アメリカが戦後日本人をたくさん死刑にしたというのは本当でしょうか?
詳しく知っているか違いましたら教えてください。

A 回答 (13件中1~10件)

 NO.6です。

大分お話が賑やかになってきました。
 感想を一言。
 NO.7さんの「Forgive,But Never forget(許そう、だが忘れるな)」にも、NO.8さんの「米軍による占領は史上最も寛大な占領」にも賛成します。
 進駐軍が来る前の、当時の国民の米軍への認識は、戦時中の「鬼畜米英」の言葉でもわかりますように、米兵に何をされるかわからない、若い女はみんな強姦されるんじゃないか、男はみんな牛馬のごとく酷使されるんじゃないか、という恐怖心でいっぱいでした。
 ところが実際に来てみると違っていたわけです。ピンク色の頬をした豊かな体格の陽気な米兵が、ジープの上から道行く人に「ヘーイ」とにこやかに手を振り、子供達にはチョコレートやチュウインガムを配り出しました。子供達は自然にジープに群がるようになりました。
 これは、意図を持った占領政策の一環であったかもしれませんが、故意的な演出ではありませんでした。末端の米兵がみんな上手に,陽気で親切なアメリカ人の演技ができるわけがありません。
 No.8さんのおっしゃるように食糧も配ってくれました。たとへ家畜飼料の転用品が混じっていたとしても、飢えて死ぬよりはるかにマシで、むしろ天の恵みに近いものでした。
 国体もなんとか維持され、日本の自治も一定の制限下にあったとはいえ、それが許され、アメリカ人の気性も肌でわかり、国民が安心して生活できるようになりました。
 そうです。NO.9さんのおっしゃる「日本を親米国に作り変える洗脳占領」といえるでしょう。
 しかし、占領国が被占領国を自分達の都合の良い国に作り変えるということは、どの時代のどの国でもやったことです。やらないほうがバカでしょう。
 予想されていた苛斂誅求や政治犯の牢屋ぶち込みなどの、圧政による国の改造よりも、実際の占領政策の方が遥かによかったことは事実です(レッドパージなどは多少ありましたが、戦前の日本にも強烈なヤツがありました)。
 「米軍機が地上の女子供でも機銃掃射した」・・・ゲーム感覚でやったんだと思います。こんなことは今の日本人でも、同じ立場であったらやる奴が出ると思います。
 「降伏して塹壕から出てきた日本兵(当然丸腰)を狙撃した」・・・日本兵が隠し持っている手榴弾をぶつけてくると思ったんでしょう(実際にそんなケースはあったようです)。あるいは米兵が単に怖くなっただけで、自動小銃をぶっ放したのかも知れません。
 「米軍の無差別絨毯爆撃」・・・住宅と町工場がゴチャゴチャと混在してる町なかで、町工場だけピンポイントで狙え、といったって無理な話です。
 日本軍も米軍も、間違って、あるいはやむを得ず、あるいは故意に、無辜の非戦闘員を殺したことは、多くあったと思います。
 戦争とはそんなもんです。国と国のノールールの総力戦です。無辜の非戦闘員でも戦争当事国の国民の一人です。ジュネーブ条約やその他の国際法に違反してるじゃないかと物言いをつけても、負けたらどうにもなりません。
 勝者が裁くんです。日本が勝っていても同じことをやります。
 日本の大東亜共栄圏も、大義名分はどうであれ、結局は日本のためにやっていることです。
 ただ日本はアメリカと同じように、被占領国に物を施すことはできないでしょうね。国力の桁が違います。
 科学の方は進歩しましたが、人間の心の中はそれほど進んでいません。どんな国も帝国主義的性格を持っています。現在のアメリカもロシアも中国も日本も持っています。過去には虐げられたといっている韓国も持っています。
 歴史上他国に攻め込んだことがない、平和国家だ、わが国はやさしい国民ばっかりだと、現在自慢している国がありますが、それは力が弱くできなかっただけの話です。
 まあ、戦争になったら、悲惨で不条理なことがいっぱい起こります。そして負けたら、どこにも文句をいっていくところもありません。個人もそうです。
 当時は、配給だけではとても足りませんので、みんな法律で禁止されている闇米を手に入れ、飢えをしのいで生き延びてきました。警察官も誰もかも(たった一人の裁判官をのぞいて)。
 戦争になったら、国際法はもちろん、国内法もクソクラエの世界になることを覚悟しておく必要があると思います。 
 
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2007/03/10 22:29

「単純に寛大さだけで見るなら日本統治下の満州、朝鮮、台湾及び東南アジアですよ。

併合と占領がまざってますけど。目的が大東亜共栄圏ですからね。」

日本の占領地と言うと、例えばフィリピンがあります。ここでは、少なくとも昭和19年以降の日本軍と日本人の評判は非常に悪く、フィリピン人ゲリラの手に落ちた日本兵/日本人は全て殺され、フィリピンの各地にいた守備隊は米軍ではなくゲリラに殲滅されて生存者ゼロ=最後の様子が不明の例が多い。日本人を庇護するフィリピン人は一切いなかったと聞いています。(山本七平氏の著書などによる)
日本がフィリピンでいかなる占領統治を行ったのか詳細を存じませんが、そこまで憎まれるにはそれなりの理由があったのでしょう。

一方、同じく占領地である蘭印では、終戦まで日本統治に対するゲリラ活動などはなかったようです。連合軍が上陸せず、凄惨な地上戦が起きなかったことも主な理由でしょうが。

内南洋のパラオは日本が長年委任統治した場所です。日本の統治はそれ以前のドイツの統治より質が高くて島民に歓迎され、米軍がパラオに侵攻して激戦・玉砕に至った際も島民を巻き添えにしなかったことで、現在でも感謝されているようです。ここではNo9さんの言われるとおり「最良の統治者」と言って良いでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2007/03/08 21:13

国内外で戦犯として命を落した日本人は、1618名(獄中死含む)とされています。

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この回答へのお礼

有難うございました。

お礼日時:2007/03/08 21:12

巣鴨プリズンで絞首刑にされた第一号は、軍人ではなくT・Kさんという18歳の少年でした。

進駐軍の倉庫へ盗みに入ったところ見つかってしまい、米兵を刺殺して逃亡した容疑です。終戦直後は戦時中より食うものがなかった。そこで兵舎に盗みにでも入ろうものなら、子どもでも容赦なく射殺されました。
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この回答へのお礼

有難うございました。

お礼日時:2007/03/08 21:12

ソ連、中国より米軍の占領下にあって日本は良かったというのは同意します。


例えば本土決戦を行ったドイツはベルリン女性の50%がソ連兵士にレイプされてますからね。

ただ、史上もっとも寛大な占領とまで言われると、これはちょっと違うんじゃないかなと。
単純に寛大さだけで見るなら日本統治下の満州、朝鮮、台湾及び東南アジアですよ。併合と占領がまざってますけど。
目的が大東亜共栄圏ですからね。

アメリカのは脅威が増していた共産圏への防波堤として日本を親米国に作り変える洗脳占領ですよ。
それが功を奏して日本人が無意識にアメリカに占領されて良かったと思っているんです。
ドイツなんて戦後さっさと再軍備しちゃってるぐらいなのに、未だに日本はやれ靖国参拝がどうとか、過去の清算がまだとかいちゃもん付けられる始末です。
降伏文書の約束なんて守られず無条件降伏にされちゃって、事後法で好き勝手に処刑始めちゃってとても寛大とは思えません。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2007/03/08 21:11

No4の者ですが、No6さんのご回答に補足させて頂きます。



No6さんご指摘の通り、日本を占領した米軍兵士による犯罪(殺人を含む)は当然ありました。当時の日本の新聞では、米兵の犯罪が報じられる場合は「大男の犯行らしい」とぼかして報じられるのが慣例だったそうです。朝鮮戦争の折に、朝鮮から帰還した米兵(黒人が多かった)が北九州の小倉市で集団脱走して多数の犯罪、特に日本女性へのレイプ事件を起こしたと言う事件が伝えられています。

小倉黒人米兵集団脱走事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%80%89% …

ただし、これもNo6さんが言われるとおり、「米軍による占領は史上最も寛大な占領」でした。米兵の犯罪を米軍の憲兵(MP、ミリタリーポリス)が「ある程度」検挙して処罰してくれ、日本の新聞が前記のようにぼかした形ながら米兵の犯罪を報道できたなど、米軍の占領下でなければ有り得なかったことです。

何しろ、米軍は自分たちの食料などの必要物資を全て本国から持ち込み、更に飢えている日本人に食料を供与しました。基本的に、日本に与えることはあっても奪うことはありませんでした。そのような占領軍は、歴史上極めて稀な存在です。

例え、米軍が日本人に供与した食料が

* 期限切れの缶詰、戦闘糧食
* アメリカでは家畜のエサにする穀物
* 米兵の残飯(これをゴッタ煮にした「おじや」が闇市で売られ、人気を集めていたそうです)
* 学校給食用の小麦粉、脱脂粉乳。いずれも、アメリカで余っていたので市況調整の目的もあったようです

と言ったものであったとしても、飢えた日本人を救うには重要な役割を果たしました。私は、後世の日本人としてその点で米軍を「尊敬」します。

「ソ連軍だったら最悪でしょう。国民の餓死や婦女暴行が続出して、目も当てられない惨状を呈していたと思います。」

満州や北朝鮮、樺太に侵攻したソ連軍は、日本国や満洲国の国家資産を全て没収し、所在の日本人や現地人の私有財産も可能な限り略奪しました。ソ連軍による略奪は徹底的で、日本人の家にドアを壊して押し入り、値打ちのあるものは全て略奪、壁や家具を叩き壊して隠匿物がないか調べ、屋根裏や軒下に隠れている日本女性を引きずり出してレイプすると言う、我々の想像を絶するものでした。

ソ満国境付近にいた開拓団の日本女性や子供は、徒歩でハルビンや奉天までたどり着くまでにソ連軍や現地人の暴行略奪を受け、ほとんどが野垂れ死にしました。途中で身ぐるみ剥がれ、裸で裸足で無一文になってしまうのですから当たり前です。

辛うじてハルビンなどに逃れた開拓民女性が、全裸の上に麻袋を被って裸足で歩いている様子、あるいは本当に「全裸」でよろよろと歩いている様子が目撃されています。そうした人は、例外なく昭和20年の冬を越せずに満洲で死んだでしょう。

満洲国は、当時の欧米以外では稀な「鉄道網や工場や公共設備が整備された」、日本の本国よりよほど進歩した所でしたが、鉄道のレールを剥がし、工場の設備を分解してソ連へ持ち去りました。シベリア抑留された日本人の回想記では「日本の軍服を着ているソ連民間人を、ソ連領内で多く見かけた」そうです。

ソ連による想像を絶した蛮行については、下記の本をどうぞ。
「戦後引揚げの記録」若槻泰雄
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4788795299/
絶版書ですが、図書館で探す価値のある本です。

No7さんの言われる
「今の日本に生きる我々はこのような事実に対して「Forgive,But Never forget(許そう、だが忘れるな)」の精神で向かい合う事こそが重要だと思います。」
ですが、私は少なくとも「占領軍としてのアメリカ軍」に対しては「戦争の後だから仕方ない。後世の日本人として恨む筋合いはない」と考えます。

ただし、日本が降伏した後のアメリカは「最も紳士的な勝者」でしたが、戦争中のアメリカ軍は結構残虐で、戦時国際法も以外と無視していました。(戦時国際法など全く考慮しなかったソ連軍やナチスドイツ軍よりはましですが)

* 投降した日本兵をその場で射殺、口をこじ開けて金歯をもぎ取り、コレクションする。

* 民間人を効率よく焼き殺すことが目的の都市無差別空襲。広島や長崎の原爆投下はその究極の姿です。

* 潜水艦や飛行機で民間船を無警告撃沈、救助せず放置。

* 日本の軍艦や商船を撃沈し、泳いでいる日本兵を飛行機や軍艦からの機銃掃射で容赦なく射殺。この種の行為は日本軍は決してやらなかったことです。

* 昭和20年になって日本上空の制空権が米軍に渡ってからは、戦闘機で日本上空を飛び回り、人影を見れば女でも子供でも構わずに機銃掃射。米軍の戦闘機に追いかけられ、機銃掃射を受けて助かった佐々淳行氏の著書にその経験談が書かれています。
「戦時少年佐々淳行」
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31092725

上記のことは、仮に日本軍がやったとすれば関係者は「B級・C級戦犯」として裁かれ、多数の死刑判決が出ていたはずです。勝者のアメリカ軍がやったことですので、一切不問に付されました。

ただ、沖縄やサイパンでの民間人を巻き込んだ地上戦で、米軍に投降した日本民間人に対しては概ね人道的な取り扱いが為されたようです。

この回答への補足

質問者なのに生意気ですいません。
「戦争の後だから仕方ない。後世の日本人として恨む筋合いはない」
と仰っておりますが、泣き寝入りして良いのでしょうか?
韓国のように「慰安婦、金よこせ~」とか言ってるわけではないので、このような態度でも良いのではないでしょうか?

補足日時:2007/03/08 21:03
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2007/03/08 21:09

戦闘中の段階からも米兵の残虐性は指摘されていました。

降伏して塹壕から出てきた日本兵(当然丸腰)を狙撃したり。ですから米兵の降伏勧告を信じずに塹壕に留まった日本兵が多かったというのも、あながち奇怪なことではありませんでした。米兵の「善意」は信じることができなかったのです。

さて戦後には東京はじめ各地で「戦犯」の裁判が行われました。が、裁判とは名ばかりで、今のイラクの裁判と同じくらいお粗末なものでした。例えばフィリピンでは住民を殺害したということで容疑者が裁判にかけられましたが、フィリピン人の証人には日本人の顔がみんな同じに見える。ですから「タナカ」とか「サトウ」など、聞いたことのある苗字であるという理由で「こいつがやったんだ!」と証言され、絞首刑に処された兵士は多いと聞きます(正確な数は調査不足です。すいません)。ダイエー創業者の故・中内功さんはフィリピンで終戦を迎えましたが、「ナカウチ」という珍しい苗字だったのでこのような危機を免れたと言ってたそうです。

また「徳を以て仇に報いよ」とお達しのあったはずの蒋介石政権の中国でも正当性に疑問のある裁判で銃殺刑に処された日本兵は多数おります。書名は忘れてしまいましたが収容所で裁判を体験した生存者の本を読んだことがあります。この残虐性は後に台湾で起きる228事件の残虐性と通じるものがありそうです。

ソ連が一番非道いのは周知の件ですが、アメリカも中国もそこそこ「報復的リンチ」は手を染めてます。東京裁判もデタラメだらけです。
しかし以後の統治の方法と効果を見ると、アメリカの占領が「まだましだった」という評価を下して良いかと思います。結果論ですけどね。

それ以前に日本兵もいろいろやりましたから・・・他人を殺しておいて自分の命は助けてくれというのも言いにくいですね。

今の日本に生きる我々はこのような事実に対して「Forgive,But Never forget(許そう、だが忘れるな)」の精神で向かい合う事こそが重要だと思います。
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この回答へのお礼

私もそう思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/03/08 20:58

 ご質問の主旨がもう一つよくわかりませんが、


「戦後、戦犯以外に米軍または米兵が日本人を多く殺したことはあるか」というお尋ねであると解し、回答させていただきます。

(1)終戦後も日本の警察、裁判所はそれなりに機能していましたので、日本人の犯罪者ついては日本の警察が捕まえ、裁判所が裁き、刑に処しました。進駐米軍がやるということはありません。
(2)占領下の日本で、米兵が日本人を殺すという米兵の犯罪は当然ありました。多くの米兵が進駐してきていましたので、窃盗、強盗、強姦、殺人などはありました。
 数はどれくらいなのかは、はっきりとした数はわからないと思います。とくに終戦直後から講和までの期間は、米兵の犯罪は多かったと思いますが、数字はわかりません。
 当時の新聞も占領下であるため、今のように米兵の犯罪を大きく報道するということはありませんでした。
(3)米軍当局(GHQ)が意に沿わぬ日本人有力者を秘密裏に殺したかどうかということですが、あったかもしれませんが、あったとしても極めて少数でしょう。下山国鉄総裁怪死事件について、米CICの関与がささやかれたりしたことはありますが。

(余談)米軍による占領行政については、いろいろ問題はあったと思いますが、進駐軍がアメリカで、まあまあよかった方じゃないでしょうか。MP(米軍警察兵)も、まあまあそこそこ米兵を取り締まっていたと思います。
 進駐軍がアメリカでなかったら、もっとひどい事が起きていたでしょうね。
 主力が英連邦軍(英濠加)だったらかなりひどくなり、中国軍だったらさらにひどく、ソ連軍だったら最悪でしょう。国民の餓死や婦女暴行が続出して、目も当てられない惨状を呈していたと思います。 
 
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2007/03/08 20:56

回答については他の方々がためになる回答をされているのでしませんが、このような疑問から過去に何があったかを知るきっかけになることは大切なことだと思います。


これを機に書籍などを通じて知識を広げてはいかがでしょう?
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この回答へのお礼

私は靖国論を読んで本当なのか、と思ったのですが、もっと読んでみたいなと思いました。

お礼日時:2007/03/08 20:42

アメリカに限定せず、戦勝国の「戦犯裁判」により、約1,000人の日本人(朝鮮や台湾の人を含む)が死刑になったりあるいは獄死・拷問死しました。

極東国際軍事法廷で死刑判決を受けた「A級戦犯」の7名はそのごくごく一部です。

A級戦犯
http://ja.wikipedia.org/wiki/A%E7%B4%9A%E6%88%A6 …
BC級戦犯
http://ja.wikipedia.org/wiki/BC%E7%B4%9A%E6%88%A …

さらに、捕虜として抑留中に過酷な待遇によって病死(餓死)した人がいます。

特に、ソ連によってシベリアへ拉致され、酷寒の中で食料も衣服も住居もほとんど与えられずに奴隷労働を強いられた「シベリア抑留者」の死者は、40万人近いとする海外の研究もあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%99% …

それとは別に、昭和20年8月の終戦後から昭和21年にかけて、ソ連占領地区の満州や北朝鮮では、多数の日本人の民間人(多くが女性・子供・老人)が、全てを略奪されて無一文になった状態で餓死・凍死し、あるいはソ連軍や現地人に虐殺されました。女性の場合は、虐殺の前にレイプされました。死者の数は、満州の開拓団員だけで8万人以上です。被害に遭った人は多くが現地で死んでしまいましたので、詳細は永久に不明です。

そして、公式の日本人引揚げが行われなかった北朝鮮では、日本人の死者は20万人以上に上ると推定されています。北朝鮮に残留した日本人も少なからずいたと思われますが、その消息は全く分かりません。
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この回答へのお礼

有難うございました。

お礼日時:2007/03/08 20:49

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