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修論に書く「謝辞」について教えてください。

私は文系なのですが、修論に書きたいことが他の研究科(理系)にも関連するため、昨年M1の時、私が修論に関連する専門の先生にお願いをし、本来なかったはずの授業(募集をかけても誰もこなかったそうです)を復活させてまで、受けさせて頂きました。

授業では、院生は私以外に、もう一人女性の院生(私一人では可哀想ということで、当時M2の彼女が受けるつもりのなかったこの授業を、修論と学会で忙しいなか受けてくれました)が来てくれました。

先生とその院生は、科学に関して全く無知な私に合わせてくれて、とことんレベルを落とした私中心の授業になってしまいました。そして言葉では言い表せないくらいに教えて頂きました。

今年、私はM2で修論を書き始めるのですが、何か私にせめてもの恩返しをしたいと思い、頑張ってできる限り良い修論を書きたいと思っています。


前置きが長くなりましたが、ここでいくつか教えてください。

(1)修論の謝辞に、その先生と院生の名前を書きたいと思っているのですが、上記のような理由で、わざわざ異なる研究科の人間の修論に、先生や元院生の名前を載せるのは失礼でしょうか?
(2)一緒に授業を受けて教えてくれていた院生は、就職をしたのですが、そういった大学を離れた元院生の名前を載せてしまって良いのでしょうか?
(3)また私の書いた修論の出来があまりよくなかった場合、先生や元院生の名前を載せるのは、やはり失礼でしょうか?
(3)もし1・2が大丈夫なら、前もって本人に許可を得たほうが良いのでしょうか?
(4)もし二人の名前を掲載する場合、指導教官は気分を害さないでしょうか?というのは、今は指導教官に、ほぼマンツーマンで指導を受けていますので、指導教官以外の名前を出すことに指導教官は、良い気はしないのではないか、という気がするのです。


沢山質問をしてしまいましたが、どれか一つでも良いので、教えてください。
よろしくお願いします。

A 回答 (3件)

分野や学科によって異なるので、


指導教員に確認をとっておいた方がいいと思います

経緯はどうであれ、講義を受けただけでは必要ないという考え方も出来ます
(専門の講義の教員は謝辞に全て書く予定ですか?)

私や私の指導教員がいたところの場合、
1、2謝辞に載せる人の所属は関係ありませんでした
2「一緒に講義を受けてくれた○○さんありがとう」は書かない方がいいかもしれません
(似たような研究に直接関係ない謝辞を書いている人もいました)
3名前を載せるのに許可を得ない方がいい場合はありません
所属も確認しておいた方がいいです
今所属している会社名を書いて欲しい人と書いてほしくない人がいます
4指導教員次第です
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この回答へのお礼

>専門の講義の教員は謝辞に全て書く予定ですか?
いえ、質問にあげた二人だけの予定です。
私のいる研究科は、ゼミ以外の講義は、ほとんど全て多人数(20~100人超)になります。(他の研究科は違います)
私が受けた講義で、少数だったのは、指導教員とのゼミと上記の質問にあげた理系で受けた授業のみです。
しかし、おっしゃって頂いて今気がついたのですが、大抵大学院の講義は、ほとんどが少人数なのですよね。
そう考えると、先生や元院生からすると、謝辞に書くと言えば、不思議に思うかもしれませんよね。

1.私の大学も同じかもしれない、とは思うのですが、アドバイス頂いたように、確認を取ろうと思います。
2.
>「一緒に講義を受けてくれた○○さんありがとう」は書かない方がいいかもしれません
そういう風に書く方もいらっしゃるのですね。元院生だった人とは、一緒に講義を受けたというよりかは、教えてもらっていて、ある意味先生のような感じだったので、そもそも親しみを込めたような書き方はできないのです。
3.やはり許可を得たほうが良いのですね。それから、所属の有無については考えもしていませんでした。教えてくださって良かったです。
4.やはり指導教員次第ですよね。先生は心の中では嫌だと思っていても「嫌」とは言えないのではないかと思うと、なかなか聞き辛い気がします。

参考になりました。ありがとうございます。

お礼日時:2007/04/16 14:11

論文の謝辞と御礼は、根本的に違います。



(1) (2) 感謝されて『失礼』と感じるのは変人ですが、この場合は賛成しません。
 論文の謝辞は、研究を進めるに当たって、その人がいなければ研究は出来なかった、直接的に指導してもらった、という人が対象です。例えば、特別な研究方法(統計学)を教えてもらえば、「統計処理ご協力を賜った○○教授に・・・」など、具体的に書きます。理系なら、簡単に入手できない試薬などを貰った場合などなど。
 逆に、間接的に力添えしてもらった人の名は出しません。両親、下宿のおばさん、親友や恋人などなど。これらの人は、どんなにお世話になっていようと、研究を支えてもらってしようとも、指導してもらったのではないからです。

 その授業で、研究を進めるヒントを得た、というのなら、「有益なご助言を賜った・・教授」「適切なアドバイスを頂いた院生の**さん」のように、名前を明記するべきです。どちらか判断しかねますので、指導教員の指示を仰ぐべきでしょう(教員同士仲がわるいこともあるので、ご注意)。
 ただ、「俺の名を謝辞に書け」と、ごり押しする人は、マアいません(例外は、何事にもありますが)。

(3) 謝辞は、こちらの気持ちですから、書く前に許可を受けるべきものではありません。
(4) 私が指導教官なら、論文を目にしたときに、直接ではないと判断すれば「削れ」と言います。学生の時に、友達の結婚式のお祝いの実際上の出所は、両親でしょう。お祝いの袋に、両親の名を謝辞として書く人はいないのと同じです。

御礼については、別の形をお勧めします。方法はいくらでもあると想います。
 研究に関する御礼で、一般的なのは、院に提出する部数以上に余分の部数を印刷して、その論文をご両親や関係者に贈ることです。身内以外は「謹呈」と書いて、贈るのが普通です。
 また、年賀状や、働き出したら「御礼」の品を贈るなど。院の終了後に手土産を持って遊びに行くのも。

 修士はもちろん、博士論文でも。10年もすれば『恥ずかしい』と感じるのが普通ですし、人は進歩するので当然です。「出来がよい」というのは、天才を除いてありません。
 論文として受理されるようなものは、所詮大した物ではありません。アインシュタインの相対性理論は、難解なので理解されず受け取りを拒否されたとか。
 私は、引用文献が一つも無く( = 先達者が誰もいない)、受け取りを拒否される論文を目指しています。

この回答への補足

わかりやすい例を出して説明して頂き、ありがとうございます。
助かります。

両親や親友や恋人など、間接的な人は名前を出さないとのことですが、私もこのような人たちは、頭から出さないと思っていました。しかし以前、こちらのサイトで恋人の名前を出したという人の書き込みを見て、謝辞は、誰でも掲載できる箇所なのだなと、驚いていました。が、やはり出しませんよね。

>その授業で、研究を進めるヒントを得た、というのなら、名前を明記するべきです。どちらか判断しかねますので、指導教員の指示を仰ぐべきでしょう
直接はヒントを得た訳ではないのですが、授業を受けることで、テーマや中身を決めることができました。こういった場合も、やはり直接的ではないですよね?
指導教員に聞いた良いのですが、やはり名前を書くことに決めかねているので、質問はまだし辛いです。

もし名前を書くとして
>(3) 謝辞は、こちらの気持ちですから、書く前に許可を受けるべきものではありません。
おっしゃる意味はわかるのですが、#1の方が言うように経歴が変わっている場合など、本人の確認はいらないのでしょうか?


アドバイスを頂いた御礼について、こちらも検討したいと思います。

>論文をご両親や関係者に贈ることです。身内以外は「謹呈」と書いて、贈るのが普通です。
社交辞令で言ってくれたのかもしれませんが、先生のほうから「論文ができたら見せてくださいね」と言ってくれました。
先生が社交辞令で言っているのであれば、論文を持って行くと反対に先生のほうがビックリするのではないかと思い迷っているのですが、できれば先生の言葉の通り、論文を渡したいと思っています。
それでこちらも対辺稚拙な質問で申し訳ないのですが、「謹呈」と書くというのは、論文の一番前に一枚足して中央に「謹呈」と書いて渡したら良いのでしょうか?

>年賀状や、働き出したら「御礼」の品を贈るなど。院の終了後に手土産を持って遊びに行くのも。
先生は品物など受け取って頂けるのでしょうか。よく病院などで禁止しているように、先生も受け取ってくれないのでは、という気もするのですが・・・

専門家の方でも、「10年もすれば『恥ずかしい』と感じる」とのことで、とても安心しました。同じ修論であったとしても、私のとはレベルがそもそも違うでしょうけど・・・

それからアインシュタインのお話、ありがとうございます。忘れられないとても良いお話だと思いました。確か、ベートーベンも作曲した楽譜を指導教員(?)に提出するが認められず、やり直せと言われても、ベートーベンは作り直さず何度も先生にそのまま同じ曲を出し続けたと、音楽の時間に習ったのを、思い出しました。

>私は、引用文献が一つも無く( = 先達者が誰もいない)、受け取りを拒否される論文を目指しています。
この言葉を拝見し、大学の先生方はこのような想いで論文を書いている方が多いのかな、と想像していました。

補足日時:2007/04/20 17:30
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私は理系なので、理系の観点からです。



謝辞は、あなたが誰の指導を受け、誰と議論したかを示す重要な1節です。単なる礼状ではありません。
指導を受け、それがあなたの論文に寄与したならば謝辞に記すべきだと思います。
私の場合は卒論でも、学外の研究者はもちろん、他の法人、国外の研究者も謝辞に入れました。所属は全く関係ありません。要は論文への寄与度のみを基準に挙げればいいと思います。
一緒に授業を受けてくれた元院生も、論文に直接関係することをいろいろ教えてくれたり議論したならば、謝辞に入れたほうがいいと思います。

指導教員はその中でも特別寄与度が大きいはずですから、謝辞で何人か列挙する中で最初か最後に書きます。そして、とりわけ感謝している旨を書けば問題ありません。

あくまで理系の話ですが。
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この回答へのお礼

>謝辞は、あなたが誰の指導を受け、誰と議論したかを示す重要な1節です。単なる礼状ではありません。
勉強になります。よく論文の最後に少し書かれているだけで、ほとんど目立たない箇所と思っていましたが、それだけ重要であるならば、やはり謝辞について慎重に考えたいと思いました。

>指導を受け、それがあなたの論文に寄与したならば謝辞に記すべきだと思います。
やはり謝辞に書いたほうが良さそうですね(先生と元院生が迷惑でなければ、書きたいと思っています。ただ私の修論の出来が悪いと、やはり迷惑がられるかもしれませんよね^^;)。

それから謝辞に列挙する順番にも注意して挙げる必要があるようですね。それと
>指導教員はその中でも特別寄与度が大きいはずですから、
>とりわけ感謝している旨を書けば問題ありません。
このように書き方次第では、他の先生の名前を挙げても、指導教員は不愉快に感じることはないかもしれませんよね!助かりました。

力強いアドバイスありがとうございました。

お礼日時:2007/04/16 14:55

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