だいぶ前に質問しましたが、もう少し意見が聞きたいですので、質問します。

テレビも今は衛星放送やデジタル放送が開始され、最近ではオンデマンドまで出るようになりました。
チャンネル数も飛躍的に増え、見たい番組を見たいときに見るというのが主流になりつつあるようです。

そんなテレビも、スタート当初は高嶺の花で(給料が1万円台の時代に約20~25万、現在の価値で言えば400~500万円位?)、該当テレビが設置されました。
今みたいに2台とか3台とか買うのは無理でしたので、一家で1台のテレビを囲んでいました。大勢のお客が来ることも珍しくなかったそうです。
そしてカラー化・デジタル化などがあり今に至ったわけですが、皆さんはテレビに対してどんな思い出がありますか?

テレビ本体のこと・番組のこと・視聴環境のこと何でもいいですし、時代も白黒時代から近現代までいつでもよいですので、テレビに対する思い出話を聞かせてください。

A 回答 (3件)

はじめて我が家にTVが来たのは東京オリンピックの昭和39年です。



たしかGE製の白黒です。

4本足付きです。

東京で購入したものの名古屋に引っ越したので電力会社の周波数が違い電気屋さんに調整してもらいました。

カラーTVは総和44年頃です。
大阪の万博はカラーで見ました。
何か重厚な木目調のヤツでした。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

64年にモノクロTVがやってきて、69年にはカラーTVですか。
カラー化は70年代前半に進んだそうですので、結構早めのカラーTV導入だったようですね。

お礼日時:2007/09/05 21:39

我が家に最初にテレビが来たのは確か昭和36年くらいかと記憶しています。


真空管のテレビだったので映るまでかなり時間がかかったのを覚えています。
当時、テレビの存在は知られていましたが、やはり珍しかったのでしょう、「名犬ラッシー」の時間になると隣のおばあちゃんが見に来ていました。
当時からアニメはあって、子供にとっては今と同じくヒーロー物が好きでしたね。
夏休みになるとアニメの特集があって「狼少年ケン」とか「スーパージェッター」などを見ていた記憶があります。

テレビ台があったわけでなく、本体に脚がついていて畳の上に置くと跡がつくので丸い置き台みたいなのがあったのですが、それでも跡がつくのでその下に板を置いていました。

今のようにリモコンがあるわけではなくチャンネルもガチャガチャ回して変える方式でした。
あまり乱暴に回すとスポッと抜けてしまってえらく怒られた記憶があります。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

1961年頃といえば、モノクロTVの普及が本格化してきたかという時期ですね。
テレビの四足も、昔ならではでしたね。もっとも、今の薄型テレビには四足ではないですが下にスタンドがありますね。

お礼日時:2007/09/05 21:43

NHK名古屋放送開局と同時に父親がTVを買いました。

後に聞いたところ、USA製キットを大学生が組み立てたものを購入したそうです。日中はほとんどテストパターンで、放送は夕方からでした。午後7時にアメリカ漫画(アニメ)を1本上映これが楽しみでした。放送局もビデオがない時代なので、すべて生放送でした。そのため人形劇が多かったです。記憶に残っているのは(テレビてん助)あやつり人形で、背中にテレビを背負った少年剣士の道中記でした。同期が不安定で、しょっちゅう画面が流れます。同期調整つまみが正面についているので、これをいつも調整しながら見ていました。夜になると町内の方がテレビを見に多数こられたのを覚えています。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
TV創世記には組み立てキットも多かったようですね。
東京でも、866台中482台が自作品だったそうです。

お礼日時:2007/09/05 21:40

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