核抑止力は詭弁なの?
核保有国は盛んに「抑止論」を振りかざしますが、核兵器登場以来も地球上に戦乱は絶えないし、大規模なものも起こっています(朝鮮、ヴェトナムなど)これをもってしてもなお、「抑止論」というのは認められるのでしょうか?
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No.11ベストアンサー10pt
事実として、核には相手を威圧する力があるのです。
それは、北朝鮮が出来損ないの核実験をしただけであれ程の注目を世界から浴びているのを見れば分かるでしょう。
そして核抑止力があったからこそ、アメリカとソ連が直接戦争をするのではなく、代理戦争としてベトナム戦争や朝鮮戦争が行なわれたのです。
ですので、核があったから第三次世界大戦が起らずにあの程度で済んだと言うべきところです。(朝鮮やベトナムには失礼ですが事実です)
ですので、冷戦時には破滅と表裏一体だったとはいえある程度の意味はあったと私は思います。
この意見に反対する人も居るでしょうが、核抑止論の虚実を議論しても平行論で終るだけです。そんな神学論争にさほど意味はないと思います。そもそも核に威圧力がある時点で完全に嘘だとは言い切れないのですから、そんな不利な議題で核放棄を説得するの事はないと思います。
私は、核兵器の無意味を説くならば、核抑止論を詭弁というのではなく、時代の変化に焦点を当てるべきだと思います。
冷戦も終わり、各国は相手を叩き潰す事ではなく自国を豊かにすることが目標になったわけですから、核抑止論は今や意味をなさなくなっていると思います。
冷戦時には、米国にはソ連という、ソ連には米国という、核を使う対象が居ました。
しかし今アメリカがロシアに核を打ち込んで相手が反撃をしなかったとしてもアメリカは大打撃を受けるでしょう。ロシアがアメリカに核を打ち込んでもロシアは大打撃を受けます。
それほど今の世界経済は連動しているので、今や核を打ち込む相手などどこにも無いのです。
そして今や国際社会の最大の脅威はテロですが、領土も国民も持たないテロリストに核兵器が無意味なのはいうまでも無いでしょう。
したがって、もはや核兵器を使う相手などどこにもないのです。
これは割と普遍性のある意見だと思います。
したがって私も核軍縮をやるべきだと思いますが、その時には時代の変化を軸に『誰に使うのよ?』と核保有国を説得するべきだと思います。
この回答へのお礼
たしかに朝鮮ヴェトナムが限定戦争から世界大戦に及ばなかったのは、前、前前大戦と何が違ったのかということになります。かつての大儀を失ったまま漂流しているような核問題は行き場を失っており、その対策さえまじめに取られないと言う人類の怠惰が現れている一分野かと思われます。
核を持ってると、
小国では、もし何らかの爆撃を受けたとき、
電磁波で暴発?爆破し出し、
周辺諸国にも被害が及び、
そのことが、周辺諸国からもその小国が攻撃されないように外交戦略の一つとしていつも心に掛けざるを得ない・・・?!?
巨大資本に呑まれて、
国際的に理不尽な立場を取らざるを得なされてる国家が
防衛する時には、
隣国に依存?運命共同体にしてしまう??
という狙いが大きいのではないでしょうか?
自分から、例えば!?アメリカに核攻撃したとしても、
もし! 朝の9時に発射した途端に、
9時20分くらいには、
北朝鮮という国土は、荒野になってるのではないでしょうか?!
3日あれば、完全壊滅できるだけの軍事力の差が有ります。。
中東を3日間休戦して、北朝鮮を一思いに叩き壊すことくらい、
米軍がその気になれば、朝飯前?!ではないでしょうか・・?
むしろ、、、、
アメリカは、ソ連をアンチ・民主主義(彼らの言う『民主主義』は本来の民主主義ではなく、『資本主義』?!)としてプロパガンダし、
実際はありえない『冷戦2極構造』を前提条件にすることで、
世界侵略の口実にしていった・・・?!?
余りにおかしな事件が世界に、偶然とは思えないタイミングで起こり過ぎるというので、
矢島きん次教授は、S50年後半、文部省の在外研究員として、ご自身の目で確認する為に世界中に調査に出られましたが、、
その時に、
ロシア革命は、GHQの教科書ではツアー(皇帝)独裁政治から
トロツキー、レーニンが農奴を開放した・・と言う
歴史認識の“ヤラセ”のカラクリを発見されてから、
世界史の大変な誤った認識について、
10年はかかる調査だと言いつつ、
どういう訳か・・昭和61年、発表された以降、
その研究が継続された本は知りません。。??
1916年(T5)、トロツキー、皇帝政治への抵抗言動でフランスに追放
⇒マドリッド?警察に逮捕(牢獄生活)
1917年(T6)1/13⇒ニューヨークに3ヶ月亡命(~3月)
『ワシントン・ポスト1918.2/2』より:亡命中のトロツキーの優雅な生活
独・露語しか解らないが、ニューヨーク社会主義ジャーナル『Novy Mir』へ寄稿
3ヶ月の総収入:$244(米亡命前年間所得は$310で5家族が生活)
講演料:$12/週
モルガン家:$100万援助
トロツキーは、皇帝に追放されても、
ユダヤ政商らの手で、ニューヨークでリッチな生活をしています。。
1917年3/26、ロシア革命がすでにケレンスキーによる打倒政権が成立した時点で、
ニューヨークを出発しますが、
政治家兼ウォール街金融業クレイン社副社長 C.クレイン自身が同行し、
総勢270名ものウォール街の金融業者、商社マンが同行するというので、
ワシントンのロシア大使館は米政府に強く抗議をしていますが、
1917年8月、もちろん!ユダヤ政商らの元本部のイギリス通過ビザも取って、
米世紀十字ミッションとして出発します。。
途中、カナダ、ハリファクス港でカナダ当局に取り調べられ、 $1万所持金については、独から提供されたものと記録され
それから!英海軍に引き渡され、
ロンドン英海軍本部に連行?警護?され、拘留を解かれている。。
(米国務省から、ワシントン駐在英大使館通じて・・)
一方、レーニンは・・・
1914年8月、同じく反皇帝政治活動で、
親友が大学学長で、死刑を免れ、国外追放され、
スイスの古都チューリッヒで亡命(2年半)
↓
スイス国境から交戦中のドイツ領経由
↓
マックス・ウォーバーグ(米連邦準備制度理事会(FRB)議長ポール・ウォーバーグの兄弟。ユダヤ人銀行家
元ドイツ皇帝ウィルヘルム2世直属の秘密諜報員)の従兄弟の
フェリックス・ウォーバーグ独国防軍情報部長官の計らいで、
1917.3/27、32名で独政府国章で入口、窓を封印された特別列車で
ドイツのパスポートで、
金($500万~600万相当当時の価値)をもたされ、
祖国ペトログラード(現レニングラード)へ出発。
(なお、H・カレール=ダンコース 女史をしっかりとロシア皇帝末裔として、
フランス(ロシア歴史学者)としてロシア戦略の一つの駒として 現在パトロンしている。。とのこと・・
ユダヤ政商らの建前は・・・
『戦争と革命によるロシア難民救済と治療』
現地でのユダヤ政商らのしたことは・・・
(1) 新政権との金融契約
(2) ロシア資源(当時、南アフリカに次ぐ、世界第二位の産金・鉱物資源国。⇒国際通貨に必要な金確保)
(3) ロシア当時世界2位の産油油田(1位はアメリカ自身)に資本投資して、回収するため
(4) インフラ事業の資本参加と政権システム創設に関与し、
植民地化を進める。。
一団覇権費用 = ニューヨーク連邦準備銀行(トンプソン理事)により決済。
メンバー:引率責任者=W.ボース・トンプソン(ウォール街実業家。鉱山会社経営)
チェース・ナショナル銀行(ロックフェラー家の総本山)の大株主
アリゾナの鉄道公社
メトロポリタン生命保険会社の支配人
今回のレーニンらに共通の目的を持つ ⇒当時の米赤十字評議員:
ロックフェラー
J・リャン(アナコンダ銅会社社長)
G・ヒル(米タバコ会社、会長)⇒今6カ国協議のヒル氏の祖先
G・マーフィー(ギャランティ・トラスト副社長)
ウォール街からの資金の援助=
$20万 ← インターナショナル・ハーベスタ会社
4000ルーブル ルヴォルフ王子=暫定政権議長(この時点ではまだケレンスキー政権には
政治手続きが至ってはいなかった) ← 米赤十字
$200万 教育委員会宛(ケレンスキー政権誕生を期待して) ← 米赤十字
$42万5千 革命新政権誕生を期待してボルシェヴィキに対し『ロシア・リバティ・ローン』
(解放債)として借款をペトログラード・ナショナル・シティ・バンクに振込み
直接受取人はトンプソン=
ロシア・リバティ・ローン支援プロジェクトの実施責任者)
← モルガン銀行
当時『ワシントン・ポスト』:
「トンプソンは1917年7月から11月の間に、ボルシェヴィキに対して$100万、
12月にR・ロビンズにより資金が供給されていた」と記録。
ヤーコブ・シッフからトロツキー宛てに$2000投資(資金援助)したと、
孫がニューヨーク日刊紙で談話。。
(彼は、ユダヤ政商ロスチャイルド家のアメリカ代理人であり、
クーン・レプ(ロスチャイルドの在独ロスチャイルド代理人)金融商会のオーナーでもある)
シッフは皇帝打倒のために、ケレンスキーに援助し続け、
皇帝が退位後は、
ケレンスキーを倒させ、
ボルシェヴィキに多額の援助をする。。
さらにヴァールブブルク家は・・・・
フランクフルトのゲットー時代からロスチャイルド家およびシフ家、バルーク家とは姻戚関係にある。
しかもFRB議長ポールは、ロックフェラー家、ルーズヴェルト家とも結ばれていて、
後年フランクリン・ルーズヴェルトを大統領にしている・・・
アメリカ国家の歴史≠ピューリタンが始めた
≒ユダヤ政商らが大英帝国から米大陸に引っ越してきた?!?
ナチ党への活動資金援助の筆頭が・・・
ユダヤ系ドイツ人・オッペンハイマー男爵、
〃・マックス・ウォーバルグであり、
ヒトラーは最初の支援金100万マルクで征服を購入し、
突撃隊を組織させている。
ユダヤ人ヒトラーにユダヤ人に最初は、
ドイツから出国し、
新たに現イスラエルへ引っ越させようとしたが、
ヒットラーは、ユダヤ人一人当たり、
ユダヤ政商らに?マルクかの請求条件を出し、
それを断られ、
ユダヤ人をまず、阻害、迫害、虐待、ホロコープへとエスカレートしていった。。??と言う視点も
動いた資金の残された歴史記録を逆から見ると成立し得ます。。??!?
また、マックスが三井男爵と出会ったときに、複雑化する事業運営に悩む男爵に、
持ち株会社による『財閥』というシステムを提案したといわれてる。
第一次大戦後のワイマール共和国時代にもそれなりの政治力を発揮。
しかし、本家の銀行の方は、ナチスの迫害による深刻な被害を受けた
あるいは、戦後日本で活躍した天才たちは、
神道文化の物質性を忌み、精神性を追求する、
(ユダヤ商的見方では、ハングリー精神での実力発揮ととらえるようだが)天災であり、
国民の指導者であるが、、
メンデルスゾーンやアビ・ヴァールブルクといった
ユダヤ政商らが作り上げた天才は、、、
「富があったからこその天才」で、
日本文化では、職人レベルであり、
決して、新しい視点を発見する天才ではない。。??!?
現、芸能界、そして日本の美術界?音楽界?・・
こういう意味で、作られた価値に天才のステイタスを与えてるような気もする。。
映画にせよ、俳優にせよ・・・
売り出し方、流通網により天才という価値はは作られてる?!?
人材が疲弊しているのは、
このことが問題ではないのでしょうか?
話が飛びましたが・・・
北鮮の核だけでなく、
今、アメリカが単独で一人走ってる、
宇宙基地や宇宙からの武器開発をすると、
核抑止論は成立しなくなります。。
一方的攻撃が可能になるからです。
1967年に国連総会で成立した『外宇宙条約』SDI(宇宙を軍事化することに禁止)結ばれる。宇宙の軍事使用の禁止。
CTBT(包括的核実験禁止条約)にイスラエルとともに棄権し続けています。
この条約が国連で成立さえすれば、
(1) 核実験の実態データをしっかりと取れる、
現地査察も条件付けられてますし、
(2) これにより、核実験禁止が守られてるか、その他使い方も厳密に表に表れてくるといいます。
どうして、【核実験禁止】と【非核】を声高に要求するアメリカは、この条約を国連で賛成しないの理由は、
宇宙軍事武器と基地開発ではないでしょうか?
この回答へのお礼
やはりアメリカは先行したいという思惑が消えないですね。結局は総合的抑止力などに同調する気はないという伝統的な姿勢があきらかになっているのではないでしょうか。
No.9ベストアンサー20pt
ボクは大学で国際政治学の安全保障を学んでいました。
「抑止」とは「思いとどまらせること」ですから、
核兵器が使われた後では、「抑止」は失敗したことになります。
「それでは核兵器が使われなかった」=「抑止が成功した」
となるのでしょうか?
これは難しいですね。
家の塀に鉄条網(有刺鉄線)があるのは、「進入すると怪我をするぞ」
という抑止効果を狙っています。
その家に泥棒が入らなかったからといって、「抑止力が効いた」と
言えるでしょうか?もともと、その家に入りたいと思う泥棒が
いなかったのかもしれません。
つまり、抑止が効いたかどうかというのは主観的な問題であって、
「抑止が失敗して、初めて抑止の不十分さが分かる」のです。
ソ連がアメリカに対して核兵器を使用するインセンティブが
そもそも無かった場合、アメリカがいくら報復能力を
高めていたからといって、「抑止が効いたからソ連は攻撃してこなかったんだ」とは言えないでしょう。
したがって、抑止論の真偽に関しては両論あるところで、
自然科学ではないですから決着はつかないでしょう。
ただし、お互いの国家が、「核兵器を双方が保有することで抑止しあえるのだ」と考え、核武装した場合、「抑止」は理論から現実のものになるといえるでしょう。(核抑止論にかんする間主観的一致)
国際政治では、パワー(軍事力)を中心に着目する見方(現実主義)
から、アイディア・考え・意図を重視する見方(社会構成主義)
に移行しつつある段階です。
詳しい核抑止に関しては土山實男「安全保障の国際政治学」を読むといいですね。
この回答へのお礼
抑止力があたかも「効いた」のかそれとも「幻想」なのか、まったく検証する事はできないですね。しかし、とりあえずどちらか分からないから、大掛かりな装置でもって2重の場合にそなえておこう。ということなんでしょう。このお考えは非常に参考になりました。
大国の「後付屁理屈の詭弁」だと思いますね。
核抑止論に基づいて、原爆の開発に着手したわけではありません。
敵国に落としてやろうと思って作り、実際に落としたわけです。
そして核抑止論が生まれたのは、もっと後の1960年代でしょう。これは国内外向けにお化粧するための「後付の屁理屈」だと思います。
核抑止論の正体は、みなさん仰る「恐怖の均衡」という奴です。この効果はゼロとはいいません。
しかし「恐怖の均衡」は、核を使うという前提があって、初めて効果が出るものです。
核を使わないということがわかっていれば、「恐怖の均衡」は成り立ちません。
そして、「こちらが使わなければ核保有大国も、わが国に核を落とすことはないだろう、万一使われて多少犠牲者が出ても止むを得ぬ」と腹を括っている国の指導者が居る場合は、通常兵器による盛大な戦争が起こり得ます。
「使うかも知れん」というギリギリの緊張感があってこそ「恐怖の均衡理論」が成り立つわけです。こんなことが長続きするわけがありません。
この百年間に科学技術は多いに進歩しました。しかし、人の心はほとんど進歩していません。
今の地球上に、ヘンな指導者に率いられている国は、いくつか存在しています。核保有大国にだって何時ヘンな指導者が現れるか知れたもんではありません。
そして、インド、パキスタン、イスラエル?、北朝鮮?と、保有国が増えていき、またテロ組織が持つ心配もしなくてはなりません。
この増加傾向をを止めるのは難しいでしょうね。なにせ核保有大国のいう「俺達までは持ってもいいけど、後はダメだ。」というのは、どう見ても筋が通らん話でしょう。
この回答へのお礼
たしかに、核開発をしていたときは、「抑止」するためだなどという思想はないでしょう。落とさないために兵器を作るか?後付の理論が、しかしなにか当たっているように見えたと言う時代が結構続きました。そして、「絶対に使わない」という事が分かっていれば、前大戦のような事がすでに起こっているはずです。つねに「使われるかもしれない」という懐疑があるからなりたっています。ようするに理論そのものが灰色でじつにキリがよくない、その表裏をよく理解しているものが連携しあわなければならない事態であり、危うい事は明らかです。そしてこの大国の理論「自分はいい」という理屈が堂々と通っている事はなんとも国際政治の横暴を象徴しているようです。
朝鮮戦争やベトナム戦争が米中戦争、米ソ戦争にならなかったのも核抑止力のおかげかもしれません。過去の二度の大戦のように、小さな事件(紛争)が世界大戦につながらないのは、まさしく核抑止力の効果に見えますが。
この回答へのお礼
確かに前大戦前前大戦はちいさな出来事が大戦争に発展した例です。それが今回(朝鮮ヴェトナム)ではなかったということであればたしかにその理論は妥当なのかもい知れないです。
核抑止論は局地的紛争及び戦争を防止する事にあるのではなく、先の二度の大戦のような世界中を巻き込む世界戦争を避けるための理論です。
毛沢東はこのことにいち早く気づき、経済の疲弊の中で中国は核開発を優先しました。今や、戦前のような各国が侵略する事もなくなりました。
朝鮮戦争もベトナム戦争も冷戦時代の東西対立ですが、局地的な戦争で終えることが出来ました。その意味では、この理論は十分役目を果たしているのではないでしょうか。
パキスタンとインドは両国とも核保有国となりましたので、以前のような激しい紛争はなくなるでしょう。
この回答へのお礼
確かにそういう前例があるのですね。中国の核があるから、かつての侵略を受けなくなった。
核抑止とは、核保有国同士が相互確証破壊(MAD)状態になることにより、結果として核が使われないということです。従って核戦争に陥る可能性を低下させる論理であり、限定戦争を防止する論理ではありません。
MADは主に大国間における国際構造の安定を意味するものとして国際政治学において議論されていました。確かに60年間における米ソ冷戦が構造レベルから崩されなかった理由の一つには、この核抑止という原理が働いていたでしょう。詳しくはギャディス著『ロングピース』等をご覧頂ければと思います。しかしながら、米ソ冷戦期においても相互の勢力圏は日々変化し、それに伴う限定地域紛争は多発しました。これは核兵器とは別の原理が働いていたと言えるでしょう。
この回答へのお礼
核戦争でない戦争を抑止するものでないとは知りませんでした。限定戦争は別原理であったと言う事はよくわかりました。
核兵器の「抑止力」というのは、核兵器で攻撃されないと言う意味です。
主に自分の国内に対するアピールが主目的で、対外的には敵対国が核兵器を持っているから、自国も持つという論理です。
戦争に対する抑止力ではなく、核攻撃を受けないための、「抑止力」です。戦争が起きないという意味ではありません。
どちらの国も核兵器を持ちながら、軍事紛争を起こした例は、ソ連VS中国と、インドVSパキスタンの例があります。
「核抑止論」は、ソ連の崩壊まで、大国のみが技術的・資金的・政治的に持つことが可能である間はある程度成立していたと思われます。
しかし、中小国が持つようになると、「敵対国が持つから自国も持つ」と言う核抑止力の考え方では、中小国では隣国が敵の場合が多く、次々と隣り合う国が核武装を始める「核ドミノ論」につながり、核兵器の拡散となる考え方といえます。多くの国が小型核兵器を持つと、当然使用される確率が高くなり、「抑止力」効果が薄れます。
核抑止力の理論は、現在では「核抑止力」の理論そのもののせいで自己崩壊しつつあります。
この回答へのお礼
そうだったんですか。大国が「戦争できない」抑止力だと思っていました。だから朝鮮ヴェトナムは同なんだろうという疑問になったんです。それに中国ソ連インドパキスタンの例がありますね。そして、限定された国家が持つならば有効性はあったが、その「保有する事で核戦争を防ぐ」という保有の一般化が進めば当然間違いが起こりやすくなるわけですね。
実際に核ミサイルと原潜で武装した国に攻撃を仕掛けるのは無謀ですよ。核爆弾ならまだ対処可能でしょうけどね。
同盟国のために核を使った例はないですね。しかし、同盟vs同盟による全面戦争(WW2のような形式)は抑止できてますけどね。
結局のところ、核を使う程の価値がないと判断される戦争は抑止できないが、核を使う価値がある戦争は抑止できているという事なのでしょう。
この回答へのお礼
同盟国のために使ったのは、日本への投下ではなかったでしょうか。表向きですが。
現代は核ミサイルでセットにならないとダメですからね。
核を使わないでよい価値がないということは、国際世論に対してマイナスになるからなんでしょうかね。しかし、核を使う価値がある戦争がなかったから、使われなかっただけということも言える気がします。
大極的な戦争は抑止されているという意見もあるでしょうが、それらが核によってもたらされたとは断定はできませんが
まあ、圧倒的な軍事力を持ってもテロなどは防げませんので、大戦は防げてもむしろ悲惨な状況を呼び起こしているともいえます
どちらにしろ、歴史にIFを持ち込んでも意味がないですが
この回答へのお礼
IFは無力です。大戦が防げるのならば、少しはマシなのでしょう。
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