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小学校の帰りの会は裁判員制度を見越したものだったのか

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  • 質問者:noname#49330
  • 投稿日時:2008/02/04 23:15
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私の小さなころ小学校では授業が終わるといつも帰りの会と言う反省会がありました。
皆さんの学校にあったか、そして帰りの会の経験が裁判員制度の経験者となるときにどう生きるか、それぞれ教えてください。

この質問への回答は締め切られました。
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  • 回答者:phj
  • 回答日時:2008/02/05 10:52

民主主義の根幹を成す概念のひとつに「自治」というものがあります。
「自治会」や「大学自治」など、社会や組織の構成員を対象とした集団的自治が代表です。

自治というのは、自分たちが住む社会、組織を誰かに強制されてよくするのではなく、自ら治めることで、住みやすい・暮らしやすい社会を実現するということです。(ですので、会社は自治組織ではありません)
そういう点では、制約はあるものの学校の児童会・生徒会も自治組織にあたります。
反省会・ホームルームは先生がいるとはいえ、生徒会などにも通じる、自治意識を育むことを目的として、クラスの問題点をクラスの中で解決することを目指して行われます。(形骸化しているのがほとんどですが・・)
教育現場では、教育委員会も自治組織のひとつで、本来、教育組織は自治が原則なのです。

裁判員制度も、自治の形のひとつといえます。自治を考えるため、また自治を行う以上必要な刑罰の体系を市民(CITIZEN)全員で共有するために、先進国では多くの国で採用されています。

ですのでご質問の回答としては、
反省会などが教育目的に照らし合わせてきちんと行われていれば、裁判員制度に参加するときに有意義な経験として活用できるでしょう。
ただ形骸化していることがほとんどですから、せいぜい、「子供のみたいにわからずやもいるからな」と実感するのが関の山ではないでしょうか。
それでも、国民自治=法治国家と考えれば、みんなで解決するという方向性は間違っていないし、これがどんなに困難であるかは、それこそ反省会やホームルームで見てきたとおりでしょう。

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  • 回答者:maxmixmax
  • 回答日時:2008/02/05 10:00

男子は本当に頭を下げてごめんなさいって言わなければいけなかったのに、
女子はなんか振りつきで「ごめんなさい、もうしません、二度~とし~ません」って歌えばよかったんだよね。

思えば女性優遇ってこの時点から始まってたのか…

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  • 回答者:10ken16
  • 回答日時:2008/02/05 08:48

『帰りの会』の例は、
多くの場合明文化されていないルールに反したもののうち、
集団の中で比較的立場の弱いもの(上手く立ち回れないもの)を
集団でつるし上げることによって、
ルールを守ること以上に『空気を読む』ことを求める
一種の公開リンチのような性格もあるような気が…。
裁判員制度には、役立たないと思います。

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  • 回答者:popesyu
  • 回答日時:2008/02/05 01:35

帰りの会はありましたよ。ただ大人になって周りの人間に聞くと地域と年齢層によって無かった所もあるようです。

で経験が生きるかついては2番さんの意見に同意です。あくまでも小学校で文字の読み方、使い方を学ぶのと同じ程度の意味しかありません。読み書きが出来るようになったということは、すなわち大人になってから書類も読み書きできるようになったという意味ではその経験が役にたったというふうには言えますが、一々書類を読み書きしている時に、そういえば小学校で習ったことがこうして役にたっているんだぁと感じることはありません。

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  • 回答者:E-gis_hc
  • 回答日時:2008/02/04 23:42

悪いことをした子どもに必要なものは罰ではなくて指導です。
そういう観点からも少年法があるはずです。
学校の帰りのSHRで、大人の裁判さながらに、
公開して、裁くというのは、教育的な指導と言えるでしょうか。
いたずらに子どもの人権を侵害しているだけではないでしょうか。

裁判員制度では、裁判員は被告人とは無関係の人間が選ばれるはずでは?
普段生活を共にしている人間を公正に裁けるか、という点でも疑問です。

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  • 参考になった:1件

私の学校でもありましたが、全くと言って良い程役に立たないと思います。
帰りの会をしているような年齢で行使していた正義感は
とても偏ったもので物凄く視野の狭い判断が主だったと思います。

学校で教える道徳教育が全て正しいとは言えませんし、学んでいたケースなども
社会人になったころにはほとんど適用できるものでは無いでしょう。
悪者を排斥するような考え方が強かったようにも思います。

やはり、それらの教育を受け終え、自分を試さないといけない場面に直面したときに
世界が少しずつ広がり、自身が本当に正しいと思える判断が出来るのではないでしょうか?

教育を受けてからが重要だと私は思います。
帰りの会はその判断をする為の数あるステップの1つに過ぎないでしょう。

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No.1ベストアンサー10pt

  • 回答者:kamikazek
  • 回答日時:2008/02/04 23:20

ほんとにそこまで見越しているとしたら
すばらしいのですが。
現実に考えて、同様の不正も
芽生え育つはずなので
とてもつながりにくいです。

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