田中耕一さんと湯川秀樹博士とどちらのノーベル賞受賞が大きく報道されたのですか
2002年に田中耕一さんがノーベル化学賞を受賞したニュースはたいへん大きく報道されて、
「日本人のノーベル賞受賞者の中で、田中耕一さんほどマスコミに騒がれた人はいない。」と、雑誌などで書いてあるのを見ましたが、
1949年に湯川秀樹博士がノーベル物理学賞を受賞したときも、相当大きく報道されたのではなかったのでしょうか。
昔の報道については僕には知る由もないのですが、
田中耕一さんと、湯川秀樹博士と、どちらのノーベル賞受賞がより大きくマスコミで報道されたのでしょうか?
回答(8件)
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> 朝永振一郎さんは、僕のまわりでは知らない人が多いのですが、昔は高名だったそうですね。
この人も、今では「そういえば、そんな人がいたなあ」という人になってしまいました。
日本人としては残念なことに、くりこみ理論では同時受賞したファインマンの方が有名です。
私は素人なのでまちがっているかもしれませんが、くりこみ理論というのは量子力学の不完全な所を無理やりつじつまをあわせるために「人間により作られた理論」という印象をもっています。それとくらべて、相対性理論は「神が作った理論をアインシュタインが見つけた」と思います。べつに私は神を信じているわけではないので比喩的な表現ですけど。
この回答へのお礼
ご回答をしていただきありがとうございました。
お礼が遅くなって申し訳ございません。
たしか今年は、朝永振一郎博士の生誕100年ではないでしょうか。
科学雑誌などで取り上げているものがあったと思います。
大変参考になりました。
社会に対する影響ははるかに湯川秀樹の方が上です。
当時「秀樹」が流行の名前になったそうです。私のクラスにも「秀樹がいました。また、こちらは流行したとは思いませんが「湯川博士(ひろし)」という名前の人がいます。
科学に対する貢献でも物理の四つの力の一つを見つけたわけですから、レベルが違うと思います。湯川秀樹の名前は100年経っても物理の理論に貢献した人物として世界的に名前が残っているでしょうけど、田中耕一さんは難しいでしょうね。
この回答へのお礼
ご回答をしていただきありがとうございました。
お礼が遅くなって申し訳ございません。
やはり湯川博士の方が社会的に大きな事件だったのでしょうか。
大変参考になりました。
文句なしに湯川さんです。当時は子供でしたがハッキリ覚えています。日本中が湧きかえりました。
「湯川博士の中間子理論」・・・みんなどんな理論か全然わけがわからないんですが、この言葉だけは知っていました。
カテゴリーが違いますが、水泳の古橋広之進の世界記録連発も、当時の明るいニュースでした。
この二つは私の脳裏に鮮明に残っています。
田中さんも大分騒がれましたが、問題になりません。
マスコミが発した情報の総量は、田中さんの方が断然多いでしょう。
しかし、国民が受けた衝撃と喜びは、湯川さんの方が何倍も大きかったですね。
中間子理論? 私は今でも中身はわかりません。しかし、この言葉はいまだに覚えてます(笑)。
この回答へのお礼
ご回答をしていただきありがとうございました。
お礼が遅くなって申し訳ございません。
当時は大きな話題だったのですね。
大変参考になりました。
湯川さんの受賞は産まれる前なのですが、父の話ではもう日本中が大騒ぎになるようなニュースだったそうです。
田中さんの受賞もいろんな意味で画期的な受賞だったですが、社会的インパクトの大きさでは段違いでしょうね。当時は、科学には全く興味がない人でも「湯川」の名前は知っていたそうですから。湯川神社を造ろうかという案まで出たそうです。
その後、旧制中学時代からの学友で同じ理論物理学研究のライバルでも有る朝永振一郎さんが1965年に受賞されてからは、長らく湯川・朝永でセットとして科学界の神様的存在になっていました。
湯川さんの受賞30年後に理学部に入った私ですが、当時でもまだ湯川・朝永に憧れて理学部に来る学生は多かったです。
この回答へのお礼
ご回答をしていただきありがとうございました。
湯川神社という案があったのですか。
東郷平八郎の東郷神社のようなものでしょうか。
朝永振一郎さんは、僕のまわりでは知らない人が多いのですが、昔は高名だったそうですね。
大変参考になるご回答でした。
No.4ベストアンサー20pt
比率から言ったら湯川秀樹の方が遥かに上です。
当時の新聞は朝刊2ページしかなかったんですよ。今の新聞で言えば、政治面とテレビ欄に相当するスペースしかない状態を想像して下さい。その中に、政治も経済も社会もスポーツもラジオ番組も、全部詰め込んであったんです。その1面のかなりの部分を割いて報道したんですから。
さらに、敗戦後のショックで日本人が自信を失っていたときに日本初めてのノーベル賞受賞ですから、日本に与えた影響は段違いです。
この回答へのお礼
ご回答をしていただきありがとうございました。
新聞が2ページしかなかったのですか!
それでは今とは報道の状況が大きく違っていたでしょうね。
大変参考になるご回答でした。
世間が騒ぐほどマスコミで大きく取り上げられたのは、田中さんです。というのも湯川さんのときはテレビなどが一般家庭に普及しておらず、戦後の混乱もまだあったかと思いますので。新聞もスポーツ紙なども充実してませんでしたし、発行部数も違うはずです。一般紙での取り扱いに限って言えば、湯川さんのほうが大きかったかもしれませんが。
要は昔と今は生活環境やマスメディア・露出が違い過ぎますので、単純に比較することは出来ないかと思います。
この回答へのお礼
ご回答をしていただきありがとうございました。
ご指摘のとおり、昔はテレビもスポーツ新聞も無く、新聞の紙面数も少なかったと聞いたことがあります。
やはり比較はできないのかも知れませんね。
大変参考になるご指摘でした。
両者の時代背景・マスコミの発達の度合いが違います
単純比較はできません。そもそもしても意味がないです。
この回答へのお礼
ご回答をしていただきありがとうございました。
ご指摘のとおり、1949年にはテレビが無いし、報道のしかたも違っていたかも知れませんから、比較はできないのかも知れませんね。
大変参考になるご指摘でした。
No.1ベストアンサー10pt
湯川さんって日本で初めてでしたっけ?
とすれば、間違いなく湯川さんでしょうね。
日本人の当時の対外国に対するコンプレックスから鑑みて。
憶測回答ですみませんが。
この回答へのお礼
ご回答をお書きいただきありがとうございます。
湯川秀樹博士は、日本人で最初のノーベル賞受賞者です。
1949年には、日本は外国の占領下にあったはずです。
大変参考になりました。
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