仏教の極楽浄土とキリスト教の天国の違い
仏教の極楽浄土とキリスト教の天国の違いは何でしょうか?
日本では主に天国を用いますよね。
どちらも対義語は地獄ですよね。
回答(8件)
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おそらく教義解釈の上では両者は質的に異なるはずですが、
それが日本で一括して「天国」と曖昧に観念される背景には、
現代では「天」の観念も日本流に解釈されているからだろうと思います。
中国古典の世界での「天」は宇宙の主宰神格のはずですが、
普通我々はこれを「はるか上空にあるもの」と漠然と捉えています。
一方で地獄は仏教的にもキリスト教的にも、
イメージとしては「地下にある」ように勝手に捉えているはずです。
これは日本の固有の死後世界観が「根の国」であるのと関係があるのかも知れません。
日本人が極楽浄土と天国に相似点を見る場合、
死後の世界の方向性を簡単に上下の縦軸で考えてしまっている点があるかも知れませんね。
この回答へのお礼
ご回答どうもありがとうございました!
キリスト教の天国も悪人もいけます。イエスキリストを信じれば
本質的にはイエスキリストを信じる
仏教の場合は宗派によって考えが異なっていて下の回答者さんになります
後は黙示録のイエスキリストの再臨 という事を信じてる人は多いです
この回答へのお礼
ご回答どうもありがとうございました!
pas26さん、こんにちは。
これまで何度かpas26さんのご質問に回答させて頂きました。
もし、pas26さんが私や他の方のこれまでの回答をご理解頂けたなら
私がお薦めさせて頂いた参考文献などに目を通して頂けたなら
ANo.3さんやANo.4さんのご回答された内容に関する知識は
すでにお持ちの筈です。
過去のご質問の回答で納得されていないのは何なのでしょう?
なぜ同じようなご質問を繰り返すのでしょう?
ご質問の意図を正確に把握するためにも
補足説明頂けると助かります。
この回答への補足
>なぜ同じようなご質問を繰り返すのでしょう?
シンプルなご回答が欲しいからです。
No.4ベストアンサー20pt
仏教には、本来「極楽」の概念は有りませんでした。
それが北方仏教(大乗仏教)の場合、現在のアフガニスタン周辺を根拠地とした時代に、ゾロアスター教の影響を受け、天国(極楽)や地獄といった世界観が混入します。
そのため北方仏教では、天国や地獄といった概念と、輪廻転生の概念が交じり合い、正統な理論というものが無くなってしまいました。
本来の仏教(輪廻転生を考える仏教)においては、地獄とは、現在生きている世界であり、輪廻転生を繰り返すという事は、何回でも地獄の世界に生まれる事であり、天国に行く事は、輪廻転生の輪から外れる事(解脱)でした。
ゾロアスター教においては、死者は、必ず自身の行動により天国(光の国)か地獄(破壊の国)に行き、光と闇のどちらかの勢力に加わり、戦闘を行うというものです。
キリスト教においての天国には、信仰の度合いにより何階層もあり、どの階層に行けるかは、生前の行いによります。
キリスト教もゾロアスター教でも最後の審判(ハルマゲドン)により、善(光)が勝利し、至福の時代を迎えることになります。
仏教の場合、特に天国(極楽)に特化した宗派を、浄土系(阿弥陀系)仏教と言います。
浄土宗、浄土真宗、日蓮系の宗派がこれに属し、死後極楽に行く事を最終的目的としています。
一方解脱を求める宗派として、曹洞宗や臨済宗などの禅宗系の仏教があります。
仏教には、キリスト教やイスラム教、ゾロアスター教のような、最後の審判のような考え方はありませんが、それに近いものとして、弥勒信仰があります。
>どちらも対義語は地獄ですよね。
解脱の考え方に立ちますと、解脱の対は、現世になります。
この回答へのお礼
詳しいご回答どうもありがとうございます!
私の天国極楽観は前回の質問で答えたとおりです。一応載せておきます。
極楽浄土というところは、正確にキリスト教だとどうかはわかりませんが今の日本で言うところの天国とは大きく違います。天国というとどうしても楽しいパラダイスを思い浮かべがちです。しかし極楽浄土という世界は娑婆(こちらの世界)にいるときに悟りの境地に入れなかった者達(悪人)を、極楽浄土という教室に招き、阿弥陀仏や観音菩薩・勢至菩薩という先生方がついて悟りの境地へと手取り足取り導き仏にしてくれる世界です。そして仏になった人々は還相回向(げんそうえこう)といって、娑婆世界(こちらの世界)の人々を正しい方向に導いてくださるそうです。
ですから、極楽浄土という世界は安らかな眠りの地でもパラダイスでもなく、死後も自らを高める場であり、悟るための修行場というニュアンスがつよいと思います。
まぁ、天国ということに関しても、一般に天国の概念は、ギリシャ神話のオリンポスや北欧神話のアスガルドとユダヤ・キリスト教の天(=神の居場所)、イエスの説いた神の国などが民衆レベルで混ざり合って成立しているために、純粋なキリスト教の教えとは言えないのが現状でしょう。
>>どちらも対義語は地獄ですよね。
これに関しては一概のそうとはいえません。
仏教における極楽浄土の対義語は地獄ではありません。極楽浄土の対義語があるとすれば「六道」ということになるでしょう。六道とは地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天で、全てが迷いの世界と位置付けられます。この六つの迷いの世界を我々は輪廻しているわけで、その輪廻からの解脱(抜け出す)が悟りということになります。
そもそも輪廻の思想は仏教が起源の思想だと思われがちですが、輪廻のの思想自体はお釈迦様から生まれる前からあったもので、主体となる「アートマン」(ここでは自我や霊魂とでも考えてください)が輪廻すると考れられていました。
しかし、お釈迦様は輪廻については霊魂的なことは認めず、「アートマン」という自我が固定のものとして存在することを否定されます。輪廻の原因はその人の生前の行為(業)が輪廻を引き起こすと説いています。業とは「自業自得」自分の行為にはそれなりの結果を得るということです。悪いことをすれば悪い結果を得て(悪因悪果)、その逆に善いことをすれば善い結果を得る(善因善果)と説いて、輪廻を「廃悪修善」という倫理的生活を送る思想的根拠としました。
その六道輪廻からの解脱という思想を、極楽浄土という具体的な場所を定めて形成されたのが浄土教思想ということでしょう。ですから、悟りの世界である極楽浄土という言葉の対義語は迷いの世界である六道ということになるはずです。
また、「浄土」という言葉自体も極楽浄土という世界の特定の言葉ではありません。現在では浄土というと極楽浄土ということになっていますが、本来はもっと多義に渡る言葉です。
(1)「浄」を動詞として捉えた場合。「土を浄める」となります。
「浄」を動詞で捉えた場合、それを二つに分割することができます。
(I)人間が住む世界を浄らかな世界にする。
(II)此の世界とは別に浄らかな世界を作り、そこへ人を済度する。
此の二つです。
2、「浄」を形容詞として捉える場合。「浄らかな土」となります。
次に「浄」を形容詞で捉えた場合、大乗の菩薩が長年修行して、ついには悟りを得て成仏することで構える清浄な世界を言う。
この二つを踏まえて、仏教の浄土思想を観てみると大体四つに区分されるようです。
一、他方浄土説
この世界より遠く離れた所に仏の浄土があるとする考えで、阿閦如来の東方喜妙国、薬師如来の東方浄瑠璃世界、釈迦如来の西方無勝国、阿弥陀如来の極楽浄土が代表的なものです。また、このほかに弥勒菩薩の兜率浄土信仰は、仏の浄土とは異なり、弥勒菩薩が修行している兜率天に生じることを願う信仰であり、阿弥陀仏の極楽浄土への往生と平行して信じられていました。
二、霊山浄土説
これは仏、または菩薩がかつて住居され、また現に今もいらっしゃると信じられている霊場をもって浄土ととする信仰で、インド、中国、日本において観音の霊場たる普陀落浄土を信仰する思想です。中国の五台山などを言います。また、お釈迦様が長年住居された、霊鷲山をもって霊山浄土と称するものがあります。
三、唯心浄土説
これは人間の心のありかたによって、現世を浄土にする説で『維摩経』の「その心清きにしたがって仏土清しという説や、『唯心論』が説く唯識所変の浄土の教えが代表的です。他には真言密教にて説く密厳浄土や、日蓮宗の説『法華経』という本門お釈迦様がいる浄土というものがあります。
四、汎神論的浄土説
これは、『華厳経』や『梵網経』に説く、蓮華蔵世界で全世界(宇宙)が仏国土であるとして、広大な構造を持つ浄土が説かれています。
これが、広義でみた「浄土」という言葉の意味になります。
こうやってみていくと、浄土とはどちらにしても悟りの世界、もしくは悟りを目指す世界であって、その対義語となるのは迷いの世界(六道)ということになります。
体系的に浄土というものを学びたいのでしたら、
坪井俊映 『浄土教汎論』
を参考にされるとよいと思います。
余談のほうが長くなってしまって申し訳ありません。駄文ではありますが参考にしていただければ幸いです。
合掌 南無阿弥陀佛
この回答へのお礼
とても詳しいご回答どうもありがとうございます!
よく布教活動の為の冊子(と、こう書くと大体限られてきますが・・・。ようするに”エ○バの○人”が配布している”物○の塔”です。)の読み物を読んだり、知り合いの聖書を読んでいる人から聞いた記憶からすると、どうもキリスト教の天国とは実際の王国(といっても今までに存在していた事は当然ないらしいのですが。救世の後の話しなわけですからね)の事を指しているらしいです。
そして、キリスト教(というか、エホ○の証○の教え)に地獄とは存在しないらしいのです。死んだら0になるって考えらしいです。いつか救世主が現れて天国が実在のものとなった時に、ある人々(要するに神の教えに生きた人って事?)は生き返り、そうでない人達は生き返らない(無、のまま)って事らしい。
”地獄”とは悪魔学者(悪魔関係の研究している神学者)が考え出したものらしいですね。それはどうもオフィシャルな考え方ではないらしいです。(ただ、これは僕が聞いた話の範囲でですから。もっとちゃんと聖書を読めば地獄についての記述があるのかもしれませんね。)地獄という概念がキリスト教に登場したのは”ダンテ”の”神曲”の影響なのではないでしょうか?
仏教で言う天国、とはもう転生をする必要がなくなった人が行く所?なのでは?
ただ、これって宗派によって違うみたいですからね。まあ、キリスト教についても宗派によって天国の概念は全く違うのかもしれません。もしかしたら天国の概念が同じのキリスト教の宗派と仏教の宗派があるかもしれないですね。
この回答へのお礼
ご回答どうもありがとうございました!
仏教の極楽浄土は誰でも行けます。悪人でさえ念仏をとなえることで
往生できます。
キリスト教の天国は金持ちや偽善者にとっては、らくだが針の穴を
通るよりも難しいものです。
この回答への補足
>仏教の極楽浄土は誰でも行けます。悪人でさえ念仏をとなえることで
往生できます。
極楽浄土に行くメリットって何ですかね?
この回答へのお礼
ご回答どうもありがとうございました!
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