自分の想った事が現実になるという考えへの疑問
最近スピリチュアルな本を良く読むのですが必ずと言って良いほど
「自分が普段考えている思考(たとえばイライラしてたらイライラした
現実を引き寄せる等)は現実化するので成るべくハッピーな気持ちで
いたら良い事有りますよ!」非常に簡略化しましたが大体この様な
内容が書いてあります。読んでいて勇気が湧くし楽しくもなります。が
、、只、一つだけ疑問なのは、「今の現実(生活)はあなたの想い(思考)が
作り出したものですよ」が、全世界を対象にしてみたときに余りにも
それは違うんじゃないかと、あてはまらない人達もいるのでは?
と思ってしまいます。例えばですがアフリカの飢えて死んでいく子供達
に上記の台詞が当てはまるのか?思考すらない赤ん坊はどうなる?虐待された動物は?
先進国の自分で選択することが出来る恵まれた人には当てはまるかも知れませんが。良い事書いてるな。と思っても上記の事例のような事が頭をよぎり、イマイチ信用も出来ずにいます。「真理」と言うのは全世界
共通のもので矛盾があってはいけないと個人的に思っているので、ここの所の矛盾?をどなたか説明してくれる方いましたら御願致します。
「根本的にあなたが勘違いしている。思考=現実ではない」の様な否定的意見でも大歓迎です。ずっともやもや考えています。自分以外の人の意見が聞きたいので。※宗教に入っているわけでは有りません。スピリチュアル(女性向けの軽い感じの本です)本を読んで疑問に思ったことを書いているだけです。
- 次の回答10件
- |
回答(12件中1~10件)
- 最新から表示
- |
- 回答順に表示
- |
- ベストアンサーのみ表示
すべては妄想と誤解です。
そうだといえばそうだし、ちがうと思えばちがう。
この回答へのお礼
こんばんは、回答頂きありがとうございます。
そうですね、「中立」の様な事でしょうか?
物事は「良い」か「悪い」だけではない、という事でしょうか?
今思い出しましたが何かの本に物事は4つの答えがある、
ひとつは「YES」ひとつは「NO」
ひとつは「YESでもないしNOでもない」
ひとつは「YESでもあるしNOでもある」
すっかり忘れていましたが回答を読んで思い出しました。
結構読んだ瞬間は「なるほどなあ~」としきりに関心したのですが
今の今まで思い出しませんでした。
「答えはない」という「答え」を私が受け入れられるかどうか
ですよね・・。ありがとうございました。
> 癒されたいんじゃ無くて、「何故」そんな思いをしないといけなかったのか
> というのが知りたいのー!もう!!
今から2000年ぐらい前に、shiromikeさんと同じような悩みを持った有名人がいましたな。
彼の名前はゴーダマ・シッダールダ。
彼は苦悩の末についに悟りに至ります。
悟りを得た彼を、人々はこう呼ぶようになります・・・「仏陀」と。
つまり、shiromikeさんはスピリチュアルじゃなく仏教に行くべきですよ。
といっても、現在の仏教は正月と葬式の業者さんみたいで頼りになりませんね。
だからと言って、小難しい文献を漁るのもつまらないですしね。
本を2冊(3冊?)紹介します。
●インターネット持仏堂1・2(内田樹・釈徹宗:共著)
http://normal.jpn.org/diary/2005/05/post_32.html
●「問い」から始まる仏教(南直哉:著)
http://www.kosei-shuppan.co.jp/review/review01.h …
> うちの親がそんな感じで、根拠が無いのに信じるので
> 私はその逆をいってやろう
ご質問とは直接関係ありませんが
基本的にエンターテインメント作品として優れている上に
新興宗教の教祖さまがやり込められるプロセスが
きっと物凄く面白く読めるんじゃないかと期待して
もう一冊本を紹介して失礼します。
●魍魎の匣(京極夏彦:著)
http://maru.cocolog-nifty.com/manabi/2005/11/pos …
この回答へのお礼
参考になる書籍のご紹介ありがとうございます。
仏教という具体的な解決案にびっくりしました。
全く思いつきませんでした。そうですね、私のイメージでは
金ぴかの仏様などの俗のイメージばかりが先行していたので
おおもとの仏陀という人については(手塚治虫の漫画で思想を読みました。嫌~な性格の王子さまが頭に腫瘍が出来て仏陀に直してもらって
最終的にニッコリ微笑むシーンで仏陀は「これだー!」と悟った。。と
いうシーン、感動的で覚えています。)←随所で少し違うかもしれませんし、漫画ということで本当の話かは不明ですが・・。
本もご紹介して頂きありがとうございます。今は色々な人の意見を
聞くのがとてもありがたいので参考にさせて頂きます。
心の中だけで完結する話としては「思いは実現する」は本当です。
心から離れた現実は、煩悩と言う本心と裏腹な心の動きがかく乱しますから、思い通りにはなりません。
煩悩をなくすということは、生きている自覚を持つということです。
心とは新陳代謝を伴い、気持ちが切り替わるたびに心の中では古い自分の小さな死が起こります。
この新陳代謝から阻害されると死の予感が鬱積します。
これが煩悩です。
煩悩が少ないほど自己実現のための行動力が伴い、思いを実現することが出来るようになります。
この回答へのお礼
こんばんは、回答ありがとうございます。
心の中だけで完結・・・私の今の生活がまさにそうで、
仕事はしていますが、毎日同じことの繰り返しで
生きてるのか死んでるのか分からない状態です。ですから
思考もおんなじ所をグルグル回ってばかりで全く新しい考えが
出てこなかったのです。古い自分の死=今までの堂々巡りの思考を
停止させる、というのを物凄く欲していましたので、思い切って
投稿してみたのです。あたりまえですが絶対に自分からは出てこない
冷静なご意見を頂き、今、本当に古い自分の価値観が本当に死んで
くれそうです。とても参考になりました、感謝します。
現実というのは本人だけのものではないでしょうか。
あなたにとって他人の現実と思っているものは想像にすぎません。
他人の現実を体験することも出来ないでしょう。
他人の現実をいくら説明してもらったとしても一部を理解することが
やっとかもしれません。
自分の現実は思考によって左右されます。
自分の思うようにならなければ気がすまないと思えばイライラするでしょう。
自分の思うようにならなくても気にしなければイライラしないものです。
この回答へのお礼
回答ありがとうございます。
あなたにとって他人の現実と思っているものは想像にすぎません。
他人の現実を体験することも出来ないでしょう。との事、
本当にその通りだと実感します。隣の人がせきをして苦しそうだったのに私は苦しくない、現実的に、体がある限り絶対体験は無理だと思いました。当たり前といえば当たり前の事なのですが、全ての悩みというか
思考は全部自分の頭の中からの声なんですよね・・。
私も自分の思うようにならなくてイライラしていたので、
「考え方次第」と思いました。
ご回答頂いてありがとうございました。
回答文を読んでいて思ったのでが
貴方は、この世の中で1番大事なものは何かを
探してるのではないですか?
それがわからないから、なんの為に生きる必要があるのかが
わからないのではないですか?
そして、何のために苦しんでるのかもね。
この回答へのお礼
こんばんは。回答ありがとうございます。
もう全くその通りすぎる答えです。
物心ついたときからずーーーっと
考えていました。答えを知るためのひとつの試みとして
スピリチュアル本を読んでいましたが、ますます
わかんなくなってきました。
(決して批判ではなく事実として)私の周りには
子供心にも心から人生を楽しんでいてお手本に
したいような大人がいなかったしどう生きるかという事を
教えてもらえる大人もいなかったので
自分で調べ始めましたがやはり独学、しかも当時は本のみゆえ
答えにつまる事がほとんどで、こうやってインターネットが
発達してこういう相談サイトに自分の考えを述べて色々な方の意見を
聞くことが出来だして今やっとこさ自分だけの思考から抜け出せそうです。
冷静さを欠いていました。それが分かっただけでも良かったなあ・・
と、思えだしました。ありがとうございました。
No.7ベストアンサー20pt
> 自分が普段考えている思考は現実化するので
> 成るべくハッピーな気持ちでいたら良い事有りますよ!
これは、どちらかというと「心掛け」「心の持ちよう」について
語っているんじゃないかな、と思います。
要するにポジティブ・シンキングのススメで
コップに水が半分入っているとき
「まだ半分あるな」と受け止める場合では
「もう半分しかない」と受け止める場合では
前者の方がハッピーになりやすい、みたいな話ではないでしょうか?
もう少し丁寧に「思考は現実化する」を考察すると
●まず、その人の思考は、その人の行動に影響を与えます。
●次に、行動は結果を伴います。
つまり「思考は、その人の行動に大きな影響を与え
ひいてはそれが結果を左右することが多い」ぐらいの解釈が妥当では
ないでしょうか?
しかし、例えコップに水が「まだ半分あるな」と受け止めようが
「もう半分しかない」と受け止めようが
●コップに水が半分、という現象は変わりません。
「アフリカの飢えて死んでいく子供達」というのは
この「コップに水が半分」という現象に近いものではないでしょうか?
スピリチャル本の話のレベルなら
例え、アフリカの飢えて死んでいく子供達であっても
●もしハッピーな気持ちでいられたら、安らかになれるでしょう
ぐらいのことしか言ってないのではないでしょうか?
スピリチャル関連というのは「真理」の探求が第一目的ではないと考えます。
> 読んでいて勇気が湧くし楽しくもなります
あの種のものの第一目的は「救済」。
その人が「心休まる」ことを目的としている筈で
真理探求とは程遠いモノだと思います。
真理ではない=嘘だ、と言っているのではありません。
真理の「探究」ではない、ということです。
探求、という姿勢においては、哲学の方がずっと真摯だと思います。
そんな哲学は、もう2000年以上も真理を探究してきて
最近は「何が真理か分からない」というレベルに到達しちゃってるようですね。
少々蛇足ですが
> 今の現実(生活)はあなたの想い(思考)が作り出したものですよ
では、思考は何が作り出すのでしょうか?
思考は、あなたの経験がつくるのではないでしょうか?
経験は何が作り出すのでしょうか?
生活が作り出すのではないですか?
あるいは、思考は、言葉がつくるのではないでしょうか?
だって、言葉にないことは考えられませんよね?
では、言葉は現実に忠実に対応しているのでしょうか?
例えば「美人」という言葉があったときに
shiromikeさんが思い浮かべる美人像と、私が思い浮かべる美人像は
果たして同じなのか?とか。
現実と思考について考えたとき
私はジャック・ラカンという人の考え方に影響を受けました。
彼は「現実」「言葉(記号)」「思考」の3つに分けて考えたんですけどね。
とっても難解なので、ここで説明するのは出来ませんが
興味がありましたら、こんなところを見てみて下さい。
http://d.hatena.ne.jp/yuyu99/20061120/p1
この回答へのお礼
こんにちは、回答ありがとうございます。
そうなんです。究極毎回考え抜いて行き着く先が「こういう事を
考えている私って何?」でした。「現実が思考を作る。じゃあ思考を
作っているのは何?」お手上げでした。
殆どのスピリチュアル本は「どうすれば私はハッピーになれるの?」とか、「ソウルメイトの探し方」を教えてあげましょう、という
ホントに「救済」=「何か満たされない私の生活を変えたい」で、
私が知りたいのは「私」がハッピーになる方法じゃなくて、「何故、
この世界は苦しい(と感じる)事が多いのか、どうしてそこまでして
生きなきゃいけないのか、どうして「私」はここにいるのか?」
という疑問に対する答えだったので何か読んでいてイライラする自分が
いました。どうも目を背けている感じがして・・。
HP拝見しました。
非常に情報量が多く、もしかしたら私の疑問に答えてくれるヒント
があるかもしれないと期待をしています。読みながら言葉に出来ない
感情、想像界のところを興味深く感じました。これからちょくちょく
拝見しますので、コメントなど残しても宜しいでしょうか。
今は、どちらかというと「真実」の解説に対して「理論」的な物が
私には欠落していますので(「感情」的な解説は女性向けスピリチュアル本に凄く乗っています。過去の傷ついた自分を癒す方法で「君は辛かったね、と自分を抱きしめてあげてください。」とか書いてあるのですが、どうも違ーう!癒されたい(のももちろんあるが)んじゃ無くて
「何故」そんな思いをしないといけなかったのか、というのが知りたいのー!もう!!)
・・・とかひねくれて思っちゃう人間なのでとても勉強になる予感が
します。長文乱文失礼しました。聞いていただきありがとうございます
スピリチュアルな本=観念的で言葉だけの空理空論を弄ぶ本。
ですから、そこに書かれている真理とやらを現実世界で検証することに無理があります。
「ポジティブな思考は有用である」-これは、あくまでも相対的な真理です。
「前向きに努力すれば困難を乗り越えて夢を現実とするかとが可能」
これは、<そういう事もある>という物事の一側面に着目した一つの相対的な教訓です。
ところが、鬱病患者に向かって、「前向きに努力すれば云々」と説いても無意味です。
ポジティブな思考も、その前提条件が覆されれば相対的な誤謬に転化します。
つまり、真理の相対性を無視して事の道理を説くのは、正に、空言です。
よって、空言の前提条件を変えて検証すれば空言と前提とに矛盾が生じるのは当然です。
この手の空言には、本来は、1mmたりとも人生を横にずらす効果はないです。
仮に1mもずれたのであれば、空言を物質化したのは本人の脳の働きの結果です。
空言も盲信すれば、単なる観念的な空言ではなくなり現実化します。
それは、更なる鬱病の悪化という現実化かも知れません。
スピリチュアルな本への傾倒もほどほどに!
この回答へのお礼
こんにちは、回答ありがとうございます。なるほど、「前提条件」です
ね、、。そうやって考えていくと本当にそうだな、と思います。
そりゃそうですよね、戦争している人達に「ポジティヴシンキングで
ハッピーライフを送りましょう」なんて口が裂けてもいえません。
殺されるでしょう。戦争がやんで、衣食住の心配がなくなってから
初めて口に出しても歓迎される「真理」なのですね。うつの方に向かっても同様ですね。前向きに努力できる環境が整って始めて成功できるかもしれないという可能性が上がってくる、という事ですね。
<スピリチュアルな本への傾倒もほどほどに!
うちの親がそんな感じで、根拠が無いのに信じるので、私はその逆を
いってやろう、依存はしないでなるべく左脳で考えてみよう、と決心し、謎ときの様な感じで読み漁っています。ふっと心が弱ったときに
本当に心地いいですからハマル気持ちも分からなくはないのですが・・
とても冷静なご意見、本当にありがとうございます。
質問の中での「真理」=「今の現実(生活)はあなたの想い(思考)が
作り出したもの」でよろしいですね。
それは半分真理で半分嘘ではないでしょうか。
私が思うに、「想い」が「現実」のあり方に「影響」を与えるのは真実です。
他方、「想い」が「現実の全て」のあり方を「決定」するのは嘘です。
前者については、同じ状況についても気分の持ちようで見え方が変わってくること(客観的に現実変化していないが、そもそも我々は主観以外を監置し論ずることは不可能という意味で、念のため)や、むしゃくしゃしながら取り組むとうまくいくこともうまくいかないことといった経験則から了解されるでしょうか。
また、後者については・・・、よろしいですよね。
そうすると、例えばアフリカの飢えて死んでいく子供達だと、確かにハッピーな思考をする子供の方が、何かプチ幸せが訪れるわずかな確率が高いということは少しありそうかもしれません。ただ、しょせんは貧困という環境に左右されて結局飢えという不幸に太極が塗り固められていると言うところでしょう。虐待される動物にしても、その性格によって人生全てが不幸であるか、食事のときにわずかな幸福を見いだすかは異なるかもしれません。思考のない赤ん坊は、本当に思考がないのであれば、世界はありのままでしょうし、思考があるならば、その限りで何か世界の見え方に影響しているでしょう。
この回答へのお礼
回答ありがとうございます。本当に人間は自分の「主観」から
抜け出せれない、これこそが「思い込み」や「勘違い」を生むのでしょうね、、。何だか皆さんの回答を読んでいて自分の中に「戦争をする国
に生まれた人達は不幸だ!そうに違いない!」と思い込んでいる面が
あるのではないかという事に気がつきました。(その人達が本当にどうなのかは分かりませんよね。)
この前、確か「オーラの泉」で三輪さんが「全ての喜怒哀楽の経験を
修行して人の気持ちが分かるようになる為に輪廻を繰り返すからいずれ
あの人の人生、この人の人生を自分も経験するのよ。」と語っていた時
周りは「はあ~なるほど。良いこというなあ」という雰囲気で満ち溢れていましたが私は物凄い恐怖を感じました。ということは、いずれ私も
戦争をしてる国に生まれ変わって痛い思いをして初めてその気持ちが分かる様になる。という事になるのでは?と思ったからです。
(前世には懐疑的ですがその発言が凄く嫌でした。)
何を言いたいのか分からなくなってしまいましたが、本当に「本」を
書く人達には「主観」を取った、大きな目で見て教えてほしいのです。
もちろんTVでの発言も。無理かなあ・・・。
その人の言いたい事と違うかもしれませんが
たとえば、雨には喜びも、悲しみもありませんが
見る人の感覚で、楽しいときには楽しい音に
感じるし、悲しいときには悲しい音に感じる
とみれば、自分が作り出してるとも言えますね。
そのもの自体を作るのではなくて、感覚の問題だと思います。
花の中には綺麗という物質は含まれていません。
私が綺麗と見ていくのです。そう見れば作り出すともいえますが
思考ではなくて、感覚ですね。
後、真理についてですが、全世界共通でないといけないのと、付け足すとすれば、永遠に代わらないものでないといけないと
思います。
物事や、物質についてなら、永遠にかわらないものはない。と言うのが真理でしょう
心と見れば、うれしい、悲しい、楽しい、くやしいなどは、真理でしょうね。
それと、思考は所詮思考です。お金を思い浮かべてもないですし、ステーキを思い浮かべても、お腹は、膨れません。
この回答へのお礼
回答ありがとうございます。今、回答文を読んでいて思い出したのですが、「感覚」、これがヒントの様な気がいたします。
「思考」ではなく「感覚」・・。
これはもうクセなんでしょうが、どうしても「思考」を優先させて
しまった結果、「感覚」が置いてけぼりになっていました。
花を見ても「花」。雨がふっても「雨」。それ以上でも以下でもない。
下の回答にも書きましたが、「ワクワクしなさい」の本をちょっと
批判的に書きましたが、gensan513さんが仰っている、
「自分で作り出している」という、
つまり物事は中立で良い悪いもない。という内容が
ワクワクと同時に書かれていました。
が、やっぱり悲惨な事件を聞いて「ああ、中立だね」とは
どうしても思えず、本の内容に矛盾を感じていました。
「感覚」はどうもミゾオチというか腹の辺りで感じるのですが、
これこそ「私にとっての」「真実」なのでしょうか。
時間を割いて読んでいただいてありがとうございます。ちょっと長ったらしいですね・・。でもずっと悩んでいたことなのでご理解いただけると嬉しいです・・・!
No.3ベストアンサー10pt
基本的に本の考えにうなずけるものを感じます。(もちろん全てではないですが)
>「自分が普段考えている思考(たとえばイライラしてたらイライラした
現実を引き寄せる等)は現実化するので成るべくハッピーな気持ちで
いたら良い事有りますよ!」
>「今の現実(生活)はあなたの想い(思考)が
作り出したものですよ」
前記・後記ともに納得できる所がありますね。
イライラしている人がいるだけでその場の雰囲気は悪くなりますし、周りの空気がピリピリすれば、元々イライラしていた人も余計嫌な気分になってしまいますよね。だからその場(自分の生活)がイヤになってしまう。
逆に常に楽しそうな人は、見ているだけでこちらも楽しくなります。
その人を見ていると自然と気分転換になったり、色々相談できたり。
周りに人が集まり、その影響でまた人が集まり…。人望も厚くなりやすいでしょうね。
ただ、これは「読んでいるあなた(女性向け)」に向けて書いたもので、全世界共通の心理とは言いにくいでしょう。
まずこれが日本で発行されている本という事。また、日本人や日本の生活水準・環境に類似している人が書いたことという事です。
作者の言う「真理」とは、作者が経験したこと、価値観、思想などで更正されたものですよね。
いくら想像しても、経験しても、実際にアフリカで飢えに苦しんでいる人とは雲泥の差があります。
彼らの真理と私たちが考える真理とは異なっていて当たり前だと思うんですよね。
そもそも思想が違うでしょうし、どちらが本物なのかと比べることは出来ないと思います。
そういった意味で見ると、私たちは日々安定した生活を送り、死を常に感じるような危険もないという基盤の上で上記の「真理」が生まれてくるのだと思います。
日本もつい最近までは「真理」に対する考え方も違いましたよね。
戦時中などは特にそうだと思います。
今の生活があるからこそ、そういった本が注目されるようになったんじゃないでしょうか?
しかし心がけとして参考にするにはいいでしょうね。
一人一人が意識を向ければ、アフリカの難民もいなくなるかもしれません。
そういった意味では「真理」かもしれませんが、先進国の物差しで世界を計るのはその国のエゴのような気がします。
この回答へのお礼
回答ありがとうございます。
<これは「読んでいるあなた(女性向け)」に向けて書いたもので、全世界共通の心理とは言いにくいでしょう。
全くその通りだと感じました。本当に真理ならば戦争をしている国に行って「思考は現実を作るのですよ」と血まみれの人に向かって言っても
良い。という事になり、それを想像したら恐ろしくなりました。
どうも、私の需要(世界共通で通じる法則の様なもの)と供給(先進国向けの本)があってなかったような気がしてきました。「毎日ワクワクしてたらトントン拍子に仕事が上手くいった!」とかそんな事知りたい
わけじゃないのですよね・・。本当にこれを戦争している国の人が読んだらどういう感想をもたれるのでしょう。
長くなって申し訳ないです。
- 最新から表示
- |
- 回答順に表示
- |
- ベストアンサーのみ表示











