毎度、お騒がせいたします、影だけ屋がお邪魔します。

かげ屋~かげだけ~♪ かげ屋~かげだけ~♪・・・

えへん、こんこん、調子が悪いですね。ほにゃらかに行きましょう。

「影を売った男」確か、悪魔に影を売るんでしたね、結局、良い事はなかった。
天使に売っておけば、良いこと有るのかな、とも思いますが、それはさておき。

影というと、表と裏の二元論的な一面ですが
木陰と物陰、守ってくれる陰と、排除する陰。
またまた、二元論に、陥ってしまいますが、さてさて、
われわれの習慣として、この様な分節に親しむ理由もさておき。

影とはなんじゃろうか。
最初は、存在論的に、影は、実在しますか、存在しますか。と問うて見ましょう。

実在 [哲]一般には、観念・想像・幻覚など主観の所産に対し、客観的に存在するもの、またその在り方。
特に、プラトンは感官によって知覚される存在を影にすぎず、その背後のイディアを真の実在と考えた。
アリストテレスを承けて種のような普遍を実在とするアベラールのような考えもある。(以下略、広辞苑)

存在 [哲]実体と属性とに分かれ、前者は基体・本体のようにそれ自体で独立にあるが、後者は前者に付帯して依存的にある。また実体には、自然的・物的なものと、意識的なもの更に超自然的で非感覚的なものとがある。(以下略、広辞苑)

影と陰の国語の講釈も、良ければお願いします。
お礼は遅れがちになりますが、宜しくお願いします。

A 回答 (17件中1~10件)

こんにちは、fishbowl66さん。





代理母の件ですか?

…うーん

今朝、出勤電車の中でちらちら考えてみてはいるところ


まだ、思考ちゅう


眺めているところのキーワードを挙げれば…


『植民地』


歴史からの考察もはじめています


でもって、付随して借地権やらにやら


道徳ということであれば、倫理が浮かびます。まあるくまあるく、




で、ひとつどうもわらないことがあります。


(1)『子供の戸籍が認められない』(2)『三年間戸籍がないまま』とありますが



この話をごったで語られてはいませんか?


子供を戸籍に入れる入れないは養育者である者が然るべき手続き(養子縁組み)をとれば子を戸籍へいれることはできます。


この手続きを怠っているのは誰でしょうか?


子どもの戸籍を三年間戸籍がないままに放置した責任は養育者となる者にあるのではないでしょうか?


なぜ?「わたしの子」というただ一点にこだわるがあまり子の戸籍を空白にしてしまっている。一旦、養子縁組みに置き換えて戸籍を修得した後にこの実子の証明を審議課題にのせることをしようとはしなかったのか?


大前提に誰かの代表であるかのような尊大な発言を光とおくとこれに眉をひそめるものもおおくいるのではないでしょうか?光に隠れた影、個人のエゴ。財産権。所有権移転。


両親が存命な内は、証明がいくらか可能けれど亡くなった後、伝聞だけでは立証要件には満たない。マスコミを巻き込むことで周知の事実として子の親はだれなのかということは記録にのこる。これだけで、将来子どもにいくであろう財産、他からの財産への侵害は阻止できるのではなかろうか。ならば、いたずらにことを荒立て周囲を巻き込む必要がどこにあるのだろうか?大前提で誰かの代表であるかのような発言がひくにひけない状況をうみだしているのではないか。



http://www.soumu.go.jp/hyouka/k_jirei_03.html
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この回答へのお礼

相変わらずの宇宙人(笑。
代理母出産→植民地→宮内庁御料林払下げ、
蜘蛛の糸のような細い糸で繋がっているのか。

そういえば、私は芸能界やワイドショー
良く知らないので、代理母出産はあくまでも一般論。

(1)『子供の戸籍が認められない』(2)『三年間戸籍がないまま』とありますが
ですから、この辺の事実は、良く知らないのです。
つまり、代理母出産は倫理的にどうなのかといっても、
法実証主義と言うのでしょうか成文法の法律がないと何も判断できない。
法の下での平等と、道徳の違いが有るようですね。

今回は、当事者が有名人ですから、道徳も顔を出しにくいし。

あれ、私も話が飛んでしまった。

色々楽しい話題を有難うございました。

お礼日時:2007/03/28 17:48

>外部世界では、光源が遮られる事により影を作りますが、


>内部世界では、光源の傾向自体に影が含まれることになる、と。
>すれ違いですね、

そう。
私って映画にしても小説にしても、水戸黄門的なものに興味を持たない。
最初から正悪が決まっていて、正とされた側が最後に勝つという既に最初から決まっている結果がわかる物語に興味を持たない。

「一体この話はなんなんだ? 結末はどうなるのか予想がつかない。ちくしょう、パズルを解いてやる」って思う作品だと、寝ないで読んでしまう。

読んでいてずっと思い込みで、こっちが正だろういう視点で読み進み、実は正が最悪の人間で、最後にまんまと世間も私も騙しきったことがほのめかされて終わっている作品だと「やられた」と感動したりする。

常識は不確かなのに、その不確かなものを正しいと無意識に確信してしまい、物語の中の出来事の真実を見誤り、最後に「お前は真実を見れない。お前も結局 サングラス越しにしか見れないこいつらと同レベルだ」と作者に暗に指摘された終わり方だと、「参りました」と土下座したくなる。笑
自分の内部(影)を見せられてしまったわけです。


影とはなに?って質問があったとき、私の中に出てきたのが、アポクリファという単語。
これは後者の「光源の傾向自体に影が含まれることになる」と同じ。
存在しているのに、認識できていない部分が影。
それは外にあるんじゃなくて、認識する人の内部にある。


プラトンだってアリストテレスだってデカルトだって外に見出そうとしたが、結局自分の影に翻弄されていることに気づいていないって思うんですね。


未知の存在。 それを求めて旅をする。
そして疲れきって家に帰ったとき、「なんだ 家に最初からあった。。。。」って、、、青い鳥みたい。


>というのも、「わたし」という言葉は発話者を指すのであり、発話者
>がその命題を発話しながらも存在しないということがありえないからである。

そうですよね。 高校の時 それをどう具体的に発表の時に表現しようか悩みました。
例をどれだけ挙げても、的を得た例にならなくって。

逆に「自分は死んでいる」と認識している人がいたんですが、その人に理論をもってしても、それを証明できませんでした。


これくらい 存在の証明は私にとって難しいです。
結局 本人がそう信じるかどうかにいきつく。 宗教と一緒。
(映画シックスセンスの場合、自分が死んでいるとは気づきませんでしたよね。じゃあ 彼は生きているのか?)



>そろそろ、オダーストップの時間、お手柔らかに。

あら・・・そうですか。



>今月は、読書より鉛筆画、休みの時間にせっせと影を書いています。
>影を描きながら、影を考えるより、描くほうが、楽、らく。

絵画って自分の内にある影を表に現す作業ですよね。
あなたの内部(影 つまり あなたは気づいていないが存在しているなにか)が絵に表される。
ふっふっふっふ~

人に見せるつもりがあると<me>的絵になり、誰にも見せるつもりが無いのなら<I>的絵になると思います。

その影をご堪能ください。
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この回答へのお礼

今回はお手柔らかな反応、感謝いたします。
この質問も、お礼が書き上げられたら、締め切るつもりですが、
問題点や疑問点を正確に伝えるのは、なかなか難しいですね。

水戸黄門さんのように、白黒のパターンが決まっているのは安心ですね。
ところが影は、光が無ければ影もない、善が無ければ・・・
この辺りで、混乱してきたようです。
存在論で辻褄を合わすと、認識論で齟齬をきたしたり、
こんな事の繰り返しですね。

「シックスセンス」は面白すぎて、読書の友としては、失敗。
最初から、変なとこは無いのか、三回ほど見直してしまいましたね。
最初の生きていたときと、全く同じで、幽霊ですから騙されます。

人に見せられない絵は、中途半端な練習作
年賀状のネタが主な目的で、・・・
でも、人に見せられないような、自分の内面を、絵で表せたら
それも面白いかも。
でも、人に聞かせない音楽
人に話さない物語、人に見せない絵、
やっぱり、それは、「揺り篭から墓場まで」
有難うございました。

お礼日時:2007/03/28 17:48

こんばんは、fishbowl66さん。




うーん、ディープなお話に入る前にまずはリラックスしませんこと?
で、手持ちのアニメDVD『ブレイブ.リトル トースター ~レスキュー大作戦!~』をお持ちしましたは~♪
(^-^*)/


『道徳と法』など小ムヅカシイことはもうちょいあとで…


まずは、マンガから、いやちがったマンガンからいってみましょうか?深海のお話。
【リチウムイオン二次電池のコスト】
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr200 …

【重希土類元素に富む層状マンガン鉱床の特徴を把握】
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr200 …


http://www.jogmec.go.jp/mric_web/kogyojoho/2007- …


携帯電話をみなようさん使とります。身近なところで使とうわりに日頃あまり気にとめることもない。遠くのお話のようで極々身近なお話。光の中の影(実在)。縁の下ではなく深海の底に眠る力持ちにスポットあててみました。光届いたかなぁ?



話変わって、ぷらりお散歩。夢枕獏さんの書く本『陰陽師』が好きなせいかおぉ!?こんなところにも晴明と博雅が、、、ちょいビックリ。中彫りと外彫りがあるみたい。知らんかった。朱肉つけてペタンと捺せばあらあらあら不思議、文字は同じでも朱肉のつき具合が個々にちがう。


【落款印】
http://www.shibuya-hanko.com/tenkoku.htm

http://www.daito.ac.jp/~pfscoco/livres.html

http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2005_14454/slides …



驚天動地というでなかれ、まだまだ




『銀行の信用創造によるマネー創出にともなう根本的な問題は……云々』

ノンリコース
四半期決算
連帯保証ー必要なし


少子化へ邁進しつつある現状を考慮に入れた措置では?根本的問題はいわずとしれた少子化が根っこ。中小企業向けというのは一面。一人っ子世代がどんどん膨らみつつある、その世代が起業しようとしたときまず何に困るか?【保証人】。親、兄弟(姉妹)見渡せど一人っ子世代に兄弟(姉妹)はおらず、親といえど健在ならばいざしらず、みながみな元気に存命とも限らない。親類縁者といっても希薄化しつつある、ましてやローンの連帯保証人となればなおのことよほどの信頼関係がなくばそうそうなり手もみつかるまい。従来の連帯保証人つきの貸付システムだけではその枠に入れない者が続出してくることは予想することは難くない。しかしながら、連帯保証ー必要なしの貸付システムの貸付率あまりに高い。保釈金がバカ高いように貸付率の高いこと。新貸付システムを用意したは使える者は限られてくるとなるとある意味絵に描いた餅。インフルエンザ処方薬があれど使うことを禁じられてるようなもの。使えるようになんとかならんのかな?借りる側にも問題があることはいうまでもない、借りるときのえびす顔、返すとなると知らん顔。帳面の右と左にお金の出入りきっちりつけて運用してもらわなどんならん。借りるときには抵当権と根抵当権もつくことやろうから、貸付の率そない高こう設定せんでもよいのんちゃうやろか?利とり過ぎたらあとで返さなあかん。



http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/eth/mspaper/msp …
道徳と法はべっこというけれど、法の中には道徳が内包されてるもんちゃうやろか?
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この回答へのお礼

プロローグは、昨今の物騒な金属盗難多発の原因ですか。
レアメタルが高騰しているらしいですが、換金できるのが不思議ですね。
ネットの普及で、匿名での売買が、農作物とか、
従来考えられなかったような、商売が可能になったのでしょうか、困ったもので。

落款、うぅうぅ、ほしい~、でも意外と高い、自分で作るか。

代理母出産が、最高裁で却下されましたね。
現状は法実証主義的で、成文法の解釈が問題で、道徳の出る余地はないのかな。
最高裁は、法が整備されていない、と言う理由で却下しています。
今回、某首相は慎重で、赤ちゃんポストの時とは違いますね、
あの時は、正直に否定的感想を述べたと記憶していますが、今回内容は皆無、大人になったか。

法と道徳、ここには自然法の問題もあるのですが、影に戻りますか。

とは言っても、影は少し抽象的すぎて、もうひとつ消化不良、
来月はもう少し具体的な、「具」を見つけてみます。

そうそう、ノンリコース
堀江被告の「時価総額評価」でしたか、
あれは、証券取引法と言うより、詐欺に近い手法、と言うか、詐欺なんですね。

今月は何度も有難うございました、お気に召しましたら、来月も宜しく。

お礼日時:2007/03/25 06:43

>今回も、影だけに限定しようとしたのですが、いつの間にか、影が光源になってしまう。




えっとですね。
そういう印象を持つかもしれませんが、私としてはあくまで影について書いているつもりです。
従って、いつの間にかに、影が光源に摩り替わってなどいないつもりです。

説明に仕方が悪かったのかもしれません。
それで摩り替わってしまったと誤解を招いたのかもしれない。


まず、現象学については、前回、金魚鉢さんが、影を現象学と例えてみたら、、、みたいなことを言っていたので、それに対する回答だったわけです。


影=光源じゃないです。


<高熱が出ている>は事実です。 影じゃなく事実です。

現象学では、この事実からどう対応するかは、人によって「こうすればいい」というものが違ってくる。

どうして違ってくるのか。


1.熱が出ている。
2.苦しがっている。

1.2 誰もが認識できる事実です。 影じゃあない。


では熱が<苦しみ>の根本的本質か?
確かに熱が出ると苦しいので苦しみの原因の一つですが、熱を下げたとしても、ほんとうのところを消さないと、熱以外の影に苦しむ。


原因は熱ではなくウイルス。
体にウイルスが入ったため、体の防衛機能が発動し、やっつけようとワザ熱を発生させる。
ウイルスが熱を出しているのではなく、体が目的を持って発熱しているわけです。
自然に添って目的をもって行動を開始したわけです。
人間の意思ではこれを操れない。

熱が発生したら、人間は常温動物ですから、一定の温度に保とうと発汗して熱を放出しようとします。
だから熱が出ると発汗するという<現象>が起こる。
この発汗という現象もネーチャーなわけです。

発汗すると当然体の中の水分が失われてしまいます。
塩分は体にとって必要ですが、その塩分が体の外に放出されてしまいます。
脱水症状になります。
これもネーチャーです。

そして初めてここで人間の意志が加わります。
脱水症状になると危険だから水分を口から、あるいは点滴によりおぎない、人間の自然治癒力が減退しないように維持する。

人間の生まれながらに持つ自然治癒力によって、ウイルスに勝つ。
そのために観察者は現象を的確に捉え、何をすべきかを考える。
第一は、熱を下げることではない。
自然治癒力ががんばってくれるように補佐すること。
そのために脱水症状にならないよう、熱を出した分エネルギーを消耗しているから、吸収のしやすい食事を与えて、自然治癒力に果敢にがんばってもらうようにする。

医師がウイルスをやっつけるのではなく、その人の生まれ持って備わったネーチャーがウイルスに打ち勝つかどうか。
負ける遺伝子を持っている種族は滅びる。

これが私からみえる現象です。
強いものが勝つ。
知恵のあるものが勝ちのこる。
それは現象をどう捕らえるかで大きく違ってくる。

影(発熱・発汗)の部分をウイルスが起こしていると見誤ると、本当のところはわからないままで、死亡率は下がらないです。


風邪・インフルエンザ。
全員が死ぬわけじゃあない。
体力が弱っているものの方が死に確率が増す。
風邪やインフルエンザが強烈かどうかじゃあない。

風邪もインフルエンザもそれを殺す薬は無い。
治癒力で打ち勝つかどうか。 持ちこたえられるかどうか。


癌に効く薬など無い。
免疫力が低下すると、癌細胞を殺せなくて、増えていく。
だから年齢が高くなると癌になりやすくなるわけです。
免疫力が低下するから。

それを知らず、癌に効くとされる水ばかり飲んで、免疫力を高めるための栄養を採ることを怠ると、結局 ネーチャーによって死ぬわけです。

水が効くからじゃあない。フラシーボ効果で暗示にかかりやすい人が一時的に暗示により自己治癒力が高まるだけ。

暗示は長く続かない。
現象を見誤った結果、「この水がいい」と水ばかり飲んで食事が食べられず、結果、もっと早く抵抗力が無くなり死んでしまうわけです。


影を見誤ると、ネーチャーより早く死ぬ。


で、私はある事実があっても、それをどうとらえるかは、光源 つまり人によって違うって言いたかったわけです。

<水を飲めばいい、体を冷水につければいい、棒で叩いて悪霊を追い出せばいい、消化のいいものを与えばいい、汗でぬれた服を着替えさせた法がいい。>

いろいろありますよね。
光源の数だけありますよね。
そしてこの光源はそれぞれの経験の上で成り立っている以上、間違っているとは否定できない。

Aの後にBが必ず起こる。 だったらこれは真実だとその人は思い経験値として取り込み、絶対的な光源になるわけです。
影だとは思わず、本質だと思う。


では、<雷でピカっと光った後、雷鳴がする。従って雷鳴の後に光ることはない。>

確かに光と音の速度は違います。
だけど、閃光と雷鳴は同時に起こっているのであって、光が雷鳴を引き起こしているんじゃない。
閃光と雷鳴の原因は別なところにある。
我々はそれを認識できないので、常に<閃光の後に雷鳴がするから、閃光したら3秒数えて、それ以降に雷鳴がしたら安全>だと思ったりするわけです。
間違いですけど、制限があるので、雷という現象を制限つきでしかとらえることができない。
あげくには神の怒りだとか、原因を神にしたりして・・・・
これも光源によって違うし、言い伝えというサングラス越に世の中を見るとそれが常識となる。
常識=真実 とは限らない。
が、影=常識とすることで、集団の共通認識がそうであれば、真実は違うところにあったとしても、その影で問題ないとなるわけです。


ということで、義務教育というサングラスを前回ちょっと持ち出したしました。


話があっちに飛び こっちに飛び?
すいません・・・・




>これはもう、影という言語表現そのものが、決して論理的な形式ではない、ということでしょうか。

他の回答者の内容も読みましたが、本体であるものが漠然としているので、影がいくつも存在することになるのと、前にも言いましたが光源によって影のできぐあいが違うので、光源 すなわち ここの回答者によって、質問からイメージする影が違ってくるからだと思います。


私は最初質問を見たとき、漠然としていて何も浮かばないと思ったのですが、<国語の講釈>という文字を見つけて、それが語彙の意味ではなく文学で考えたら・・・ということだったら。。。。って思って、児童文学で思い浮かぶのが、指輪物語(ギリシャ哲学の義の概念が入っている)とゲド戦記で、指輪物語は映画しか観ていないので、原作を読んだほうのゲド戦記から、影について書いたんです。


光源(立ち位置)によって影が違ってくる。


この世の全ての本質である木が立っていたとして、太陽の位置によって木の影が違うでしょ?
どれが唯一この世に存在する木の柱の本当の影?

光源があればあるほど、その影のその数だけ存在する。
本質は唯一無二なのに、影がたくさん・・・・



>現象を影にしてしまった以上、現象の中の影を識別できなくなってしまったのか。

現象を見たとき、<事実>とするものを並べるんですね。
これは一人が認識するだけじゃあ駄目。
誰もがその認識ができていること。

ただ、その事実から推測される原因とするものが人によって違ってくる。
これが影。
光源によって影が違ってくる。

で、それぞれが原因とされるものを消そうと、イメージした影にそって対処する。
消せたら有効、消せなかったら、影違い。
有効ということは根本原因をつきとめたことになるのか? 
本質をつかんだことになるのか?

有効をやっていって、ある時、それが無効になったりする。
有効手段が効かない。 何故? 
ちゃんと有効手段をやっているのに効かない。 何故?

1.似ているがそれとは別のもの。新しいもの。

2.同じものだが、今まで有効手段とされたものが、実はその一つを撲滅していたにすぎない。 偶然のたまもの。
(上で書きましたが熱を下げると治る というもの。原因を叩いていない。が元気になった人は熱が下がるので、下げ続ける対応をしていく。それとは全く別なところで、ネーチャーで体がウイルスが減った防衛機能が判断を下すと、熱を出さなくなるので熱は下がる。家族は一晩中熱を下げつづけた結果治ったと錯覚する。 実は逆に家族がその人を悪化させていたわけですが。家族の悪化させる行為と、人間の持つ治癒力の死闘が一晩中繰り広げられ、その人の自己治癒力が家族の妨害に屈せず熱を出し続けがんばったので回復したわけです。)


この2.ですが、根本原因だと思っていた常識が、覆されるわけです。
有効手段とされたものが、実はこれも根本原因を叩いておらず影だった。

影の影ではなく、影違い。
影をつかんだと思っていたのは幻想だった。



>デカルトさんでお茶をひきましょうか。
>彼は、たぶん、なぜ考える事が出切るのか、と疑問を持ったのでは。

高校の時の研究対象がデカルトだったんですね。私たちのグループは。
「何故考えることが出来るのか」デカルトがそう疑問に思ったとは考え付きませんでした。


デカルトの頃は懐疑主義が全盛ですが、他の懐疑主義者とデカルトはちょっと違う。
他の懐疑主義者は自分の存在すら「怪しい」と全てを無だと考える風潮があった。
デカルトの場合は「全ては怪しい。だがその怪しいと思う私自身は確実に存在していると言える」だった。


昔から人間は三角形が好きらしく、デカルトも三角形で考えた。
神の存在、私の存在、延長の存在。 これでこの世が成り立っていると考えたんだったと思います。
で、私と私の延長である思惟。 これが問題。
この私は存在するという思惟は、確実に神からの延長だと考えた。
つまり「少なくとも考える私は存在する という思惟が神の影だ。」と。
これを立証するのに不可欠なのは、神の存在の立証。
デカルトは神の存在を立証できたとしていますが、誰もそれを認めていない。
デカルトだけの世界で立証できたことになっている。
このやり方は哲学じゃあない。
宗教です。

そして危険なことに、人間をロボットのようなものと捕らえだしてしまった。
ロボットは人間が作り、自由意志を持たない。

人間は神の思惟の延長で作り出されたロボット?

とても危険な思想です。

もちろん後の哲学者によってデカルトのこれらの思想は徹底的にやっつ
けられましたが。


>要するに、機械的な部品が最初から有る
これを誰が作ったのかわからなくて、神様に頼ったのでしょうか。

神のせいにしてトンズラした、、、と私は思っています。
敗者といえるかどうかわかりませんが、西洋の宗教では敗者こそ真の勝者なりという理解に苦しむ概念がある。
デカルトはそれを利用して自分を守った。
デカルト自身でもこの問題を「自分のために神を道具として利用したくなかった」と言っていたと思います。

結局のところ追い込まれると、現実立証が不可能なものを持ち出して勝った気になるのが常道なのでしょうか。

あるとき、あるサイトで「この人の思想 おもしろいなぁ」と話をづっとしていて、結構追い込んだなと思ってどう反論していくるかと楽しみにしていたら「神がやったんです。」と言わたとき、あなたならどう反応します?
私は無の存在を感じました。
1ヶ月話をしていた今までのことは一体なんだったのか?って。

いっさいがっさいを無にひっさらうこの破壊力のすさまじさ。
それが「神」です。
デカルトにとって実に都合のいい道具になりさがってしまって。
デカルトが作り出した影。。。というより幻。というより都合のいい道具。意思を持たない。

人間こそが神になっちゃいました。

つまり人間が本体、神は人間の理想の現れ。つまり人間の影。
これだとわかりやすいです。
ロマン主義っぽい。
デカルトが生きていたら、そういってどう反論するか聞いてみたかった。

この回答への補足

最近の本でもデカルトに関しては、いまだに色々あるようです。

ヒンティカによれば「わたしはある、わたしは存在する」は、たしかにつねに真となる命題である。だがそれは、デカルトが想定したように、わたしが絶対的な精神実体だからではなく、その命題が発話されたとたんに自動的に真になる文章だからである。「わたしは存在する」は発話されると、その発話者自体によって真になる。「わたしは存在する」はつねに真であり、逆の「わたしは存在しない」という文は、単純に偽であるというよりは、実在論的に不整合である。というのも、「わたし」という言葉は発話者を指すのであり、発話者がその命題を発話しながらも存在しないということがありえないからである。彼によれば、「その不整合は、ある行為もしくは行為遂行、すなわち或る人が或る文を言表する(あるいは、言明をなす)行為に依存する」(『エコロジカルな心の哲学』 河野哲也)

言うまでもないことだが、ここで言われている「私は考えるものである」という命題は、「私」についての分析的な命題ではない。それは「私」が何であるかということを言う命題ではない。それは「私」という主体についての言明ではないのだ。そうではなくて、それはただ、少なくとも確実に表象装置が存在するのでなければならないということを言っているのである。表象は、それが表象である限りにおいて、偽りであったり、真であったりする。だが、そのような真偽を超えて、あるいはそれ以前に表象装置があるのでなければならないのであり、そうした装置がまさに〈コギト〉(私は考える)と言われているのである。(『表象の光学』小林康夫)

さてさて、kigurumi様と私の対話のようなすれ違い、問題点が違うから並べてもしょうがないのですが、今では笑い話の、松果体の件ですが、彼は、解剖や観察を通して、ほとんどの物が、二項対立的にと言いますか、左右対称の構造を持っているのに、この松果体が単独だと言うことからの結論らしいです、そう言われれば確かに理にかなっていますね。

ただ、私が疑問に思うのは、プラトン的なイデア、実体としての器官をデカルトが最初から有ると考えたとしたら、それは問題だろう、私たちの認識器官にせよ何にせよ、外部世界に対応して変化することを、忘れてはいけないと。

そろそろ、オダーストップの時間、お手柔らかに。

補足日時:2007/03/24 08:12
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この回答へのお礼

お世話になっております。
理解不足を補足頂き、感謝いたします。
影と言う言葉か、色々な意味に使われるため、混乱したのかもしれません。

>>プラトンの影は今風に理解すると、現象学で言う「現象」を影と表現して、イデアとしての本質的な存在が、つまり、実在になるのでしょうか。アリストテレスで行くと、様態と言うややこしいものが、今風には、ドゥールズの「差異」とかホワイトヘッドの「過程」が実在と言えるのでしょうか。

これが、そもそも、誤解の原因でしょうか。これがあまりにもいい加減、
プラトンとアリストテレスの対比で、私は、どちらかと言えば非プラトン。
でも、自分のことはわざわざ書きませんから、話がややこしくなってしまう。

今月は、読書より鉛筆画、休みの時間にせっせと影を書いています。
影を描きながら、影を考えるより、描くほうが、楽、らく。

私が今描いているのは、無数の包囲光の中で、主として逆光に立つ構造物。
外部世界にある、影を穴の空くほど見ているわけです。

恐らく、kigurumi様のご関心は、内部世界のと言うか、主体の傾向による
誤解や判断の違い、習慣や集団に対する盲目的な従属、この辺りでしょうか?
そこで、光源と言う言葉で、混乱するわけです。
外部世界では、光源が遮られる事により影を作りますが、
内部世界では、光源の傾向自体に影が含まれることになる、と。

すれ違いですね、
これが、過去の応答もない、始めて同士の対話ですと、恐ろしいですね。
私も追い込まれてしまうのですか、あまりいい趣味ではないですよ(笑。
などと言いつつ、デカルトさんは文字数の関係で、補足欄へ
まぁ、怖いもの見たさですかね(またまた(笑。

お礼日時:2007/03/24 08:11

こんばんは、fishbowl66さん。




うほぉ、げほぉ、うっぷっ


結構、きついっすぅー。
携帯からここを見てるんで下から上まで浮上するのは…。
ドカンと、圧縮。うへぇ~、く、く、、、81
じゃなくて、く.る.ひぃ~酸素、酸素、酸素補給、
すぅーはぁー。。。ほっ。


(|||_|||) げぇ、あぶなかった。


これ以上、小さくなってどうする?フラストレーションたまるたまる。影響でてます。ね、ここに『影』しっかと。目の下にクマ。光源がたんとあり過ぎて影がどこかへいっちゃったとか?ここ目の下にこれこの通りおるでごじゃる。で、フラストレーションを緩和するには…まずは、甘いもの食べる。今宵のおやつはマジカルたるルートくんではなしにタルト(餡入り)をご用意。ひと息つきませう。


気分転換に漫画本を一冊

http://www.amazon.co.jp/gp/product/images/459218 …



ひとまず、デフラグ完了


ばらけてたのを組み合わせてみました。



【通常の BKT 転移】
http://maya.phys.kyushu-u.ac.jp/~knomura/researc …

http://maya.phys.kyushu-u.ac.jp/~knomura/index.h …



【量子相転移(量子臨界点)】
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr200 …



ANo.10の中のくるりと回したお話とあわせて読んでいただけると幸いです。m(_ _)m
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この回答へのお礼

深海のお姫様、無事浮上、携帯ですと大変でしょうね。

私は難解な数式の海に沈んで、浮かび上がれません。
このまま海の藻屑と、海底に積もる塵のひとかけらになってしまいそう。

うほぉ、げほぉ、うっぷっ

これ位が、精一杯。
1-r/rが一般化された「信用創造乗数」

いま、ある人がある銀行に100万円の現金を預金したとする。銀行はその預金のうち一定割合、例えば10%を現金準備(または預金準備ないし支払い準備)として保有し、残りの90%を貸し付けることができる。この貸付が預金として預け入れられるならば、それを受け入れた銀行には、90万円の預金貨幣が作り出されることになる。その銀行は、その10%、すなわち九万円を現金準備として保有し、残り八十一万円を誰かに貸し出すことができる。
このようにして預金貨幣が次々に創造されていく。結局、創造されうる預金貨幣の総額は、次式のように最初の預金の九倍にあたる900万円となる。
・・・
これは最初の預金額の九倍にあたる。この倍数を「信用創造乗数」という。
この1-r/rが一般化された「信用創造乗数」であり・・・

銀行の信用創造によるマネー創出にともなう根本的な問題は、こうして次々と創造されるマネーに銀行が利子を課すことで、経済はつねに成長しないと崩壊してしまう構造になってしまったということである。(『エコマネーはマネーを駆逐する』 加藤敏春)

お金の影と言えば、お金のネガティブな部分、それが、ポジティブに反転する。
とすると、中々意味深いです、ご回答有難うございました。

お礼日時:2007/03/21 19:33

ANo11のお礼から


>いつの間にか、影が光源になってしまう。

心理学で云う「投影」ですね。
誰でも愛されたいもの。
大切な人を苦しめたり悲しませたりしたくはなくても
「愛されたい」の想いが強いと
その人が苦痛に耐える姿を見て美しいと感じる。

何故?大切な人を喜ばすより苦しめたいか。
愛される価値が、実感が、
大切なものの犠牲によって持てるから快くなるらしい。
快楽は必ずしも美しくはない、
けれど美しいものは必ず快で。

大切なのに苦しめるのは越権行為ともとれるし、
それが公理主義の有能な躊躇もない善人
によって苦しめられる場合が多い。

苦悩を味わうことで愛されている実感を大切な人に与えた人=光
快楽を味わうことで大切な人に愛されている実感を満たす人=影
ということで光と影は逆になっちゃうのですね。

光りがなければ影が存在できないのではなく、
影がなければ光りの存在の意味も輝きも美しさも持てなくなっています。

影が光源、というのは人間の統覚が転倒したり
逆像を錯覚ではなく
関係性を抜き出す性質に利用しているせいもある。
のような気がしてきました。

その(影を呈する)光には
存在論的に一切の権利も義務も与えられて居らず
何によって保証されているのでないので
光の方から影を見出して
照らそうとしているのかもしれない
(そんな意図がなかったにも関わらず)。
「君という光が私を見つける。真夜中に」/宇田多ヒカル「光」

fishbowl66さんはどういう訳か(笑)
キャラというか、律儀とうか、その在り様が光ってて
「愛されたい人(私もそう♪)」を見つけてしまい苦悩しながら
実感させているのですね。

私は極度のズボラなので光らないよう苦悩しないよう
何でも無い、どうでもいい、人間になるのが目標です。
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この回答へのお礼

最近、DVDの選び方にコツを体得したような。
難しいサスペンスやトリックより単純で音楽豊富なDVDが読書の友。
レイ・チャールズの、I Can't Stop Loving You~♪ が心に焼きついたり、
「ウォーク・ザ・ライン」のジョニー・キャシュの歌も良かったです。
先週辺りは、聞きながら、ひたすら時間の許す限り絵を描いていましたが。
miko-desiさん、お仲間ですね、同病相哀れむ、といったところで、またまた、ハグ。

ありゃ、上手くかわされたか(笑。

ででで、光源の逆転
心理学のことはさっぱりで、そもそも人の心をどうやって科学にするの、と。
いろんな事柄を、自分に都合よく解釈するのは一般に世の常、
そういった解釈を、誤解を排除し、精密な論証にするとかえって判らない。

結局、内なる影て言うのは、比喩ですよね、
比喩がいつの間にか、存在しているようになる、
例えば、ラマチャンドラが「脳のなかの幽霊」といったゾンビは影になるのかな。

律儀な私は、なんとか、影の哲学で、あぁそうか、と言った感じを掴みたい所ですね。

毎度、有難うございます。

あっ忘れていた、私は光ってなんかいないはず、頭も禿げてない。
先月のほにゃらかは、海千山千(語彙不足でほめ言葉として今回だけは使用)のご回答者様
今回、会員制のサロン状態、それでも人気があるの、全く不思議でしょうがないですね。

お互い、何やら判りませんが、頑張りましょう。

お礼日時:2007/03/18 17:46

>プラトンの影は今風に理解すると、現象学で言う「現象」を影と表現して、イデアとしての本質的な存在が、つまり、実在になるのでしょうか。



現象学・・・
いろいろな分野に応用できますが、、、

例えば、高熱が出た人。
昔から民間療法なるものがあり、冷たい水に浸しておけば治るというのがある。
病気になった人は高熱が出て苦しむ。 
では、熱を奪えば病気は治るのか?

直ると思って冷たい水に病人をジャブンとつけるんですよね。
すると体温は下がる。
高熱という現象は消える。
病気は治ったか? 死にます。

何故なら、体は害のあるウイルスが進入すると、高熱を出して殺そうとする。(蜂と一緒)
だいたいのウイルスは38度で死ぬ。
そのために体はわざと筋肉を振動させ高熱を起こす(ふるえはそのため)
ウイルスを殺すために熱を出しているのに、それを阻止したら、ウイルスの天国。
ウイルスによって死にます。


人がおかしな言動をしたら悪霊がついたとされ、棒でたたいて悪霊を追い出す。
テレビで叩いていました。
「悪霊退散!」って。
悪霊に乗り移られたとされた人はもがき苦しみ、やがておとなしくなる。
では、おとなしくなったから悪霊は退散したのか?
霊能者は「これでもう安心 よかったですね」と言う。
叩かれた人は「おとなしくしていないと また叩かれる」と必死になっておとなしくなる。
家に帰っても、親の言う通りにする。
親にまた霊能者なる人のところにつれていかれて、ぶったたかれたらたまったもんじゃないから。



イデアの実在。。。。
上にたとえで二つの現象を挙げてみました。
現象→手段→その結果。 
結果が良い結果と多くの人が思えば、それはイデアを知ったことになるのか?
影をつかんだことになるのか?
イデアの影を認識できていたのか?


幕の内側から「はーい みなさんが狼だと思っていたのは、実は私の指でした」となればいいんですけどね。


デカルトの「我思う ゆえに我あり」は、神が存在するとしなければ、成り立たない。
しかもその神は「いたずらをしない」という神。
その神は、人間ににせものを見せてからかって遊んだりしない としている。
デカルトの理論は、神が真実のみを見せる全く正義の神が存在していることを立証しないと成り立たない。
デカルトは、神の実在を証明できなかった。


影は一体いくつ存在するのか?
光源の数だけ存在する。
光源とは神ではなく、人間ひとりひとり。

で、この光源を一つにしようと宗教が統一を図る。
でも、不可能だった。

では、それぞれの光源をバラバラにすれば、、、、前面影づくしでまっくら。

ということで、これじゃあ困るので、国は統率に都合のいい国民を統一できるようなものを決め、義務教育という措置をして、バラバラの数を減らすわけです。

国に定めた法(ルール)というものは、一見誰もが納得するもの。
あまりにも多いから、その律法を遵守することに必死で、誰の人生なのかわけわかんない有様。


支配者は影が一つになり、それを実態の影だとみんなが口をそろえて言えば満足?
支配者にとっては被支配者が黙ることが、あるいは与えたことを必死でこなして考える暇を与えないことが、支配者と被支配者にとってのユートピア?


没個性ですね・・・
ただし、人間はこの没個性の中にのみ安らぎを見出せるのかもしれない。
退屈だけど、結局 この安らぎに収まるために、体をその器に合わせて捻じ曲げ、その殻の中で眠る。


実態などどうでもいい。
その影が実態の影そのものじゃなくてもいい。
みんなが不平不満を言わないもの、それが実態ではなくても、ok。
人は実態を求めていない。 安らぎという幻影を求めている。


って  つらつらまとまりのない文章になってしまい すいません。

あ、、 それから原作のゲド戦記と、映画のゲド戦記は、全く別の物語です。
原作の方のアレンは表面上の見える部分を本体だと認識する程度の能力しかなく、それでは将来国民の本心を知ることもできない独裁王様になってしまう。

見えないものを見る力が備わったとき、彼は真の王になる器になるってこと。
そのために必要な旅だった。


ゲドの影は、、、、
彼は傲慢で生意気な少年で、それゆえ、町の魔法使い止まりにならず、大賢者となることができた。
ただし、強烈な魔法を使う器を持つので、それが別の方向に向けば世界が滅んでしまう。
クモもものすごい魔法使いですが、ゲドのように自分の影を知ることがなかったので、世界を破滅させることすらできるとして悪の魔法使いになってしまった。
ゲドは途中で自分の影を知ったので、力を抑え、必要な時のみ魔法を使う魔法使いになったわけです。
力を持つものは、その威力の怖さを知らないと、とんでもないことになるぞ って作者の忠告。
影は切り離せない。 統合されてこそ・・・ってこと。

だから 傲慢な人ほど大魔法使いになる器がある。
だがそれほどの素質を持ったものは、気をつけないととんでもないことになる。
国の支配階級にいる人は、魔法(パワー)の使い方を誤ると、国が滅ぶ。 滅ばないにしてもむごい状態になる。

会社のトップ、学校のトップ、集団のトップにいるひとほど、自分の影を知らないと、とんでもないことになるってこと。
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この回答へのお礼

難しいことになってきましたね。

先月は、矛盾を人為に限ろうとしましたが、人為のなかに自然が入り込んでいて、結果的には失敗。
今回も、影だけに限定しようとしたのですが、いつの間にか、影が光源になってしまう。
これはもう、影という言語表現そのものが、決して論理的な形式ではない、ということでしょうか。

現象を影にしてしまった以上、現象の中の影を識別できなくなってしまったのか。

ゲトの影は能力・魔力、さっぱり判らなくなってきましたね。

デカルトさんでお茶をひきましょうか。

彼は、たぶん、なぜ考える事が出切るのか、と疑問を持ったのでは。
全くの盲目的な状態を仮定して、それでも考えることができる。
それが不思議だったんでしょうね、要するに、機械的な部品が最初から有る
これを誰が作ったのかわからなくて、神様に頼ったのでしょうか。

う~ん、どうもうまく整理できません。
せっかく書いていただきましたが、
今回、もう一つ理解できずじまい、もう一度よく読みなおしてみます。
有難うございました。

お礼日時:2007/03/18 06:49

こんばんは、fishbowl66さん。




人の上に人ですか?
やってみましょう。
まず、紙とえんぴつを用意して下さい。紙に『天』とひと文字書いてみて下さい。で、次に天の文字のてっぺんに人にみたてて『|』を立たせてみて下さい。書けましたか?目を瞑って書いた紙をくるりと回してみて下さい。ここでおまじないひとつ。「ねがいましては~♪」では、目を開けて。『¥』えん、えん、えん…循環論?はたまた、山の手線ゲームがなにやらあらわれてきたではないですか。こころのおもむくままにコマすすめます。福沢諭吉と前島密、大隈重信と福沢桃助ときたらば、中央区観光協会さんのHPへ飛んでヘンリー.フォールズさんにこんにちは。もうひとつおまけにマダム貞奴にご機嫌よう。雲をつかむような話をあれやこや。雲の話といえば千夜千冊『浮雲』眺め赤とんぼ。くもくもくも、もくもくもく、次から次にあらわれる。藪の中、突っつきゃ出てくるのはヘビかしら?ところがどっこい、現れ出たる雲の龍。good-better-best/へびー大蛇ー龍?雲龍図もありゃ、こちらもこちら海北さんに円山さん、俵屋さんに曽我さんと、60インチのモデルプリンタには驚き、桃の木、山椒の木。あっ?!と、驚くふくざつけい。『¥』



ひとまず、くるりヒト巡り~♪(CT)ふぅー。さて、準備運動をしたところで、いきますか?影のお話のつづき。造影剤注入したところでどこにあるのか(場所)影が存在を指し示します。影は見えれども、姿は見えず…その存在は?どこ?
↓粘膜 ↑
↓粘膜層↑
↓筋層 ↑
↓漿膜 ↑

内側からか外側からか?
どこをどうみる?




【ヘンリー.フォールズ】
http://www.chuo-kanko.or.jp/knowledge/person/per …

【浮雲】
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0206.html

【政体循環論】
http://charm.at.webry.info/200602/article_3.html

【複雑系経済学】
http://www.shiozawa.net/fukuzatsukeikeizaigaku/k …

【ハルニレ】
http://elekitel.jp/elekitel/nature/2006/nt_45_ha …


【診断の三つの諸相】
http://ganjoho.ncc.go.jp/pub/events/031129a.html
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この回答へのお礼

littlekiss様、おはようございます。
相変わらずの、大量生産、大量消費。で、今回、一段と素晴らしい。
特に、東芝さんのメルマガ、ハルニレだけでなく、樹木の様子が一杯。
実は、近じか木の絵など練習しようと思っていた矢先です、思わず、ハグハグハグハ。
証拠の桜の画像をリンクさせようと、NEC関連のサイトに戻るが、行方不明。
マイピクチャーの中の画像にはリンク先が入っていない・・・
http://www.h7.dion.ne.jp/~kyoro/irodori/index.html
やっと見つけましたが、肝心の桜は行方不明、お見せできなくて残念。
鉛筆一本で、花の咲いていない桜の樹を、桜色にかけるかな、連休が待ち遠しい。

人の上、面白い。面白すぎて絶句。

中央区の観光、これも良いですね、連休が待ち遠しい。

松岡さんの千夜千冊は、以前から参考にしています、
特に、借りる本と、買う本、ここに批評があると大変便利ですね。

政体循環論は、眉唾、不思議な文章。
たしか、ホワイトヘッドはプラトンではなく、アリストテレスの継承では、
まぁ、詳しいことは今回無関係。

塩沢さんのページは別のがお気に入りに、
と思いきや、確認すると何処かへ行ってしまったか、
さらっと書いていますが、スラッファの標準商品はかなりむずい。
均衡の経済学が、もう使い物にならなくなるのか、その辺ハッキリしてよ、と。

やややや、最後にポリープの影が、くわばらくわばら。

便利なのは良いけど、樹の写真探して、グラビアなるものをクリックすると
突然、水着の女の子が出てくるのには・・・困ったもんだ。
今回も参考になります、有難うございました。

お礼日時:2007/03/17 07:36

こんばんは、fishbowl66さん。




「君よく見給え。今の政府高官のふるまいは何だ。まさに金殿玉露に住み美衣美食に日を送っているのではないか。加えて下級役人、巡査の末にいたるまで、いばりちらして自らを省みない。士族、平民という封建道徳も生きている。天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらなかったはずだ。今のように官尊民卑の風では、国民はそういう政府に頼っても誰もが官員を志し、独立独歩の気概が失われる。僕はそれを憂いているのだ。誰にも頼らぬ独立自尊の人材こそ、これからは必要なのだ。僕はそういう人材養成のためにこの塾にうちこんでいるのだ。わかってくれるね、神田君!」


ー天は人の上に人をつくらずー


べこ、が首をふるのはこれかなと?
ここだけの話、
わたし卒論に『福沢諭吉』を書いてまして、
あっ?!そういえば…と(*^^*)


まぁ、それはさておき


【日本の文学 付録3】に、ドナルド.キートン氏と津島美知子氏の対談があります。その中でとても興味深いお話をキートン氏が語っています。【キーン】
翻訳のことで、私の困ったことのもう一つは、日本語のいい文章と英語のいい文章とでは、いろんな点で違うのです。日本語のいい文章というのは同じ言葉を繰り返してもかまわないようですが、英語の場合なら同じページに同じ言葉を二回使ってはいけないという習慣があります。絶対的なものじゃないのですが。ですから、日本語の原文には同じ言葉が出ていても、翻訳の場合はそれぞれちがう英語の言葉で訳す必要があります。逆に、英語の小説を日本語に訳す場合にも困ることがたくさんあるでしょう。たとえば you の訳語なんかそうでしょうね。そういう言葉の選択があるからこそ翻訳は一種の芸術にもなるわけです。


上記のお話を踏まえ、「はないちもんめ」を考えてみました。はないちもんめの『もんめ』は『文目』かな?と、しかし文目と書いて音に起こせば『あやめ』、あやめといえばお馴染みの「いずれがアヤメかカキツバタ」と出てくるショウブ(菖蒲)サトイモ科ーアヤメ(菖蒲)アヤメ科ーカキツバタ(燕子花:杜若)アヤメ科と、いった具合に「いずれがアヤメかカキツバタ」と言われるようにどこに視点を置くかで先の答えが変わってくる。姓といえば科が姓、属といえばが名にあたる。
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HT …

同姓であったり、また一方では同名であったりとこれこのようにややこしい。間違うって、同姓同名。ほんま、誰やねん!と、自己申告してんかー!と、ボヤキがどこぞから聞こえてきそうな、あぶないあぶない事故のもと。注意してみていかなすっ飛ばしてしまう。で、話はNロケットに戻ってこのロケットの2段部分は日本で新規に開発され尚且つ液体ロケットだったというあたり おぉ…すご。現在の2段ロケット(固液)ETV、ここに至までの過程にれっきと存在していたこと、ちょい浮上させてみました。
ホップ ステップ ジャンプ


逆光で見えにくくなるときあるじゃないですか、そんな時、絞りは、しめるんじゃなくてプラスに回して大きくすると、逆光で見えにくくなっている部分も明るく写ります。
ミノルタα7000
http://ja.wikipedia.org/wiki/
ミノルタのカメラ製品一覧

CAMERA&PHOTO
http://www.page.sannet.ne.jp/ryo-fuji/camera/len …

FUJIFILM Image
http://www.fujifilm.co.jp/ii/technology.html
衝撃波の科学
http://www.engineering-eye.com/rpt/shockwave/02_ …
http://www.engineering-eye.com/rpt/shockwave/02_ …
http://www.engineering-eye.com/rpt/shockwave/03_ …
http://www.engineering-eye.com/rpt/shockwave/05_ …

日本赤ちゃん学会
http://www.crn.or.jp/LABO/BABY/ABOUT/index.html

入試問題
http://www1.odn.ne.jp/~cbg28720/bungakusi/mondai …

『足をしれ』と、ヤジがとんできそうですが、盾で受けとめ、『タル』は『たのし 』に『い』をたすと『たのしい』になります。と、いうことは…たのしいのいがわかるまで極める。穴のあくほどみる。


ロダンです。考える人。
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この回答へのお礼

>天は人の上に人をつくらず
 人は人の上に人をつくる、神田真秋 愛知県知事公印省略
 
 冗談です。
 
 神田知事さん、絵が趣味らしいです、一度も投票していませんが、うん~お上手です。
 あえて、参考URL省略。
 
少し飛びますが、赤ちゃん学会、随分昔からやってるんですね。
何の影に隠れていたのか、尤も、設立趣意がもう一つぴんとこない。

こないと言えば、御礼が遅くなりました。

福沢諭吉と前島密、大隈とか福沢桃助だったか、あれこれ考え、影が薄くなって。

影が薄くなったところで、衝撃波。・・・この辺、時間を捏造中。

と書いて、かきつばた、かきつばたが「杜若」と変換される「紙」にびっくり。
びっくり、と、吃驚が同じなのに、二度吃驚。 漢字は固いね。

で、最後にマタマタ←またまた、どっちもどっち、のお礼が遅れた言い訳

カメラは、PENTAXSだし、衝撃波は足るを知らない、ひょっとして影がないのかも。
で、良く見る。
今月の初めから、具体的に絵を書き始めました。

良く見なければなりません、
葉の模様を観察してフィボナッチ数列、欄間の詳細にフラクタル
でも、足るのではなく、何処かで諦めています。鉛筆画のことです。

影が遠くなっていませんか、私の理解不足でしょうかね。

今では、何でこんな質問したのか、と、悩むことも有り。
言い換えると、質問したときの自分と傾向がずれて、関心が無くなったのか、
でも、gooさんの哲学カテは不思議ですね。

質問者が質問の意図を忘れてしまった、誰か突っ込んでくれるかな(笑。

御礼が遅くなり、本当にゴメンナサイ。littlekiss様。

お礼日時:2007/03/16 18:12

こんばんは、fishbowl66さん。




今回は国語というか読書からこの問いを考えてみました。


ほい、よみものは『駆け込み訴え』太宰 治


ふみふみと読書しつつ、こちらの問いをあわせて考えてみました。読んでる本のP94~P105(12ぺージ中1ページ挿し絵)に『駆け込み訴え』のお話がありP105ここで主人公の告白があります。主人公自身が自身の名を宣言しています。12ページほどの中に紆余曲折があり、こころの葛藤が、いや、こころの叫びが狂おしいほどに名を求めて止まない。『はないちもんめ』ではないけれど、「名を呼んでおくれと」名を呼ばれる日を夢みその身を焦がし待つ、待つことに疲れたかのように受け身(受動的)ではなしに能動的にその名を自ら高らかに宣言する。性同一性障害からの脱却とも見紛うラストシーン。スポットライトにあたることを避け、影の中にその身を潜めていた思い。心の奥底に押し殺していた思いが封印を解かれたように一気に溢れ出す。影から抜け出て眩い光スポットライトを浴びる。影から抜け出る中で、影の中に押し込め置き去り葬り去った思い。名も無き思いの片割れは心の奥底深く深く沈みゆく。等価交換とも見紛うなりすまし。何かを手に入れる変わりに何かを手放す。手に入れる何かと手放す何かが影の中に同時に存在する。影の中の光。光の中の影。


何故だか、『駆け込み訴え』を読んでいると『コールオプション』に思いが至る。


http://kabuyougo.blog15.fc2.com/blog-entry-62.html




ー追伸ー

ANo.3の中で記載した参考URLの内ひとつ開きませんでした。申し訳ありません。

しんぶんをお届けしたのですが…不通とは、トホホ。

http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5714/satu …

お時間があれば、少しお手間をおかけすることになりますが、次の手順で開いていってみて下さい。まず、上記、参考URLを開きます。ページを一番下までいくと画面左隅に【トップページに戻る】の表示がありますからそこで一度クリック、宇宙開発史のページが立ち現れます。その中の【宇宙開発史んぶん】のところを一度クリック、年月ごとの号の一覧が立ち現れます。【2007年3月号】を一度クリックしてもらいますとANo.3で開かなくて見れなかった参考URLのページがあらわれます。
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この回答へのお礼

読みましたよ、頑張って。
「H2ロケット」の影に隠れてしまった「Nロケット」
#6様の精密な区別と比較しても、少し違った、有用性・進歩から外れた「影」
時間の影と言ってしまうと、間違いですね=なら書かなきゃ良かったのに(笑。

太宰も青空文庫で、ささっと、読みました、便利なのかどうかは判りませんが。
文学の事は本当に判らないのですが、直観的に喜劇仕立てですね。
性同一性と言うより、自己同一性の信仰を、キリスト教の古典を揶揄して遊んでいる。
ですから、太宰では、光と影が行ったり来たり、ぐるぐるぐるめ、で最後の晩餐。
一対一の主観的記述で、マリア・ペテロ・何某の内面には関心がない、のかな?

皆様のご回答の傾向を考えると、
質問者のように外部世界の影をあれこれ考えるのは、人気無いですね。

折角、回答しても、馬耳東風じゃなくって、赤ベコ、首振り振り。

今回も、一部、首振り振り、申し訳ありません。
くれぐれも、わたしの感じ方が正しいなどとは言っていませんよ。

そもそも、影に内なるものと外なるものが、有るかも私の誤解かも。
では、きっとまた来週、来月かな(笑。有難うございました。

お礼日時:2007/03/12 17:58

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