プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

こんばんは。高校生の女です。
ここ3日くらいで自殺したり、亡くなった方のニュースが大きく取り上げられましたね。私は日頃から(まあある一定期間ですが、)死や人生、自分の存在意義について考えることが多いのですが、そのニュースなどの影響もあってか、ここ最近、考えたくなくても考えてしまい、恐怖感というか・・・自分の死とか、いきなり「今生きている、存在していることが怖い!」という気持ちを再びすごく抱いてしまう時期に入ってしまい、生きている気がしない日々を送っています。宇宙も無限と言われていますので、生命が無限であってもおかしくはないはずなのですが、生命が無限なことが恐ろしかったり(今日生まれた生物がどれだけいるのか!)します・・・ほんとに知っても知れなくても同じようなことに関して真剣に考えてしまいます。

どうしてこんなことに真面目にぶつからなくてはいけないのか分かりません。いわゆる「普通」な生活をしばらく送っていたのに・・・できれば楽しいことしていたいのが本心です。

人間ですから誰もが抱く死や自分自身への恐怖などあって当然だと思うのですが、少しでも今の私の心が和らぐようなおすすめの(?)手段がありましたら、教えてください (_ _)m
こういう恐怖に直面するって、ある意味これ上ない、ほんとの恐怖じゃないかって思うくらいです。ただの自己中、あるいは贅沢病なのでしょうか・・・。話がまとまらなくてすみません;

A 回答 (11件中1~10件)

私はそういう時「大丈夫」って言い聞かせます。


恐怖にとらわれてしまうと理性では解決できません。
根拠や理由はさておき「大丈夫だよ。」と自分をあやして下さい。
生きている以上、避けられない恐怖や苦労はあります。
貴方が生き生きとしていることと、そういう恐怖は1セットで仕方のないことです。
皆そうです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます、
やはり誰でもそのような恐怖はあるのですね、
安心しました。

お礼日時:2007/06/04 19:13

多くの人が、中高生になるとそういったことに関して心を乱されることがあるのではないかとおもいます。



わたしは中学の時真剣に友達と話し合っていたこともありました。
私の場合は、テレビで戦争などの映像を見ると、ヌクヌクと生きていることに罪悪感を感じ、自分が死んで戦争をなくせるならそうしたい・・・と追い詰められたほどです。
ただ、自分が死んでも何も変わらないのは分かっていましたので、死にたいとはおもいませんでしたが・・・。

わたしは、できる限り書いて残してみてはどうかとおもいます。
今はそう思えないかもしれませんが、そんなことに真剣に向き合える感性は大人になっていくにつれ失われていきます。

以前の日記などを読み返すと、自分が書いたのか?と思うほどの感受性の鋭さに、驚いたりします。
是非、おもったことを日記などに残してみてはどうかとおもいます。

書くことで整理もついてきます。
客観的に自分の思想と向き合うこともできます。

わたしは、現在妊娠していますので、生の神秘を肌で感じています。
お腹の中で動く別の人間。
それを産み落とすという不思議。
生きている意味など関係ないとおもいますよ。
こんな神秘を経て生まれてくる生き物、すべて意味がなくても尊いものだとおもいます。
あなたも、ただ生きているだけで尊い。

わたしがおもう本当の恐怖は、恐怖を感じなくなったときじゃないかとおもいます。
生きているのが普通。生きていて当然と思える心は恐怖です。
常に生きていることは尊い、死は身近にあり毎日無事過ごせることは感謝すべきことだと、忘れずに生きていたいとおもいます。

ちょっと話はズレましたが、是非、今感じることを書き残してみてはどうかとおもいます。
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この回答へのお礼

>わたしは、現在妊娠していますので、生の神秘を肌で感じています。

私はまだ妊娠を経験したことがありませんので、そのお気持ちを確実に感じることは無理でしょうが、しかし自分の体から、意識、自我が全く別の「1人としての人間」が、新しい生命が出てくるということは本当なこと不思議ですね。その人間もやがて、自立し、「自分」というものを持って生きていくのですよね。

はあ~この世は今まで10数年間思っていたよりも遥かに不思議なところでした(笑)

お礼日時:2007/05/31 16:22

感受性の強い人なんでしょうか?


それはそれでいいことなんで、とことん考えてみてはいかがでしょう。
けっこう面白いですよ。
死というのは、結局のところ死んでみないと分からないのかも。わたしはかなりおっさんの年齢ですが、よく死について考えます。若いときは、生は永遠に感じられるときもあるんだけど、今の年齢になると、あと何年生きられるのだろうかとか、死ぬまでに何ができるのかとか、このまま何もしないで死んでいいのか、とかいろんなことを考えます。

最近、「硫黄島からの手紙」という映画を観ました。この映画の自決シーンがすごすぎて、戦争はいけないとか、人を殺すのはいけないとか、そういう道徳的なことを超越して、何か強烈に訴えかけてくるものがあって、私はよくわからないけど人が変わってしまったような気がします。別にこの映画を観て欲しいといっているのではなく、生きることと死ぬことは深いテーマで、多分一生いろいろ考えることになるだろうし、「新しい発見」があるんだろうなあということです。

質問の回答だけど、多分「今を生きて、無我になる」ということだと思います。例えば、サッカーの日本代表になってゴールを決めた瞬間、あなたが言うようなことは絶対頭の中で起きない。というのは、極端な例なんだけど、ものすごくおいしい物を食べるとか、好きな人と初めてのデートしているときでも、「死」について考えるかということです。そういうのは体験してみないと分からないので、自分で自分を「実験」してみたらいかがでしょう。
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(1)生きてる限り死んでいません。

死んだら生きてません。生きてる気がしないのは生きてるからです。死んだらそんな気はしません。あなたの死はあなたは体験できません。
(2)あなたが意識するまえから存在したあなたの「存在意義」なんてありません。生きてることに「存在意義」は不要です。
(3)あなたは知らないうちに生まれてきたので、あなたが生きて存在してるのはあなたのせいではありませんが、知らないうちにお化けにされたようなものですから、こわいですよね。恐怖に直面するのはあたりまえ。ふつうのことです。怖くてもなんでもとりあえず受け入れて生きましょう。しかたないのです。
(4)知っても知れなくても同じようなことに関して真剣に考えるのは、良くも悪くもありません。ただ何度も堂々巡りして考えないように文に書いておきましょう。
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この回答へのお礼

すごく説得力のあるご意見をありがとうございます、
今まで、「死ぬこと=自分が存在しなくなること」がただただ怖いと思うことがあり、そのたびさまざまな考えを出してきたのですが、「>あなたの死はあなたは体験できません。」このことに気づいたのははじめてですね(笑)自分の体がなくなったときはそれを感じる自分自身いないはずだから、死を体験することは実際なさそうですね。

ということはやっぱり、どうもがいてもやっぱり「ある」今現在を大切にした方がいい気がしてきました

ありがとうございます。

お礼日時:2007/05/31 16:16

こんばんは。


僕(大学生の男です。)も昔(つい2、3年前、ちょうど高校生のとき)korokorrinさんと同じようなことをいろいろ考えて、とても不安で夜も眠れなく、頭がおかしくなりそうな感じで、とても辛い時期がありました。ホントにいろんなことを不安になりました。まさに普通じゃないという感じでした。
korokorrinさんのその不安になる気持ちはとても良くわかります。
考えたくないと考えれば考えるほど、逆に緊張して神経が過敏になり、そのことを考えてしまうという、僕もそんな感じでした。
僕の親友にもその類のことで悩んでいる人がいます。

今から書くことは昔の僕自身の経験や、その友達の経験をもとに僕が考えていることを書きますね。
質問の文章から予測するに、おそらくkorokorrinさんは、そういう普通ではないことを考えている「自分」を嫌いになっているのではないでしょうか?
そういう考えを持ってしまった「自分」が嫌になってしまい、普通ではない自分を恐れてどんどん不安のドツボにハマっていってしまう、僕はそういう感じでした。
人の悩みの解決の仕方はホントに人それぞれだと思いますが、
僕は、korokorrinさんがその悩みを解決するには、「自分」を好きになってあげることが大切だと思います。
そういう普通ではないことで悩んでいる自分を好きになる、それはとても難しいことですが、自分を好きになれば悩みなどちっぽけなものに見えると思います。自分を好きな人というのは、自分を許せて、自分を認めてあげることができる人という意味です。
korokorrinさんが今考えてしまうことは、世間的な目で見ればたしかに異常なことなのかもしれませんが、そういう自分をkorokorrinさんが自分で異常と認めてしまえば、その異常から抜け出すことは困難だと思います。
人間誰しも、自分を嫌いになったり、悩んでいるときは心の視界が狭くなってしまい、その状態で自分を変えることは難しいと思います。
逆に、自分を好きになると心に余裕ができ、視界もぐっと広がると思います。そのときになって「自分」が変わることができるのだと思います。
世間的に見て「普通」の人間になりたいと思うのであれば、今の自分を好きになってあげてください。
現在korokorrinさんが考えていること、つまり普通の人では考えないようなことで悩むということは、とても良いことだと思います。
そのようなことで悩むということは、悪い言い方をすれば、異常ではありますが、良い言い方をすれば、それは普通の人より頭が良く、感受性が高いということになります。感受性が高ければ、自分のことや他人、世の中のことなど、人よりホントに沢山のことに気付くことができ、心が豊かになると思います。自分が経験したことをもとに他人にも気を使ったり、優しくできると思います。もちろん自分を好きになれる可能性がとても高いです。
そのようなことで悩まない人は、良い言い方をすれば「強い」ということになりますが、悪い言い方をすれば「鈍感」ということになります。
僕としては、本当に強い人というのは最初から悩みを持っていない人ではなく、沢山のことで悩み、それと戦っている人だと思います。
今korokorrinさんが悩んでいることは、これからkorokorrinさんが強い人間になるための過程に過ぎないと思います。
強い人間になるための、必要なことだと思います。そういうことで悩んでいるkorokorrinさんはとても運が良いと思います。
確かに、何故は私は何も悪いことをしてないのにこんなことで悩まなくてはいけないのかと、自分が嫌になってしまうと思いますが、どうかそんな自分をプラス思考に捉えてあげてください。そして自分を好きになってあげてください。

人生全ての悩みの答えは、外の世界にあるのではなく、自分の中にあるものだと思います。外の世界のことを自分がどうにかして変えることは難しいと思います。それにそのような方法では疲れてしまいますし、辛いですし、キリがないと思います。
僕がkorokorrinさんと同じようなことで悩んでいたときに出した答えは、自分を好きになるということでした。自分を好きになり、自分を嫌な部分を許すことさえできれば、全ての悩みをプラス思考に捉えることだ出来ます。僕がそういう悩み持っていた時期、そう考えることができるようになったときには、すでにそういった悩みがとても小さいものに見え、いろいろなことを考えて不安になることもなくなっていました。

あと現実的なアドバイスとしては、寝不足は良くないですよ☆
普段考えていないような嫌なことが沢山頭に浮かんできますし、考えがネガティブになります。

乱文になってしまいましたが、全ての自分を好きになるということはとても気持ちが良いことですよ。
あと、悩みの解決の仕方はホントに人それぞれだと思うので、僕の回答のことは一つの例として捉えてくださいね。
korokorrinさんがこの悩みに答えを出し、もっと強い人間になれることを祈っています。
僕にはkorokorrinさんのような悩みは今はないですが、他のことでもいろいろ悩んでいます。人生、悩みが消えるということはないと思います。一つの悩みを解決すればまたすぐに新たなる悩みが出てくると思います。
しかしそんな自分をプラス思考に捉えることができれば、いくら悩みがあっても、誰よりも楽しい幸せな人生を送ることができますよ☆
一緒に頑張りましょう。

乱文、そして長文失礼しました。言っている意味が良くわからないとかあったら言ってくださいね、また書き込みます☆笑
ではでは★
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この回答へのお礼

ありがとうございます、
自分のためにここまで熱心のご回答してくださる方が、同じ国のどこかにいるのかと思うと!読んでいて、単純に感動してしまいました(笑)お顔は拝見できませんが、私のくだらない悩みに付き合ってくださり嬉しい限りです (><)

そうですね、なんだか心を見通されているかのような気がしてしまいました(笑)すごくどんぴしゃなところがあると思います。少しほっとできました。時期的にも、色々と進学について考えなければならなかったり、忙しい時なので、それでストレスが溜まっているというか・・・疲れているのかもしれません。

自分を好きになる。
大事なことですね。自分の最大の味方は結局自分しかいませんし、自分自身が自分自身に嫌われてはおしまいですね。

心がけていきたいです、また不安になる時がふっと訪れると思うのですが、そんなときはみなさんの回答を読み返して乗り切ります!

お礼日時:2007/05/31 16:12

なんどもごめんなさい。



>しかしおっしゃって頂いたことが、世の中では一般的に「現実をみろ」の現実とされています。今しなくてはならないことから逃げている証拠かもしれません。。。

一般的に言われる、しなくてはならないことから逃げているのかもしれないけれども、実はそれが、今しなくてはならないことかもしれないよ?

っていうのも、私の意見です。

現実なんて、その人によって存在するものなんだから、周りがいう現実を現実だと思わなくてもいいと私は思うんだけれども。

うまくいえないけれども。
漠然とした世界に自らをおいてみると、自らも漠然としちゃうから、漠然とした世界から抜け出せなくなっちゃう感覚なんだろうなと。

私自身が死を感じたのは、小学校のときに好きだった先生が癌でなくなったこと。
中学の先生が心筋梗塞で突然亡くなったとき。
その数年後に、同級生が薬物やって中学の屋上から飛んで亡くなったこと。
あとは、父の死かな。

一つの生命には一つの死があって、そして一つの人生があるってこと。
たとえ、自分がその命を失いたくないって思ったって、どうすることもできないってこと。

無意識に、自分を自分で制御しているから、衝撃があっても、何にもないように振舞えてしまったりするんじゃないかな?とも私は思う。

あなたの現実はあくまであなたの現実だから、あなたの現実でいいんじゃないのかな?

ん~~~~~~。

おせっかいを2回も失礼しました。m(__)m
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1.江原さんの本を読みます。



2.飯田史彦福島大学教授の本を読みます。

3.五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」を唱えます。
「ありがとう、ツイている、感謝します」
です。嫌なことがあっても、「ありがとうございます」と口に出して言うのです。

そして、願い事を過去形で口に出し、その後、感謝しま~すと付け加えます。そうすると願い事が叶いやすくなるそうです。

「私は毎日楽しく過ごしました。感謝しま~す」と事あるごとに口に出して下さい。

4.増井武士著、「迷う心の整理学」講談社現代新書に書いてある方法を実践します。図書館にあります。

以上です。
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私は高校生の時に友人を亡くしました。


友人と言っても近所に住む幼馴染の男の子です。
単車に3人で乗っていて事故り一人だけ逝ってしまいました。
あとの二人は無事でしたが、10年経つ今でも後遺症に苦しんでいます。

その幼馴染が亡くなってから3年間どこからともなく
彼の声が聞こえてきました。
寝ている枕の下からもヘッドホンの中からも「○○ちゃん、○○ちゃん」と毎日聞こえました。

初めて『死』というものに直面しました。
彼のお母さんが気丈に振舞っている姿を見て、急に息が苦しくなり身体が振るえ気を失ってしまった事もありました。

死んだらもう元へは戻れないって事を知りました。
肉体も魂も全て私の周りから消えてしまい、思い出だけが残る・・・私の心の中に深く刻まれました。

今自分が生きていること、この世に誕生した事。
全てが本当に尊いものです、奇跡です。
質問者様のような疑問が浮かんでくるのは当たり前の事です。
だから瞬間瞬間を大切にしたいと思います。

自分の身近で大切な人を亡くすと、自分はこの世の中で『生かされている』という事を痛感するでしょう。

人間は死へ向かって毎日毎日前進している・・・と言う人もいます。
人それぞれ解釈の仕方は違いますが、一度頭の中を
クリーンな状態にしてみてください。
この世の中で生きているって事は本当に幸せなことです。

ご両親や祖父母さんに今までの体験を聞くのも良いと
思います。
ご自分がどれだけ大切に育てられ思われているか
感じてください。
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この回答へのお礼

私は今17ですが、ちょうど世の中の色々なことを知り始めた時期でもあり・・・いろんなことをただたtだ詰め込んできたこの10数年。そろそろ頭の中がごちゃごちゃになってしまっているんでしょうか。

頭を一度クリーンにする、良い言葉ですね、ありがとうございます。小さかった頃の自分は、幸せな生活、暖かい家族、友達、新しい日々の発見に囲まれ、ただただ元気に遊んで、疲れれば眠って・・・・本当に楽しかったんだろうなと思う。


>この世の中で生きているって事は本当に幸せなことです。

暗い事件ばっかり、複雑な世の中で疲れてしまっているのかも・・・もう一度リセットしなくちゃ気持ちになりました、ありがとうございました!

お礼日時:2007/05/31 01:04

私も高校時代に生きてることとか、死ぬこととか、人生とか考えて、何ともいえない絶望感を抱える時期がありました。



なんで生きてるんだろう。
こんなにたくさん生命が生まれて死んでいく中で、なんのために私は存在してるんだろうって。

私も贅沢病かな?って思ってました。

ん~和らぐかどうかわかりませんが、とことん思いつめて、考えるのに疲れたら考えなくなります。

自殺したい衝動に駆られるまで思いつるなんてことになったら困りますが、普段の生活、自分自身が自分自身の望むことに対して誠実に自分自身で叶えていると、そちらに夢中になってしまうからです。

自分自身に対して納得いかないことがあるんじゃないかな?って私は推測してしまいます。

もしくは、納得いっていないのに、それはわがままだからとか、それは周りの大人がこういているから、こう思っちゃいけないとかして、無理やりに自分を納得させていることがあるんじゃないかな?って。

自分が自分らしくあることに、周りの意見は3割でいいと思うのが私の持論です。
考えて考えて疲れるまで考えたら、人間の体なんて、眠くなって寝てしまうというのも、私の持論です。

私の中でその後考えたことは、この世界は矛盾だらけだっていうことです。生命があれば、死があって、でも、その一方で生命がある。
始まりがあれば終わりがあって、でも、別の出来事は始まりがある。
無限なようにみえて、でも、有限もある。
矛盾だらけ。

なんのために存在してるの?どうして存在してるの?

ぐるぐるぐるぐる。って。

いつ考えなくなったのかといえば大学に入って、自分自身の意見をはっきり持つようになって、その中で葛藤するようになってからかな。
自分自身を満たすために考えることをし始めたら、そちらの方が大変と思うようになりました。

何かに迷ったりしているのかな。
または、迷うことさえも、しちゃいけないって我慢しているのかな?

いろんなこと、我慢したり、無視したりしなくていいと思います。
自分が自分の感情を押し殺しちゃ、自分が自分でなくなっちゃうから。

自分らしくあることを、自分らしさなんてないなんて思わないで、
なんでもいいから、大切にしてみてください。
そうしたら、少しらくになるかもしれない。
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この回答へのお礼

長いご回答ありがとう御座います。なんだか急にほっとしてしまいました。こうして顔も知らぬ、見知らぬ方から励まされるっていうのもすごく不思議なことですね。逆の立場ですと、そちら様は顔など見たこともない人間のためにこんなに安心させてくださるご回答を送ってくださって、そういう些細なことがああ、幸せだな、とたった今思ってしまいました。

>何かに迷ったりしているのかな。
または、迷うことさえも、しちゃいけないって我慢しているのかな?

私が考えていることだって、非現実的のようにみえて、実はそれこそ現実だと思うのですが・・・何故生まれたか分からない自分がワケも分からない暗い果てしない空間で暮らしている・・・。

しかしおっしゃって頂いたことが、世の中では一般的に「現実をみろ」の現実とされています。今しなくてはならないことから逃げている証拠かもしれません。。。

がんばります^^

お礼日時:2007/05/31 00:58

こんばんは。



感受性の高い年頃ですね。
残念ながら、どうすればよいかは、自分でみつけなければなりません。

私の経験では、いままで人間がこのような問題にどのように取り組んだか、すこし思想の勉強するといいかもしれません。

とっつきやすいのは、つぎに挙げる講談社α文庫の「マンガ ××の思想」シリーズです。

BOOK OFFなどでも安く売っていますので、ぜひ読んでみてください。

■マンガ 老荘の思想
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この回答へのお礼

参考にさせていただきます、ありがとうございます。
まあ哲学の考えですよね。
わたしは哲学に弱いです。
哲学だって科学や他の分野と同じ、所詮人間のつくった”学問”に過ぎないのに、なーんだか根拠があるような気がして信じ込んでしまって・・・悩まされる自分がいます。困ります。

お礼日時:2007/05/31 00:52

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