プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

私の性格は、他人から見れば(何人から言われたことがある)

虚栄心が高くて
防衛反応がある。
攻められると攻め返す。
他人の言葉を素直に受け止められない。
すぐに言い訳をする。
努力しない。

だ、そうです。
これらってどうやって克服すればいいのでしょうか。

A 回答 (21件中1~10件)

あなたは正直で向上心のある人ですね。

こういう質問をされるなんて偉いなと思いました。

一つだけ言えば本物の自信だと思います。
虚栄心というのは誰にでもありますが、原因は劣等感です。足りない自分、えぐれた自分をよく知っているのです。それをなんとか埋め合わせようとしているのです。
議論に負けないようにがんばりすぎたり、間違いを認めないようにがんばっているだけなのです。
つまり劣った自分を認めたくなくて鎧を着ているだけなのです。
完璧主義の人というのも、たいてい大きな劣等感の持ち主です。

劣等感自体は消せませんが、どこかで自信をつけることが大事です。それも、人の評価に左右される小さな自信ではなく、もっと深い自信をつけることです。
そのためには、人の評価と関係ないところで何かをやり遂げたという実績を創る必要があるでしょう。たとえば毎日必ず本を読むとか、毎朝ラジオ体操をするとか、何か意志の力でこれだけはやり遂げたというものを一つ作ってほしいなと思います。
またできれば何かご自身で大きな目標を決めてそれに向かって努力してみてください。そういう実績のある人はあまり人の評価が気にならなくなります。気にならないと自然体になってくるのです。

虚栄心がなくなったかどうかのチェックポイントは他人を祝福できることです。他人のいいところが見えたり、他人の幸福を喜んであげられるような心境になったら、虚栄心は消えたといえます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
大きな自信、今の私で言えば・・・・・元彼氏が東大卒で私が高卒
かなりの劣等感を感じていました。

大学を行くことが自分に自信をつけることだとわかってますが
そこまでの経済力と能力・タイミング的にもう、過ぎたのではないかと思います

お礼日時:2008/03/21 21:37

まるで中国共産党のようですね。


中国人から聞いた話ですけど、自分が間違っていると知っていても、決して自分の非を認めないらしいですよ。
朝鮮民主主義共和国も同じです。
人も国も、思いやりが大事だと思います。
その思いやりって何処から来るのか。それはあなた自身の意識レベルを高める以外にはありません。
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17番の方に私は深く、納得しました。

ああ、こういう考え方があるのだと教えられました。あなたの性格は厳密に言うと、人間、誰しも持っている、普遍的な性格と思います。誰でもほんのちょっぴりはこういう所はあると思いますよ。自分には全く、こういうところは皆無ですと言われる方は私は全く嘘を言いませんというのと似ていると思います。
臆病な人は自分の性格を隠そうとしますがそれを堂々と認めてご自分で言われるなんて私なら潔くて率直で良いなあってと思いますけどね。
どんな人でも性格は良いところも悪いところもありますしね。
ただ、人には価値観というものがありますでしょう。こういう性格を強く持っている方には人生を勝つか負けるかで決めてしまう見方をされる方が多いように思います。勝ったように見えても負けていたり、負けたと思っていたけれど勝っていたり、人生はもうちょっと複雑なものだと思います。その辺のからくりに気がつけば虚栄心というのは持つのが馬鹿馬鹿しくなってくるはずです。生きていることにうんと感謝するのも気持ちが自由になって楽になり、鎧を着なくてすみますよね。
それにしても。完ぺき主義者って劣等感の持ち主なんですか!17番さんのお陰で私も反省しました。(笑)
いずれにしましてもご自分でご自分のご性格のことを認めておられるんです。もうそれで克服への道は開かれてるのではと思います。無理をしないですこしずつ変えるように努力なさってみられればと思います。
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17番の方に同意します。


克服するには 意外と簡単
ペット犬は好きですか?
飼える状況なら教えられます。
虚栄心なし
言い訳をしない
素直な気持ち
教えれば芸もする
飼い主に忠実
攻められてもすぐ忘れる
飼いならしたペットは人を愛すから愛される      
ペットにふれあうとき人はありのままの自分でいられる。 
きれいな気持ちに和まされます。どうでしょう?
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 40代男性です。


 同じ意見でも、言い方が良ければ受け入れられるけど、横柄な言い方なら受け入れられない、そうであるなら自尊心が判断を歪めていると言えるでしょう。相手の言い方が悪いとしても、それはそれ、意見は意見として、区別して考えればいいのではないでしょうか。
   http://denwa.genkie.com/001/ent183.html 感じの良い話し方 イエス・バット法
   http://www8.plala.or.jp/psychology/topic/settoku … 説得への抵抗 ブーメラン効果
   http://machii-shinrisoudan.com/ningenkankei-boue … 防衛機制(合理化)
 
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簡単に言えば・・・


勝たないで「負けること」ですね。
前に出ようとしないで、後ろへ下がり「相手に譲りなさい」
それが、あなたに「できるか?」という事ですね。

もう一度言いますね。
勝てる相手に「負ける」ことですよ。
先に行けるのに、相手に「譲る」のですよ。
そういう事が、あなたにできるか、どうか?・・・です。
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>だ、そうです。


って言うことは自分では気づいていないんですよね。
そのようにいうのが同じグループの人間だけなら、
他のグループの人たちにも聞いてみましょう。
別の人から見るとそんなことは無いということもあります。

いろんな人からいわれているのならまず自分がそういう人間だと理解するところからはじめた方がいいです。
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地球系霊団の話は 後ほどのこととして、まず次元構造のことをお話しましょう。



三次元世界とは、自分と違う意識レベルをもった人たちと、共に暮せる唯一の場所です。

四次元世界とは、縦、横、高さに加えて、時間が要素として入ってくる。つまり、平安時代の女性とあっても、当時と変らない二〇歳の若々しい姿で現れ、あなたと会話が出来る。

五次元世界では、それに精神が加わります。その精神性の尺度は、主として「善」です。

六次元世界は、それに真理知識という要素が入ってきます。その知識の個人差において、いろんな段階がありますが、少なくとも、真理を信じてはいない人は、この六次元世界には、一人もおりません。

七次元世界に入ると、利他という要素が入ってきます。心においては「愛」行いにおいては「奉仕」であります。

八次元世界に入ると、以上七つの要素に、慈悲が加われます。太陽のごとき愛、すなわち「無尽蔵の愛」なのです。これが慈悲です。

九次元世界では、宇宙という要素が、加わります。この世界は地球系だけにとどまっておらず、太陽系以外のほかの星団の霊界ともつながっていて、ここの住人は地球系霊団を指導している方たちなのです。

十次元世界には、もはや地上に肉体をもった人霊はおりません。そこにあるのは、三体の意識だけです。「大日意識」「月意識」「地球意識」が、創造と進化の役割を担っています。

十一次元世界の構成要素は「太陽系の使命」であり、太陽の生命体そのもの、太陽としての霊体そのものが、十一次元の存在なのです。

十二次元存在として「銀河意識」があります。これは、銀河系宇宙の計画をつかさどっている巨大霊であり、十一次元恒星意識を、何万、何十万という数でおさめています。

さらに、二十次元以降に、私たちが思う、創造主たる存在がおられると推察されます。
地球系霊団の成り立ちの話は、次回にて。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

それって科学的に証明されているお話なのでしょうか。

お礼日時:2008/03/21 21:39

非常にラッキーでしたね。

その方が意地悪で言ったか、ほかの意図があったか知りませんが、人の悪口はなかなかストレートには言えないものです。悪意ある場合はたいてい、本人には伝えませんし、周りで言われる場合にしても、直接の表現ではなくまわりもった言い方(自分は悪者にならないように)をされるものです。

ですから質問者さんは「底意地の悪い人間」「ひねくれきった人間」とは思われてないのだな、ということが伺えます。癖はあるけどストレートで荒削りだからこそ、ストレートな言い方をしても無駄にならないだろう。つまり原石のクオリティが低い場合なら磨いてもろくなものにはなりませんが、原石の良さが透けて見えるので、「君は磨き方がぜんぜん違ってもったいない」という感じなんでしょう。ですから一概に凹む状況じゃありませんね。現にそういう質問をしている自体が、見込みのあるタイプの方なのだなってわかります。

虚栄心は、ある から ない にそう簡単に切り替わるわけではありません。私はまだ、ない状態に至ったことはありませんので、なくす方法はわかりませんし、ある→ない に一気にスイッチしようとすると、これまた不自然な薄っぺらい謙虚「風」にもなってしまいますので、
 「自分がそのような傾向をもつタイプであると、認める」ことが大事かと思います。

私は外交的なんですが、話の途中でいきなり声が上ずってしまう癖だけなかなか直りませんでした。どうやら特定のツボにはまる話題の場合になるようで、急に様子が変わるし、周りの人に驚かれると、その反応で余計に取り乱してしまったり。しばらくは、そうなる原因をとっちめようと思ってました。

しかし原因撲滅の前に、
 私は困ったり動揺したりすると体がこのように反応するタイプの人間であるんだ、それだけのことがいいも悪いもあるのかな?→ただの見栄えの問題だけで、深い本質的なところでは別に何も困りはしないじゃないか。他人にどう見られるかは一過性のものであり、一番困るのは自分の未解決部分を持ち越して成長しないことだけだ、と整理がつきました。

それから何回か同じ癖が出ましたが、全く動揺しませんでした。
 「これ私の癖なんです。何か大事なことに気づくとこうなるの。・・・えーと今のは・・・ああ、やっぱりご指摘されたように私、今、傲慢になってましたね。なるほど、今気がつきました。」
自分の一番大事なところだけに焦点が合っているので、余計な反応も余計な時間も使わなくなりました。そして自分の悪いところを指摘されたりすると、すぐには居心地の悪さもありますよね。そこを無理に調整もしなくなりました。
「貴重なお話して下さって、ありがとうございました。
(周りに)でも恥ずかしいね^^; ちょっと気分切り替えに休憩してくるね」
「ただいまー。エヘヘ^^。気分の切り替えできたよー!」
ここまで開けっぴろげでなくてもいいのですが、私はそもそも隠すのが苦手な人間だ、ということもわかりました。周りへのアピール表現ではなく、物事の流れのなかで余分なものを流して次に進むのに、一番負荷のないのが、わたし的にはこんなあり方だとわかったんです。

その癖も、数ヶ月出てないです。昔は状況が悪くなると、問題の根本だけでなく、周りからどう見られ、私はどう出たらカッコ悪くもならないか、等々、一度に考えることが多すぎてパニックになりましたが、自分の中でスッキリ優先順位がつき、つまり根本原因だけを探して、取り組んで改善してしまえば、周りのことなどどうとでもなる、とわかったので、それのみに集中することで、かえって小さな問題は存在しなくなりました。だから癖すらも再発しなくなったのかもしれません。隠す必要やプレッシャーが無くなったから。

ジョハリの窓というのがあって、人の知ってる自分と、自分の知ってる自分の差が少ない人ほど、精神的に強いのだそうです。実際には言葉の綾の部分もあるので、オープンといっても、何でも開けっぴろげがいいという短絡的な見かけのオープンさはまた別と思いますが。
http://www.ops.dti.ne.jp/~iwh/kokoro/jh.htm


そして潜在意識(無意識とも言う。自分でコントロールしにくい部分)と健在意識(意識とも言う。私はこう思う、などという部分)は密接なつながりがあるとも言います。自分を愛さない人は、見かけがどんなにやさしくても他人も本当の意味では愛せないとか、自分を見下している人は他人も見下している、というようなことです。

虚栄心は無くせなくても、自分にはそのようなところがある、とまっすぐ実感できればいいのではないでしょうか。ある癖を、箱にしまって鍵をかけて隠しておくより、鏡に映る自分の姿のひとつとして当たり前に受け止めてしまう。恥ずべきことだなんて下手に意識してしまうと、変に小さく安っぽい「エセ謙虚」で終わってしまうこともあるでしょう。

本当は「ある」虚栄心を隠すことも、虚栄とも言えます。かといって人間関係の場面では隠したほうがスムーズであったり、事を荒立てなくて他人にも迷惑がかからない事も多いでしょう。「隠した、隠さない」という行動が大事なのではなく、自分の中にごまかしてしまおうという「弱さ、卑屈さ」など屈折したものがあるか、ないかの問題だと思います。深いマインドが変わるって大きいですよ。意識しては変えられない声などまで変わってしまいます(声も意識で変えられるところと、無意識でないと変えられないところがあり、特に無意識の部分が変わった場合ほど「本物の変化」として人に伝わりやすいです)。だから自分の中でオープンである人と、外見は謙虚なふるまいだが自分の中では矛盾いっぱいの人は、見る人から見れば一発で違いがわかります。ですから私はできたら「似非謙虚さん」より「虚栄心と向き合えてる人」になってほしいなって思いますね。その延長線上に「真の謙虚」があるような気がします。
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たったひとこと、【努力しない】からです。



努力の意味がわかってないから、勝手に人をうらやみ、
虚栄を自分ででっち上げる。

光るものをもっているひとは、そのままではなく、光をより磨く。
磨くことでより光る。

10人に一人の輝きが磨くことで100人に一人になる。
こうなると、なにがしかの才能でもソレが売り物になる。
勉強でも100人の中の一番になれば、エリート。

どれか一つぐらいは最初から、10人に一人の才能は誰でも持っている。

ソレを、「努力しない」から、いつも砂上の楼閣で自分だけが満足している。

できることをできる範囲で繰り返すことです。
ソレは、毎日のウォーキングでもあり、新聞を読んでの知識の蓄積でもあり、きちんとしたただのあいさつ=おはようございますの自分からの発信でもある。

そういうことの積み重ね=努力で人はあなたを判断する。
昨日のあなたが今日、そこにいるわけだから。

自分だけ、勝手に「できる」という思い込みは正しいかもしれないが
ソレは、昨日までの見せているあなたではなく、
見せるかもしれない、将来のあなたであって、誰も見たことがないから
ソレを虚栄としてガードしなくちゃいけないから、
攻撃的にも、言い訳もするようになる。
「これからお金が入るから・・・」みたいな?

でも、お金はたしかに、大金を拾う可能性がまったくの「0」ではないが、あなたが評価される人物になるのは、
昨日のあなたが、今日あって、明日も期待される人としてあるときだけだと気づくべきでしょう。

自分が変わる、自分からなにがしかの「努力の積み重ね」をしてみると
積み重ねるという意味がわかってきます。
紙は薄いでしょう?
でも、新聞紙って、結構たまります。

そう、毎日毎日、毎日・・・・。

ソレが、「努力」。

何でもいいの。
やってみると、継続はすごい力だってわかるから。

本当のことを言ってくれるうちが、人は花です。
まだ、改善の余地があると思うからです。
こりゃだめだと思うなら、「そうだねぇ。 しかたないね」と
前面肯定、ばんざい、お手あげ状態です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>そういうことの積み重ね=努力で人はあなたを判断する。
>昨日のあなたが今日、そこにいるわけだから。

まったくその方が言ってたとおりです。
何もしていない人より努力してる人がいいと言われました。
その指摘してくださった方は、相当な努力をされて
エリートと呼ばれる層にいます。私は、ただの高卒です。

>たったひとこと、【努力しない】からです。

>努力の意味がわかってないから、勝手に人をうらやみ、
>虚栄を自分ででっち上げる。
勝手に人を恨んでますね。同級生で、大学行った人たちとは
会いたくない。


>本当のことを言ってくれるうちが、人は花です。
>まだ、改善の余地があると思うからです。
>こりゃだめだと思うなら、「そうだねぇ。 しかたないね」と
>前面肯定、ばんざい、お手あげ状態です。

その方に言われました。
言われなくても気づく人がいる。
言って気づく人がいる。
言っても気づかない人がいる。

それが貴方といわれました。はじめはそれを聞いたとき悔しかったんですが、
でも、なんとか自分を変えて生きたいです。

お礼日時:2008/03/19 13:37

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