衰退の美学
●ながびく不況 見えてこないビジョン そろそろいままでのワクを抜けて
新しいワクを真剣に模索しなければならない時期かもしれません。
新しい状況に移るとき 底を通過しなければならない事は良くある話で
その底に存在する 美学にひとつの救いを求めたいと思います。
さて どんな美学が存在するのか 思いつくままにお気軽にご回答ください。
>それなら わかるでしょ。
めっちゃわかったわ(笑
ってゆーかな、わかってたからわかったんやと思うわ。
>道元が言いたいことが
伝わらない だから「底」なんです。底とは地獄であり死であり狂気であり
裏切りであり もっとも大切なものの喪失でもあります。
久しぶりにみなおしたわ。おれらもあおいあおいなぁ(笑
話せてよかったわ。
道元をどうこうゆうんやないけど、しんがりをな、愛してるやんけって、おもったから。
がきの頃におれらを底から誘拐してくれたらおもろかったのに(笑
たいくつやったら、誘拐したろか?(笑
しんがりは迷子を助けない。一緒に迷子になるだけ(笑
あれあれ、今年もいい夏やな(笑
夏空の夕暮れ、秋の匂いがしとーわ。
こんばんはchihokoさん今日も小さな頭で考えました。
私としてはいかに頭をリフレッシュするかですね。飲んで飲んで ここは誰?私はどこ? っていうぐらいにですね。そうすると新しいアイデア浮かびます。これを私の酔態の美学としています。頭を白紙にするって本当に難しいですよ。政治家もこれぐらいリフレッシュすればいいアイデア浮かぶと思うのですが如何でしょう。
この回答へのお礼
●政治家のアタマのリフレッシュには一票です。
でも酔態の美学は ひとつ不満があるんです。
泥酔の殿方は立たなくなるでしょ。それだけがつまんないです。
とりあえず 政治家は男を立たすのではなく 法を立たすわけですから
国会の午前中はのみまくりってことでいっていただきたいものです。
議員A:「ヒッ・・・。不況でさー みんなさー 大変でサー・・・。ヒッ
ほんとさー (泣き) 歌いまーす! ヒッ
じーんせーい らーくありゃ くーもあーるーさー・・・♪ 」
ご回答ありがとうございます。
てっぺんをこえて下り坂でも底があんの?
なんか、むずかしぃわぁ(笑
谷底に死体の山がつんであったら、そのけしき、めでれんし、。
慈しむ。あー、きついわ。死体を掘り起こして底を見る必要とかあんの?
上げ底やったりして(笑
この回答へのお礼
●道元のかたをもって 一言。
愛でると慈しむは同義語です。死体を愛でればいいと思いますよ。
そしてできるだけのことをしてあげればいいと思います。
底と思っていても底なしの場合はよくあることで
まして 人生の老いには底はありません。
だから道元の言葉を正確に解釈すれば 今を愛でるということになります。
それなら わかるでしょ。でも今を愛でるだと 道元が言いたいことが
伝わらない だから「底」なんです。底とは地獄であり死であり狂気であり
裏切りであり もっとも大切なものの喪失でもあります。
ご回答ありがとうございました。
底に相対する物は、何ぞや?
相対性理論が今は美しい
この回答へのお礼
●いきなりこのスレッドをご覧になった方は やっぱり哲学はむずかしいなあって
おもわれるかもしれませんね・・・。(笑)
底に相対するものなんて発想は 普通はでませんよっ。
しかも疑問形・・・。
道元の言葉に 谷底にあれば谷底の景色を愛でる という言葉がありますが
絶対という閉ざされた世界は存在しないというゆとりの発想が感じられます。
30代40代50代60代70代 それぞれに相対的な若さがあります。
すばらしいことですね。美しいですね。
ご回答ありがとうございました。
>新しい状況に移るとき 底を通過しなければならない事は良くある話
という所に回答は見えていますが…
「底」と聞いて何ですが…恐らくはメビウスの輪のような永劫の無限回廊
を僕は想像すべきと受け取りました。振り子で言うなれば、反復点に差し掛
かり慣性の法則による運動エネルギーから位置エネルギーに置き換えられる
状態というべきでしょうか。
ですから、今この「状態」を底(上下の下)と捉えるか、或いは反復点と
捉えるかによって意見は変わってくるだろうとは思います。
振り子に喩えた僕としては、「底」というのは、瞬間的に過ぎ去る最大速
度の通過点と読めます。がしかし、現在の不況はむしろ、最低速度のそれに
等しく転換点が読みきれません。しかし、「高さ」は存在します。
美学で言うなれば「愛憎の物語」としても良いでしょう。そして底に今が
あるなれば、それは「破壊」の美学です。噛み切り、引っかき、破り去る、
激情の美学という事です。
この回答へのお礼
●わたしにとって メビウスの輪は 強く美を感じるもののひとつです。
振り子の動きより メビウスの輪のような動きの方が
わたしを喜ばせるみたいです。わたしの身体がメビウスを欲しがります。
破壊の美学・・・ひとつの究極を感じます。
底であれ頂上であれ 次へ向かう転換点では ある種の破壊が存在するのかも
しれません。エクスタシーは破壊と捉えることもできるのが面白いです。
ご回答ありがとうございました。
衰微は粋美なり。
冬には衰えて見える桜。
しかし、春になると爛漫と花を咲かせます。
厳寒にあっても、その幹は生命力に漲っております。
あの葩のピンク色は冬のうちから既に出来ていると思惟します。
桜のビジョンは、まさに衰退の中にこそあるのです。
このような「衰退の美学」を推戴致したいと思います。
願はくは花のしたにて春死なん
そのきさらぎの望月のころ(西行)
この回答へのお礼
●素敵なURLをありがとうございました。
衰退は 経済にとどまらず たとえば肉体の老にも存在します。
衰退に「美」を見る行為はごく利にかなった普通の感覚なのかもしれません。
nyozegamonさんが考察なさるように 衰退の裏に息づく再生への
エネルギーもとても魅力的です。けれども そのまま死に向かおうとも
衰退に見た「美」の美しさは永遠だと わたしは確信致します。
寝たきりのおじいさんに わたしの乳首をもてあそばれたい。
わたしの衰退の美学のひとつです・・・。
ご回答ありがとうございました。
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