新約聖書と旧約聖書について質問があります
新約聖書と旧約聖書では一神教と多神教の違いがあると思うのですが、具体的に聖書内でその違いを記してあるパートはありますか?
その違いを探さなければいけないのですが、一通り探したのですが正直分からなかったのでどなたか教えてもらえませんか?
プラトンの哲学(洞窟の中の話)と新約聖書または旧約聖書の観点の違いも教えてくれると助かります。
宜しくお願いします。
回答(8件)
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No.8ベストアンサー20pt
違いですよね。聖書に違いがあるのか。もちろん、新約にはイエスキリストが出てくるので、それが目印になります。ですが、旧約も新約の一神教なので、多神教ではありません。旧約では神一人、新約では、神とイエスと聖霊。だから多神教という表現がでてきたのでしょう。福音書にはイエスの話がでてくるので、読まれれば、違いがわかるでしょう。まあなんといっても、「汝の敵を愛せよ」につきるでしょう。これは旧約にはありません。新約のが高度です。旧約は敵は殺せです。新しい契約のなので、更新されたと考えてもいいと思います。
プラトンは、知っている範囲内でいえば、イデアでしょう。観念論。理想世界ですね。アリストテレスは現象世界を対象とした。プラトンは形而上の世界。つまり理念ありきです。ですから神がいるとかそういいきっているわけではない。救いがあるとかそういう世界ではありません。
一神教と多神教の違いがあると思うのですが・・・
あるのかな~偶像崇拝の箇所ならあるけど十戒のあたりかな~
ようするに誰に祈れば勝つのか?ということじゃないのか
誰に祈れば平安な道に導かれるのか?
ヘブライ語聖書(旧約聖書)もギリシャ語聖書(新約聖書)も、
どちらも多神ではなく、唯一の神を挙げています。
それにはヤハウェ(あるいはエホバ)という名が挙げられていますが、多くの聖書翻訳はその名を省き、「神」または「主」と置き換えてしまっています。神のそのお名前は、ヘブライ語聖書だけでも7000回近く出てきているのです。
『エホバよ,神々の中にだれかあなたに並ぶ者がいるでしょうか』
―出エジプト記 15:11
『それは,人々が,その名をエホバというあなたが,
ただあなただけが全地を治める至高者であることを知るためです』
―詩編83:18
そして三位一体に関してですが、それを述べている箇所は聖書の中にはひとつもありません。誤解しているか、少し違った解釈をしているのだと思われます。
聖書の中に、神ご自身として、こう語っておられます。
「わたしの前に形造られた神はなく,わたしの後にもやはりいなかった。わたしが―わたしがエホバであり,わたしのほかに救う者はいない」―イザヤ 43:10,11
確かに、聖書中にイエスが神のように書かれていたりして、三位一体と思えなくないような箇所も見られます。しかし、こうあります。
「あなたの神エホバをあなたは崇拝しなければならず,この方だけに神聖な奉仕をささげなければならない」――(ルカ 4:8)
イエスは、神の初子であり、人類の罪を贖い、み使いの頭でもあられるので、確かに重要な方です。しかし、聖書ではイエスを神以上とは描写していません。イエスご自身が、「父はわたしより偉大な方」と述べておられます。―ヨハネ14:28
又イエスは神に祈り、「わたしの意志ではなく,あなたのご意志がなされますように」(ルカ 22:42)といわれたことがありますが、もし三位一体ならば、イエスは一体誰に何のために祈られたのでしょうか?
しかし、意見を論破したり、議論をしたりするのは目的ではありませんね。
質問には十分に答えられなかったかもしれません。
参考となるサイトがあったので、そちらをご覧になると良いかもしれません。
http://www.watchtower.org/j/20050422/article_01. …
No2です。
雑学大好きです。
多神教(?)について、一つ情報が有りました。
ヘブライ語で、神を意味するエロヒムは、複数形のようです。
というわけで、ヘブライ語の聖書を読む、もしくは、古代ヘブライ語研究をすれば、何か、発見できるかも(?)。
*註:単なる参考意見です。
この回答へのお礼
何度も足を運んでくれてありがとうございます。
調べてみますね。
三位一体は、父、子、聖霊が
「三つの位格(ラテン語で persona)でありながら、実体(ラテン語で substantia)は同一であるという意味。」
3を1という一見矛盾のようは教義ですが、これは、古代教父の時代に確立された教義ですから、新旧約聖書にははっきりした形では出ていません。(一番成立が新しいヨハネの福音書にはそれらしい記述がありますが)
あとは、キリスト教(あるいは、ユダヤ教)と他の宗教との比較として、一神教、多神教の説明をしている箇所はあると思います。たとえば、モーゼの十戒にあるような「偶像を崇拝してはいけない」などのところです。
こんにちは。
三位一体(父と子と聖霊)をもって、多神教と考えられたのでしょうかね!?
知り合いの、当時の神学生(現在は神父さんです。)に「三位一体なのに、なぜ一神教なのか、意味が分からない!」と言ったら、「分からないから宗教として成立するんだ!」という、わけのわからない回答を貰ってのを思い出しました・・・。
キリスト教は一神教には違いないのですが、神、イエス・キリスト、聖霊がいるのです。
聖書を西洋文化理解の為に読んだだけの門外漢です。
質問者さんも、自分と同様、キリスト教者ではないのなら、おそらく自分と同様の印象を受けたとおもわれます。
旧約:ヤハウエ(ヤーベ)、エロヒム、アドナイ、ケルビム、、等…。
*ケルビム意外は、同一の神を表しているようです。
ケルビムは英和辞書では、天使の地位の一つのようでした。
新約:三位一体。
*1+1+1=1
それとも、人格的に一人の神とは思えないと判断されたのでしょうか?
>プラトンの哲学(洞窟の中の話)
>と新約聖書または旧約聖書の観点の違いも
>教えてくれると助かります。
両者とも、理詰めの説明が多いですね。
最後に、No1の回答者がおっしゃられる通り、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の一般的見解としては、全て一神教です。
失礼しました。m(_ _)m
旧約聖書を聖書とするユダヤ教、キリスト教、イスラム教は全て一神教ですし、
新約聖書はキリスト教(一部はイスラム教も)で、もちろん一神教なのですが、
どうして多神教の話が出てきたのでしょうか?
この回答への補足
返信ありがとうございます。
ギリシアの多神教とヘブライの一神教の違いは何なのかという事を知りたくて質問させてもらいました。この一神教と多神教での世界観の違いを教えてくれるととてもありがたいのですが.....
宜しくお願いします。
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