縄文人の宗教は?
縄文人は、どのような宗教を信じていたのでしょうか。
参考文献などあったら、併せて教えて欲しいです。
縄文遺跡の巨大な柱とかかわっていると思いますが、諏訪大社の御柱は何を意味していたのでしょうか。
曹洞宗妙厳寺の豊川稲荷や東大寺の鎮守八幡様、また現代の何処にでもある冠婚葬祭業者の出雲殿のキリスト教式結婚式場など、日本人の奥底にある神道信仰は、どんな外国かぶれのハイカラ宗教にも順応して生き残って来たようです。多分これは縄文以来の日本人の宗教観なり世界観の表出であり、弥生が来ようが、中国や天竺が来ようが、西洋が来ようが、変わらずに連綿として日本人の中に語り継がれて来たものでは無いでしょうか。
文献としては柳田國男の一連の書物、特に入門書としては「先祖の話」をお薦めします。
縄文時代の宗教については神話学の権威・吉田敦彦氏の研究が著名です。吉田氏の仮説では、縄文人は特に地母神を信仰したのではないかとされています。
吉田氏の著書の中では『縄文宗教の謎』(大和書房)が読みやすく、参考になるかと思います。『縄文の神話』(青土社)という本もありますが、どちらも新刊では入手不能です。古本で買われるか、図書館で参照されてみてはいかがでしょう。
ちなみに吉田氏は、『日本神話のなりたち』や『神話のはなし』という本の中でも縄文宗教に触れており、こちらは現在も新刊で買えます。
以下は未読ですが、田中基『縄文のメドゥーサ』(現代書館)や小杉康『縄文時代の考古学(11)心と信仰』(同成社)も縄文時代の宗教をとり上げています。
この回答へのお礼
お礼が遅くなってしまいました。
参考文献の紹介ありがとうございます。
早速読んでみたいと思います。
あくまでも個人的見解ですが…
縄文時代、日本の多くは縄文人、モンゴロイド系の強い人たちではなかったかと思います。後に弥生人と言われる朝鮮系の人が入り、縄文系の人たちは九州南部と蝦夷の方に別れていった。
そう考えると、縄文時代の宗教はアイヌや鹿児島・沖縄に残っているのではないかと思います。また、沖縄は江戸時代まで朝鮮などとの交易が盛んだった事を考えると、宗教(信仰)はアイヌの人たちに受け継がれているのではないでしょうか。
だとすれば、基本的には自然霊を対象とする信仰だったと思います。
集落、或いは部族ごとの教えはあったでしょうが、少なくとも現代あるような組織だった宗教ではないと思います。
しかし、今では縄文時代にも部族間の交易は盛んだったとされていますので、お互いに影響はあったでしょう。
この回答へのお礼
お礼が遅くなってしまいました。
>縄文時代の宗教はアイヌや鹿児島・沖縄に残っているのではないかと
それもそうですね。気が付かなかったので、
アイヌの神話にあたってみたいと思います。ありがとうございました。
縄文時代の遺跡から出土するもので、宗教的であると考えられるものが幾つかあります。
一つは土偶です。どこの遺跡か失念しましたが、土偶を壊してその破片を確か100メートル単位くらいの距離を隔てて、別々の住居址(その住居を廃棄すべく)埋める際に一緒に埋めたような状態があると読んだ気がします。
これは女性をかたどっています。
もう一つは、石棒です。これは、男性器の形に作り出したものを立てていたであろう形で出土しているはずです。
これは、今日の神社の片隅にあるというケースがあります。
道祖神の古い形が、男性器であることもあります。
この二つは、再生に関わるという共通項があるかもしれません。
この回答へのお礼
回答ありがとうございます。
土偶が女性で、石棒が男性。
>この二つは、再生に関わるという共通項があるかもしれません。
そういった視点に留意して調べていきたいと思います!
○○を拝みましょうとかって言う宗教アミニズムでしたっけ?いわゆる自然崇拝や精霊崇拝じゃなかったでしたっけ?
神は姿を見せず大きな力をもち山、木、石などに宿る お墓も見つかってるみたいなので死霊崇拝もあったと思われますね 死霊崇拝ってのは死者の霊が生者に禍いと福をもたらすから死者の霊を恐れたり祀ったりすることです
参考文献になるかどうかわかりませんが日本の宗教とか神道の成立とか
神道事典とか
この回答へのお礼
回答ありがとうございます
>いわゆる自然崇拝や精霊崇拝
>お墓も見つかってるみたいなので死霊崇拝もあったと思われますね
早速、アニミズムと死霊崇拝について調べてみます!
- 最新から表示
- |
- 回答順に表示













