水田稲作以外の稲作について
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現在プラントオパール分析などにより、水田の伝来以前に稲作が日本で行われていたことが明らかになったと聞きます。そして、それは焼畑稲作だった?と聞きます。焼畑稲作は照葉樹林文化の技術であるので焼畑稲作は南方から来た?とも聞きます。では、朝鮮半島には焼畑稲作はなかったのでしょうか?また、あったとしたら日本より遅く伝わったのでしょうか?
あやふやな知識をもとに考えていたらこんな疑問にあたってしまいました。誰か答えてください、お願いします。
詳しい事はわかりませんが縄文・弥生時代は焼畑稲作だったみだいですよ。
この回答へのお礼
調べていただいてありがとうございます。古代日本には水田がなく、稲の栽培がいまの熱帯雨林地帯で行われている焼畑農法で行われていたということですね。
実は、私は最初のイネがいつごろどのようなルートをたどって日本に伝来したのかということを考えております。
それで、朝鮮半島から稲作が伝わったといわれるのは発掘される水田の跡が日本では2400年前のものが一番古く、朝鮮半島では2500年前のものが一番古い、ということを根拠にしています。
しかし、現在、古代日本では水田稲作以前に、焼畑稲作が行われていたということが発掘されたイネ遺物を根拠に言われております。
つまり、朝鮮半島で焼畑稲作が行われていなかったのなら、日本のほうが稲作の歴史が古い、よって最初のイネは朝鮮半島から伝えられたものではないということになります。
ということを言うには、朝鮮半島の稲作がいつごろから始まったのかということを調べなければなりません。うーーんどうしよう?
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