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趙雲(三国志、三国志演義)について

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  • 質問者:noname#100659
  • 投稿日時:2007/05/27 09:51
  • 困り度:暇なときに回答をください

よろしくお願いします。

三国志演義に描かれる趙雲ですが、彼は演義の登場人物きっての男前だというイメージがあります。
これは、どこが発生源なのでしょうか?
正史の三国志にまでさかのぼることができるのでしょうか?
それとも、演義作者の設定上のことなのでしょうか?

そもそもそんな話自体ないのかもしれませんが・・。
よろしくお願いします。

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No.2ベストアンサー10pt

趙雲は、その強さよりも人柄が好まれている人物ですよね。
世界中の歴史書で、「正史」といえるものは有りません。
後の後継王朝等によって改竄されるのが通例です。
ですが、趙雲という人物は、初めて物語りに登場したとき、そして長坂波での働き等、格別のものがあります。
最初の著者が、超雲を好ましく思い、男前に書いた可能性もありますが、その言動から、本人自体もかなり男前だったと思います。

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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かに歴史は勝ったものが書きますもんね。
格好良い言動が多いようですね。

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No.1ベストアンサー20pt

  • 回答者:merlionXX
  • 回答日時:2007/05/27 10:13

正史の「三国志」の注釈にある、現在は散逸してしまった「趙雲別伝」には、趙雲は身長八尺(約180cm)、姿や顔つきが際立って立派だったという記述があったそうです。
また「蜀志」の末尾にある「季漢輔臣賛」にも「重厚な性質であるが、勇猛でたびたび勲功をたてた」と書かれているようですので実在の人物であることは間違いないありません。

羅貫中の作とされる、お話の方の「三国志演義」では、趙雲は正史に比べて記述が多く、五虎大将軍の一人として、非常に勇猛かつ義に篤い、武芸の達人として描かれていますが、史実では劉備が皇帝として即位した際、関羽・黄忠・馬超・張飛はそれぞれ前後左右の将軍位を授かっているのに対し、趙雲は翊軍将軍のままであり、五人中最も位が低いですね。

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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
男前というのは、かなり古い時代にさかのぼれるということですね。うーん、そういう風に記録されてみたいもんだ(;^_^A でも現代的な感覚だとどうなんでしょうかねぇ。いわゆるイケメンとは少し違うような気もします。

  
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