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欧米での武道観
私は寸止め空手を行っているものですが空手の源流でも
あり武道の祖国でもある中国武術に非常に敬意を持っています。
しかし中国武術のイメージはと言うと日本人の間では「型だけで
実際は戦えない」、「中国拳法なんかより空手のほうが強いに
決まってる」と言う様に非常に酷い評価が多いのですが、しかし
日本と中国の関係や日本も武道の国と言う事を考えると中国武術を
下に見る気持ちも分からなくはないのですが何も偏見のない欧米など
の国では中国武術はどの様な評価をされているのでしょうか??
欧米でも空手や柔道は流行してますし日本の武道は世界に広まって
るとは思いますが、やはり欧米人にとっては武道の国と言うと日本
ではなく少林寺などの影響もあり中国を思い浮かべる人が多いので
しょうか??
回答(5件)
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No.5ベストアンサー10pt
柔道の場合、フランスやイギリス、ドイツ、ブラジルなどは武道として柔道を修行している人が多いみたいです。これは、戦前から優秀な柔道家が、これらの国々に移民したり派遣されたりしていたからです。
ただ、東欧や西ヨーロッパ内の柔道後進国のほとんどは、サンボの影響を強く受けており、これらに派遣される国際柔道連盟の指導者の多くはロシア出身のサンビストらしいです。ロシアのプーチン大統領がヨーロッパ柔道連盟の会長であることも影響があるのかもしれません。
このため、これらの国々は日本からの指導者派遣を強く望んでいるみたいです。もっと精神的なものも勉強したいとかで。
あと、韓国、モンゴル、キューバなんかは完全にスポーツと割り切ってやっているように思えます。
アメリカでは、まだ柔道はマイナー武道の位置にあるため、スポーツというよりは、精神性を重視する武道としてうけいれられているみたいです。ただ最近は、総合格闘技UFCの影響もありjudo throwという造語ができるぐらい人気が出てきているみたいですね。
この回答へのお礼
分かりました。
返事が遅れ申し訳ありませんでした。
ありがとうございます
No.4ベストアンサー20pt
おそらく北米の方は、空手の歴史を勉強している道場は別にして、空手は空手(日本発)、中国武術は中国武術(中国発)で全く別物と思っていると思います。そして、日本武道と中国武道のどちらが上か下か、どう思っているかは各人各様でしょう。北米には自分のやっている事が最高と思う文化あります。田舎に行けば、練習可能な格闘技も限られるので、自分の遣っている武道が全てにおいて最高最強と思っているでしょう。そう思わない人は色んな格闘技に手を出していると思います。中国武術(武器)と日本武道(空手)両方(他にも色々)遣っている友人いましたが、彼は精神性は空手に求めていたようです。また、北米の武道には「現地化」した武道も多く、これがいいか悪いは別にして、同じような名前でも、やはり日本や中国で練習されているものとは異なる格闘技(古いのではAmerican Kenpo Karate)も大量にありますので、武道への考え方は色々複雑だと思います。ただ、伝統空手を(長く)遣っているような北米人は、やはり日本びいきであり、日本武道としての伝統空手、たとえ空手の源流が遠く中国に戻る事を知っていても、「空手はあくまで日本の武道」として練習している方が多いと思います。これも別に中国武術が上とか下とかの考えとは別です。彼らは単純に日本の伝統空手が好きなのだと思います。宗教に近いと言っている北米人もいました。
この回答へのお礼
詳細な回答ありがとうございます。
なるほど、カナダや同じアメリカはアメリカでも
解釈の仕方が分かれているんですね。
中国拳法は中国のものであると北米の方が正確に分かっていた
と言う事を知っただけでも参考になりました。
ありがとうございました
Gです。
>御幣があったら申し訳ありません。
いいえ、そんな風には取っていないつもりですよ。
>Gさんの個人的な意見は分かったのですが一般的な欧米人(格闘技経験者でなくても良いです)は中国武術にどの様なイメージを持っているのでしょうか??
私と同じような環境にいる人であれば当然のごとく私と同じような感情を持っているでしょうね。
しかし、一般人、とすると、つまり、日本での一般人が空手と言うと試合、と言う感じの事を聞いているのですね。
そうであれば、まずChinese Martial Artsと言うとやはり何か非常に哲学的で、先生が年寄りで、「少林寺」的などこかのお寺の中で同じようなお坊さん的な服装をしていて、そこの中庭でみんなで型をやっている、というようなイメージでしょうね。 Discovery Channelのようなテレビ番組でもこのように紹介されています。 そして、Chinese Karateと言う看板を見る、という位だと思います。
>良くカンフーは日本の空手の、一種で中国のものではないと思っている欧米人もいると前に聞いた事があるので欧米でもカンフーは、はっきり中国のものと認識され地位を築けているのか疑問に思ったわけです。
Chinese karateと表現されることが大きな原因となっていると思います。 つまり中国の空手と言う感じですね。 空手着を見れば空手と決め付ける一般人ですから、空手着を使っていないところがほとんどですのでカンフーを日本のものとは見ていないと思います。 ただ、日本と中国との違いを知らない人が多いですから、その意味では日本の空手の一種と思われているかもしれません。 私の知っていることではありません。
>確かに欧米の方が日本より、一生懸命に取り組み精神性の意味を求める人が多い気がします。
一般人であれば、やはり、なんとなく神秘的なものを感じているのは確かです。
>ご意見を聞くとGさんは物凄く立派な方で著名な方とお見受けしま
したがメディアなどにも出ている方ですか?
私の属しているいくつかの業界では有名税を払わされているでしょう。 <g> 有名税を払いすぎていい目を見たことがないので、新聞や業界紙には載りますが、宣伝をしているわけでも、有名になりたいというような欲求はまったくありませんので、私のところでは私のセミナーで使う以外は残っていませんがほんの一部で(業界で使う)ビデオには残っているおもいます。 マスコミには流れないように契約書が交わされています。 今のところ<g>ライフルの攻撃には私の護身術は使えませんし。 友達にはいつ撃たれてもおかしくないとは言って置いていますが。
>現代では時代の違いもありGさんの様に武道で精神性まで高められる
教えを受けてる人は稀でしょう
全世界の中での格闘技・武術・武道人口から言ったら稀でしょう。 しかし、それは、ただ単に、教えられる人が少なくなったということであり、また、出来るということに対しての認識があまりにも少ない、殻でしかありません。 他の自称師範たちが教えない、そして教えられるようの訓練していないから教えない自称師範が「多すぎる」と言う事なのです。 それだけの事です。
この稀と言う表現が全人口に対してのパーセントが低いという意味であればそれは正しいとしかいえません。
しかし、流祖がおられた1900年代の初めの頃と比べれば、同じ位かそれ以上の「教えられる、そして教えている師範」の数はいると思います。
つまり、教えられない自称師範と使える武道を押し付けられている弟子たちの数がとんでもなく多い、と言う事なのです。 そして、自称師範と彼らの弟子たちは現代武道(自称武道)の「犠牲者」でもあるわけです。
私のやっていることは、 特別難しいことではないのです。 医者が患者を治せるのと同じことなのです。 医者にしてみれば普通なのです。 医者であれば、病気を治せなくてはならないのです。 武道家も同じなのです。 師範と呼ばれたいのであれば、師範としての実力を持て、と言う事なのですね。 自分でも出来、そして、自分よりも優れた師範を作り出すことの出来る実力、それを求めることに対して頭の隅にもない人たちが自分のやっていることは武道であり、自分は師範である、と呼んでいるのです。 時代の問題ではなく、教えることの出来る指導員を作ろうと努力しない指導員が多すぎるのです。
だからこそ、私の人生は指導できる指導員の養成に使っている、と言う事なのです。
>(武道にそこまで集中して修行出来ない
いいえ、そうでは決してありません。 私はいわゆる専業師範ではありません。 しかし、弟子たちもまた、自分の時間と言うものに対しどれだけ武道というものを使えるかを知っているからなのです。 トイレを使っていても、プライドを見ていても、お風呂に入っていても、その時間をどのようにして使うか、なのです。 言い換えれば、武道とは限られた時間をどのようにすれば向上に必要なことをすることが出来るようになるか、その土台さえしっかり作っていけばいいだけのことなのです。 仙人になる必要はないのです。 有無を言わせぬ実力さえつけばいいことなのです。 普通の生活の中で今ではそれが出来るのです。 そのための「級・段制度」があるのです。 段をいつまでも級の続きだと考えていてなにが出来るようになるというのでしょう。
>また教える方も経済的にビジネス化してしまうからです)
これが間違いの元なのです。 私の流派はもともと非常に難しく厳しい流派とされてきました。 幅が広く奥が深いことを必須とするからなのです。 そして、多くの同輩たちがこの「ビジネス化」を目指してしまいました。 流派が持つ価値を捨てたのですね。 そして、トレンドと言う流れに、言い換えれば、金銭と言う餌に食いついてしまったのです。
>武道は衰退してると言われれば、それまでですが機械体操でも身体
の軸やバランスは鍛えられますし自分なりに目標を見つけ頑張れば
武道をやっているのと、半ば変わらないので自分達の教えと違うか
らとあまり他流派を全否定する必要もないかと思います。
だったら、空手と呼ぶな、と私は言うわけです。 スポーツ空手と呼びたいのであれば、まったく問題ないことなのです。 スポーツとして生きていけばいいことなのです。 テコンドーがそれをしましたね。 そして、その頃日本の空手業界では、オリンピックへの参加を希望していた人たちをすべて無視しました。 (試合をしていたにもかかわらず)あくまでも武道なんだから、と言って。 そして、テコンドーが一躍オリンピックの種目となったら業界はでんぐり返ったのです。 いまでも、オリンピック協会に申請している有様です。
今は剣道が同じ道を歩んでいます。 コムドがスポーツとしてオリンピックの種目になりそうだとわかったときの剣道連盟の動きを見れば明白ですね。
>武道の持つ精神性など仏法や禅の修業をすれば1番効率が良いわけですし自分の選んだ事を一生懸命やっていけば得られるものは武道でも機械体操でも何をやってても、一緒だと思います。
それは、武道がどういうものであるかをしえられる人があなたに教えなくては納得できない範囲だとしか私には言えません。
しかし、スポーツとしての自称空手でアクロバット的動きを空手着と黒帯を締めて踊りたいのであれば、私は器械体操をやれ、と言います。 仏法や禅の持つ特別な精神性を求めるのであれば、武道でなくても良いと私も心から信じています。
武道には武道として他の事が教えられない範囲が存在するからこそ武道は「毎日」「いつでも」「どこでも」使えるのです。 それが私たちの流祖の考えであるし、それを広めるのが私たちの「弟子としての責任」でもあるのです。
なぜ、特殊なトレーニングを積んだ「医者と呼ばれる人たち」は(治せない)ヤブ医者を当然のごとく全面否定するのでしょう。
そして、それを「門外不出」と言う形で訓練を始めたのが中国武術なのです。 昔は出来るか出来ないか、そのふたつしかなかったのです。 なぜなら、一般庶民にはその訓練を見ることも受けることも出来ないような仕組みになっていたからですね。
この中国武術に大きく影響された空手は、一人の空手家によって方向変換への挑戦を受けたわけです。 しかし、もともとの名前である、唐手という名前が残っている限り中国武術を敬う心は捨てがたいもののはずなのです。
この100年で教えられる師範が5%でも増えたことは、そして、教えられる師範が世界中に広まったことはやはり何かすばらしいものが空手にはあると思いませんか? これは決して私が属している流派のことだけではないことは知っておいてください。
>ありがとうございました。
こちらこそ、自己主張させていただき他の読者の皆さんにも呼んでいただける機会を作っていただき感謝いたします。
この回答へのお礼
丁寧な回答ありがとうございました。
スポーツ空手と武道に関しては私も同じ認識を
持っていました、良く分かります。
勉強させられる事が多かったです。
ただ申し訳ありませんが私も競技空手をしている者ですが
武道の持つ特別な良さや伝えていかなくてはならないことと言うのが
良く分かりませんでした。
身体運用的な視点で見れば軸の使い方などは番人に共通している
と思いますが、それは人に教わって覚えられる事ではないでしょう。
まだハッキリとは分かっていない身体運用面をどうやって師範は
教えるのでしょうか??
いかに自分が繰り返し型などの練習をし一生懸命練習するかの
問題だと思います。
精神面も「無心になる為、座禅をしろ」と言ったところで本人には
分かりません。自分で試合などをしていくうちに精神面の大事さに
気づくのだと思います。
Gさんの言っている通り武道とは試合に勝てば良いと言う
スポーツの考えとは違い勝敗に拘らず厳しい練習や、組み手
をしながら他人に優しく出来る精神力を得られれば良いと
思っています。
今の時代、必ず実力的に強くなる必要もないと思います。
ただ私の御幣でGさんの回答の意味が、もし「今の空手道場などで
はk-1などの影響から試合に勝つことだけを要求して礼節や礼儀を
教えていない、師範と言うだけで見栄を張っている者が多い」
と言うのであれば、ごもっともな意見だと思います。
私の先生は礼節などきちんと教えてくれますが他の道場の人を
見ると空手を、ただの格闘技にかみていないと思う人もいます。
昔のような時代なら自然に礼節の意味が分かってくると
思いますが現代では指導しない限り分からないとは思います。
偉そうにすみませんでした、長文で申し訳ありません。
アメリカで使える伝統空手と護身術教えている者です。
実力を求めるこちらでは、口先だけの奇麗事では教えることは出来ません。 武道と言う「生き方すべて」を教える時に言葉だけでは分かってくれません。
攻撃してくる相手との調和を取る、相手を倒すためのものではない、等と言う言葉に頼りがちの「言葉だけの伝統武術」と言われて、「素人相手にしか勝てない」と見られてしまうものは見捨てられるのです。
私は伝統空手を教えていますが流祖の教え(1900年代初め)から「使えなくては武道といえない」と言う考えを重要視しています。 それが「落ち込んだら空の雲を見ろ」から「サンドバッグが破れるまで蹴ろ」から「落ち込むことを喜べ」などに反映しているわけです。
Karate Kidの一番初めのシリーズやもっと前にテレビでシリーズになったKung Fuなどは、試合だけでなく、精神的なものも「積極的に」教えたので、武道として高く評価されました。中年であれば、Gransshopperという名前を知らない人はいないでしょう。
しかし、見た目だけを追い求める傾向も同時に作り上げられてきました。 空手キッドの最後の鷺立ちからのキックを知らないアメリカ人はまずいないでしょう。 方膝を上げ手を広げればそれで空手キッドになるのです。 中国武術でも見た目を追いかけるスクール、空手でも詐欺じみた試し割をしたり、器械体操じゃんかと思われる自由型を求める型試合、など武道とは程遠いものがこちらにも存在することは確かであり生徒数から見れば、「普及している」と言えるでしょう。
そして、年齢的に出来なくなるとやめていくわけです。
しかし、精神的、あるいは哲学的な面で興味のある人で日本では考えられないほどの知識を持っている武道家がたくさんこちらにはいます。
そしてその知識を実際に自分の実力を上げるために、また他の人の実力を伸ばすために使う人たちも日本では考えられないほどの実力を持つことになるわけです。 自分を向上させるための武道、だと言うことを教わったからなのです。 (知識だけ持っていても変な英語を使う英語文法学者さんとはまったく次元の違うものと言う感じかな)
と言う事で中国武術をどう評価しているかは、どの武術の(スクールの)事を誰が評価するかによって変わってくるという事なのです。 フラッシーなダンスをするものを武術とは呼ばない私たちとしてはもともと評価するに値しないとしているわけです。
歴史からも当然ながら伝統空手の中に中国武術を見出すことが出来るのは当然だと思います。
あと2週間で中国と日本に行きますが、中国ではちょっと奥の都市に行きますが仕事のほかにこの武術に関しての「勉強」もさせていただきます。
これでいかがでしょうか? 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。
この回答へのお礼
ありがとうございます。
Gさんの個人的な意見は分かったのですが
一般的な欧米人(格闘技経験者でなくても良いです)
は中国武術にどの様なイメージを持っているのでしょうか??
良くカンフーは日本の空手の、一種で中国のものではないと
思っている欧米人もいると前に聞いた事があるので欧米でも
カンフーは、はっきり中国のものと認識され地位を築けている
のか疑問に思ったわけです。
確かに欧米の方が日本より、一生懸命に取り組み精神性の
意味を求める人が多い気がします。
ご意見を聞くとGさんは物凄く立派な方で著名な方とお見受けしま
したがメディアなどにも出ている方ですか?
現代では時代の違いもありGさんの様に武道で精神性まで高められる
教えを受けてる人は稀でしょう(武道にそこまで集中して修行出来ない
、また教える方も経済的にビジネス化してしまうからです)
武道は衰退してると言われれば、それまでですが機械体操でも身体
の軸やバランスは鍛えられますし自分なりに目標を見つけ頑張れば
武道をやっているのと、半ば変わらないので自分達の教えと違うか
らとあまり他流派を全否定する必要もないかと思います。
武道の持つ精神性など仏法や禅の修業をすれば1番効率が良い
わけですし自分の選んだ事を一生懸命やっていけば得られるものは
武道でも機械体操でも何をやってても、一緒だと思います。
御幣があったら申し訳ありません。
ありがとうございました。
欧米では武道は心身を鍛えるモノというよりは強くなって相手を倒すモノという意識が強いです。
だから試合が多く、試合の結果が重視されます。
あと、見た目の派手さも重視されます。
ハリウッド映画では空手や合気道はほとんど登場せず、カンフーやワイヤーアクションが多く出るのは見栄えがするからです。
実際、アメリカではベストキッド(アメリカではカラテキッド)という映画がはやった時に空手道場がたくさん出来たそうですが、実際おしえているのは動きが派手なテコンドーだったりします。
あとよく言われる空手と少林寺どっちが強いかですが、これは実際は分からないでしょう。
空手と少林寺の選手が戦っているのを見たことがありますが、空手の圧勝でした。
しかし、目潰し・急所攻撃禁止・殺人不可という条件では少林寺拳法はフリだと言われています。
まあ一回よく漫画とかである世界中の格闘技で一番強いのを選んでみて欲しいものがあります。
でも実際やったら確実に死人がでますね・・・
この回答へのお礼
ありがとうございます。
確かに欧米は精神よりスポーツ的な要素が
大きいでしょうね。
後、私はどちらの格闘技が強いと言う議論に興味は
ありません。
ルールの問題もありますし、どの格闘技にも長所や
短所はありますし自分が選んだ武道を一生懸命練習して
精神を鍛えられれば良いと思います。
なので最強の格闘技などはないでしょうね。
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