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甲午農民戦争という名称

役に立った:2件
  • 質問者:noname#31559
  • 投稿日時:2007/03/18 18:52
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昔は東学党の乱という名称だったそうですが、現在の教科書は併記か「甲午農民戦争」のみの場合もあるようです。
進歩派や朝鮮系の人の本では「東学党の乱」という名称の不適切さが指摘され(この闘争を矮小化するものである、とか)、代わりに「甲午農民戦争」のほうが適切と書かれています。反封建、反侵略の農民蜂起であり、アジアにおける反帝国主義闘争の先駆として意義がある云々て感じで。
韓国側が自国の歴史を評価するのは当然としても、日本側からしたら軍事介入の口実になった出来事なわけで、隣国の、この出来事を称揚するための呼称は、日本を主体に置いた歴史記述、特に教科書の記述としては適切とは思えないのですが、どうでしょうか。
「東学党の乱」が適切と言いたいわけではありません。問題にしているのは「甲午農民戦争」という名称の適切さです。

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このQ&Aは役に立ちましたか?(役に立った:2件)

回答(5件)

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  • 回答者:a-koshino
  • 回答日時:2007/03/24 09:33

>しかし、この事件の意味合いは韓国史と日本史では違います。
甲午農民戦争という名称を用いていても、意味合いは用いる一人一人、異なっている、という主張をしておりますので、論点はずれてないような。
ただの百姓一揆だから、農民戦争なんてたいそうな名称を用いるな、との主張でしょうか? 何をお尋ねになりたいのか、よくわからなくなってきました。
日本軍との戦闘も含まれているので、「乱」という名称を用いるのは誤り、という点では同意していただけるでしょう。

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この回答への補足

この回答へのお礼

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  • 回答者:a-koshino
  • 回答日時:2007/03/20 05:51

根本的な誤解があるようなので、補足を。

文脈とは、記述されるたび、記述者が新たに構築するものです。
従って、「この言葉が本来使われる文脈です」という意味での「本来」は、存在しません。
名称がニュートラルだから、どのような文脈でも記述しうる、という現象が起こっているように、私には思えます。すなわち、名称として極めて適切である、と。
なお、甲午農民戦争について、封建的な体制に対する反乱であるとする見方も、日本軍の侵略に対する抵抗であるとする見方も、私は肯定しますので、反封建・反侵略という評価をしても、いいじゃないか、という立場です。
ただし、それを名称に関する議論とするのは、議論の出発点がおかしいのではないでしょうか。

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この回答への補足

この回答へのお礼

考え方はわかりました。
しかし、この事件の意味合いは韓国史と日本史では違います。そこを踏まえていただければ、「文脈とは、」以下の数行の文章は論点がずれていると思われます。
「議論の出発点がおかしい」とは思いませんが、理に落ちた回答を引き出した点は今後の反省材料にしようと思います。

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  • 回答者:a-koshino
  • 回答日時:2007/03/19 08:30

>僕が伺いたいポイントではありませが
ということなので、補足を。

>日本を主体に置いた歴史記述
どこを主体に記述しているか、などに価値を置くと、客観性が失なわれがちです。特に教科書の記述なら、客観性を重視する方が、教育上、望ましいと考えます。重要なのは、史実をわかりやすく記述することでしょう。
「東学党の乱」という名称は、島原の乱を「切支丹党の乱」と呼ぶようなもので、誤解を生じやすいという問題があります。「甲午農民戦争」という名称だけを見たら、「出来事を称揚する」要素は存在しませんから、史実を記述する名称として、妥当だと考えます。

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この回答への補足

この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。
・客観記述を「理想」とするのはいいことだと思います。
・あらためて述べておきますが、「東学党の乱」がベストともベターともグッドともノット バットとも思っていません。
・「名称だけを見たら」確かにニュートラルな名称です。そのせいで日本史の記述に入り込めたのだと思います。
ですが僕が問題にしているのは字面ではなく、この言葉が本来使われる文脈です。

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  • 回答者:DieMeute
  • 回答日時:2007/03/19 08:02

適切だと思います。甲午農民戦争の甲午というのは干支の一つであり、この戦争が起きた年が甲午の年だからそう付けられました。またこの反乱は農民の蜂起によって起こったものです。
つまり甲午農民戦争は、甲午の年に起きた農民達の戦争という意味ですから、事実を端的に表しており、名称としては適切だと思います。
ただ、その戦争の意義云々に関しては、人それぞれ考え方があるので意見が分かれるのでしょう。

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この回答へのお礼

名称の由来なんすが、これは質問で触れたように、韓国の歴史を扱った本、特に進歩派の本に書いてあります。質問では触れませんでしたが、吉川弘文館や平凡社の歴史の百科事典にもあたってみました。つまり名称の由来の情報はすでにつかんでおり、その情報からは、こちらがいぶかしく思う点に答えてくれないので質問をしているのです。
この言葉が定着した経緯や同じように名称の割れた例でも持ち出してお話をしていただければありがたいです。

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  • 回答者:a-koshino
  • 回答日時:2007/03/18 19:21

「東学党の乱」を不適切とする見方は、
・各地で起きていた民乱の延長上に発生した、一般農民による反乱であり、東学党という反政府結社が存在したわけでない(東学という宗教の信者は、参加者に多かった)ので、実状を反映しない、誤解を招く名称である。
・閔氏政権との全州和約が成立した時点以降、反乱ではないのだが、和約以後の日本軍との戦いを、別の運動とすることはできない。

という理由だと理解しています。

「農民戦争」という名称は、16世紀の「ドイツ農民戦争」から引っ張ってきたもので、19世紀の朝鮮と無関係ですが、一般農民が多数参加した戦争であることは確かなので、「甲午農民戦争」という名称に、あまり抵抗は感じませんが、もっといい名称は、ありえるかもしれません。ベストではないが、ベターという感じで。

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この回答へのお礼

僕が伺いたいポイントではありませが、名称の由来の解説ありがとうございます。

  
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