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お世話になる、の主語は「尊敬する対象」でしょう。つまり、先生が私めにお世話になる、という意味でしょう。そのばあい「なる」も尊敬語で、「お」は丁寧語と解していいでしょうか。

一方「お世話する」という表現も口語的ですがごくまれに聞かれます。この場合、「お」を丁寧語とみなしていいでしょうか?最近の別の質問みたく、やはり丁寧語「お」と準謙譲語「する」が相容れないとみなすのでしょうか・

A 回答 (5件)

#1です。

御質問に直接関係はしませんが、一点補足します。

#2の方が挙げられている「お世話になる」についてです。
これは、一見、尊敬語の一般形「お~になる」に「世話(する)」を当てはめた形のように見えますが、主語(動作主)は相手側ではありません。「私は、先生にお世話になった。」のように、「世話になる」の全体で、自分側(私)という主語に対する述部になります。このような形をとるものには他に「ご馳走になる」などがあります。
以前、この形をどう考えるべきか、専門家と話したことがあるのですが、結論は出ず、取りあえず例外的な言い方と考えるしかないということで終わりました。
よって、「お世話になる」については、この際、お忘れになってください。ちなみに「お世話をいただき~」という場合の「お世話」は相手側の動作(動作性の名詞)であり、尊敬語です。

「お世話する」に関しては、#1で私が御説明したとおりです。
ただ、次の誤記の部分を訂正します。

>>ご質問の場合、「連絡(する)」は、自分側から相手側(敬意の対象)へ直接かかわる動作であり、謙譲語Iにあたるので、「御」を付けて「ご連絡いたします」としても何ら問題ないということになります。
→「連絡」「ご連絡」は、「世話」「お世話」とすべきでした。しかし、理屈は、「世話」でも「連絡」でも同じことです。
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「おせわになります」は「よろしくお願いします」と同様に、形骸化した挨拶であり、通訳者泣かせの文です。

I'm afraid you have much trouble for me. などと言ったら噴飯ものでしょう。

他方「私がお世話いたします」は、立派に意味のある文で、I'll take care. です。

「せわになりました」は、昔、身分の高い人が低い人をねぎらうのに使いましたが、現代では、「お」抜きでは使いません。

これらの「定型化」または「形骸化」した文を学習するときは、一々分解して品詞がどうとか、敬語の第何種にあたるとか、考えないほうがいいと思いますよ。あなたが言語学者として身を立てようとするならば別ですが。
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文法的な解釈はわかりませんが、



お世話になる、と言うときは、自分が誰かの世話になる場合だと思います。
お世話になります、と言うときは、たとえば「私」が「先生」に「宜しくお願いします」と言ったりする意味。

たとえば、どこかへ出かけたとき滞在先の家の人に「お世話になります」と頭を下げたら「泊まらせていただきますので、宜しくお願いしますね」」という意味ですし。

「お世話をする」は、No.2の方がおっしゃるような場合に使うのは自然だと思います。
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> お世話になる、の主語は「尊敬する対象」でしょう。



主語は世話してもらう人です。例えば、
「私は先生のお世話になりました」

> 一方「お世話する」という表現も口語的ですがごくまれに聞かれます。

例えば看護師さんが、
「私がこの患者さんのお世話をします」
ごく普通に使う言葉だと思いますが。
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「お世話する」は、「お~する」という謙譲語1の一般形に「世話(する)」をあてはめたもので、正当な謙譲語です。



先日発表された「敬語の指針」(平成19年2月2日 文化審議会国語分科会答申 全文はURL参照)の39ページに、Q&A形式で、次のようにあります。以下、【 】内引用で、( )内は原文通り、〔 〕内は私の付けた補注です。

【自分のことに「お」や「御」を付けてはいけないと習ったような気がするが、「お待ちいたしています」や「御説明をしたいのですが」などと言うときに、自分の動作なのに「お」や「ご」を付けるのは、おかしくないのだろうか。これは、どう考えたら良いのだろうか。

解説 自分側の動作やものごとなどにも、「お」や「御」を付けることはある。自分の動作やものごとでも、それが<向かう先>を立てる場合であれば、謙譲語I〔動作が向かう相手を立てる謙譲語。聞き手(読み手)に対する敬意を表す謙譲語IIに対する用語〕として、「(先生を)お待ちする。」「(山田さんに)御説明をしたい。」など、「お」や「御」を付けることには全く問題がない。また、「私のお帽子」など、美化語〔丁寧語から分離した概念。敬意の向かう対象に対する敬語ではなく、物事や動作を丁寧に美化して表す敬語〕として用いることもある。
「お」や「御」を自分のことに付けてはいけないのは、例えば、「私のお考え」「私の御理解」など、自分側の動作やものごとが相手側や第三者に直接かかわらない場合で、自分側の動作やものごとを立ててしまう場合である。この場合は、結果として、自分側に尊敬語を用いてしまう誤用となる。】

ご質問の場合、「連絡(する)」は、自分側から相手側(敬意の対象)へ直接かかわる動作であり、謙譲語Iにあたるので、「御」を付けて「ご連絡いたします」としても何ら問題ないということになります。

上記分科会のメンバーでもある菊地康人氏は、「敬語」(講談社学術文庫)の中で、謙譲語として認められる形として、次のように述べています。
「動詞の一般形としては、「お/ご~する」「お/ご~申し上げる」。単純に「お/ご」を付加した形としては、「先生にご案内/お手紙をさしあげる」あるいは「先生へのご案内/お手紙」という場合の「ご案内/お手紙」のように、動作の向かう先や物の受け取り手を高めるもの」。形容詞の例としては「おうらやましい・おなつかしい」

「お世話する」は、謙譲語の一般形「お/ご~する」の形ですから問題がないということは言うまでもありません。

一応まとめておけば、「御(お・ご)」という接頭語は、尊敬語、謙譲語、丁寧語、美化語のすべてを作れる、ということになります。ただし、すべての動作やものごとに付けられるわけではなく、条件があるということは、上記引用部分に書かれているとおりです。
ご質問の「お世話」や「お電話」「お手紙」などは、同じ形で二(三)つの敬語の種類になるので、送り手の側(話し手・書き手)も受け手の側(聞き手・読み手)も注意しなければいけませんね。
・「先生からお電話をいただく。」・・・「お電話」は尊敬語
・「先生にお電話を差し上げる。」・・・「お電話」は謙譲語
・「お友達にお手紙を書きましょう。」・・・「お手紙」は丁寧語(新分類法では美化語)

参考URL:http://www.bunka.go.jp/1kokugo/pdf/keigo_tousin. …
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