ベトナムで日本軍による虐殺はありましたか?
私が中学校で使用している国語教科書の文章「温かいスープ」(今道友信/書き下ろし)で、フランスの主婦が「夫の弟がベトナムで日本兵に虐殺された」と発言する部分があります。
日本軍の仏領インドシナ半島への進駐は互いの了承の元行われたはずですが、当時日本兵によるベトナムでの虐殺(フランス人かベトナム人かは問わず)はあったのでしょうか。
回答(8件)
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No.7ベストアンサー10pt
フランス領ベトナムでは、当時フランス人による大規模農園経営が行われていましたから、戦闘かレジスタンスか、どうゆう状況でその男性が殺されたか、個別の事情がわからないと「虐殺」かどうかはわかりませんね。
また在ベトナムの華僑は、フランス資本や中国国民党の側に立っていましたから、日本軍とも敵対関係にありました。
フランス人エリートのベトナム人や日本人に対する潜在的(当時は顕在の)軽蔑心はアメリカ人よりはるかに強烈で、人間ではなく、ちょっとましな猿だと思ってます。(私の少ない体験からもそんな感じでした。)だから日本軍の進駐に伴う摩擦は実際かなりあったでしょうね。
ベトナム人・フランス人ではありませんが、参考までに。
きちんとした資料で確認したわけではありませんが、ベトナム在住の民間人華僑で、殺された人がいたように聞いています。
華僑は、当時ベトナムに住む外国人では一番人数が多く、商業中心にお金を儲けていて、ベトナム人に比べて比較的裕福でした。
また、過去の中国王朝のベトナム支配などもからんで、ベトナム人の中には中国人に対して、冷ややかな感情を持つ人がかなりいたようです。
また、東南アジアの華僑は、清(=満州族:異民族の政権)の時代に生活苦から東南アジアに移り住んだ人が多く、中国本土の漢民族による民主政権を支持する人が多くいたため、日本軍は華僑の人々を強く警戒していました。
そのような状況であったので、軍政下のベトナムでは、華僑の有力者が些細なことで逮捕・獄死・死刑にされることがあったようです。
あくまで伝聞です。また、その規模が大きかったとは聞いていません。
私が個人的に華僑の人から聞いた事例は、現地の日本軍占領政策に非協力的=中国のスパイの疑いで逮捕→獄中死というケースです。
No.4ベストアンサー20pt
昭和16年の日本軍進駐に際して現地フランス軍の一派の武力抵抗がありました、親米英派のドゴール派による抵抗です
また昭和20年の日本の敗勢濃い時に再びフランス軍の武力抵抗が起こりました、これは日本が負けた時に自分達も日本に抵抗したと言う言い訳の為です
祖国フランスの為に銃を取って身を捧げられたのは立派ですが何でもかんでも日本軍による"虐殺"呼ばわりは如何なものでしょうか
虐殺があった可能性は高いと思います。
進駐に了承があったとしても、抵抗がまったくなかったというのは不自然です。
当然、多少の抵抗ならあったでしょう。
そうなればレジスタンスを戦闘で殺した場合もあったでしょう。
又、占領に従わない人間を捕まえて殺した可能性もあるかもしれません。
だいたい、当時は日本の憲兵が日本の民間人を虐殺した事さえあったのですから。
なお、「虐殺」の言葉の意味は、【むごい方法で殺すこと】です。
殺された側の遺族にすれば、どんな理由や方法でも「虐殺」だと、とらえると思います。
又、「虐殺」は被害者の人数にかかわらず一人に対してでも適用される言葉ですから、
質問の中での発言も「大勢の人間を殺した」という意味では無いと思われます。
虐殺の定義にもよると思います。
日本軍の進駐に対する現地のフランス人の抵抗活動は、皆無ではなかったでしょうから。
例えば、同じことをフランス人が現地の人にした場合、フランス人にしてみれば「躾をした」と思っても、日本兵がフランス人に同じことをすれば「虐待」と感じたでしょうから。
彼らにしてみれば、「黄色いサル」が自分達に逆らうこと自体が罪であり、裁判の結果死刑になったとしても、「虐殺された」と思っても不思議ではありません。
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