結局、貧乏人は負けですか?
私(男)の家は両親ともに健康です。ごく一般的な家庭だと思いますが、兄弟もいるため生活はギリギリだと思います。
私は高校を卒業し、大学に入り、研究者になるために現在は大学院に在籍しております。同じ院には家が医師の家庭だったり、会社を経営していたりと大変裕福な家庭で育った友人もいます。
私は大学の時から奨学金を借り、現在も借りております。また、親からの仕送りはなく、休日にアルバイトをして何とか生活をしています。
その友人は学費はもちろんのこと、月に20万円程度仕送りしてもらい、何かあるたびにお金をもらっているそうです。先日、お金のかかる遊びに誘われた時、私は正直お金がないため「ごめん、今はお金がないからまた行こう!」的に断ったのですが、友人に「金なんか親からもらえよ。付き合い悪いなあ」みたいなことを言われました。それがどうしてもバカにされているようで憤りを感じました。
私は、今も忙しい研究生活の合間をぬって、働き方は悪いですが時給がいいため夜の世界で働いています。専門書1冊買うのに1日汗流して働かなければいけないのに、彼らにしてはそんなもの一瞬で買え、遊ぶお金もある。私も正直アルバイトがなければ、もっと自分の時間だって増やせるし、勉強もできます。欲しい本も買えます。
私自身勉強が好きで大学院へ進学していますし、後悔はありません。
しかし、上記のような価値観の違いや生活水準の違いを感じると貧乏人は負けなのかと切なくなります。
これは一般的な社会でもそうなのでしょうか?
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>生活水準の違いを感じると貧乏人は負けなのかと切なくなります
あなたの気持ちはよく分かります。
色々と人生観を書かれる方もいますが、貧富の差は厳然とした事実です。
ですが、それはあなたの周りを見渡してのことです。
あなたの下をみて御覧なさい。喘いでいる人達はいっぱいいるでしょう。
やや御幣がある言い方ですが、自分より恵まれない境遇の人を見て安堵する。
これは人間の本懐のようなものですから気にする必要はありません。
家康の士農工商もこうした人間感情を巧みに利用した制度なのです。
庶民はこうして自分を納得させて我慢し、
時にかわいそうな人に共感を覚えながら、肩を抱き合い生きています。
それで、あなたのうらやむ人達は人生最強クラスに恵まれた人達なので
この人達と並べないことに悲しむことも無意味なことです。
あなたはこのような人達を友達に持つことができたのですから
それはそれで生涯に渡って貴重な財産になるはずです。
それはあなたが勉強が好きだからこそ、上の方を目指した結果
巡り会えた出会いだといえます。
あなたが勉強が嫌いで地元の専門学校しか出ていなかったら
こういう人達との出会いはずっと少なかったはずです。
人生の成功は金をもって測定するのが1つの尺度ですが、
人脈はそれを上回るとする人もいます。
実はあなたもかなり恵まれた位置にいるようですから
それに気付くべきです。
今は高校さえも行けない人がいるのです。
大学院、うらやましいです。
こっちは大学行くのにも(そのための塾や予備校代だってバイトでつくってます)お金つくらないといけないし。
貧乏人は確かに負けかもしれない。現金もっているものが強い時代。
でもいつか勝つときがくるかもよ?
今まで勝っていた人が負けに転じることだってあるんだし。
勝ちと思ったら勝ち、負けと思ったら負け。
人生そんなものです。
そんな私は貧乏だけど、ツイてるのが自慢♪
とにかくツイてる、毎日充実している、それだけでもうじゅうぶん。
ほんと、貧乏だけどね(苦笑)
一般的に、お金の無い人は負けることが多いです。
それはお金がないからではなく、お金がないことで人間が腐り心が貧しくなるからです。
あなたは、いまそうなろうとしています。
家も貧乏でしたので、大学院までいけているあなたは裕福な方に感じます。
わたしは、幼い頃からお金で苦労していたので、中学になった頃には早く学生をやめて働いてお金を稼ぎたいと願っていました。
でも、お金持ちに負けたとおもうことはありませんでした。
正直に書くと、若い頃は『自分で稼いだ金でもないくせに。』と腐った時もありましたが、大抵は『人は人』とおもって生きてきました。
ただ、あなたがハングリーに勉強したいと願う根本って、何だとおもいますか?
それは自由のきかない少々の貧しさだとおもいます。
もし、あなたがお友達のようにお金があり、欲しい参考書が変え、お金のかかる遊びができたら、今のように勉強が好きなんて言ってないかもしれません。
楽な道の方へ流れていってたかもしれません。
自由がきかないということは、人にすごいパワーをくれます。
集中力をくれます。
あなたが金持ちに生まれていても、今のあなたのように素晴らしい人間だったかは疑わしいものです。
本当の負けは、心が貧しくなることです。
目に見えるものは、失うことがあります。誰かに簡単に持っていかれてしまいます。
でも、ハングリーな気持ち。教養や忍耐。そういったものは、誰かに持っていかれないあなたの財産です。
本物の財産を増やしましょう。
これは、僻みなどではなく、お金を持っていてもそんな財産を持っている人はいっぱいいますし、貧しいから精神的にすばらしいかといったら、そんなことはありません。
目に見えるお金で、本物の自分の財産を失ってしまわないように・・・是非、頑張って欲しいとおもいます。
戦う土俵はなんですか?
「お金があること」でしたら貧乏人は負け組でしょうし、
「幸せであること」でしたら貧乏人にも勝ち組はいるでしょう。
勝ち・負けっていう判断があるということはその対象があるわけで。
そんなもの考えれば考える程いくらでもでてきます。
ただ、お金はあって困りませんのでないよりあるに越したことはないと思います。そのような環境にいるのであれば勉学に励んでくれていたら世の中がうまく回るのですがね~
以上 貧乏人の戯言でした(-_-;)
老齢で、貧しく、しかも生涯の全てを貧困の中で、人生の目的もなく生きた人は、「負け組」でしょう。
しかし行き倒れに死んでも、人生に華やかな時期があった人は、「負け組」ではないでしょう。
ところで、あなたはまだお若いようだが、厳しいことを書けば、最低の「負け犬」です。
ネガティブ思考からはなにも生まれてきません。
あなたは自分で自分を「負け犬」にしているのです。
甘えてはいけません。
よく考えてみるんですね。
>友人に「金なんか親からもらえよ。付き合い悪いなあ」みたいなことを言われました
速攻で縁を切りなさい。金の遣い方のレベルが違う人とこのまま付き合ってても貴方にとってプラスになるとは思えません。
若いうちは努力次第でどうにでもなりますし、お金以外の魅力(若さ)を発揮することも出来るでしょう。
しかし、40代以降になれば社会の中では「持ち金の多さ」しか通用しなくなってきますから、今のうちに頑張って貧乏脱出しておかないとダメですよ。
ehrsvdfilさん、あなたはお年がお若いから無理もないのですが、「結局、貧乏人は負けですか?」とお考えを持つことについて、私は、正直な所「短絡的な人生観だな」と思いました。
「人生、糾える縄の如し」「人間、立って半畳、寝て一畳」「生き金、死に金」という言葉をご存知でしょうか。
資力は人生において強力且つ必須の武器です。しかし、最強ではないのです。さまざまな困難と戦って行く上で、最強の武器は、死をも恐れない強い人の心と、知識と知恵と、さらには人々の助け合いと、それらの継承ですよ。
資力は、それを最大限に具現化するための道具に過ぎません。
新聞テレビを見ても、資産家であるが故の、親族間の相続争い、家庭崩壊、事故事件、などといった人生での、有りがちな多くの落とし穴が待っています。
低脳マスコミがはやし立てる常套句「勝ち組、負け組」、などと言ったところで、それは極めて稚拙な表現にすぎません。天狗になった鼻の先は、「一寸先は闇」。それが本当の現実というものです。
どうか、お金だけが人生の最強な武器だとは、甘く見ないで、この現実の世界を遠く、広く、深く、見透してください。それが、あらゆる困難に立ち向かうことが出来る、生き抜く力を培うのです。
「諸行無常」平家物語の冒頭が今の世に至るまで、多くの人の支持を受けて来た訳に、ある力の存在を感じることは出来ませんか?
専門書なんてのはジキに自分が取ってくる公的な研究費から払えます。博士まで進み研究を認めてもらえば指導教官の研究費から割いてもらう事も出来るでしょう。学生の今だけ耐えてればいいんです。研究者は金持ちだろうが貧乏だろうが、脳みそ勝負ですからね。アホなモラトリアム院生と一緒の堕落した生活を夢見る事ないですよ。
友人の両親はお金持ちとのことですが
その親が努力して地位を築いたから友人が贅沢をできるのでしょう。
中には祖父の時代からというお金持ちの家庭もあるかもしれませんが
せいぜい2世代がいいところでしょう。
何が言いたいかというと初めから金持ちはいないということです。
お金持ちの家庭は過去に誰かが血のにじむような努力をした結果です。
あなた自身はお金持ちになれないかもしれませんが
お子さんがお金持ちになれるような環境を作ることは可能だと思います。
下記の回答者がかかれているようにお金という物差しですべてを
測ることはできません。
これからうつむいて歩いてもいいでしょう
でも同じ道なら空を見上げながら歩くことをおすすめします。
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