外戚について:「お爺さん型外戚」と「お義兄さん型外戚」とではどちらが摂政(関白)として影響力を強く行使できた?
外戚について:「お爺さん型外戚」と「お義兄さん型外戚」とではどちらが摂政(関白)として影響力を強く行使できた?
回答(4件)
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No.4ベストアンサー20pt
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E6%9D%A1% …
一条天皇を軸に
990年 定子 道隆娘 入内
995年 道隆 死亡
道隆息子伊周 VS道長(道隆弟) で 道長勝利
999年 敦康親王(母 定子)出生
999年 彰子 道長娘 入内
1008年 敦成親王(母 彰子)出生
1011年 一条天皇死亡、三条天皇即位
1016年 敦成親王、天皇に(後一条) 三条天皇息子敦明親王、皇太子に。敦明親王の外祖父は藤原傍流済時で済時は995年に死んでいる。
※ だが 敦明親王はついに天皇になれなず、後一条の後は、後一条の同母弟である後朱雀天皇に。
有力者の母を持たなければ、即位できない。
天皇視点で考えれば、自分の息子の中で有力者の娘が産んだ子供でなければ天皇位に就けない。
No.3ベストアンサー10pt
当然お爺さんです。^^
孫が天皇で、幼児であったりすると、天皇が政治に口を出すはずがありません。祖父で摂政であれば、その政治力が当然強くなります。
そこで、天皇の側でも同様に、天皇の位を退位して自分の子・孫を天皇の位に付け、自分が政治力を発揮するようになりました。(宮中の行事・しきたりなどに時間や行動の制限をされず、自由に行動できますから。)
大抵、そのような退位した天皇は出家し、~~院と名乗りました。これが院政です。
この回答へのお礼
なるほど、天皇も仕事は大変だったんですね。
sudacyu さん、どうもありがとうございました。
親戚だから、これこれの権利がある。
という、法体制があるわけではなく、権力の根源は、天皇です。その天皇が摂関の言うことを聞くかどうかというのが権力をもたらします。
平安期の天皇が望んだのは、自分の血統に天皇位を継がすことです。長子相続制が固まっていませんでしたので、子供を産んだ女性の実家が有力であれば相続させることができます。
まず、このことを考えると、天皇と同世代の義兄よりは、一世代上の義父の方が政治的なベテランとなっており信頼できます。
天皇の血統を継がすという戦略を天皇の立場で考えれば、有力な義父の娘の子供にさっさと譲位する事が確実な戦略になります。この段階で、義父は新天皇の外祖父となります。
新天皇の立場で考えると、新天皇は生まれたときから外祖父の影響下にいたのですから、外祖父の影響を受けやすい、ということになります。
義兄ですと、次期天皇として義兄と血統を別にするものがなる可能性を常に残しています。
この辺は、外祖父型の道長と義兄型の伊周(道長にとっては甥)が典型的な例となります。逆に道長と伊周の争いを見た方が、具体的でわかりやすいかもしれません。
この回答へのお礼
tanuki4u さん、詳しい解説をどうもありがとうございました””
「この辺は、外祖父型の道長と義兄型の伊周(道長にとっては甥)が典型的な例となります。逆に道長と伊周の争いを見た方が、具体的でわかりやすいかもしれません。」
すみませんが、ここのところを教えてくださいませんか?」
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