アフリカの旧植民地国家について
素朴に疑問に思うのですが、なぜスーダンなどのアフリカの旧植民地はいまだに軍事国家みたいな感じになっているのですか?植民地から解放されてずいぶんたっていると思うのですがなぜあんなに国が乱れているのでしょうか?一部の金持ちのアラブ人が政府と結託して貧しい黒人をこき使い、虐殺しているという感じでとらえているのですが(間違いあったらご指摘下さい)50年近くずっとそんな状況なのでしょうか?
回答(7件)
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地下資源をめぐって欧米が内戦にからんでいるということは、
むかしから言われてきたことですが、たとえば、アンゴラの
内戦などでしょう。武器や弾薬は金がなければ買えません。
誰かが出していることは誰でもわかることだと思います。
http://tanakanews.com/d0602congo.htm
No.6ベストアンサー20pt
2番です。
>アフリカはやたらにキリスト教徒やイスラム教徒などが混在しているのでしょうか?
アフリカ北部は、当初キリスト教でしたが、それがアラブ(イスラム)の進出により、しだいに南部に逃れたケース(エチオピアなど)。
イスラム商人との交易により、イスラムが広がったケース(東アフリカ、サハラ南部)。
ヨーロッパ諸国の植民地時代にキリスト教が広がったケース。
などがあります。
特にヨーロッパ諸国は、イスラムとの交易を阻止し、自国との交易を発展させるため、イスラムの強い地域や自国の拠点地域で、積極的にキリスト教の布教を行ったため、混在し、宗教間の対立が深まってしまいました。
>植民地解放された後、同じ民族ごとに集まって新たに国を作る、ということは不可能だったのでしょうか?
アフリカ諸国の場合、北アフリカを除いて、民族形成が行われる前の部族社会の段階で、ヨーロッパ諸国の支配を受ける事になってしまい、民族形成がされませんでした。
さのため、民族よりもより小さな単位である部族社会が生き残り、民族という概念がありませんから、不可能でした。
キプロス人は、ギリシャ人としてギリシャへの統合を求めています。
東西ドイツは、同一民族として統一されました。
南北朝鮮は、機会あるごとに、南北統一を求めています。
モンテネグロ人は、最近までセルビアとの連合を崩しませんでした。
これらは、民族形成期に、同一民族として民族形成されたため、その後他国の支配下にあって分断された後も、同一民族としての統合を求めたものです。
一方クロアチアは、本来セルビアと同一であったものが、民族形成期にハンガリーの支配下にあったため、セルビアとは相容れない関係になってしまいました。
ソマリアは、本来ソマリ人単独の国家なのですが、部族社会のため、独立後部族抗争から内戦になってしまい、無政府状態に陥っています。
No.5ベストアンサー10pt
>一部の金持ちのアラブ人が政府と結託して貧しい黒人をこき使い、
>虐殺しているという感じでとらえているのですが
こき使うまでは分かるのですが、一勢力のみで虐殺までしていては
さすがに金持ちの方がやられてしまいます。
ただ、これはあながち遠からじといったところで
アラブ人を先進国に置き換えると話が通ってくるから怖いところです。
他の方の回答にあるように問題はもっと根が深いものでして
宗教対立、民族対立にあるわけです。
そしてアフリカの大地には貴重な鉱物資源が埋蔵されています。
こう書けばなぜ上記で先進国が登場するのか気づかれると思いますが、
この鉱物資源を巡って先進諸国は裏で糸を引いているのです。
先進国から武器や金を供与された側が埋蔵地域に住んでいる住民を虐殺して
自分達の利権を確保し、先進国はビジネスがし易くなるという構図があります。
先進国からすれば民族対立とか宗教対立があれば、
それを利用した方が事が楽に運ぶのです。
アメリカのイラク侵攻はまさにこれを大々的にやったことなのですが、
逆にイスラム社会の反発を受ける結果に終わりました。
ですが、現状はイラクは宗教対立になってしまっています。
これぞまさしくアメリカが絵図に描いた通りの展開で、
今後アメリカがイラクにおいて石油権益を占めることができれば
ブッシュ政権の目的も達したことになります。
南アフリカには世界一のダイヤモンド産出量があることは有名です。
ナイジェリアには非常に巨大な石油の埋蔵量があることも
ブッシュ大統領が訪問したことでも知られるようになりました。
知られていないのは、チタンやモリブデンなど軍事用に使われる
希少金属がほとんどすべてあるということでは。これを狙って
大国が代理戦争をさせているのではという疑いを私は持っています。
また、ダイヤモンド、金、石油の採掘権は誰が占有しているか?欧米の企業です。デビアスや石油企業など。
アフリカのように地下資源のみが国の財産である地域で、唯一の国富がこれでは、まともな国など築けるわけがない。宗教対立などは二次的事項だと思います。アフリカは今でも植民地状態。
この回答へのお礼
ありがとうございます。具体的にはどの国で欧米のどことどこの国が代理戦争をさせていると考えられるのでしょうか?
アフリカの旧植民地で起こっている内紛の原因は、民族(部族)対立、宗教対立、利権争いによるものが殆どです。
スーダンの内紛の発端は宗教でした。アラブ人が政権を取り、イスラム法を取り入れて、イスラム国家にしようとしました。これに反発したのが南部の黒人キリスト教徒です。スーダン西部のダルフールも同様で、アラブ人対非アラブ人の戦いです。スーダンの内紛は民族対立であり、宗教対立です。また、南部には地下資源が眠っているとも言われ、政府がそれを狙っているとの話もあります。
一般的に言って、アフリカの国家は、独立した後の国家政策、経済運営において失敗しました。
植民地時代、多くのアフリカ人は単純労働者であり、技術者や農場・工場経営者、行政の官僚等は当然の事ながら大半が宗主国のヨーロッパ人でした。外国人が経済・行政を握っていたのです。
専門的な教育を受けたアフリカ人は少数であり、独立後にヨーロッパ人の抜けた穴を埋めるには、人数も経験も決定的に不足していたのです。
また、道路や通信、都市機能にしても、宗主国は自国の必要とする農作物・鉱物の移送、もしくは支配に必要なところしか整備していませんでした。
その為、交通網の不備なところでは、経済格差が生じていました。また、植民地経済から脱却する為の経済政策に失敗した国では、経済がさらに悪化し、経済格差もますます開きました。
その為、多くの国で社会的、経済的問題が発生しました。
そうした事から国内に不満が充満し内紛へと発展していく国もありました。中には独立時に歴史的に対立関係のある部族同士が紛争を起こした例もあります。
また、多くの国では法体制の不備から政権を握る事により、公務員の雇用、予算の配分、外国の援助の受け入れ等により利益が得られました。その利益をめぐり紛争が起こった国も多くあります。この時、国家権力を争う上で基盤となったのは民族・部族でした。
アフリカでは、国内に複数の民族・部族が存在する国が殆どでした。その民族・部族は己の民族・部族に利益をもたらすよう国家権力を争ったのです。
そして国家権力を握った民族・部族は、握った利益を守る為、他部族・民族を弾圧するのが常でした。
しかも冷戦時代には、東西が自己に都合のよい民族・部族、または政府を支援する事で内紛が激化しました。
また、国家の行く末を憂いて腐敗した政府を倒す為にクーデーターを起こす軍人も少なくありませんでした。
また、難民が紛争の悪循環を呼んでいる国もあります。ルワンダという国にはツチ族とフツ族がいますが、独立時の勢力争いでツチ族の多くが難民となりウガンダに逃れました。その難民の子供達が大人になり、武器を手にとりルワンダに攻め込みフツ族から政権を奪います。その結果、今度はフツ族の約200万人が難民となりました。
経済の停滞や出身部族への利益誘導が紛争の原因になっている国は少なくありません。国家のシステムが、または民主主義の成熟度が低い事が原因でしょう。
この回答へのお礼
とてもわかりやすい解説でした。ありがとうございます。どれも日本にいたら絶対に実感できないことですね。
植民地支配に関して、2つのパターンがあります。
1つは、自国の拡大タイプとしての植民地経営です。
ロシアによるシベリア支配や、スペイン・ポルトガルによる中南米支配、イギリスやフランスによる北米支配など、植民地に本国と同じ環境を作り出し、本国人を積極的に殖民させ、本国との結合をはかるタイプ(日本の満州支配なども同様です)。
もう1つは、支配地域の資源確保と市場確保のための植民地です。
アジア・アフリカの欧米植民地のほとんどが、この二つ目の経済的目的の支配になります。
経済目的の植民地の場合、本国での経済発展が優先されますので、植民地は徹底的に搾取され、貧困の度合いを強めます。
共に経済目的の植民地となったアジア地域と、アフリカ地域では、被支配者が、民族形成されているアジア地域と、民族が形成されていなかったアフリカ諸国の違いがありました。
民族形成が進んでいたアジア地域では、民族ごとに国境がひかれましたが、民族形成が遅れていたアフリカの場合、国境が支配者の都合で引かれ、さらに小さな部族社会ができあがってしまいました。
民族形成がされていないアフリカでは、独立後、少ない富をめぐって部族ごとに対立し、内戦が絶えない状況になってしまいました。
スーダンの場合、これとは別の問題があります。
スーダンでは、19世紀に、エジプトとイギリスの支配に反発し、独立を求める反乱が起こりました。
その反乱の中心となったのは、イスラム原理主義組織のマフディー団というものでした。
マフディー団の考え方は、「ジハードこそイスラムとして最も大切なもので、国民は支配者に対しジハードをし、戦いを挑まなければならず、それを拒否する者は、ジハードの対象となる」
というものでした。
一時この運動は、イギリスやエジプトに潰されますが、スーダン独立後このマフディー運動が勢力を伸ばし、非イスラム教徒にも適用させます。
これに反発した南部の黒人勢力(キリスト教徒)は、ケニアやエチオピアなどの非公式な協力を得て徹底的な抗戦にでます。
20年にわたり、戦い続け、双方とも疲れきって、和解が行われます。
南部キリスト教徒との戦いが終結すると、スーダンの原理主義者は、西部の部族宗教信者の地に攻撃を加えます。
こちらは、隣国チャドの人達と同一部族なのですが、チャド自身が内戦中で、国外勢力の支援が受けられず、虐殺にさらされている状況です。
スーダン政府が、イスラム原理主義者が政権を握っている関係で、原理主義民兵を非公式に支援し、国際機関の活動の妨害などを行っているのが現実です。
さらに現在アフリカで最も深刻な状況となっているのは、ソマリア問題です。
この回答へのお礼
なるほど、ご丁寧にありがとうございます。素人質問で申し訳ないのですが、なんでアフリカはやたらにキリスト教徒やイスラム教徒などが混在しているのでしょうか?あとこれもアホな質問になってしまうかもしれないのですが、植民地解放された後、同じ民族ごとに集まって新たに国を作る、ということは不可能だったのでしょうか?そしたら紛争の原因がなくなる気がするのですが…。独立した時期も違うし、国境を引きなおすなんて無理なんですかね?
まず各国の国境線(旧植民地の境界線)は民族や地政学上の境界を無視したモノですのです。
また、植民地経営の常道としては、
地域内の(民族や宗教の違う)少数派グループを優遇したり、政権を持たせたりして多数派を支配させ、自分たちはその支配層を管理することで間接的に支配してました。
この方が、自分たちが直接支配するよりもより少ない人員と労力で広い国土をコントロールできるのです。
多くの場合、植民地時代の支配層や独立運動時のリーダーが所属するグループなどが、教育を含め様々な分野で厚遇され、他方の支配される側へは充分な機会が与えられません。
そのため、支配する側のグループと支配される側のグループとが存在しお互いを不審の目で見つめ合い。何らかのきっかけで暴発(内戦や反政府運動や暴動や虐殺など)が起きる構造になっていると考えます。
ダルフールとか
ルワンダとか
ブルンジとか
この回答へのお礼
丁寧な返答ありがとうございます。大変参考になりました
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