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戦争って言葉にすると、まず間違いなく不必要だと思います
もちろん私もそう思っています

先日友人と議論になりました
戦争はあってはならない事、人が殺し合うのは頭がおかしい
争い事をするなら話し合いで決着するべきって事でした

私もそう思います、正に正論と思います
しかし、隣国にかなり理解に苦しむ国がありますよね?
国対国だと、こちらの考えがまったく通用しない、そんな事もあると思います
個人レベルだと友人の意見は全部受け入れられますが
国単位だとちょと違うと思いまして・・・

平和が一番いいな~争い事は話し合いで~なんて考えている時に
いきなり攻め込まれてしまう危険性もある訳で
防御の為の自衛隊、米国との協力など必要不可欠だと思います

自国だけで考えるなら核武装も必要だと思います
たぶんといいますか多くの方には受け入れがたい事なのも理解してます
友人に話してもありえないの一言でした
じゃ、攻め込まれたらどうするの?と聞き返すと
その時は皆で死ねばいいじゃんって解答でした

私的にはそれこそありえない選択と思います
いきなり攻め込まれて、財産も大切な人も自分の命も全部失うのは耐えられません
それならせめて抵抗してみせると思うのですが
それが結果的に戦争って言葉になるのかと思いました

攻め込む戦争は必要ないと心から思います
しかし、攻め込まれて守る為の戦争は必要だと思います
結果的に戦争って言葉に集約すると
戦争は必要って事になってしまいます

友人曰くかなり危険な考え方らしいのですが
やっぱりちょとおかしいのでしょうか?

A 回答 (15件中1~10件)

戦争だけを考えると良くないという意見になりがちですが、国際社会の国家ということを考えれば、友人の発言の方が頭がおかしいと諸外国の人たちから言われますね。


 戦争では、犠牲がでますが、それは国家という階級社会からみると兵士という階級や、民間人が犠牲になったりします。そのことに対して国民が憤りをおぼえる事は、不自然なことではなりません。
 戦争は必要性があれば、するだろうし、そうなる状況にならないように常に配慮することが肝要ではないでしょうか。
 現在、隣国に脅威を感じるということですが、日本は戦争しませんみたいな風潮に付け入っているだけで、日本国中央の判断で、必要なら戦争をします。しないということなら国家を維持できないということになります。モノがわかっている方なら、そのことは了解していることです。
 ただ日本の社会風潮により、そういったことをおもってだって言わないようにしようということですので、口にしないだけです。
 その友人は日本が攻め込まれたら、逃げ出すのか日本を守るために戦うのか興味があるところではありますけどね。
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>戦争も時には必要だと思うのですが、考え方がおかしいでしょうか?


この文ですと誤解されますね 真意は侵略戦争はしないが、もし攻められれば戦争もあり得る・・ですよね。

当然の世界常識だと思います 

北朝鮮が核を保有した場合で、最高権力者の精神が撹乱したとき、大型潜水艇に核を搭載、あらかじめ待機のトラックに積み替え、都心部で核爆発を実行することは考えられます ミサイルと併用投下もあり得ます

これに対処するには日本が核を保有して、報復をできる状態にしておく事は議論しなくてはなりません しかしこの話を少しをするだけで国会議員でも非難されますね 無責任極まりないと思います  
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#7です



 日本を除くすべての国は、自国法で認められた軍隊を保持しています。
軍隊は当然、戦争を前提とした武力集団ですから、世界のあらゆる国々は
「 必要あらば戦争になる 」ことを認めているわけです。

 となると、質問者さんを「 かなり危険な考え方 」と断じたご友人は、
世界中のすべての国が危険な考え方をもっているとお考えなのでしょう。
もしそうであれば、自分の思想だけが正しくて、世界中が間違っていると
いうことになりますよね。これはものすごく独善的で、危険な思考です。

 戦争反対派の人たちは、世の中には「 絶対善 」があると思っています。
人の命より大事な善行=戦争反対があるという考えです。これは、聖戦の
ためなら自爆テロもいとわないイスラム過激派と、同根の思考回路です。
正しい思想のためなら、人が死ぬべきと言っているのですから。
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あきらかに頭のおかしい友人さんですね。


親密さにもよるとは思いますが一度は専門家によるカウンセリングや精神科への受診をお勧めした方が良さそうです。私ならば関わらないようにしますけどね。

戦争や外交は防衛や国益の為に必要な事です。そこには一個人の信条や美徳は良く言って邪魔であり普通は有害です。
必要であれば長年対立していた勢力や国家との同盟締結や破棄、相手国領土への先制攻撃は普通です。寧ろ国境と軍事的境界線が一致する事の方が珍しいんです。
仮に日本で言えば以前は国境線は日本本土から朝鮮半島や満州へと拡大していますが実際に戦争が起こったのは悉く当時の国境の外側です。日清戦争・日露戦争・日支事変・ノモンハン事件・真珠湾等で戦端が開かれたのは必然です。
太平洋戦争で敗戦し国土が一気に縮小した為、今のそれは海上がそれにあたりますが今後日本が紛争当事国となった場合は沿岸部の都市が攻撃される可能性が高いでしょう。
核武装は今の所は米軍の傘で雨宿りできていますから今だけで言うならば不要です。寧ろアメリカの一部を刺激してやぶへびをつつく事になりかねないでしょうからね。ただし日本が孤立してしまったら絶対に必要です。その為にも宇宙開発や原子力行政は常に維持する必要があります。

軍は戦力を拡充することで戦争を抑止するのが第一です。次が先制攻撃を実施し脅威が直接及ぶ前に潰す事が続きます。最も愚劣なのが専守防衛と言って攻め込まれてからやっと反撃に転じるのがダメな例です。
何故なら被害が多いからです。特に日本は国土が狭くしかも山が多い。その割に人口が過密で周りが海に囲まれています。大都市から住民を避難させるとしても交通機関や受け入れ先の問題があり百万都市の時点で絶望的です。道路は車で渋滞し鉄道も通勤ラッシュなんか誤差になる位の規模となるでしょう。ロケットやミサイル等での攻撃を受ければこの世の地獄です。では無防備都市宣言を出せばどうなるか?これまた民族浄化の良い鴨にしかなりません。戦争反対とはこれらの残虐行為に加担する事を意味します。だからこそ最初に書きました。友人さんは明らかに頭がおかしいとね。

国益と言う意味では昨年のインド様派遣が法律の期限切れで撤退していますがこれは広い意味でのシーレーン確保です。今の所日本は食糧や資源の大半を輸入することで成立しています。特に中東の石油が無ければ唯一自給できているはずのコメさえも不可能となるといえば分かりますか?サウジの王族が高級別荘やクルーザーを衝動買いしただけで原油価格はあがります。なぜならサウジが音頭を取って原油価格を決めているのですがサウジは王国で国の存在意義は数千人の王族に贅沢を提供する為だけにあるからです。これには勿論介入しないとドンドン値上げされる一方ですから手を抜けば日本の失業者はウナギ上りに増えるでしょう。平和は結構です。大いに結構。しかし路頭に迷って今日の寝床や食事に困る状況でも言えますか?私は言えません。人生を快適に健やかに過ごしたいと思っていますしこれは当然の権利で日本はこれを保障する義務があります。これは事実です。目を背けようと直視しようと状況は変りません。
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 戦争が必要か否かを議論する前に「人類の歴史は戦争とともにあった」事実をしっかり認識しなければなりません。


 過去の戦争により、多くの人が死んだことは事実ですが、反面、人類が現在までに作り上げてきた文化も文明、科学技術も戦争と平和の繰り返しをベースにして生成発展してきたものです。現在に至って、過去の戦争を否定しても何の意味もありません。
 問題は「これから」です。できれば、人が死ぬ戦争は避けるのが賢明でしょう。日本では、国内で部族同士、地域間で争うことは戦国時代までに終わりました。 ヨーロッパでの、中世から近代に至る時代にあれほどまでに争ったヨーロッパでも、「ヨーロッパ共同体」ができて国家同士の戦争はなくなりました。つまりは強者が勝ち、弱者は滅んで、紛争の種を消滅させてきたのです。
 反面、アフリカや中央アジアイスラム諸国で宗教や部族間での争いが絶えないのは、先進国がはるかな昔に卒業した「統合のための争い」が消化し切れておらず、今にその過程を踏んでいるように見えます。
 したがって、これらの地域では、「弱肉強食ー淘汰」の過程を経ないで、統合ー安定を求めても、それは無理であることを歴史が物語っているのかもしれません。それなら、いたずらに中途半端な和平を画策してズルズルと中途半端な状態に置くよりも、短期間に決着をつける大戦争をやった方が、後々のためなのかも知れません。イスラエル と パレスチナ の問題など、これを単的にあらわしているのかもしれません。
 
話し合いですべての問題が解決するというのはウソです。日本も、かつてような強力な軍隊を持っていたら、拉致問題も、北方領土の問題もとっくに解決できたでしょう。否、発生すらしなかったでしょう。
 戦争は人が死ぬから、といいますが、戦争しなくても人は死にます。
昨年、日本での死者は106万人だったとか。毎年100万人が死んでいるとすれば、戦後63年の間に死んだ人は6300万人。第二次大戦で死んだのは350万人。人が死ぬから戦争は悪、という論理は成り立ちません。財産などの喪失も地震・台風など、避けられない天災は存在します。
 発展段階にばらつきのある目下の世界では「100年兵を養うのは平和維持のため(山本五十六が言ったとか)」戦争回避の手段として兵を養い、一旦緩急あれば戦争も辞さずという国家の構えは必要でしょう。そうして全世界が成熟し、少なくとも地球上からは戦争が一層できるのこ待つべきです(宇宙戦争が起こるかも?)。
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専守防衛にはわたしも賛成です。

具体的な脅威があるとしたら、中国が台湾に武力侵攻する可能性があるだけで、それ以外に、極東地域には、大きな懸念材料はありません。中国は台湾は自国の一部だと言っており、その主張を認める前例や宣言も多数あるのですが、日本やアメリカの本音としては、台湾は今のままあいまいな状態であってほしいという考えでしょうし、そもそも台湾人本人たちが、中国への帰属を望んでいるようには見えません。

北朝鮮など、実際の戦闘能力はありません。原油を確保できない貧困国にとって、近代戦は全く不可能ですから。日本が過剰反応して核兵器を作るなど、厳に慎まなくてはなりません。北朝鮮をつぶすのに、武力は要りません。日本、韓国、米国が難民の受け入れ枠を用意し、中国国境を開くだけで十分だ、とアメリカの政治家の誰かが言っていたのを思い出します。東ドイツの崩壊の直接の原因は、オーストリア国境が開かれたことだった、と。
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>>攻め込む戦争は必要ないと心から思います



アメリカは紛争の種をあえて作り出し、戦争、内乱を起こさせてきた国ですよ 日本はアメリカの子分です しかし憲法があるので、遠まわしに手伝ってるのです これは立派な攻め込む戦争です そのうち憲法改正し金ではなく人の命で安く上げようとしているんじゃないかな
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どちらかというと、「必要」という言葉の解釈の仕方じゃないでしょうか。



「不可避な戦争」というのは、絶対にないとは言いません。防衛戦争というのも、本来は不可避な戦争といってもいいでしょう。ですが、それをして普通は「必要な戦争」とはいわないんじゃないでしょうか。

ひつよう ―えう 【必要】<
(1)必ず要すること。なくてはならないこと。また、そのさま。必用。
(大辞林 第二版 (三省堂))

「必要」というのは、「不可避」というよりはもうひとつ踏み込んだ意味を持ちます。戦争がないに越したことはないわけで、人の国が人の国に攻め込まないで住む世界が実現できるなら、それに勝ることはないでしょう。(もちろん、こういうのを夢想と言うことは承知のうえですが。)

私としては、戦争を「必要」というのは、いろいろと誤解を招かないためにも、やはり間違っているのではないかと思います。
国防や平和に関する議論というのも、よく聞いてみると、多分に文言の問題に過ぎないことは多いです。と、いうより、言葉尻を捕らえて「あいつは思想が危険だ」とかいって、人を見下すのが好きな人も多いですし、一方で、いいことを言っているようでも言葉の選び方がおかしいもんだから理解してもらえない人もいます。ま、平和活動と称して公務員官舎に火をつけるような人などは論外にしろ、平和の問題は相互理解が大事なはずなのに、こんな「議論」をしている人たちに平和を語ってほしくないなぁ、と、思うこともありますね。

平和について議論することは大いに結構と思います。でもそのうえでは、文言の選び方にちょっと気をつけてみてはいかがでしょうか。
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> その時は皆で死ねばいいじゃんって解答でした



 ごく一部の政治家に、そういった主張を本当にする人がいます。
無条件降伏という言葉を使ってはいますが、結局は同じことです。
これは恐るべき全体主義です。自らの「 戦争反対 」という思想の
ためには、他の国民に対して死ぬべきと言っているわけですから。

 攻め込まれたとき「 皆で死ねばいい 」のなら、後に何が残るの
でしょうか? もしや戦争に反対したという自己満足なんでしょうか。
しかしその満足するはずの本人すら死んでしまうのですから、戦争に
反対したという事実すら残りません。

 結局、こういうことを言う人は、自分が本当に死ぬなんて思って
ないんです。だから他人の死にも実感が沸かない。あなたの友人は
あなたや私、我々の家族が死んでもいいと思っている。我々の生命
よりも、「 戦争反対 」という思想のほうが大事だと思っているのです。

 これが、思想というものの怖さです。

> 自国だけで考えるなら核武装も必要だと思います

 日本に関して言えば、核武装をすべきではないと考えます。
世界で唯一の被爆国という事実は、日本にとって外交面での大きな
武器です( 武器という言葉は不本意ですが、これが現実です )。
中国が南京事件をでっちあげるのも、被害者という立場が外交
で役に立つからにほかなりません。

 しかし、その被爆国である日本が核武装することは、被爆国と
しての主張を捨てることになってしまいます。しかも核は攻撃
兵器ですから( 自国領土では使えない )、専守防衛という日本の
立場に相容れません。日本にとっては、核兵器を持たないことは
核武装する以上に大きな武器なのです。

> 友人曰くかなり危険な考え方らしいのですが
> やっぱりちょとおかしいのでしょうか?

 少しもおかしくありません。人は誰でも暴力反対ですが、
自分の家族が目の前で暴漢に襲われたら、反撃しますよね。
暴力反対だから手を出さない、なんて人がいますでしょうか。
私に言わせれば、自らの思想で他人の生命権を奪おうとする
ご友人のほうが、はるかに危険で空恐ろしいです。
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戦争は、外交手段の一つです。


それを頭から拒否するのは、無責任です。
戦争したくないから、軍隊を持たない、そういう意見もあります。
しかし、現実問題として、戦後日本が戦争に巻き込まれなくてすんだのは、米軍がいたからです。
そしてアメリカが日本を守ったのは、日本が敵対陣営に組み込まれた場合、かつて戦った経験から、面白くない結果になると判断されたからです。
>攻め込まれて守る為の戦争は必要だと思います

この言い方が、誤解を生んでいるのです。
戦争が必要なのではなく、戦争にならないための、努力が必要ということです。
他国が容易に攻めることを決断できないだけの防備を備え、自国だけでは財政負担が大きくなるなら、他の国と同盟を結ぶ。
憲法議論になってしまいますが、自分は守ってもらうけれど、友達が攻撃されても憲法で禁止されているからと逃げる、これでは世界に通用しません。
しかも、現実として、日本はいつ核攻撃を受けてもおかしくない状況にあります。
それを防ぐには、防衛力だけではなく、日本の一番苦手な政治力・外交力も必要なのです。
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