イングランド-アルゼンチン戦ユニフォーム交換は誰もいないなぜ?
イングランド-アルゼンチン戦・・いい試合でしたね。
イングランド-アルゼンチン戦ユニフォーム交換は誰もいないのですが・なぜ?
教えてください。
回答(6件)
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No.6ベストアンサー20pt
イングランドのユニフォームには英文で「アルゼンチン-イングランド 2002.6.7」と刺繍されており、交換することは前提にしていたみたいです。
ただ、試合でいろいろとありましたし、遺恨の残る部分はあったので、ああなったのではないでしょうか。
No.5ベストアンサー10pt
皆さんの回答に付け加えます。
両国のいざこざは66年イングランド大会からあったようです。
二見文庫の「W杯サッカーびっくり仰天ニュース」によりますと、
準々決勝で両国は対戦し、アルゼンチンの主将がイングランドのラフプレーと主審のジャッジに執拗な抗議をしたところ、退場になったそうです。アルゼンチンはその後も抗議を続け11分間試合が中断しました。
この試合はイングランドが1-0で勝ち準決勝進出。
おさまらないアルゼンチンはイングランドの控え室のドアをぶち破りW杯の役員に悪態をつき、「ウェンブレーの陰謀」(ウェンブレーは当試合の競技場の名)と批判したそうです。
FIFAはアルゼンチンの協会に罰金を科し3選手を出場停止にしたそうです。
これが両国の「因縁の戦い」の始まりの様です。
その後は、皆さんの回答のように「フォークランド紛争」「マラドーナの神の手・5人抜き」「ベッカムの報復退場」があります。
両国とも相手に対し良い感情はないようです。
選手同士はあまり遺恨はないと思います。
ただ、敵になれ慣れしていると、自国に帰って
批判されたりするのじゃないでしょうか。
物理的に攻撃されたりしそうだし、そっちの方が
怖いと思います。
詳しいことは分かりませんが、1982年にアルゼンチンがイギリス領フォークランド諸島に侵攻したフォークランド紛争後から両国国民はあまり仲が良くないみたいですよ。ちなみに紛争の原因は当時のアルゼンチン軍事政権が内政の行き詰まりからの国民の不満を逸らす為に開戦したことが主因のようです。
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