事故現場に花束を備える気持ち。
事故現場に花束を備える気持ちって、つきつめると何なのでしょうか?
漠然と「悲しいから・かわいそうだから」というのは分かりますが、それ以外の回答でお願いします。
回答(6件)
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色々あると思いますが、「黄泉の国への同伴者」として供えるという無意識が働くのではないかという気がします。
つまり、「道連れ」。
一人では寂しいだろう、という気持ちですね。
花は、【美しく咲いていながらやがて滅びる(枯れる)もの】という点で人間と同じ運命を辿るわけで、同伴者としての資格を得るのでしょう。
この場合の花は、美しさではなく滅びるという点に価値を見出されているように思われます。
日本では、事故現場を清める意味が一つはあると思います。
変な意味ではなく、無意識に清めているのです。
そして「成仏できますように」と仏教・神道に関係なく
そう思います。
もう一つの意味は、死者に対して「敬意」を表する意だと思います。
事故にしろ、寿命にしろ、その人が生命をまっとうした事には
変わりありません。
それはある人が見ると自己陶酔かもしれませんが、敬意を
払わない人→その死者に対して何もしません
(かわいそうにと思っているだけ)
少しでも敬意を持っている人は、居ても立ってもいられず、
花やお酒などを供えたいと思うものです。
私も友人の事故現場にタバコに火をつけて供えたことがあります。
No.3ベストアンサー20pt
「私の中のあなたは、いつまでも変わらないでいてください。変わりません。」という気持ちだろうと思います。
でも、つきつめて考えても、「私との関係」によって違ってくるでしょう
ネアンデルタール人だったと思うのですが、彼らは死者を埋葬する習慣があったようです。きちんと体を折りたたまれている骨が発見されているそうです。
そして、その死者のかたわらに花が置かれていた遺跡が発見されたそうです。どうやら、人類は少なくとも3万年前以上から死者に花をたむける気持ちがあったようですね。
よく、臨死体験をした人が「お花畑にいた」と証言するそうですから、お花畑というのは人類が夢見る天国なのかもしれないですね。かくいう私も、できればお花畑で死ぬか、桜満開の季節に死んで桜吹雪の中葬式してもらいたいと思っています。
不運にも命を落とされた方が、
少しでも安らかに眠れるようにとの思いではないでしょうか。
悲しい・可哀想というのとは違うような気がします。
折にふれお花を供えたりするのも、
「どうか安らかに」と言う気持ちと、
「私はあなたを忘れていませんよ」という
亡くなられた方を大切に思う気持ちではないでしょうか。
でも、突き詰められるものでもないような気もします。
おそらく色んな思いがあるような気がします。
きっと、答えは1つではないんでしょうね。
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