あえて「哲学」カテゴリで質問します。
すべての生物が持っていると思われている生命維持や種保存の本能のことです。
霊魂という言葉を否定する科学者も、本能という言葉は、わりと平気で使います。
生物談義では、「それは本能だから」の一言で片付けられてしまうことも多い
ように思います。
本能だってワケのわからなさにおいては、霊魂などと大差ないのではないでしょうか?
本能って何なのでしょうか? 実在なのでしょうか? 概念なのでしょうか?
皆さんはどう思われますか?

A 回答 (20件中1~10件)

なるほど・・・本能という言葉はまるであるがごとく使用されますね。


岸田(ものぐさ精神分析等著者)によれば「人は本能の壊れた動物である」ということを出発点としています。
生物学者L.ボルグも似たようなことを述べています。
ご自分でお調べになってはいかがか?
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本能ってなんだろうと?ちがうカテゴリ-で、お題あげていまいろんな人の意見きかしてもらってます。

一つ見えてきたのは、「概念」ではなくどちらかと言えば「実在」とまではいかなくても「いる」みたいです。それと、人間の本能と動物(人間以外)の本能とでは、本能であっても別ものってあたりまで少しみえてきました。mori0309さんがよくおっしゃってる人間の本能は、どうも「ドロドロしたもの」という説はあたりみたいです。引き続き、わけのわかんない本能やら理性やらもうちょっと探ってきます。ふくろうさんのお話のところで、人間は曖昧で不完全なものと言うあたりのことも聞かせてもらいましたから、探しても答えが見つからないかもしれませんが、反対に無限の可能性も秘めていそうなので探していくとみつかる(たどり着ける?)かもしれないという希望も持てました。謎を追え!いってきま――す~♪
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この回答へのお礼

littlekissさん、ありがとうございます。
この部屋に来ていただくの、ちょうど1カ月ぶりですね。
さみしかったです。ミイラになりそうだったです。
でも待っていると絶対にいいことがあるものなのですね。
またまたセンチなmori0309です。後日またお礼します。

お礼日時:2001/03/10 01:37

本能とつながっているのかちょこっと聞いてみたいことがあります。

生命が誕生した時点ですでに本能はそなわっているのか?生れたばかりの子が母親のオッパイにしゃぶりつくこの動作だけをみて本能と呼ぶのでしょうか?生命が誕生してその生命自体に生きようとする力が働くのでしょうか?何か栄養となるものを与えることだけでその生命は生きているor生かされているのでしょうか?『生きる』を考えたとき人はなぜ生きるのか?反対に『死』を考えたときひとはなぜ死ぬのか?防衛本能とかいう言葉もときとして耳にすることあります。身を守ろうとする力がどこからか湧いてくるんですよね。と、考えると本能というものには意思があるのかなとおもいたくなります。意思があるのなら生きていることor生かされていることに対しても選択できるのではないでしょうか?本能に意思があると考えれば、生きることも死ぬことも同じく選択できる。mori0309さんは、本能に意思があるとおもわれますか?]

この回答への補足

逆質問されてしまいましたね。(^o^) 私の考察はかなり主観的ですので、ご了承を。
> 身を守ろうとする力がどこからか湧いてくるんですよね。と、考えると本能というもの
> には意思があるのかなとおもいたくなります。
> mori0309さんは、本能に意思があるとおもわれますか?
goo便利ツール「国語辞典」大辞林第二版からの検索結果によると
【意思】
(1)心の中に思い浮かべる、何かをしようという考え。思い。「撤回する―はない」
【意志】
(1)考え。意向。「―を固める」
(2)物事をなすにあたっての積極的なこころざし。「―の強い人」「―の力でやりとげる」
(3)〔哲・倫〕〔will〕ある目的を実現するために自発的で意識的な行動を生起させる
   内的意欲。道徳的価値評価の原因ともなる。
(4)〔心〕 生活体が示す目的的行動を生起させ、それを統制する心的過程。
   反射的・本能的な行動とは区別される。
(両語とも説明を一部省略)
言葉の意味からすると意思も意志も、本能とは別のもののようですね。
「本能」は「思う」ことでもなく「決意する」ことでもない、もっと原始的で頭脳の機能
より根深い、生命維持のためのしくみかな? と思います。でも、やっぱり「本能」って
しくみのことではなく、もっとドロドロした生臭い、「生」の「核」のような気がするん
です。(なんにでもすぐ「 」をつけてしまうのが、すっかりクセになってしまいました。
これって、本当はよくないんでしょうね)

補足日時:2001/02/10 22:49
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 下のHP見つけました。

関連リンクともども、面白いです。

参考URL:http://www.meken.med.kyushu-u.ac.jp/~tosakai/

この回答への補足

改名したんですかぁ、、、戒名じゃないですよね(すみません縁起でもない)
またこのOK宮殿にもどってきてくださぁ~い。バタイユの話も聞きたいです。
■創造論者たちも聖書に書いてあることを言葉どおりに鵜呑みにして信じてしまうから
オカシナことになってしまうんですよね。物語や詩の背後にある「真理」を考えないから
思考停止してしまうのだと思います。(私って「背後の真理」ばっかりですね)
聖書は教祖たちが宗教的に無知な民を啓蒙するためにデッチあげた作り話にすぎないとは
私は思いません。そういう部分も少なからずあるかもしれませんけど、コキオロされても
ヘコたれない聖なる真理が、聖書の背後にはあると思います。歴史的にも内容的にも
優れた文学であると思います。(私はクリスチャンではないです。クリスチャンの方は
「聖書は文学だ」などとは言わないですよね)
■科学が次々に究明する事実に対しても、やはり「はい、お疲れ様でした」と言って寝床
に入って安眠しちゃいけないと思うんです。人間はその事実に向き合ってその背後の「真理」
を問い「自分とは何か」「これからどう生きるか」をつねに考え続けなければならない。
思考停止の永久安眠は人間には得られない。それが「自由」に「生きている」ことの証だと
思いますから。詩の背後の「真理」と事実の背後の「真理」その関係は? それは既に在る
ものなのか? 歴史が創造するものなのか? 「史書の最終ページ」「物理学の最終ページ」
それを人類は(あるいはさらなる進化的存在が)読むことはできるのでしょうか?
■本能って何でしょう。「うまい言葉」でピタリと言い表したいですね。

補足日時:2001/02/18 17:16
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この回答へのお礼

ozapanさん、ありがとうございます。
仕事の合間に一生懸命読んでいます。本当に面白いですね。

お礼日時:2001/02/09 01:57

oni_ocさん誤解しないで下さい。

↓下の同列に存在しているのではないのでしょうか?という私の発言は、mori0309さんの霊魂と大差ないのではないでしょうか?という問いにたいして、直感てきに書いたものです。
ちょっと、時間がなかったのであれを書いたときはみなさんの個々の発言には目をとおしていなくて書き終えてからじっくり皆さんが発言されているのを何度も繰返し読んでいます。
本能・霊魂そのとらえかたによって存在があるようにかんじたり、存在がないもののに思えたり、まじかに近づきすぎると物がよくみえているようで、近づきすぎていることでそのもの自体の全体像が実は見えていない。自分の位置をどこに置けばその全体像がみえてくるのかな?タケコプタ―でも頭につけて高いお空の上からものをみれたらいろんなものが、あるのに気づくんだろうね。
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あの~litlekissさん。

以下の文章は僕の文章を受けて
書かれているのでしょうか?

>というか、同列に存在しているのではないでしょうか?

でしたら、僕は存在とかなんとかなんて話は一言もしてないことを
お断りしておきます。
僕はあくまでも、

>本能だってワケのわからなさにおいては、霊魂などと大差ないのではないでしょうか?
という、mori0309さんの文章に対して言っているのです。
つまり、「本能は霊魂ほど不確かなものではありませんよ」
と言っているだけです。
つまり、「証拠の量が違いますよ」って話をしているだけで、
「霊魂は証拠がないから存在してない」とかなんとかってことを
言ってるのではありませんよ。
証拠のないものの実在が後に証明されることはいくらでもあることですから。
誤解なきように。
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 アリストテレスに『霊魂論 de anima』という著作があります。

生命論です。そこで彼が整理した「霊魂」は全部で三段階。
 (1)栄養摂取的霊魂 …もっとも基本的な生命の機能。栄養を摂取し、成長し、子孫を産むはたらき。
 (2)感覚・運動的霊魂 …(1)に加えて、感覚能力をもち、快・不快を感じて、そっちに行ったり逃げたりする。で、運動能力を持つことに。
 (3)思惟的霊魂 …もっとも高次な生命の機能。考えられる、つまり、人間だけ。

 こうして見ますと、アリストテレスは、現代人が「本能」と考えているものに近いものを「霊魂」と呼んでいるのがわかります(特に(1)と(2))。そういう意味では、「本能」=「霊魂」っての、アリストテレス的にはおっけー。
 でも…でも…おわかりですよね? この場合、むしろアリストテレスの言う「霊魂」の意味のほうが、現代人のイメージでの「霊魂」とちがっている。彼の言う「霊魂」は、実に全然おばけっぽくないです。
 とはいえ、やっぱり「本能」に「わけのわからなさ」があるのは確かなことだと思います。それをアリストテレスは「霊魂」と呼んだ(鬼太郎の髪を立たせるような存在ではないにしても)。…mori0309さんの直観、いいところ突くなあ。

 こういうネタがあります。ブルーバックス(こればっかやね>わし)『へんな虫はすごい虫』より、「カギハナバチの一生」。
(1)ヤナギやネムの葉裏側から、葉肉内に二千四百個もの卵を産む。
(2)卵はシャクトリムシに葉ごと食われる。(噛まれたり消化液を浴びたりすることで、初めて孵化が可能になる)
(3)そのシャクトリムシがスズメバチにつかまり、肉団子にされる。
(4)肉団子がスズメバチの巣に持ち帰られ、幼虫のエサになる。
(5)幼虫の体内で、カギハナバチの幼虫は孵化し、スズメバチ幼虫を食いながら成長する。
(6)二回脱皮した三齢幼虫は、なぜか巨大なアゴを持っており、それで兄弟同士(カギハナバチの幼虫同士)で「バトルロワイヤル」する。
(7)壮絶な兄弟喧嘩に勝ち残った一匹だけがサナギになる。で、羽化するが…
(8)成虫がどうやってスズメバチの巣を脱出するのか、今もって謎…
…という、うぎょうぎょでげしょげしょな生活史を持つ虫なのです。上記の(2)から(6)までのステップはどれも「必要」で、その段階を踏まないと成虫にはなれない。なんだかもう、成虫になるだけで波乱万丈の一大冒険スペクタクルだったりします。
 強い子孫を残すために、交尾に際して高いハードルがある種はよくありますが、ここまでくるとねぇ…単に「運のいい子孫」でしかないような気がします。いやもう、わけわからんです。
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この回答へのお礼

ozapanさん、回答ありがとうございます。
oni_ocさんへのお礼にも書いたのですが、「霊魂」ではなく「魂」という言葉を使えば
よかったです。
> やっぱり「本能」に「わけのわからなさ」があるのは確かなことだと思います。
「本能」っていうものは、モノでもしくみでもない、何かブキミなもの、という語感を
昔からもっているんです。注意していないとのりうつられるような、、、、
イケナイ、イケナイ、こういう人を惑わすような発言はダメですよね。(惑わされてるのは
私だけかぁ)
> 単に「運のいい子孫」でしかないような気がします。いやもう、わけわからんです。
「本能」同士が大混戦・大混線・大根戦をしているのですね。わけわからんワケです。
(ozapanさんの文章のノリがうつってきました。のりうつられたぁ~)
(再回答のお願いではないです。自分自身への問い(独り言)です)
(あんまりいくつもの部屋を開けっぱなしにすると、怒られそうなので)

お礼日時:2001/01/27 17:34

トンチンカンモ-ドのlittlekissです。


またトンチンカン言い出しましたら、ご助言よろしく―☆

『本能って何?その正体は?』
本能は『意思』だとおもいます。その正体は?『良心』ここからが、ややこしくなるの・・・・良心ってなに?『意思』その正体は?『本能』で、本能ってなに?『良心』その正体は?『意思』・・・・・・果てしなく・・・・堂堂巡りになるよ~?

霊魂とは、自分の中のもう一人他者とすれば、意思をもつと考えているので、本能と霊魂は大差ないようなきがします。というか、同列に存在しているのではないでしょうか?

なぜなぜ???モ-ドにはいると出口が見えないのは私だけでしょうか?
『なぜ?』を推し進めていくと、なんでもない日常の暮らしの中でもいっぱい『なぜ?』がみつかりますね。その『なぜ?』に出くわすのが楽しみの一つです。
考えることをはじめられるから・・・
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この回答へのお礼

littlekissさん、回答ありがとうございます。お礼が遅れて失礼しました。
oni_ocさんへもお礼にも書いたのですが、「霊魂」ではなく「魂」と表現すればよかった
のでした。「本能」も「魂」も、しくみを説明することはできても、どうしてそれが生ま
れたの? なぜひとりでに発達するの? という問いには、そう簡単には答えられない
だろうと思うのです。だから、littlekissさんの「本能も意思も良心も、根は同じかもしれ
ない・同列かもしれない」という考察は、うなずきたくなるものがあります。
(再回答のお願いではないです。自分自身への問い(独り言)です)

お礼日時:2001/01/27 17:40

うう~ん、霊魂と本能を同列に語るのはど~かな~。


oni_ocです。

最近「エンドルフィン<脳が作るアヘン>」
(C.F.レヴィンソール著 地人書館)って本を読んでるとこなので、
それで仕入れた情報をもとに考えてみましょう。
エンドルフィンってのは脳内麻薬って言われるやつで、
生物(爬虫類以上に進化した脳を持つものに限る)が快楽を感じたり、
痛みを感じたりすると脳から分泌されるもので、
単純に言うと気持ちよくなっちゃったり、痛みが麻痺したりするんですね。

んで、その本によると、これは一種の逃避行動であるわけなんですが、
でも、外敵に襲われた時に傷を追って逃げるときになんかにも
分泌されるわけなんです。で、痛みを一時忘れられるということによって、
その外敵から逃げられたりとかするわけなんですが。
まー言ってみれば、「外敵が来た→逃げよう」って行為はごくごく
当たり前な本能的活動なわけですが、科学者はきっちりと検証をしている
わけです。脳内麻薬の分泌量とかまで。

なので、
>霊魂という言葉を否定する科学者も、本能という言葉は、わりと平気で使います。
>生物談義では、「それは本能だから」の一言で片付けられてしまうことも多い
といいますが、それはその人の問題であって、
科学者とごっちゃにしちゃまずいです(笑)

んで、それらを踏まえて僕の私見。
本能はまだ未知数の分野(だって脳のしくみとかまだまだ解明されてないし)
でも、体の各部署と脳がそれを覚えていて行う連係プレー。
少しは存在の証明と仕組みの解明がされてます。
なので、概念でもありますが、実在もしてます。
で、これは生物学、医学、心理学の分野。
そんで、霊魂ってのはあることが今のところ物証0のもの。
これこそ概念。実在は不明。
今のところ瞑想で確証を得るとかが精一杯。
なので、
>本能だってワケのわからなさにおいては、霊魂などと大差ないのではないでしょうか?
それはないです。本能のが実在の証拠は多いです。
少ないですけどね。
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この回答へのお礼

oni_ocさん、回答ありがとうございます。お礼が遅れてすみませんでした。
> 本能はまだ未知数の分野、、、でも、体の各部署と脳がそれを覚えていて行う連係プレー。
> 少しは存在の証明と仕組みの解明がされてます。霊魂ってのはあることが今のところ物証0の
> もの。これこそ概念。実在は不明。今のところ瞑想で確証を得るとかが精一杯。
質問文で「霊魂」という言葉を使ってしまって、失敗でした。単に「魂」と言えばよかった
です。私は肉体がなくても存在する「霊魂」を無条件に信じている者では、ありません。
「魂」なら日常的にも使われる言葉です。うちの会社には「お前の仕事には魂が入っとらんぞ」
というのが口癖の人がいます。「本能」は還元的にほぼ説明し尽くされようとしているわけです
ね。「魂」というものもいずれ還元的に説明される日が来るのでしょうか。その日が来たとして
も、「不思議」はなくならないと思います。どうしてそういう精巧なものが、ひとりでにできる
んだろう? 何か見えない力がどこかにあるのでは? と、どうしても考えてしまいます。
(再回答のお願いではないです。自分自身への問い(独り言)です)

お礼日時:2001/01/27 17:33

 いわずもがなですけどstomachman、本能の実在は全然疑ってません。

ヒトにもある。んで、霊魂はなさそうだと思ってますから、両者には大差あります。
 生きるための装置としての本能があって、またそれをコントロールできる。凄い事だと思います。で、stomachmanにとって分析は賛美の手段です。分析しちゃいましょう。
 動物を見ていると、本能と反射(条件反射じゃないですよ)との境目って結構微妙ではないかと思います。膝頭を叩いて足がぴょんとなるのって、反射ですけど、本能とは思わない。でも虫さんなんかの本能って、このレベルのものも結構ある。ショウジョウバエ(だったと思うが)の目の神経と羽の神経がほとんど直結していることが知られています。回路を完璧に解析しちゃったらしいんです。それによると、目は物を見ていない。物の動き、つまり動線の方向のパターンだけ認識してるらしい。自分が動き回ることによって動線が発生します。そのパターンに応じて羽を動かしているんだそうです。で、目の前に集中線が現れると、これまた自動的に脚を前に出して着地してしまう。そういう仕掛けで、丸めた新聞を持った高等動物を翻弄出来るんですね。
 でも、高等動物になるほど、本能って結構抽象的になっていく。動機だけ与え、方針だけ決めている。だからこそ多様な状況に柔軟に対応できる訳で、これは意識の発達と並行する必然的進化なのかもしれません。
 本能って、認識が著しくいい加減だと発動しませんし、発動しても実際行動出来ないとジレンマしてしまう。また中枢を壊すと機能しなくなる。高次機能(意識なり、自我なり)は、行動計画ないし行動の段階に介入できる。また(なにも心頭滅却しなくても)認識にも大きく介入してます。本能は入り口と出口でコントロールできる。どうもそういうシカケのようです。だからその機構は、環境(自分の身体の状態も含む)を感覚器からインプット->認識・抽象化->パターンマッチングで本能発動!->感情の発生、および認識した環境における行動プログラミング->行動。ってな感じに思います。

 コンラート・ローレンツの本でしたか:眼も鼻も利かない老犬がうっかり主人に吠えついちゃう。間違いに気が付いた犬は垣根に駆けていき、居もしない不審人物に向かって吠えて見せた。ってエピソードがあります。犬にも恥も嘘もあるんですね。で、恥も本能なの?って、こっちのレベルも何処までが環境、何処までが遺伝形質だかよく分かんないですが....
 
 蛇足ながら、条件反射ってのは行動主義的色眼鏡によるスカタンではないか(パブロフの犬はベルの音で胃液を出したのではなく、ごはん!と思ったから胃液を出した?)と思いますし、実在しても獲得形質で、遺伝はしない。どのみちこれは別ものですね。(ジレンマ、ジレンマ)

ozapan先生<
> バタイユ
哲学だったのか...エロ本じゃなくて。
(「電波」プロデュース。抑えきれない本能的ボケでした。)
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この回答へのお礼

stomachmanさん、いつもありがとうございます。
「本能」を入口と出口で制御するのも、やはり「本能」を土台としてできた「本能」なの
でしょうか? stomachmanさんは、「人間=機械」論者なのでしょうか?
「霊魂」を「魂」という言葉に置き換えて、肉体なしでは存在できないものとすれば、
「本能」と同じように「魂」も還元的説明が可能でしょうか? それとも、それでも「魂」
などないと、思われますか? 私はsokuratesuさんの、「人間(生物)とロボットの
違いは、「霊魂(魂)があるか無いかの違い」と将来定義されるのではないか」という
考えに妙に同感です。
(再回答のお願いではないです。自分自身への問い(独り言)です)
(あんまりいくつもの部屋を開けっぱなしにすると、怒られそうなので)

お礼日時:2001/01/27 17:38

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