何を質問するというよりも、少し、自殺について知りたいのです。なんでもいいですので。そのとき人には何が起こっているのでしょう?生物に書き込むか迷ったくらいなので、科学的な見方でもどんどん書いてください。お願いします。

A 回答 (26件中1~10件)

>なぜ「死」がでてくるのか?「生きる」の反対は「生きない」であって、


>「死ぬ」ではありません。何故、「死ぬ」という行為が、
>決まって脳裏に浮かんでくるのでしょうか?

実にそのとおりであり、死ぬ必要などないのです。
先の回答にも書きましたが、結局、「視野が狭まる」のでそれしかないように
思えてくるのです。
人間追い詰められると、とんでもない発想をしたりしますが、その方向が、
「死」のみに向いた人が自殺するとも云えるでしょう。

この回答への補足

とても、私には価値のあるたくさんの回答、全てのコミュニケーションでした。皆さん本当に感謝しています。まだ、話半ばですが、回答を締め切らせていただきます。皆さん本当にありがとうございました。

追申:nekoucchaliさん、ここに総じたお礼を書かせていただき感謝してます。

補足日時:2001/05/21 04:47
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この回答へのお礼

すいません。御礼が遅くなりました。実はお礼をすぐには思いつかなかったのです。申し訳ありません。
>人間追い詰められると、とんでもない発想をしたりしますが、その方向が、
「死」のみに向いた人が自殺するとも云えるでしょう。
なるほど・・・死のう!という・・・・いやいや、やはりもう少し考えさせてください。すみません。

お礼日時:2001/04/23 05:33

 「経験者は語る」的に言えば、「死」のみが最後の道として、一筋の光明のように見えてきます。

冷静に考えれば他にも方法はあるのに、視野が狭まって「死ぬこと」だけが唯一の方法に見えてしまいます。

 私がどうして生きてるのかって?それでも死ぬのが嫌だったからです(爆)。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
御礼が遅くなって申し訳ありません。最近帰ってきたので、、。
生きることにやる気がなくなる、これは分かりますが、なぜ「死」がでてくるのか?「生きる」の反対は「生きない」であって、「死ぬ」ではありません。何故、「死ぬ」という行為が、決まって脳裏に浮かんでくるのでしょうか?

お礼日時:2001/04/13 01:44

G○O って漫画でも書いてあったけどたんぱく質の塊になるだけかな


これはとても私にとって怖いことです そうなると自分の存在はあってもなくてもよかったみたいになるし
嫌ですね(×_×
生命が雷とか海の中でいろんなことが会ったとかで出来たって言われてるんですがこの考えは嫌いです。
そうすると 愛だって性欲を美しく言っただけやし
神様~ いてくださ~い 幽霊はごめんやけど~(笑)

この回答への補足

みなさん、ご回答ありがとうございました。今から、4/9まで留守にしますので、御礼が大幅に遅れる事を、ご容赦下さい。

補足日時:2001/03/09 00:19
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。御礼が遅くなり申し訳ありません。
私は、今でもたんぱく質のかたましに違いないとは思います。それが、とても複雑で、特殊な集まり方をしているので。でも、だから、ややこしくなっているのかと言えば、それだけではないように思います。私が不思議に思うのは、「なぜこのたんぱく質のかたましが、『私』なのかという点です。他の人体でもなければ、他のかたましでもなく、「このたんぱく質のかたまし」が『私』になっているわけです。私は、「神様~いてくださ~い」よりも、「自分~あってくださ~い」って感じですね。なんて、ハハハ、

お礼日時:2001/02/26 02:24

三度目です。

ここの板、なんだか面白いですね。今回は少しアポトーシスApoptosisについて。

>「アポトーシス」とは少し聞いたことがあります。
>細胞自殺という現象でしょう。興味深い事です。
>元気な細胞が突如消滅するのですから。

と言うことでしたが、少しだけニュアンスが違うようです。「細胞の突然消滅」というよりは、「プログラムされた細胞死」というイメージです。「細胞の能動的な自殺死」と表現されたりします。具体的にはカエルの尻尾ですね。おたまじゃくしから、カエルになるとき、あの尻尾はプログラムされたように消えますが、あれがアポトーシスです。また、熱や傷、毒、飢えなどの外的環境変化が原因で細胞が死ぬことを「ネクローシスNecrosis」、日本語だと「壊死(えし)」という言葉が相当します。この場合、細胞死の跡は細胞の中身をまわりに撒き散らすため、それが原因で炎症が起きたりします。火傷や凍傷がいい例でしょう。この点、アポトーシスの場合は、細胞が断片化されアポトーシス小体となったものをマクロファージが食べてしまうため炎症は起きません。さらに「アポビオーシスApobiosis」というのもあって、こちらも「プログラム死」の類いなのですが、一回生まれたら、二度と再生しない細胞(心筋細胞や神経細胞など)の死を、特にアポビオーシスと呼ぶそうです。これは個体の寿命に関係します。

にわか知識なので自身はないですがご報告まで。
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この回答へのお礼

オー、そうゆうニュアンスだったんですか。なるほど、参考になります。「アポビオーシス」というのもあるんですね?考えさせられます。細胞には、再生できる限界回数があると聞きましたが、二度と再生しない細胞も、寿命を決定付ける要因としてあるのですね。参考にさせていただきます。3度目のご回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/02/12 07:11

『ウィトゲンシュタイン』で、検索かけました。

まだ、読んでる途中です。ここであなたがおっしゃっている『無意味』とはあそこでかかれている『無意味』という意味なんだったんですね?そうだったのなら、おっしゃってることが少しわかります。引き続き読んできます。
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この回答へのお礼

そうですか、分かってもらえてうれしいです。お手数をおかけします。

お礼日時:2001/02/11 10:29

再度のお邪魔をします。


自殺に限定せず、勝手ながら「死」というエリアにまで若干足を広げて。

アメリカの精神科医、エリザベス・ロス(だったかな?)という人が、病気で死の宣告を受けた人の精神状態の移り変わりを調査したところ、そこに五つのステップがあることを見付けたそうです。

【否認】「クソ医者め、最近流行の誤診でもしとるんやろ。余命何ヶ月なんて、
     間違いに決まっとるわい」と、自分の死を否認します。

【怒り】「なんでオレが死ななあかんねん! オレよりも先に死ななあかん奴
     がぎょうさんおるんと違うんかい!」と、激しい怒りがこみ上げてき
     ます。

【取引】「先生、何とか一年は保たせてくれよ。お金をたんまり包むから」。
     これは先生だけではなく、神頼みをしたりして、生の引き延ばしを図
     ろうとします。

【鬱】 「やっぱり、あかんのか……」と、深い悲しみに打ちひしがれ、鬱に
     陥ります。

【変容】「しゃあない」と、自分の運命を受け入れ、ポジティブなほうへと精
     神状態が変容します。

否認→怒り→取引→鬱→変容という五つのステップを経て死を迎えるそうですが、六つめのステップとして、死後の世界を信じる人の場合には「期待・希望」もあるそうです。

「死」というものを真剣に考えることは、すなわち、「生」というものをよりよく輝かせようとすることだと、私は思っています。そういう意味では、自殺とは何ぞやということを考えることも、案外、可なのかとも思います。

ところで、この論議を読ませていただいて、ふと、「自由」があまりにも無頓着に拡大解釈されているような感じがしました。人間は本来自由なんだ、だから生きることも自由なら、死を選ぶことも自由だろう、何を思ったって、何を行なったって自由なんだよ、みたいな。でも、生まれてきたこと、それ自体は自由意思の結果ではありませんよね。「私は私の自由意思によってこの世に生まれてきた。よって、その生を終わらせるのも私の自由だ」というのなら、何となくわかるような気がしますが。
「自由」という言葉を、この場合「権利」と置き換えてみてもいいかと思いますが、権利というものは義務の上に────。これは強引に結び付けてしまうことになるのでやめておきます。要するに、生きていることは当たり前なんだということから、すべてがスタートしているのではないでしょうか。

また、「動機と行為の一致に至上の喜びを感ずる」という文言がありましたが、これは誰しもそうだと思います。「動機と行為の一致」のあとに「目的の達成」という言葉を加えればということですが。「行為」とは「目的」を達成せんがための「手段」と考えることができますよね。

「“これをするには、あれがいる、あれがいるから、それをしないと”というのは面倒くさい事には変わりありません(それをしている間は、満たされていません)」

とありましたが、「あれがいる、あれがいるからそれをしないと」ということ、それがまさしく「行為」であり「手段」なのではないでしょうか。しかし、それで得られるという至上の喜びも、すべて生きているからこそなのだと思いますよ。もちろん、私は死んだことがありませんので、死んだ後にその喜びが得られるかどうかはわかりませんから。

ただ、浅学な私には一向わからないのは、「アッ、気が付いたら死んどった」という自殺の場合です。ま、それも死んだあとのことですから、気が付くかどうかもわかりませんが。

この回答への補足

お礼の補足です。目的が何らかの「結果」であれば、それに到達するまでの過程(行為)は、「手段」となり「意味」を持ちますが、目的が過程を含まない「行為」そのものであれば、「行為」はあくまで「目的」自体であり、それには「意味」はありません。分かりにくくてごめんなさい。

補足日時:2001/02/11 08:38
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この回答へのお礼

再びご回答ありがとうございます。死へのステップですか、知りませんでした。
>でも、生まれてきたこと、それ自体は自由意思の結果ではありませんよね。
私もそう思います。生まれたのは偶然だと。だから、自殺をしても次は選べないと思っております。「生まれる」の反対は「生まれない」だと(「死ぬ」じゃない)多くの人が語られてきたように、私もそう考えております。
>「行為」とは「目的」を達成せんがための「手段」と考えることができますよね。
書き方が悪かったです。ごめんなさい。『目的と行為が一致すること』が至上だという事です。その行為そのものが目的である場合です。非常に単純なことで、多くの人が経験しておられると思いますが、例をあげると以下です。(あくまで例えです)

一致していない場合:サッカーにおいて優勝(勝利)することを至上の目的として、サッカーの試合に臨むとき、試合をするのは勝利を得るための「手段」である。
一致している場合:サッカーをすること自体を至上の目的として、「サッカー」をする場合、試合をするのはそれが「目的」だからである。

 両者の違いは明白です。前者は勝てなかったらがっかりするわけで、後者の場合は「敗北」も「サッカー」の一部なので、結果としての「勝ち負け」に左右されず、サッカーをしている間はずっと楽しい(満足している)状態なのです。彼らの場合、試合が終了すると、がっかりします。

>ただ、浅学な私には一向わからないのは、「アッ、気が付いたら死んどった」という自殺の場合です。
私も不思議に思います。ふらっと落ちるのです。「やっっちゃった!?」みたいな。私も高い所に行った時に、好奇心?で落ちそうになる10%くらいにはなります。これが、100%になってもおかしくないという(考えうる)のがおそろしい所だと思うのです。私の場合は、他にやりたい事がたくさんあるので、落ちない自信はありますが、考えるとぞっとします。

>それで得られるという至上の喜びも、すべて生きているからこそなのだと思いますよ
そうです。「喜び」に限定しませんが、だからこそ、「自殺」できるのは生きているうちで、「自殺」すること自体が目的になっている人が仮に(あくまで例えです)いるとしたら、彼らには生きている間が、望みをかなえるチャンスなのです。


自殺から少しはなれたついでに言いたいのは、『やりたい(好きな)事は選べない』という事実です。わさびを好きになろうとしてもなれません。嫌なものは嫌なのです。しかしある時から、わさびが好きになっていました。勝手に、いつの間にか『好き』になっているのです(例えば)。「お前こんなん好きなん?」というようなシーンはよくあることです。
ついでに言えば、『好きになる人』も同じく選べません。

お礼日時:2001/02/11 08:19

つけ足しです。


ということで、マイナスの存在も私には「意味がある」ということなのではないですか?

この回答への補足

お礼の補足です
『目的と行為が一致する』といったほうが良いかもしれません。

補足日時:2001/02/11 06:59
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この回答へのお礼

ほんとはこっちを読んでほしい!ニ段落目です。意図が分かりにくいお礼でごめんなさい。
大切なのは、『動機と行為が一致する』ことを至上とする人がいることです。

>マイナスの存在も私には「意味がある」ということなのではないですか?
 マイナスという意味があるのです。「あいつ引っ越したらええのに」と言う理由です。シンプルな話です。
 「何でBeatlesきくん?」と尋ねられたら、「気分いいから」と答える。
「何の意味があるん?」と訊かれたら、「別に、聴きたいだけ」と答えるのが普通でしょう?
よく、映画や小説を観ていて(読んでいて)「これにはこういう意味がある。」とか、「この映画意味分からん。」など言う人もいますが、私のような者は、「ここが特に面白かって、、、」というようになります(たとえソレが戦争映画でも)。どっちも、当の本人がしたいように体験しています。作り手も「なんでそこがそうなん?」と訊かれたら、「こっちのほうがなんかいい感じやん?」と言う人もいれば、「こういうコンセプトを表現しとうねん。」と言う人もいるでしょう。両方の人もいますね?
「こうだから死にたい」という人も「なんか死にたい」という人も、両方いてもおかしくないと思うのです。ここで大事なのは、後者の自殺をとめるのは、その人のためにならないことです。さらには、「死ぬ事ができんのは生きとううちだけやん?(「死んだ」とは違う、自主性において)」という人までいるかも。
 両段落とも意図が伝わらなかったらごめんなさい。しかし、やはり私の場合には「考えたいから考える。」「知りたいから知る」「これをするのはしたいから」。でも、「これをするには、あれがいる、あれがいるから、それをしないと、、、」というのは面倒くさい事には変わりありません(それをしている間だは、満たされていません)。私が確認できるのは、『動機と行為が一致する』ことが至上だということなのです。ですから、「生きたいから生きとうねん」という人は、生きてる間はずっと満たされています。
ありがとうございました。

追申:一段落目が気になるようであれば「言語ゲーム」または「ウィトゲンシュタイン」について、質問などして調べてみるといいかと思います。
 

お礼日時:2001/02/10 11:38

前言撤回して、4回目しゃしゃりでました。

このでしゃばりが!とでも言ってくださっても結構です。でも書きたくて・・・・(続きを話したくて、、、)おゆるしあれ~

>たとえある他者がわたしにとってマイナスの存在で、価値がなくても、その存在は、私には「意味がある」ということ分かってもらえますか?

はい、それはわかります。自分の考えを「正・善・真」とした場合、かならずその一方にまた他者の考え(マイナスの存在)「誤・悪・疑」と自分の考えの相反するものが同時に存在するのですから、それを否定してしまう(意味がない)ということは自分の存在自体も意味がないということになる。というふうに理解していますが、違いましたでしょうか?
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この回答へのお礼

書き方が悪かったです。すいません。マイナスというのはじぶんにとって不利益なものだということです。あるマイナスの存在の意味を消し去っても(無視する)、他のいろいろなプラス存在の意味は消えません。マイナス自体の概念を否定するのではないのです。
自殺から離れてしまいますが、以下の文は非常に分かりにくい事と思います(めちゃめちゃ考えましたが自信はありません)。私の表現力ではこれがイッパイ、イッパイなのでご勘弁を。2段落に分けるので、わかりやすいほうを読んでください。ここで言いたいのは、プラス、マイナスではなく「ある」か「ない」かです。「0」か「1」です。
 ある存在をマイナスであると認識している時点で、そのある存在は私の中で意味を持っていると言えます。ある存在(マイナスでもプラスでも)を否定するというのは、できません。存在を否定するには、その存在を認識しなければならないからです。考えられる状態は、その存在を無視してる時です(誰?って感じの瞬間前)。そして、誰?って感じの時、ある存在は、私にとって意味がない(その名(ある存在を示す言葉)と実存在(ある存在)が、結びつかない状態)といえます。
ある存在=マイナス(プラス)の存在   ⇒ 意味あり
ある存在=どうでもいい存在       ⇒ 意味あり
ある存在=何?ソレ           ⇒ 存在あり(どういう意味かは分からない、意味があるかどうかも分からない、が、言葉(名)のみ存在している。実存在があるかどうかはこの時点では不明、あるかもしれんし、ないかもしれん。)
ある存在というものを知らない時     ⇒ 意味も存在も、ない
自殺しないためには何が必要か?それは、意味ではなく理由だと思います。意味があっても、それがマイナスの意味であれば、生きる理由にはなりません。

 ニ段落目は次のお礼に書くことにします。4回目のご登場ありがとうございました。
     

  

お礼日時:2001/02/10 10:08

ピラニアです。


補足と…
続けて考えると…

交尾後のカマキリの雄。

産卵後のオケラの雌。

も関わってくるのかも知れません。ちょっとずれるかな。

ついでにあんまり関係ありませんが、ちょっと読んでみても無駄じゃないとおもいます。都内在住独身30前後の野郎同士の固い約束です。
 ちなみに俺が死んだ場合、本当は【鳥葬】を理想としているのですが、
現実問題無理なので、【火葬】後、骨の一部を友達が受け取ります。
生命保険の一部がその友人に渡されます。俺の意思は虫や草木の肥料になり土へ帰ることなので、富士の樹海へばらまきに行く手筈が全て現時点で整っています。
逆も了解を経ているので、俺がハワイ沖に出て太平洋の自然のイルカの群れに
投げ込みます。彼は生まれ変わりをイルカになると決めているので。
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この回答へのお礼

蟷螂ですか、それは生きる理由を失ったというよりも、死ぬ理由があるのではないでしょうか?メスに栄養をつけるなど、、、
 イルカはいいですね。イルカと泳ぐと古い友達に会ったような気分になります。楽しいですよ。行く事をオススメします。わたしもイルカには憧れがありますが、(というより海にあこがれています)次は、鯨に会いたいですね。私も十代のときに離脱しましたが、時間があるというのは有益なことです。(お金はないですが)
三回目のご回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/02/09 07:32

ピラニア2回目です。



幅広い知識の為にも宗教的、倫理的の他に

鯨(猿・ねずみ)

アポトーシス

の見聞も必要になって来るでしょうね。
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この回答へのお礼

そうですね、なにせ知りたいのです。
二回目のご回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/02/09 07:19

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