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剣道はフランス起源?
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2695424.html
この質問のANo.6の方が、剣道はフランス式のサーベル剣術が元になっていると書かれておられますが、そうなんですか?
検索したら陸軍でフランス式剣術を採用したらしいですが、それが剣道の元というのは、剣道連盟のサイトなどにも載ってないですし。
もし本当ならコムド起源説とかあまり笑えないような・・・
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回答(13件中1~10件)
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フランス式の剣術を使っている=起源 ではないですよ。念のため。
起源というのは他の国に全く無かった考えがこの地で生まれたことが「起源」です。
剣道ってかなり大雑把にいってしまえば
武士が己の剣の腕を上げるために道場や師に弟子入りして稽古していたもの。それで素振りだけでは勿論身にならないので実践型の試合も防具・竹刀・道着・袴を使用し、行ってました。これが剣道の原型。
もちろん当時は剣道の存在があくまで身に着ける武術だったのでルールや実際の技(流派)などは今のとは違うものも多くあります。
そして後からフランスからの色々な剣術も武士間に広まりました。取り入れた武士は取り入れ、取り入れなかった武士もアレンジした武士も居ました。現代ではスポーツとしてルールや形式も国際的に統一され今の形になってます。
もしも剣道の起源がフランスのものだとしたらフランスからフェンシングが入ってくるまで日本には剣の考えが全くなかったことになります。しかし剣を持つ武士は10世紀頃から存在していましたしフランスから輸入するまで剣や剣を使い稽古や試合をする武士が日本に居なかったとは考えにくい。
もうお分かりかもしれませんが
フランスの剣術やルールを1%も取り入れなかった訳ではないが取り入れる前から剣を使い、日本なりの稽古や試合を通じて後世に伝える風習が日本に既にあった。これが『剣道』であり、今は色々融合されて今日ではスポーツ・体育教育用に改良された『剣道』になっているんです^^
なんか日本は外国からの技やルールを日本流にアレンジして取り入れてるとか改良とかが剣道以外にも結構多いんで起源を間違えちゃいそうですけど
あくまで剣道はフランスから色々な剣術が入ってくる前から日本の持つ日本の剣や防具を使って稽古や試合をしていたのでこれが日本の剣道の起源なのですね^^
西洋剣術の操作法から見ますとまず、サーベルは片手剣です。両手の刀とはテクニックは全く変ります。テクニックから見る限り剣道にサーベルの影響はないと思います。
考えられる事はスポーツの概念の無かった日本にフェンシング・サーブルのスポーツという概念を取り入れたということはありえます。
>ただ、勝敗を決する際にそれで一本取れるというのは私の見聞した中では存じませんでした。
http://izayohi.hp.infoseek.co.jp/kendoukyoukai.h …の内容が正しければ、戦前の試合形式を採用しているという、日本剣道協会では、「肩」も一本取れるそうです。
>いつでもどこでも相手も構わず本気で叩きまくっていたとはあまり考えにくいでしょう。
それはその通りだと思います。私にとって、試合は「軽く当てるか、寸止め」のイメージが強いのですが、力一杯打ち込む人や、初心者には、『安全な部位しか狙ってはいけない』ルールを与えていたかもしれませんね。
>一方で袈裟斬りは本能的に斬り易い動きではありますが、やはり理合いとしては介者剣術のものであって、近代的な素肌剣術の正中重視の剣とはやや毛色が違うような気がします。
素肌剣術にも、真っ向から正中線を攻めていく流派もあれば、相手に対し斜めから攻めていく流派もありますので、それは、なんともいえませんね。素肌剣術は正中線最重視中心突破の剣ばかりではありませんから。
>私の知る流派の試合稽古では、「袈裟」あります。
なるほど、そういう流派もあるのですね。私もそれほど多くの流派を知っているわけではないため、失礼しました。
ただ、やはり試合では袈裟斬りのない方が多かったと思いますよ。当然ながら私もその時代を実際に知っているわけはなく、話で聞くだけですので断言は出来ませんが…。
誤解のないように申し上げますが、袈裟を打つこと自体はかまわなかったと思います。当時は脛斬りだってありましたしね。現代に生きる私からすれば難儀な話だとしか思えませんが、当時の剣士が「そんなのありかよ!ルール違反だ!」と文句をつけたとは聞きませんし、そういう意味では勝負である以上はどこを打ってもそれ自体が咎められることはなかったのかも知れません。
ただ、勝敗を決する際にそれで一本取れるというのは私の見聞した中では存じませんでした。
当時の袈裟については「打ちたければ打てばよいが、決まっても取らない。正規の打突部位ではないから」という位置づけが主流と理解していますので、「試合で袈裟斬りがないのは、幕末頃でもそうなってる」という旨を記述しました。
例えば北辰一刀流自体には袈裟を打つ技もあるのに、流祖である千葉周作の記した剣術六十八手に袈裟技はなかったですよね(組討はありますが)。
流派の技に袈裟斬りがあり、組太刀で稽古するのは古流剣術なら当然です(というか型としてあるのは剣道も同じですが)。しかし、防具と竹刀で打ち合う際には、幕末期においてもバンバン袈裟を打つというのは主流ではなかったと考えています。
ここより以下は個人的な想像で、根拠はないのですが…。
幕末期の実際の斬り合いでは、袈裟掛けに斬られた者が多数いたとの伝聞もありますが、これは逆にいえば袈裟に対する攻撃に当時の武士があまり慣れていなかったという面もあろうかと思うのです。
袈裟打ちは試合でも一本になりませんし、しかも話を聞くと当たり方によっては鎖骨を折るなどして稽古に支障を来たす危険な技だそうですし、あきらかに隙のある場合、上級者が格下を戒めの意味で骨を折らない程度に加減して打つことは当然あったにせよ、いつでもどこでも相手も構わず本気で叩きまくっていたとはあまり考えにくいでしょう。
このため、基本的な剣の腕はしっかりした者であっても、袈裟を打ち込まれる事に関しては普段の稽古での練習量が少ないことから、とっさに凌ぎ切れずに斬られてしまったケースもあったのではないかと思っています。
なお「袈裟打ちが危険だというなら、突きも危険だ」というのはその通りだと思います。ただ、突きと袈裟打ちは技の性質が違うと思いますよ。同列には考えられません。
現代剣道は、一刀流系の剣術の影響が濃いと思います。
派によって違うにせよ、一刀流系の剣は正中線を支配することを大事にしていると思うのです。突きは正中を攻める攻撃ですので、一刀流的な剣技としては本筋に見えます。
一方で袈裟斬りは本能的に斬り易い動きではありますが、やはり理合いとしては介者剣術のものであって、近代的な素肌剣術の正中重視の剣とはやや毛色が違うような気がします。
また突きについての余談ですが、竹刀剣術がはじまった江戸中期頃は、逆に突き技はしなかったようです。一概に古流剣術のすることなら何でも現代剣道より荒っぽく実戦的というわけでもないのでしょう。
>竹刀試合で袈裟斬りがないのは、幕末期の剣術でも同様です。
本当ですか?私の知る流派の試合稽古では、「袈裟」あります。そもそも、木刀で打ち合っていたんですし、安全面で考えても、咽喉突きがあるのに袈裟をなくす必要性がありません。『足払いや組み討ちがあって、袈裟は無い。』というのは考えにくいですし。
戦前の試合形式を採用しているという、日本剣道協会では、足払いが認められ、肩、胸突き、組み討ちも有効なのだそうです。
補足意見でした。
書き方が拙くて恐縮です。質問者様が、剣術をフランス起源と考えているとは私も思っていません。
先の回答は、明治期に作られた剣道がサーベル剣術由来のものでない事の説明を書いたつもりでしたが、抽象的で良く分からない文章になってしまいました。
要点をいうと、フランス式の剣術や銃剣術が日本に導入されたのは事実ですが、それは現代剣道とは直接関係しません。いわゆる「軍隊式剣術」は現代の剣道と繋がっていないからです。
日本の在来剣術は、幕藩体制の中で武士階級と密接に関係していましたよね。このため、明治維新後は、武士という存在と同様に、武士の技術としての剣術も疎まれていたようです。
当時の日本では西洋式軍制をフランスから学んでおり、フランス人の軍教官を招いて訓練を行っていたりもしましたから、軍の制式剣術や銃剣術などは確かに教官が会得しているフランス式のものが導入されました。
ただこれは軍隊のことで、警察では日本在来の剣術が主に行われていました。警視庁をはじめとする警察の剣術教官は、みな日本在来剣術の使い手でした。梶川師範や逸見師範、上田師範が有名ですが、他の師範もそうです。
そして、フランス人教官が日本から去ると、軍でも徐々にフランス式剣術は勢力を失います。
質問者様のおっしゃるように「外国の物がすぐれており、日本の物は遅れているという思想」は確かに剣の世界にもあり、それゆえにフランス式の剣術が導入されたのでしょうが、なにぶん剣術というのはリアルなものですので、実際に試合などで弱かった方は地位を失っていったということなのでしょう。
これはフランス式剣術が日本の剣術より弱いということではありません。「日本という環境の中では」フランス式剣術の使い手が、日本在来剣術の使い手より弱かったということです。
在来剣術の使い手は、幼い頃より武士として剣術を叩きこまれ、幕末動乱期の実際に刀を振るって斬り合いをした時代の空気を身近に感じながら育った人達も多かったと思われます。平民が軍事教練で学んだ剣術とはやはり違いがあったのではないでしょうか。
その代わりに、主に警察や学校で盛んだった日本在来剣術の流れを受け継ぐ剣道が主流となっていきました。
その後、武徳会が出来たり武道専門学校(武専ですね)や東京高等師範学校(こちらは高師)が出来て、日本剣道界をリードします。その後も紆余曲折はありますが、現代の剣道は基本的にここが出発点だと思います。
警視庁や高師などを指導した高野佐三郎師範や三道範士の中山博道師範、武専主任教授をされた内藤高治師範らの影響は現代にも非常に大きいでしょうが、高野師は小野派一刀流、内藤師は中西派一刀流の剣客ですし、中山師も多くの古流諸派を修めた「日本式の武人」です。
現代剣道のルーツという意味では、やはり日本在来の剣術にそれを求めるのが自然だと思いますよ。
もちろん、剣術と剣道は別のものであるのも確かです。それは古流柔術と現代柔道が別のものであるのと似ているでしょう。現代剣道と古流の剣術も、似ても似つかぬ部分は多々あるでしょう。
しかし例えば、現代柔道のルーツをレスリングやサンボに求めるとすれば、それは違うと思うのです。それらの影響を受けている面はあるでしょうが、嘉納師範の打ち立てた講道館柔道のルーツという意味では、やはり師の学んだ天神真楊流柔術や起倒流柔術を持ってくる方がしっくり来ます。
同じようなことが日本剣道にも言えるのではないでしょうか。西洋剣術の影響があったにせよ、やはり剣道のルーツは古流剣術だと思うのですよ。
なお「日本の他の武道に摺足がない」というのは、真意がよく分かりませんので何とも…。摺足は他の武道にもありますので。また銃剣道も、現在日本で行われているのは日本式の銃剣術の流れを汲むもので、軍創設当時のフランス式銃剣術の流れではないはずです(一定の影響はあると思いますが)。
また袈裟斬りは剣道にもあります。制定居合型に出てきますね。
竹刀試合で袈裟斬りがないのは、幕末期の剣術でも同様です。そういう決めにした深い意義は存じませんが、格闘技で金的攻撃でKOしても逆に反則負けになるように、実戦で有効ということと稽古や試合で認められる技かどうかは別の問題です。
剣の鍛錬において、袈裟斬りそのものを覚えるよりも面を真向に打つ(この方が難しいです)鍛錬を積む方が実戦では自在な動きに繋がるという洞察からなのか、剣理として正中を制する事を重んじているのか、その他色々思うところはありますが、正直なところ私ごとき浅学非才では先人の思慮は良く分かりません…。
#1です。僕は剣道しか経験がないので、剣術については多くを知らないのですが・・・・。
ただ、その質問の#6の方の言う『日本の他の武道には摺足がない』っていうのはちょっと疑問なんですよね。
剣道で最初に習う型は正眼です。この構えは剣術にも普通にあると思います。
で、正眼に構えてみると分かるけど、摺足以外にしようがないと思うんです。(少なくとも普通にかかとを先につく歩き方ではないだろうと思う。)歩法が違ったり(摺足よりもっと効率の良いのが確立されてるのかもしれない)、その呼び方が違うってのはあると思いますけど、摺足を使ってる剣術の流派だってあると思うんですよね。あれほど完成度の高い歩法はそんなにないと思うから。まあ、単なる勘なんですけどね。
それに柔道でも摺足してましたよ。相撲も基本的に摺足だし。
ただ・・・外国でも普通に摺足はあるだろうと思いますけどね。普通に外国でも発明されてると思います。やっぱり摺足って効率が良いですから。あんまり摺足に拘っても仕方ないと思います。
あと、袈裟切りが簡単かどうかは知りませんが、でも危険な技である事には違いないです。剣道でもたまに袈裟切りしてくる人がいるんですよ。(故意じゃない場合が殆どでしょうけどね。そもそもワザと頭をずらして袈裟切りにさせるってのもありますけど。ただ、ここで挙げるのは故意での袈裟切りですw)すんごく痛いです。肩も一応のカバーはされているのにすんごい痛いです。首と肩の境い目を叩かれるってすんごく痛いんです。打つ方も力が入れやすいですしね。
僕が以前くらった時は蚯蚓腫れが出来ました。幸運にも(?)骨折はしないで済みましたが。それでも何日間かは肩が上がらない状態が続くほどです。
すんごく危険な技なんですよ。同じ『斬る』でも確かにこれだったら死ぬなって思えるぐらい致命的な技です。別に鉄パイプでこれをやられても確実に死ねると思いますw
防具がいくら改善してもこればっかりはどうしようもないと思います。首は可動でなきゃいけないんだから、当然そこは他の部分より薄くなる必要があります。それに胴と同じぐらい装甲が厚くても危険な事には変わりないと思いますしね。スポーツになる過程でこういう危険な技は除外されていったんじゃないですか?(ただ、居合いにはあるようです。型でも袈裟切りはやります。実際に試合では使用しないだけなのでは?)
現代剣道限定のお話ではないかと思います。片手突き、巻込、巻落、すり上げ、等の技術は、両刃の「剣」や細身の刀剣の操法に共通するもののようですから、取り入れられた可能性はあるにしても、メインではないと思います。しかし、現代剣道独特のあの自殺行為的な踏み込み (摺足無視して真っ向から飛び込む) は剣道の特徴といっても良いほど珍しい技 (剣術には見られない) ですから、この技がもしもフランス渡りの技をベースに編み出されたものであれば、サーベル剣術が元といっても間違ってはいませんが・・・。「当てる」スポーツ化が進んだ為に生まれた、純国産の操法ではないかと思います。
初期の剣道 (撃剣ではなく大日本武徳会の剣道) は組み討ち・体当たり・足払いありの、まさに「模擬戦」だったようです。少なくとも、この初期剣道には、サーベル剣術の技法は含まれていないと思われます。
更に古い、江戸時代の撃剣とみられる竹刀稽古の様子を描いた絵には、竹刀を失いながら (もしくは自ら捨てながら) 篭手まで放り出して相手に組み付く様子が描かれていましたので、初期の剣道もこのようなものだったのかもしれません。例として、鍔迫り合いになったら即座に胴を蹴り飛ばし、組み付いて (もしくは斬突で) 討つ、といった感じです。一部の団体では、これを復活させる為に戦前に近い試合をなさっておられるようです。
>簡単かつ有効な袈裟切りが、剣道で行われないのは何故でしょうか?
元々は有効であったと思われますが、戦後、現代剣道となったときに無くなってしまったようです。武道・武術の類が禁止されていた時代ですから、活動を認めてもらえるよう、故意に実戦性を薄くしたのでしょう。
>なんば歩きなど、江戸期まで普通にされていたはずなのに、現在はほとんどする人はいません。
これは、もともと普通の歩き方ではありません。日本舞踊などの伝統芸能の用語です (http://www.nihon-b.com/2006/01/post_165.html#more) 。『奇怪な感じが観客に強い印象を与える事が出来る効果があることから~』と説明が付いており、極めて特殊な動作であることがうかがえます。平素の歩法は、「最も疲れない歩き方」でなければなりません。ナンバは、疲れます。体力のある者でも、普通の歩き方と、ナンバで、長距離を歩き比べれば、疲れの度合いには差が現れます。訓練を積んだ者が平素の歩法に組み込んで使った可能性はありますが、右手と右足、左手と左足を同時に出しながら歩く事は出来ませんし、組み込んだだけでも、少し疲れやすいです。少し難しいのですが、http://www.nihon-b.com/2006/01/post_164.html#moreの方が使う機会は多いと思われます。
>明治期に作られた剣道が、サーベル剣術が元になっているのか?と聞いている訳です。
結論として、その時代の剣道は大日本武徳会に属した多くの日本の剣術流派から生まれているとみます。
違うでしょう。
剣道の起源は「日本という国・地域で発展してきた片刃剣の操作法」です。他の国・地域で発達した剣の操作法が日本に流入して、剣道に影響を与えたという事もあるでしょうが、それがメインという事はありません。
金属を使える程度の文化があれば、どの国・地域にも剣のような武器はあります。武器があれば、その使い方を研究し体系化するのが人間というもの。世界中どこでも、「剣」があるところにはその場所なりの「剣術」があるのです。
日本も例外ではなく、日本という土地、日本刀という剣に即した剣術が発達し、いくつもの流派が生まれました。その中で16世紀後期には竹刀を使った稽古法が生まれていたと思われ、後にはそれが稽古の主流となりました。
現代剣道と比べればかなり荒々しいものではあったでしょうが、防具をつけて竹刀で打ち合って1本を取り合うこと自体は江戸時代から普通にやっていたことです。
ただ、この竹刀剣術はあくまでも剣術の一部(稽古法の1つ)であって、その延長には「実際に人を斬る」という目的が(実際に斬る場面があるかどうかは別として、少なくとも建前の上では)あり、その為に竹刀剣術を刀の使用法にマッチングさせる稽古(実際の刀は竹刀と全く同じようには振れないので)や、その他実戦で必要な諸々の要素を含めて修業者は学んでいたと思われます。
現代剣道は、この竹刀剣術が「剣術の1つの稽古法」から独立して、1つの武道となったものと言えます。
剣術というのは、他所から持って来るようなものではないのです。それは日本だけではなく、どこの剣術であれ、そうです。
剣と剣術は表裏一体、剣があるところには剣術があります。それぞれがお互いに影響を与えつつ、それぞれの使う剣のかたち、地域の風習に適したスタイルで発達してきたものです。
違う地域の剣術同士が影響を与え合うことはもちろんあります。が、それは他の地域の剣術から良い部分を取り入れる、自分達の剣術の弱点を修正する、といったものであって、他の地域の剣術が起源であるというのとは違う話でしょう。
上記の事から考えて、旧陸軍がサーベル剣術を導入したとしても、ごく当たり前のことですね。
サーベルを使うのなら、長年サーベルを使ってきた国・地域で発達した剣術が一番優れているにきまっているからです。剣はサーベルを使うのに、その操法に日本剣道を使うのは頑迷というものでしょう。日本の剣道は、決してサーベルと共に発達してきた剣術ではないのですから。
そして同じ意味で、竹刀を使う剣道にサーベル剣術を導入する意味もまたないのです。またフェンシング技術をベースにする意味もありません。サーベルは竹刀よりも重すぎ、フェンシングの剣は軽すぎます。またルールもまったく違いますから。
竹刀剣術に関しては、16世紀末から始まって幕末にかけて国中を席巻していった日本が、競技人口や競技の歴史において最も研究が進んでいたわけですから、竹刀というものがそもそも存在していない国・地域の剣術を起源に一から作るというのは意味がないのです。
なお、旧軍の剣術(いわゆる軍隊式剣術)が何を元にしているかは、日本の剣道においては特に影響はないのではないでしょうか。剣道界において軍は主流ではなく、ある意味で独立(孤立)した存在でした。
その影響かどうか分かりませんが、現代でも同じ公務員武道でありながら自衛隊剣道の剣道界における実績と影響力は、警察のそれとは全くかけ離れたもの(平たくいえば、影響力がない)です。また現在の自衛隊の剣道はオーソドックスな剣道だと思いますよ。(大会で見る限りでは)
この回答へのお礼
まず私は、剣術がフランス(サーベル剣術)起源と言っているわけではありません。
明治期に作られた剣道が、サーベル剣術が元になっているのか?と聞いている訳です。
また私自身は、やはり剣道は日本剣術から発展したものだと思っておりますが、その根拠が日本には日本剣術があったから、と言うだけでは納得しかねます。
明治期は外国の物がすぐれており、日本の物は遅れているという思想がまかり通っていました。
一例を挙げるなら、なんば歩きなど、江戸期まで普通にされていたはずなのに、現在はほとんどする人はいません。
これなど外国の物に取って代わられたいい例でしょう。
剣道はどうなんでしょうか。
回答ありがとうございます。
出来ましたら、No.3の方へのお礼文も読んで、回答いただけると幸いです。
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