ドイツ史の国家形成の特徴
【私が大まかに理解している範囲】
統一の過程において、それまでのモザイク状態の統一という困難さが
ともない、決して「国民」をスムーズに作り出せたとはいえない状況であった。そこで、ドイツの「国民」形成においては、「ドイツ語を話すドイツ人」という言語・血統主義的統一という特徴があらわれた。
以上が私がネットや資料で調べて理解した、ドイツ史の国家形成の特徴です。
で、お聞きしたいのはこんな感じの認識で良いのかどうか。
どこか間違っている、もしくは理解が足りない、などといった所は無いでしょうか?
ありましたら、アドバイスなどをしていただけると助かります。
歴史があまり得意ではない上、特にドイツ史は何だか複雑に思えて・・・。
宜しくお願いします。
※身近な国(例えば日本とか)と比較しながらのほうが、分かりやすいですかね?
回答(2件)
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No.2ベストアンサー20pt
ん?
『ドイツの「国民」形成においては、「ドイツ語を話すドイツ人」という言語・血統主義的統一という特徴があらわれた。』
というのは, 必ずしも間違ってはいないと思いますけど>#1.
近代ドイツの成立過程を考えると
・ナポレオン戦争後のウィーン会議で (オーストリア帝国中心の) 「ドイツ連邦」が成立
・オーストリアを中心とする「大ドイツ主義」とプロイセン中心の「小ドイツ主義」の対立
・普墺戦争勃発
・プロイセン勝利による「ドイツ連邦」解体と (プロイセンを中心とする) 「北ドイツ連邦」の成立
・プロイセン中心の「ドイツ帝国」成立
という感じだと思うので, 少なくともオーストリアについては「どうするか」という論議はあったみたいです. 第二次大戦前には, オーストリアが国民投票の結果ドイツに併合されていたりもするので, オーストリアにおいても「自分達は『ドイツ』の一部である」という意識があったんじゃないかなぁ?
この回答へのお礼
そうかぁ~~
オーストリアの事を失念していました。
ありがとうございました。
No.1ベストアンサー10pt
>ドイツ語を話すドイツ人」という言語・血統主義的統一という特徴があらわれた。
この概念ですと、スイスの大半、オーストリアなどもドイツでなければならないはずです。
ドイツ語の方言程度の差のオランダ語を話し、近世までドイツ(神聖ローマ帝国)の一部であったオランダに関しても、扱い方が問題になります。
また、アルザスやロートりゲンなども問題になると思います。
その事から、質問者の考え方には、疑問が有ります。
むしろ、現在のドイツは、プロシア王国の勢力圏として成立したと考えるほうが良いのではないでしょうか。
この回答へのお礼
あ、そうか!
ありがとうございます。
ちょっと勉強が足りなかったみたいです。
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