないでしょうしね。
ただ、棟梁の人は江戸城の建築を依頼されたとき、覚悟はできていたと思います。
もし、うまくいかなくても、殺される運命にあるとおもわれますし。。。
でも、どう考えても辛い話ですよね。
この回答へのお礼
かさねてのご回答、たいへんありがとうございました。
No.1ベストアンサー20pt
こんにちは。
とても心優しいコメントですね。
辛い話ですが、本当である可能性は高いと思います。
皆殺し、ではないかもしれませんが、特に細部にわたって全体像を把握していた人物は。。。
特にとても戦略にたけ、非常に用心深かったといわれる家康公のことですから。
大工さんが全員処分されてしまったのかどうかということですが、真偽のほどは私にはわかりかねますが、日本に特有な話というわけではなさそうです。
古代エジプトのファラオのピラミッドの建築に携わった奴隷は一緒に埋められたとか、殺されたという話もあります。(墓泥棒、墓あらしを防ぐため)
また、古代でなくとも、インドには有名なタジマハールという王妃のお墓がありますが、(アグラということころにあります。)
そのタジマハールに携わった大工さん(大理石で作られているのですが、その大理石の細工は見事です。これらの細工をなさった職人さんのことですが)は
全員手首から上を切り落とされたそうです。また、総責任者や設計士のトップの人は殺されてしまったそうです。この場合は、王妃を深く愛した王様が、この美しいタジマハールに匹敵する建造物が今後一切建造されることがないようにしたかったためです。
賠償金の話ですが、
賠償という考え方は現代的ですよね。両者が対等の力を持っていて、
そして賠償請求するという法的・社会的制度、あるいは精神が整っていることが必要ですよね。
しかし、江戸時代のことですよね。
士農工商といって、階級がはっきり分かれていた時代ですから。
欧米の奴隷制度ほどひどくないにしても、
『上』のものが『下』のものの、運命を決める事に関して、
少なくとも『上』の人はあまり抵抗なかったでしょう。
また、『下』の人たちもほぼあきらめの心境だったでしょう。
あがなえない力が働いているような。。。
また、『上』のもののために『下』のものが落命をする。。。
名誉なことだと考えさせられていたでしょうし。。。
つまり、『上』のものにとっては賠償なんて、とんでもないってことですよね。
以上、私の知っている限りでお答えさせていただいたので、正しいとは限りませんが、参考程度におねがいします。
この回答へのお礼
ご回答いただき、たいへんありがとうございました。
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