河野談話や村山談話を否定あるいや無視するとなぜ問題?
いわゆる河野談話のお陰で、慰安婦問題が今頃になってアメリカで大きな政治問題になっています。 ヘタをすると日米関係にひびが入る勢いです。 中国や韓国びいきのロビイストが随分活躍していると聞きます。
ところでこの河野談話なんですが、今の安倍内閣の外交政策にこれほどの影響力を持っているのはなぜでしょうか?
たしか宮澤喜一総理時代、1993年の発表のはずですから、もう14年も経過しているわけです。
たしかに同じ自民党政権ですが、14年も経つと内閣の性格や社会情勢も大きく異なるはずです。 「河野談話なんて昔の事、今の安倍政権はそれに縛られない、独自の見解を持つ」 と言い切っても本来は問題ないはずです。
アメリカなどは同じ政党間で政権が委譲されたとしても (たとえば共和党→共和党)、前政権の政策にこんなに縛られないと思います。 イラク戦争やベトナム戦争など、軍隊の活動に関わる政策はそんなに変わらないでしょうが、これは単なる過去の歴史に関する見解の問題です。
特に村山談話の場合は、自民党単独政権でもないし、社会党の党首が総理として発表したわけですから、どの自民党政権もこれに縛られる必要はないわけですよね?
なぜ日本の場合、こんな過去の亡霊に縛られる必要があるのでしょうか? とても不思議です。
独自の見解を示すと何か都合の悪い事が起こるのでしょうか?
回答(5件)
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誤解をおそれずに分かりやすくいうと、河野談話以前までは、日本政府は慰安婦の存在を公式に認めていなかったのです。
河野談話は、慰安婦の存在を認める見解を、政府が行った調査の結果という文脈で公表したという点において、画期的であり、日本政府が過去を真摯に反省する態度を示したものとして、国際的にも評価されたのです。
現在の河野談話を否定しようという流れは、河野談話以前の状態に逆戻りしようとするものであり、反発が強いのは必至であると考えます。
この回答へのお礼
有難うございました。 お礼がおそくなり、すみません。
議論になりそうで恐縮なのですが、記憶では河野談話は
かなり踏み込んで 「日本国の公的権力」 が慰安婦の手配に関与したと
見なしましたが、これはあくまでも韓国に対する政治的
配慮というか打算の産物であり、何ら歴史的根拠のないもの、
これだったように思います。
今の安倍総理が繰り返し 「そのような証拠は見つからなかった」 と
答弁していると思いますが、これが正確な表現であるように感じて
います。
「慰安婦なんて存在しなかった」 とか 「軍や政府が関与した
なんて、全くの嘘である」 とは言っていないと思います。
「当時の資料を調査したが、軍や政府が関与した証拠は発見
できなかった」 という事ですから、全くの否定とは少し意味合いが
違うように思います。
ただ河野談話はそのような証拠なしに 「相手が主張するから、
おそらく関与したのだろう」 というノリだったように思います。
これに韓国も中国も飛びついたわけですね。 それにアメリカの一部も。
河野談話以降、日本は自分で自分の首を絞めているように見えてなりません。
談話は 『個人的な意見』の意味しかないので
引き継ぐ必要はありません。
北朝鮮が ピョンヤン宣言(両国のTopが合意)を無視したとか、
韓国が 日韓基本条約(両国の国会が承認)を隠していたとか、
言ったレベルでは無く、
何ら強制力が無いのが 談話ですね。
この回答へのお礼
有難うございました。 お礼が遅くなり、すみません。
> 何ら強制力が無いのが、談話 ・・・
私もそう思っていました。 当時の官房長官とはいえ、
日本を代表する総理大臣でもない人間の談話ですから、
国家間の約束である条約や協定とは一線を画すはずなのに、
がんじがらめになって身動きが取れなくなっているように
見えます、今の日本は。
No.3ベストアンサー10pt
過去の政府公式見解を反故にする事は、日本自身の信頼性を大きく損ねます。
外交的約束をしても、簡単に反故にする国を信頼できなくなるのは当然の事です。
日本人拉致を認めた北朝鮮が、拉致の事実を否定し、「拉致被害者は、全て自分達の意志で北朝鮮にやってきた」と公式発表したとすれば、日本では、北朝鮮の主張や約束を信頼できないと思うのと一緒です。
外交的約束とは、それだけ重いものなのです。
この回答へのお礼
有難うございました。
なるほど政権が変わっても過去の発表については
責任があるという事になるんですね。
となると、発表する以上はよほど精密に調査して
将来にわたって後悔が残らないようにする
必要がありますね。
No.2ベストアンサー20pt
日本人から見ると「過去の政権が言ったこと」ですが、外国から見た場合には「日本から発表されたこと」になります。
政権に関わらず、日本政府として声明を出しているので、これを変更するには、何らかの必然性のある理由が必要で、そうでなければ「日本の政府は担当者が変わったら約束を反故にする、信用できない政府」ということになり、国債の価値が下がったり、日本向け貸付の金利が上がるといった、いわゆる「ジャパン・プレミアム」が発生することでしょう。
体外的な責任は、そのときどきの政権が負っているのではなく、国として負っており、質問者様も含めた日本国民の信託を受けた日本政府の約束・姿勢・認識として国際的な認識を受け、またそれが日本という国への評価・信頼性の一端を担っているわけです。
この回答へのお礼
有難うございました。
対外的な責任は政権ではなく国として負っているんですね。
となると、村山談話はともかく、河野談話については
拙速な政治判断だったという論説も多いようですので、
批判が事実とすれば責任重大という事になるんでしょうか ・・
一度誤った発表をしてしまうと、日本の将来に取り返しの
つかない汚点を残す事になるんですね。
単なる過去の歴史に関する見解 と捉えているのであれば、
不思議でしょう。
過去の人権侵害の事件に対する謝罪 と捉えると
撤回するのであれば、相手は当然怒りますよね。
ましてその被害者は確実にいらっしゃいますし
生存されておりますから
ドイツでも、ナチスドイツの時代の行為に関しては、
ずっと縛られていますよ。
犯罪に対する謝罪と捉えるか、単なる歴史認識と捉えるかで
見方は全然かわってきます。
この回答へのお礼
有難うございました。
過去の歴史の見解ではなく、外交における
政策の転換と見られているんですね。
了解致しました。
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