’74~’75のジョニー・ブリストルについて
ボズ・スキャッグスのスロー・ダンサーの解説には、
74年にジョニー・ブリストルはCBSとプロデューサーとしての
契約を結び、同アルバムをプロデュースする事になった、
と書かれてありました。
一方、75年には、トム・ジョーンズの
Memories don't leave like people do
をプロデュースしています。
フリーランスなら色々なレーベルのアーティストを
プロデュースする事は考えられますが、
契約プロデューサーが所属会社が違うアーティストを
プロデュースするとはちょっと考えられません。
ということは、ジョニー・ブリストルは、
たった1年でCBSとの契約をうち切ったという事なのでしょうか?
また、この時期の他のアーティストのプロデュース作品には
どのようなものがあるのでしょうか?
この辺の経緯について教えて下さい。
回答(1件)
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No.1ベストアンサー20pt
dtmstarさんをますます混乱させるかもしれませんが、
ジョニー・ブリストルは1974年にソロシンガーとしてMGMレコードと契約して、
2枚のアルバムを発表して「Hang On In There Baby」というヒット曲もあります。
1976年にはアトランティックと契約しています。
私が思うにCBSとの契約はボズ・スキャッグスをプロデュースする為のスポット契約であって、
専属契約といったものではなかったのではないでしょうか…。
この回答へのお礼
回答、ありがとうございます。
MGM時代は、もっと昔の事だと勝手に思いこんでいました。
調べてみたら、
Hang on un there baby '74
Feeling the magic '75
Bristol's cream '77
Strangers '78
となっていますね。
ダブル・ブッキングとは考えられないので、
Alecさんのおっしゃるとおり
スポット契約と考えたほうがよさそうですね。
ありがとうございました。
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