相見時難別亦難の意味は
相見時難別亦難東風無力百花殘・・・
という漢詩なんですが、どんな意味で、誰が作ったのか
さらにできれば全文を知りたいのですが・・・
こんばんは。日本語を勉強中の中国人です。この漢詩の作者は李商隠で、題名は『無題』です。李白と杜甫はご存知でしょうか。中国の唐の時代の非常に有名な二人の詩人です。李白と杜甫の苗字をそれぞれ取り、「小李杜」と呼ばれる優れた詩人が二人います。一人は李商隠で、もう一人は杜牧です。
李商隠は男性ですが、この漢詩は女性の立場に立って、女性の心境を歌う有名な漢詩です。恋人に会いたくて会えない切ない気持ちと愛に対する忠誠を表していると思います。「艶冶な、一読スケベな臭いが鼻を襲う詩」とは私は思いません。
お尋ねの「相見時難別亦難」は「会うのも難しい、分かれるのも難しい」と理解して良いのではないかと思います。
また、No.2さんのご回答を拝見して第三句と第四句についてもう少し補足させていただきます。第三句と第四句は名文として中国では幅広く知られています。
・春蚕到死絲方尽,蝋炬成灰涙始乾。
「絲」は中国語で「si1」と読み、「思」(思う)の読み方と一緒です。「蝋燭の涙」は「人間の涙」にたとえられています。ですから、「絲=思」、「蝋燭の涙=人間の涙」のように捉まえてみたらいかがでしょうか。この2句には会いたくて会えない切なさや悲しみが含まれる同時に、愛の深さ、愛に対する忠誠も窺えることができます。
次は第三句と第四句に対する私の理解です。「死ぬまで糸を吐き続ける春の蚕のように、死ぬまであなたのことを思い続けます。会えないので、灰になるまでロウを流し(垂らし)続けるロウソクのように、私の涙を流し続けます。一生あなたのことを思っています。会えないとわかっていても、辛いとわかっていても、未来がないとわかっていても、我慢しており、愛しています。」
また、「春蚕到死絲方尽,蝋炬成灰涙始乾」は現代中国では、よく人間の奉献精神を褒め称える時に使われます。たとえば、中国の革命事業に大変な力を尽くされた周恩来総理は「春蚕到死絲方尽,蝋炬成灰涙始乾」に非常に相応しい人物だと思います。
作者は李商隠で題名は無い。無題詩。相思の仲でありながらろくろく顔を合わせることもできず、逢えば逢ったでじきに再び別れ別れになるのが辛い、と、思いのたけを綿々と訴えるまことに艶冶な、一読スケベな臭いが鼻を襲う詩ですな。
相見時難別亦難 東風無力百花殘
春蠶到死絲方盡 蝋炬成灰涙始乾
曉鏡但愁雲鬢改 夜吟應覺月光寒
蓬山此去無多路 青鳥殷勤為探看
相見る時難く別るるも亦かたし 東風は力無く百花くずる
春蠶死に到りて絲まさに盡きんとし 蝋炬灰と成りて涙始めて乾く
曉鏡に但だ愁う雲鬢の改まるを 夜吟してまさに覺ゆべし月光の寒きを
蓬山ここより去ること多路なし 青鳥殷勤為めに探り看よ
第三句の蚕といい第四句の蝋燭といい、フロイトならちんこのことだと即座に断定するでしょう。第五句第六句は、男が女に、お前も同じく逢えぬ辛さに身を噛まれ肉を齧られ命の盛りの時がむなしく過ぎるのを嘆いておろうと問いかけるもの。第七句、蓬山は女の住まいの意、第八句では、青い鳥よ、そこへ飛び行き、憂き恋にやつれた姿を克明に観察してきて俺に報告せよ、と命じている模様。やれやれ。
この回答へのお礼
回答ありがとうございます。
死ぬまで糸を吐き続ける蚕。灰になるまでロウを流し(垂らし)続けるロウソク。
確かに…。単なる送別の詩ではないのですね。
解説までして頂き、本当にありがとうございました。
助かりました。
李商隱という人の「相見時難別亦難」という題名の漢詩のようです。
会うと別れがまたつらくなる。
東風(春風)はすべての花々を散らすものだ。
こんな感じでしょうか。送別の詩のようですね。
後は図書館で調べることです。
この回答へのお礼
回答ありがとうございます
なるほど、「送別の詩」なのですね
時間を見つけて図書館に行ってみます
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