趣味としてではなく、人生を歴史から学べる、歴史というものは人生に有益なんだ、
趣味としてではなく、人生を歴史から学べる、歴史というものは人生に有益なんだ、
特にローマ時代とか最高だよ、いやいや信長からも学べるよ、
というかたに
お聞きしてみたいのですが、
数百年前のどの歴史や書物からどんなことを学んだのですか?
こういう場面でこうこう役に立ったよ、ということを
教えてもらえませんか?
まさかそれは、現代から見ても少し考えればわかるだろう、というような
ありきたりのものではないはずですよね?
わざわざ歴史書をひもとかないでも自明であろう、というようなことではないですよね?
殷鑑(いんかん)遠からず
《「詩経」大雅・蕩から》殷が鑑(かがみ)とすべき手本は、遠い時代に求めなくても、同じく悪政で滅んだ前代の夏(か)にある。戒めとすべき例はごく身近なところにあるものだというたとえ。
人間の歴史は生存競争,悪く解釈すると戦争の歴史だと思います。
文明の発祥や革命は戦争に勝った結果論でして,商(殷),ローマ,信長,アメリカ等全ては戦力の優位性にあるのではないでしょうか。
この視点にたてば歴史は人間の本質(哺乳類としての生存本能)を変える事はできていないのではと思います。
では歴史は何故あるのかと考えますと「勝ち組」に焦点を絞り,「負け組」のその後には触れないという矛盾にあると考えますが。
> 数百年前の歴史や書物からどんなことを学んだのですか?
信長から、、、、技術革新に乗り遅れるな。 人材を広く登用すべし。
平清盛から、、、武士の力が貴族に代わって時代を造って行く。
徳川吉宗から、、古い体制のほころびを繕い、長期政権の礎を築く
源氏物語、、、、、あれは藤原道長が自分をモデルにして、紫式部に膨大な紙を与えて書かせた半分自叙伝です。
こんばんは。。
自分の場合は2パターンあるかな・・・と。
1つは、いみじくもご質問者さんがおっしゃっておられる、「現代から見ても少し考えればわかるだろう、というようなありきたりのもの」「わざわざ歴史書をひもとかないでも自明であろう、というようなこと」を、確認するため、ということでしょうか。
「ありきたり」のことが、なぜありきたりなものとして世間一般に認知されているのか、「自明」とされる事柄は、なぜ自明なのか。そこにこそ歴史というものの背景があると思うからです。
そして、そのありきたりなこと、自明なことは、その普遍性故に、普段は案外と見えないものかと思っていますので。
自分が身に着つけるように持ちまわっている本に、塩野七生『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫)があります。「孫子」と並ぶ、優れた戦略思想・観察眼の持ち主だと思いますし、その語録はすべてためになるものだと思っていますが、見方によっては、「ありきたり」「自明」の羅列でもあるでしょう。自分にとっては日常のあらゆる場面で役に立ちました。
それと、自分は同じ人間の所業というものはすべて身近なものだし、たいていは(充分に解明されていない古代文明などは、ムリかな、と思いますが)身近なものにできる、と思っています。
2つ目のパターンは、先人の洞察力やイマジネーション能力・論理構成能力の高さへの驚嘆でしょうか。これはキリがないほど感じます。
聖徳太子の「憲法十七条」は優れた日本人論であり、善し悪しはともかく、範となるものか、と思います。とくに十条は心しておきたい、と思っていますし、条文がそのまま日常の役に立ちました。
個人的な事柄ですみませんが。では。
愚かしい行為を2度も3度も人として、繰り返す必要がありますか?
学習能力というものです。
人として、魅力がある人物に近づきたい、見習いたいということに、時の流れなど、関係ないと思います。
元々、同じ人間です。
記録さえあれば、どんな時代の人からも、学ぶことは、多いと思います。
歴史では、今の人口以上の人間がいます。
人の振り見て我が振り直せ。です。
朝倉を攻める時は御一報下さい。
この一言の願いすら耳を傾けられないやつはこうなる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F: …
朝倉だけならどうなる?
武田勝頼。
信玄公の名前を出して重臣に意見を言われる。
やった事。
信玄時代以上の領土拡大→周囲が全部敵だらけになっちゃった。
古い重臣を臆病者とのしり笑う→俺の方が強いぞー。
信玄公の名前を出して文句を言う重臣を遠くへ飛ばす→文句を言う人がいなくなっちゃった。
世辞の上手い人間を近くにおいた。
重臣の意見は代理が聞く。
その結果→国家の崩壊、会社の倒産、吸収、合併。
特に、孤立、信用、信頼の失墜。
つまり、
犯罪白書と言う過去の犯罪記録を見れば、
相当な完全犯罪も可能でしょう。
戦記を見れば、現代の戦闘に応用する事も可能です。
歴史は、お金にもなりますし、企業を起こす事も出来ます。
使いようだと思います。
井伊直弼
彼は、大名の子といえども、兄弟が多すぎて、絶対に家督はつけないということになっていましたが、それでも、自信を埋もれ木、自身の家を「埋木の屋」と称して、たとえ日の目を見ずとも、進化するんだと決心し、学問・武術文化・芸術を極めつけました。
例え一生日の目を見ずとも、学び続けるその態度は、見習う者があります。
貴殿も、もしよかったら、彦根に言ってみてください!何かが得られますよ!
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