これは死ぬかもしれない!という経験
「これは、死ぬかな・・・?」という経験をしたことありますか?
私の場合、チャーターした小型船のエンジントラブルで
約2時間、地中海を漂流したことです。
(そのころ携帯電話なんてなかった・・・)
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なんといってもこの前の震災の時です。
海辺で仕事をしていて、大きな地震があったので避難しようと思ってたら、消防団の協力要請があり、手伝ってました。
しばらくしたら、沖から真っ黒い波がものすごいスピートで迫ってきて、逃げようと車に乗り込んだ時に、津波が10mの防波堤を軽々と越えたのを見て、「この世の終わりが来た!」と思いました。
間に合わないと思ったので、途中で車を乗り捨てて、避難路までの高台を必死で登りました、
下を見たら、自分の車が民家と一緒にくるくる回ってました。
不思議と怖いとか思わないものですね。命が助かるか、とかよりも、水に入ったら冷たいくて嫌だな、とか考えてました。
その頃、いろいろあって、ずっと死にたいと考えてたんですが、イザとなったら、人間ってやっぱり生きたいもんなんですね・・・・。
初めまして。
医療関係なので自分の病気が良く分かります。
19歳の時胃癌で殆ど取りました。
その頃はDrも家族も誰も教えてくれなくて、手術時間や新米Drから聞き出しかなりの手術だった事を知り、抗癌剤の副作用で食べられず、どんどん痩せて髪もばさばさ抜けていって、夜寝るときに、明日目覚めるかなって思いながら寝て、朝日で目が覚めたら涙の日々でした。
一年後医療ミスで腸閉塞の再手術。言われなかったけど輸血を同意なしで1本していて五ヵ月後その為に劇症肝炎、10人の内9人が亡くなるという。
いまだに生きていますが今で言うC型肝炎に感染したのです。
看護学生時代に2年半の入院でした。
無事管理職に就いたと思ってたら、御正月2日の日に国道で当て逃げ事故、誰も見ていなく逃げられ半年のリハビリで国の補助を切った途端、そのせいで脳動脈瘤が多数見つかってこれも医療ミスで2回で済むところが4回も手術。癲癇を起こしたので分かったけど、国の補助は一度切ったら再度は無理。
2年間仕事しながら間をおいて手術してました。その時にももう駄目だなって思った。
その後ただの風邪から脱水で入院して点滴が追いつかない下痢で、急性腎不全、急性肝不全。
出ないバルンの尿パックを見ながらもう駄目だト・・・
丁度大好きな妹の結婚式に出られなくて泣いていました。
今でも色々後遺症があるけれど、無事に生きているのが不思議なくらいです。
二十歳の時、夫が運転する車に同乗していて事故に遭いました。私は眠っていて、正面衝突する直前にぱっと眼が覚めたのですが・・・どうする事も出来ず・・・そのままぶつかり、意識を失いました。
夫は即死だったそうです。
正面衝突して意識が戻るまで・・・全く記憶がありません。正直、「死ぬかも」と思う時間的余裕もありませんでした(ぱっと一瞬目が覚めた時は夢か現実か、わかりませんでした)。気が付くと血まみれで病室に横たわっていて・・・妊娠中という大事な時に事故に巻き込まれたショックが今も消えません。
高校3年生の夏、自転車で友人宅まで行こうとしていた道中でのこと。
自己最高速で走行中、車道から歩道に上がろうと前輪引き上げたときに、
前輪が外れ飛び、もちろん自転車は前のめりに歩道に倒れました。
私は前方に飛んでしまい、前頭部から歩道アスファルトに激突し、倒れこみました。
頭部激痛の中、この時ばかりは、18年の人生が走馬灯のように頭に浮かび、
「自分は自転車で転んで死んでしまうんだ。
お父さん、お母さん、こんな死に方でごめんなさい。
さようなら!」
と、思っておりました。
幸い、痛みが何とか我慢できるレベルまで治まってきたので、自分の体のチェックをしていきました。
前頭部を痛打したのに、ぶつけても擦れてもいない、両方のこめかみからのみ出血しており、
「やっぱりもうすぐ死ぬんだ」、と改めて思ったものです。
一度の事象で、二度、死を意識させられました。
実際には、それ以上、負傷は見受からず、痛みも治まってきたので、
吹き飛んだ自転車の前輪を素手でナット固定し、自宅へ帰りました。
笑い話(?)としては、この事件を友人に笑われ続けたことに加え、
頭部打撲の影響か、受験生であった私の記憶力がこの事件以来、急激に衰え、それ以前以上の努力をしても、なかなか必要事項が憶えられなくなってしまいました。
その頭部打撲のせいか、単に力不足か、受験に見事失敗し、長く受験生として生活していかなければなりませんでした。
私個人は、頭部打撲のせいで、受験を失敗したものと理解しています。
もう20年ほど前の話ですが、当時250ccのスクーターに乗っていて、100kmほどで走行。
前の車を追い越してもとの車線に戻って80kmで走行中、突然リヤのタイヤのバルブ(空気を入れるところです)が破裂して吹っ飛びました!
その途端にハンドルが左右に振られてリヤも左右に振りながら、振り落とされないように必死でハンドルを操作して、その状態で50mほど走って止まりました。
その時にはもう死ぬ・・・と思いましたね。
それから小学4年の時に、友達と川に泳ぎに行き深みにはまって溺れました。
思いっきり鼻から水を吸い込み、沈んでいくのが分かりました。
鼻は痛かったけど苦しくはなかった記憶があります。
でもその後は意識がなく、気が付いたら岸の浅瀬にいました。
神様が助けてくれたと今でも思っていますよ。
ローカルなヨットレースでのホームポートへの帰り道、霧に巻かれ推測航法で何とかホームポート近辺まで来たのですが、湾の入り口の暗礁(根とよんでいますが)に座礁。衝撃で船外機がどこかに飛んで行き。セールをあげるロープ(ハリヤードといいます)が絡んでセーリングもできません、その上同乗の一人が海に落ちている上に波高は3メートルを超えていました。波に持ち上げられる形で座礁し、その次かその次の波で離礁しましたが、死んだと思いましたね。ちなみにそのとき無線に飛びつき「メーデー、メーデー、メーデー」を発信しました。人生で初めてで最後にしておきたい発信です。
初めて、バイクの後に乗ったとき。
振り落とされたらどうしようというより、車の挙動とは完全に違うので、本当に死ぬと思いました。
これはあまり、うまく説明できません
船に乗っているとき海に落ちた。
小学校5年くらいの時プレジャーボートで、海から港に帰って護岸に船を着けていたとき何を思ったか、護岸を押してしまいその勢いで海へダイブ!
もちろんパニックになっておぼれかけました。
5才の頃、家の前の雪山を歩いていたら足下からズボーッと全身(それ以上)埋まってしまいました。「助けてー」と叫んでいたら父親が引き上げてくれましたが、いまだにあの時は恐ろしかったな~と思い出します。
この回答へのお礼
祝! ご生還!!
二回ほどあります。
(1)那須ハイランドパークにあった「ビッグバーンコースター」の落下のとき、心臓が「キユウ、キイイ~」と音を立てたような気がした瞬間、意識がなくなった。隣にいた友人に後から聞いたら、完全に目を閉じて、両手をバーから離してバンザイの姿勢になっていたそうです。心臓麻痺の寸前だったのでしょうね。
(2)喘息の発作でだんだん呼吸が浅くなり、最後に完全に息がすえなくなった瞬間。その後は気絶してしまったので覚えていません。
この回答へのお礼
祝! ご生還!!
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