プロが教えるわが家の防犯対策術!

こんにちは、先日京都に遊びに行って、素朴な疑問を抱いたので質問致します。

ガイドブックに乗っていた、とある神社の門前茶屋に立ち寄ったのですが、その店は「創業1000年変わらぬ味を~」「千利休も茶菓子として好んだ~」など、歴史の長さが売り物らしく、最初は私と友人も「すごいね!」と喜んでいたところ、ふと疑問が…

1000年前に甘味茶屋ってあったんでしょうか。また、その店では白餅を炭火で炙って甘いタレで食べさせるのですが、大学で食物学を専攻していた友人が「古代の白餅は供え物で、庶民は雑穀の餅を自宅で作って食べていたはず」と言うのです。

もしそれが本当なら、お店のうたい文句は間違いになりますよね。ちなみにお向かいにもう一軒、同じ餅を出す茶屋がありますが、こちらは創業400年らしいです。歴史的にはこっちの方が信憑性があるような?

以上、こういう方面にお強い識者の方、1000年前に白餅を売る甘味茶屋はあったのか、お教えください。お餅自体は申し分なく美味しかったのですが、何だかスッキリしなくて…よろしくお願いします。

A 回答 (4件)

利休の時代の菓子とは、木の実や果物などです。

まず、それからして、素人をだますコピーですね。
利休の茶会記はだいたい残っていますが、「あぶり餅」を茶菓子とした記録はないでしょうね。

近世まで、純粋な砂糖を料理に使うことは、余りありませんでした。純粋な砂糖は高価ですからね。砂糖は調味料としてではなく、医薬品として使われていたようです。その意味でコレラの特効薬として使われたというのはうなずけますが、千年まえから甘味処があったかどうかは、眉唾です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

こんにちは、お答頂きありがとうございます!

>利休の時代の菓子とは、木の実や果物などです。

それは知りませんでした、勉強になります。イメージでは、上品な京菓子を召し上がっている感じなんですが…。しかし、時代を考えたら全くその通りですね。砂糖はとても貴重だったでしょうし、ましてや加工食品自体となると極めて少なかったはず。

そう考えるとやはり、お餅の奉納は1000年前から、甘味茶屋としては近世になってから、となりますね。素人をだます…に関しては、そのつもりで書かれたかどうか不明ですが、現在の甘味茶屋が「創業1000年」を掲げている事は、紛らわしい表現と言えるでしょう。こちらでお教え頂くまで「1000年前のお味なのね~」と喜んでましたから(笑)

これを機会にまた歴史の勉強をしたいと思います。お教え頂きありがとうございました!

お礼日時:2007/10/19 06:39

食べ物の歴史は分からないですが、


現存する日本最古の企業というのは金剛組(宮大工)でこれが6世紀の
創業。また昔見た別のテレビ番組では日本最古の商売といのは
温泉宿だったか何か温泉関係(多分道後温泉)の茶店だったか
宿泊施設だったか、いずれにしても茶店の起源はその辺にあるという
内容だったと記憶しています。それも聖徳太子の時代の話です。
ですから千年前から茶店をやっているというのは全くでっち上げという
ことはないと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

こんにちは、教えて頂きありがとうございます!

やはり太古の昔から、商人根性は逞しかったという事でしょうか(笑)しかし、道後温泉に日本最古の商店があったとは!さすが日本最古の温泉ですね。

聖徳太子の時代といえば、国が通貨を流通させようと躍起になっても、庶民の間では物々交換だったと本で読みましたが、やはり最古の商店も絹や米で支払っていたのでしょうか。タイムマシーンに乗って見に行ってみたいです!

お礼日時:2007/10/19 20:23

こんなページがありました。



 ◎京を語る
  http://www.j-kyoto.ne.jp/j_kyoto/koe/8go/8-a/8a. …

 『香隆寺の名物だった“おかちん”(あぶり餅)を作り、今宮神社に供えたのが始まり』だそうです。

 また,『疫病を鎮める為、御霊会が行なわれました。その際に当家で作っておりましたこの餅を供え、それを家に持ち帰り、食べると疫病をのがれた』とありますから,今の甘味茶屋というよりは御利益のある餅という事だと思います。

参考URL:http://www.j-kyoto.ne.jp/j_kyoto/koe/8go/8-a/8a. …
    • good
    • 0
この回答へのお礼

こんにちは、回答して頂きありがとうございます。

早速、ホームページを参照させて頂きました。こちらには「店を開いて」と書いてありますね。江戸時代でさえ食物は行商が主だった事を考えれば、1000年前の店舗は奇跡に近いのではないでしょうか!

コロリの流行も、もっと後の時代と思っていたので勉強になりました。お餅って宗教的な意味合いのあるものなのですね。ひとつ残念だったのは、私たちの行った時には若いバイトさんだけで、写真の素敵な女将さんが店におられなかった事です。昔のお話、聞いてみたかったです。

色々教えていただき、ありがとうございました!

お礼日時:2007/10/18 17:41

その店(たぶんIでしょう?)ですが、元々寺の創建と同時期に、供饌用(お供え用)の餅菓子を作っていたのが始まりだという話を聞いたことがあります。

供饌用ですからお友達のおっしゃる通り、白餅ですよね。
つまり、甘味処としての歴史はもっと新しいのでしょうが、寺の創建前後には餅菓子を作っていたのは事実らしいですよ。で、寺の方は確かに今年辺り建立一千年のはずです。ですから、甘味茶屋ということではなくて、餅菓子を作り始めてから千年という意味なら間違ってはいないのではないでしょうか。
まぁ、私も話の種として時々食べます。白味噌が当時からあったのかどうかまでは知りませんが・・・。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

早々にご回答を頂戴し、ありがとうございます。

丁寧に解説していただき、とてもよく理解できました。なるほど、お店が創業1000年ではなく、餅に携わって1000年という事なのですね。それなら、歴史とも符合します。よく考えたら、そんな時代に甘味茶屋が庶民に利用されているはずがないですよね。すっきりしました。

ちなみに今のような味噌が普及したのは江戸以降らしいので(調べてみました)たれはその頃に考案されたのかもしれないですね。今度訪れたら、歴史をかみ締めて味わいたいと思います。ご親切な回答、ありがとうございました!

お礼日時:2007/10/18 17:11

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!