日清戦争後からの朝鮮の指導者達のそれぞれの戦略
日清戦争後、日本の介入により朝鮮は清から独立し近代化を進めることになるが、親露派、独立派、などが揉めて近代化が進みませんでした。
日露戦争後も近代化が進まず、韓国の一進会が、
「韓日合邦を要求する声明書」を出して、韓国と日本が対等な立場で新たに一つの政府を作り、一つの大帝国を作る事要求します。
韓国にとっては都合が良いにも関わらず、反対勢力が大きく一進会は弾圧されます。かといって独立の気運が高まって近代化が進むわけでもありません。
朝鮮の独立を諦め、日本は朝鮮を併合する方向へどんどん変わっていきます。
1、独立を維持する為に、国民がが一丸となって日本を利用して近代化 すると思うんですが、どうして指導者達の意思が独立にまとまらなか ったのでしょうか?
2、その時、近代化しなければ、日本に併合または他国の植民地になる 可能性は高いと思うんですが、日本に併合された後のの戦略、独立を 維持した場合の戦略も考えていたと思います。
朝鮮の指導者達の長期的戦略は何だったのでしょうか?
大変な時代ですので、ただその時うまくいけば良いと考えないと思います。
色々な派閥がいたので、それぞれ教えてください。
回答(1件)
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No.1ベストアンサー20pt
そのあたりのことは、金完燮氏の著書『親日派のための弁明』に詳しく書かれています。
夜郎自大甚だしい当時の韓国政府の一部、実権を握っていた一派は、日本による改革で、自分たちの利権が奪われるのを恐れ、前後の見境なくロシア帝国を頼りました。
他の一派、一進会等は、明治維新を成功させ、清を屈服させ、欧米諸国と互角に渡り合う日本を見て、むしろ日本と併合して韓国も台湾のように日本と一体化して、人がましくなりたいというのが望みでした。
他の大多数は、奴隷のような生活の中で、教育を受けることもできず、そういうことを考える余裕もないという環境だったでしょう。
この回答へのお礼
お返事ありがとうございます。
せっかく独立したのに独立維持する派は少なかったようですね。
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