平安貴族の夜型生活について
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源氏物語が紫式部によって書かれた時代、平安貴族の夜型生活が顕著に見られますがどうしてでしょうか?教えてください。
どなたも回答されていないようなので。
「古今著聞集」に、村上天皇が下部(雑用役)の老人に、「今の政治を世間ではどのように言っているのか」と尋ねると、『「めでたく候とこそ申し候へ。但し主殿寮に松明罷り入り候。率分堂に草候」と奏したりければ、御門おほきにはぢおぼしめしてけり。させる公事の日にはあらざりけるにや。松明のいると申すは、公事の夜に入るよしにて侍り。(略)』とあります。
古代日本では政治は早朝(日の出前)に始まり、昼には終わったようです。この政治が早朝に始まる習慣は律令が導入されても変わりなく、奈良時代では日の出前に官庁に出勤する官僚で混雑したようです。
ところが、平安時代になり、表面的に平和な時代が続くと、政治も儀式化し、取り立てて重要でもない儀式も荘重になり、時間も長くなり、夜に入ることも多くなります。その上儀式の終了後に直会(なおらい)として宴会が行われることもあり、ますます夜に入ることが多くなります。このような男社会の政治・儀式の時間の変化が夜型生活をもたらしたと思うことが一点目。
次に、当時の婚姻形態が招婿婚の形式で、男が夜に女のもとを訪れる形式(夜這い)であったために夜型であったと思うことが2点目。
以上の2点が、源氏物語が紫式部によって書かれた時代、平安貴族の夜型生活が顕著に見られたことの原因ではないかと思います。
個人的な意見ですので参考程度に。
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