柳美里さんは、裁判で負けたのに、内容を少し変えて、改訂版を出すそうですが、皆さんはどう思いますか?

A 回答 (9件)

裁判は私小説を書く方にとって、言論の自由という点で残念な結果になったと思います。



柳美里さんですが、作家という者はそんな方が多いと思います。
一般の人とはかなり異質な考え方を持つが故に世間と摩擦が生じ、その中であのような感動的な作品ができるのだと思います。
私の嫌いな(性格が)作家に村上春樹氏がいますが、彼の作品はすばらしいと思っています。
昔、アンデルセンの伝記を読んだのですが、だんだんむかついてきて、こんな人が身近にいたら、気が狂いそうだと思いました。
でも作品は最高です。
作者と作品は密接に絡み合っているのですが、感動を与えるという点では別物だと思っています。
こんな回答で良いですか?
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私は、柳美里さんの本を結構持っていて、まあまあ好きです。


改訂版のことについては、それってどうなのよと思いましたが・・・。
モデルとなった人の人権、作家としての表現の自由、
この二つがせめぎあってて、難しいですよね~。
柳さんを見ていると、芯は強いけど、
どことなく孤独な感じで、気になってしまいます。
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まず最初に僕は柳美里さんが大嫌いです。


独善的な考え方も世間に対する排他的なところも
不幸に入り浸って自分に酔っているところも
「好きになってしまったら不倫したって仕事ほっぽりだしたって人をどんなに傷つけても仕方ない」というより「愛」とか「作家としての理想」とかの建て前さえあればいくらでも傍若無人に振る舞うところも嫌いです
酒鬼薔薇の文章に心酔し褒めちぎるような被害者のことなど露ほども考えないデリカシーのなさも嫌いです。
「命」はそんな大嫌いなタイプが出産に立ち向かうという内容で非常に興味深く読めましたがそれでもやっぱり大嫌いです。
今回の裁判は「表現の自由」でなく本と柳美里の知名度のためにがんばったのだと思っています。
一部変更での出版も「やっぱり(笑)」という感じです。
こんな女性が文壇で発言力を持っていること自体、個人的には不愉快なぐらいです。

6番さんの回答で
>返済などのこともあるでしょうから少しでもお金を稼ぎたいというのもあるでしょう。
とありましたが慰謝料+裁判費用合わせても本を売るための宣伝費としてはかなり安く効果的なプロモーションが出来たのじゃないかと思います。
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返済などのこともあるでしょうから少しでもお金を稼ぎたいというのもあるでしょう。


作家の作品としては妥協の産物になっているだけにプライドも何もあった物ではない感じです。

表現の自由云々というのはそれはそれで正しいと思いますが、
結審した後で被害者の神経を逆撫でする行為には賛成できません。
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トラブルメーカーですね、彼女。


なにか不幸自慢をしたがっているような印象を受けます。
過去にいじめられていたとか、自分のことをアダルトチルドレンとか言ったり。

でも世間の人が他人の不幸話を聞きたがっている証拠かも。
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柳氏の著書は一度も読んだことがありません。

なにかいつも不幸だった体験とか辛かったこと、哀しかったことをつらつらと書いてあるのではないかと思うとどうしても読む気にもならないのです。
それにどうも自分と他人の私生活を切り売りしているような気がしてならんのです。よくは知りませんが、子供を生んで死にかけている男の人を看取ってそれも全部本にして。
そういう姿勢がなんとなくあさましく感じてしまって。実際に改訂版を出版するということは、不本意なかたちであっても売れるならいいということ。裁判で主張していたこととは遠くかけ離れていると思います。
顔つきまでそういう風に見えてきます。
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こんばんは。


「表現の自由は守られるべき」の主張には全面的に賛同します。
・・・で、”改訂版”って、なに???? と思いました(^^;;
「出版できるものにする」ということは、例えば今回の場合ですと、原告の女性から承諾を得られるだけの書き直しがなされる、ということだと理解しておりますが、
ちょっと待ってよ、それこそが”守りたいもの”だったのではないのかっ?! 
誰にも踏み入られることのない表現、なんびとの口出しも承諾も一切必要としないこと、
それこそを求めていたのではないのかっ?! と思います。
判決に不服であるならば、「断じて書き直しなどしない、できない、」と言うべきだと思っています。

どうしても出版するのだ・・・という行動には、「売れるに違いないから」という出版社の思惑も多々アリと感じられて、なんだかいやーな気分にもなります。
一方で作者ご本人にしてみれば、あの小説は、戯曲作家だった自分の初の小説ということで、相当な意気込みで執筆に臨んだものと思われますし、自身の記念的作品である、という思い入れもあると思います。
実際、有望な新人作家の登場、とまずまずの歓迎を受けた作品だったのだとも思います。
だから「出版したい」のか?・・・と想像してみるのですが、そうだとしたら尚更、原告の承諾を得られるほどの書き直しなど、できないはずだと思うのです。
”改訂版”がどこまで書き直されるのかわかりませんが(買わんぞ。そして読まんぞ。)、まったく違う作品になることは間違いないわけで、それならそれを新しい作品として発表していただければいいのですが、
「文壇に衝撃!出版差し止め判決の話題作!改訂版でここに復活!」(予想。)とかって大仰なコピーが帯で巻かれて平積みされんのか・・・とか想像すると、暗澹たる気持ちになります。
”改訂出版は可能である”という身勝手な前例は、今後これと類似した裁判において間違いなく、作家側に不利な判決を導きやすくすることと思われますので・・・。

わたしは件の作品を雑誌発表時に読んだのですが、そして今も手元にあるのですが、、、、
途中で場面が唐突に戯曲になっていて、そういう構成は面白いと思いました。
原告の女性が傷ついたという部分は、確かにご本人には非常につらい表現に違いないと感じます。
ただ、この登場人物(原告の女性)を他の「何か」に置き換えることができるのか?
あるいは人物はそのままで「彼女が傷つかない」ような表現ができるのか?
そもそも、問題とされた部分がないとこの小説は成り立たないのか? なくても成り立つのか? が、よくわかりません(^^; 
「書き直しなどできない」と作者がひとこと言えば前者なんだな、と思うし、
でも「書き直すよ」って言うんだから、後者なんだなぁ、ふーん、と思うだけです。
一般読者(のひとり、少なくともわたしは)なんて、こんなもんっす(^^;;

せっかく読んだのにあまり頭よくない意見ですみません。ご参考になりましたら幸いです。
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「事の本質がまるでわかってない、


クラスに一人くらい必ずいる、文学かぶれの女学生」
という印象です。
表現の自由、という言葉を盾にするばかりか、
剣にも変え、人を傷つけ続けるのは、
作家である以前に、人としてどうかと思います。
人としての心は、まあいろんな考えの人がいますから、
百歩譲ってその考え方を許すとしても、
仮にも「作家」であるならば、それをそうとわからなく
表現するくらいの文筆力、表現力を持ち合わせていて
欲しかったですね。
逆にいうと、そうできなかったということは、
「その程度の作家」ではないかと思います。
改訂とはいいますが、すでにこれだけ知れ渡っていることであり、
事の当事者の方にとっては、改訂しようがしまいが同じこと。
登場させずに、物語を再構築できるのなら、
またちょっと話はかわってきますが…。

彼女の作品はその裏側に「わたしってなんて不幸なの」という
声が聞こえてきそうな気がするんですが、
はっきりいってもっとひどい人生を送っている人は山ほどいるし、
そうでなくても人間それなりに生活していれば、つらいことは山ほどあります。
私小説というジャンルを否定するわけではないですが、
「だからなに?」という程度にしか感じません。
映画で泣いている人のCMがありましたが、
よっぽど波風のない人生を過ごしてきた方なのだなあ、
とその観客をうらやましく思いました。
映画はみてないですが、江角さんの演技の向こうに柳氏の
顔が浮かんできてしまい、
みる気がしません。あの人の書いた文章のせいで、苦しんでいる人がいるのです。
泣いている人がいるのです。
そう思うと、なぜ彼女の作品で「感動して」涙を流せるのか、理解に苦しみます。
いや作品と作家が別物であることは承知してますが、柳氏の場合、キャラクターが強すぎて…(^^;)。
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こんばんは。



私は、彼女はどちらかというと嫌いなんですが、あの裁判については彼女に同情的なスタンスです。

あの判決を遵守すると、私小説とか伝記物とか実話に基づくドキュメンタリー者などの執筆や出版には大幅に制約を受けてしまうことになると思います。
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