村上春樹 (「1973年のピンボール」「羊の冒険」「セカイノオワリトハードボイルド・ワンダーランド」「ねじまき鳥クロニクル」)
ウォン・カーワイ (「天使の涙」「欲望の翼」「花様年賀」)
ガルシア・マルケス (「予告された殺人の記録」「百年の孤独」)
エミール・クステリツァ (「ジプシーのとき」「黒猫、白猫」「アリゾナ・ドリーム」)

ということを考えてみました。
これらの作家の共通点やどうして、僕がこれらの作家に惹かれるのか
教えてください。
また、同じような喪失的な物語を描く作家を教えてください。
よろしくお願いします。

A 回答 (9件)

失礼、カーワイとエミール・クステリツァは映画監督なんですね。

これは読めません。観ようと思います。
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村上春樹とガルシア・マルケス以外は未読ですが、趣味が少々重なる様子。


私も読んでみます、カーワイとエミール・クステリツァ。

イギリスの作家、イアン・マキューアンはどうでしょうか。
「時間のなかの子供」などお趣味に合うかと思います。
レビューなど読まずに、ストーリーを一切知らずに読んでいただけるといいのですが。

あなたのことはわかりませんが、。私が村上春樹とガルシア・マルケスに惹かれるのはつまりカタルシスなのではないかと時々思います。実際のところはわかりませんが。
でも目を背けてはいけないことだと思います。多分根底に流れているものです。
でも、彼らの物語は結局は前向きだと思いますよ。喪失的ではありますが、人生を諦めてはいません。全然。
私はむしろ、喪失感を抱えながら日常をうまく生きていく方法を彼らに教えてもらっているような気がするのです。
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それと、年齢に応じた経験をする事(恋愛も含めて)が、実際に、社会にでて、嫌も応もなく、人の中にいないといけない状況で生きている事が続くと


若い頃、仲間(利害関係のある社会人になってからのつきあいと違い・・・)や女の子との(純粋で、ちょっぴり、不器用で・もどかしい)との
恋愛経験がどれほど貴重なものであるか、そしてそれを踏まないで年を重ねてしまう事がどれほど、寂しいものか・別の意味での、心の欠如として
たわいない日常を送っているのに、心を、責めるか、を悟る日もくるでしょう。

かつて、私も若い日に読んだ本の中でも、それを嘆いていた方もいました。でも、経験は、若さでしか許されない経験、人とふれあう事の経験は、時間は取り戻せない貴重なものです。本は、いくつになっても読めます。
でも経験は、あなたの年での経験は今、しておかないと、もう、2度とは
経験する事はできません。私は、あなたの心の中に、一生取り返せない心の
隙間を造らないでいられるように、あと、わずかな期間の経験を大切にされる事を(面倒がらずに、ぶつかってみる事を)希望します。

何度も失礼しました。
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追加です。

あなたがもし、現在の孤独(人との接触を求めているだけ)のままにい続けるなら、どんなに有名な大学の学生さんでも、社会からの落伍者になるでしょう。(私はそういうかつかつの生活を送っている人を沢山しってます。人との接触なくして社会にでて、生活する事は出来ないんですよ。)

あなたは、秀でている所のある人だと察します。旅がすきで、いろいろな事をしっているなら、出来るだけ早く、それを社会にでて活かせる様な職業を今から目指して、そのつきあいの中に飛び込み、(多少は人間関係の摩擦はありますが、努力しないで逃げていたら、あなたも、落伍者です)今をきづいてゆかないと、これから大変ですよ。

全く求める回答でなくて失礼しました。
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この回答へのお礼

プラトンの「恋愛論」、トーマス・マンの「トニオ・クレガー」
ですね。
まだ、読んでいません。
この機会に読んでみようと思います。
今大学にいるし。

バイト先で人間関係は多少生じます。
僕はそれを楽しむことが多少できるので、努力すれば何とか
なると思います(僕は人間関係が苦手とか、苦しいとか
ではなくて、ただ単に面倒くさいとか、ややこしいとか
感じてしまうだけなんです。これは慣れの問題だと思うように
最近なりました。)。

秀でているなんて、そんなことはよくわかりません。
おだてられると調子に乗るので(しかも避けがたく)、うまく
回答できるかわかりませんが、僕も別に世捨て人ではまったくないし
社会でよく生きていこうという気持ちは少なからず持っています。

ただ、ちょっぴり社会に対しはすに構える癖があるので
(癖です。多分、人生がうまくいかなかったときに身に付
けてしまったのでしょう)、社会の落伍者になる可能性が
無きにしも非ず。そこら辺に気をつけて、精進して行きたいと
思います。

話に付き合っていただきありがとうございました。
喪失感など後ろを見るより、強制的にでも前のほうを見て
生きていきたいと思います。そういう人のほうが魅力的だし。
では。

お礼日時:2002/12/10 13:32

4の方と逆なんですが。

あなたの喪失感を追求するのもいいかもしれませんが、連帯感を感じられるでしょう。それなりに。

プラトンの<恋愛論>って読まれましたか?あの時代より、喪失感は大きな結びつきの前提でしたよ。誰もが皆、喪失感を、抱き、そして、埋める為に書いていると思います。(逆もあるようですが、)

かつて、ベストセラーになったトーマスマンの<トニオ・クレガー>には、2種類の芸術家が出てきます。一つは、芸術に専念する人達。もう一つは、あなたと同じ様な、人間関係の喪失を自分自身の根源的な希求として意識せざるを得ない芸術家です。質問者様は、外国の放浪の旅に人とのつながりを求めているのをお聞きし、あなたは、前者かと思いましたが、認識している点では、後者でもあると思います。

日本文学や、マルケス(他は私は知らないので)の喪失は、アジアの特色で
弱い人間に優しい、風土から出ていると思います。アジアもまたしかり。今のアジアは、発展途上ですから、喪失感に酔い、孤独を語る作家は私は若く将来のある若者には、必要以上に薦めません。あなたはそれで連帯感を得られるかもしれませんが、(あなたの素質にもよるので、これ以上は自分で判断されるでしょうが)

私は、下のかたの紹介された本は読みましたが、私の心には、全く残りませんでした。それでも喪失感に無縁だったわけではありません。破戒やこころなどには言いたい事山程!の人間です。

なぜ、自分がその作風に引かれ、どこにたどり着くのかは、自分自身で回答をだしてください。自分自身で、自分と作品を向き合ってゆくしかないと思うのです。ぴったりの回答を他者から得ることはできないでしょう。
でもしいて言えば、私も、1の方と同じに、違った方向のものに手を出すと
道が開ける場合があると思ってます。

マンの<詐欺師>は、あなたの様な一般人とは違う人間が、一般人のふりをして生活しているその苦悩を告白したものだと聞きます、ドイツの文学には
概して、ヨーロッパの超有名作家には、そういう傾向があります。一般人と
同じ生活をする事、その為の精進、勤勉さを勤める事、それでも癒されない孤独や悲しみを作品を書く事に依って癒している。そういう方達の作品もたまには、どうでしょう?

そして、私は思うのですが、あなたは行き着いたのではないかと、つまり、
そろそろ空想では、満足できない時にきているのではないでしょうか?
学生さんで、これから社会人なら、最適ですね。これからは実生活に邁進したらいかがでしょう?実生活は孤独などという贅沢は、そうそう得られません。人との接触が贅沢なのではなくて、人は一人では生きられないので。
親の庇護下の学生さんくらいしか。

そろそろ、時がきたのでは。実生活に羽ばたくべき。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

僕も実社会で生きていくことに興味があります(なんか変?)。
実学に。でも、なぜかそれを追及していかない自分がいます。
なぜだろう。
実社会で力を持つために勉強する人(資格試験その他)に対し、
昔は反発を抱いていましたが、今はまったくありません。
逆に自分でもやってみようと思っています。
就職活動も始まっているようだし、ちょっとがんばってみようかな
と思います。

お礼日時:2002/12/10 13:22

こんにちは。


なぜかボロボロになられた・・ということですが
喪失感を追い求めているのでしょうか・・
そこから、何かを見出そうと思っておられるのですね。

さて、お勧めの文学は、純日本文学です。
今から書くものは、喪失感や虚無感がただよっていて、
なんてこの世は汚いんだろう・・とか人の心って・・って
考えさせられました。

太宰治「斜陽」
島崎藤村「破戒」
田山花袋「布団」
正宗白鳥「泥人形」
夏目漱石「こころ」

なんかがいいですね。。。読んでいて、切なくなります。
きっと自分だけがそうなのではない、と思われると思います!

あと、サガン「悲しみよ、こんにちは」
とか、著者忘れましたが「ゴリオ爺さん」なんかも
「人はなんのために生きてるんかな・・・」とむなしくなりました。

よかったら、読んでみてください!
Evianusさんの求めている答えがみつかるかどうかわかりませんが・・
人とのふれあいを求めて、旅をされているとのこと、
私はいい経験をされていると思います。
人生に無駄な経験なんて、一つもないと思います!
私は太宰治が大嫌いでしたが、作品を読んで、ますます退廃した彼の
考え方に、キライだな~~と思いました。
でも、、、なぜか、彼がそれを書いた心境がわかる気がして、
それを高校の卒論にしました。

とおい外国で自分探しもできるけど、
日本にいながらにして、いろいろな作品にふれて、
いろいろな考えや感じ方にふれたり、共感できることも多いと思います。

是非、頑張ってほしいです。
お役に立てば、これほどうれしいことはありません。

この回答への補足

追加です。
僕の抱いている感情や、fushigichanさんに紹介していただいた
本に共通して流れている感覚に名前を付けるとしたら、
どういうものになるでしょうか。

なにかアイディアがあったら教えてください。
よろしくお願いします。

補足日時:2002/11/09 02:30
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この回答へのお礼

こんにちは。
お勧めの作品の中では
「斜陽」
「こころ」
はすでに呼んでいます。
田山花袋の「布団」は買ったまま、本棚に眠っていそうです。
正宗白鳥、島崎藤村も機会を見つけて読んでみようと思います。

「斜陽」と「こころ」について、そうですね。
なんだか、いいですね。
僕もこの二つは高校時代に読みましたよ。
特に「こころ」はとても印象深い作品でした。
なんと説明すればいいのだろう。
とても、静かで透明で、人生を真摯に見つめる目?
よくわかりません。記憶も確かでないので変な感想になって
いるかもしれません。

「ゴリオ爺さん」は有名なバルザックの作品ですね。
「悲しみよ こんにちは」フランソワーズ・カザン
二人ともフランス人作家ですね。読まねば!!
絶対読むと思います。教えてくれてありがとう!

喪失感を求めている。確かにそうかもしれません。
自分の傷を癒すために、似たようなものを追い求めている
のでしょうね。

お礼日時:2002/11/09 01:49

こんにちは。


人との接触を求めるということが贅沢なことか否か、ということはボクにはよくわかりません。わかりませんが、とりあえず、ボクの勝手な解釈を書いてみます。
>「人との接触を求める」というのは贅沢な感情でしょうか?
もしかしたら一番ゼイタクなことかもしれないし、当然のことかもしれないです。一番贅沢なことになるであろう理由は、その接触した相手に自分の欲求や自分の理想、そして自分のアイデンティティを投影して、それが完璧に満たされることを望めばそれは、かなり贅沢なことでしょうね。
でも、必ずしもそうである必要がなく、ただ漠然と人と接したいと思うことは自然な欲求だと思いますよ。男女の話だけでなくとも、とにかく生物である以上、単独だと絶滅しますからね。とにかく時が来るまで絶滅してはいけないというのは、どうやら自然の摂理みたいですから、絶滅を避けるためにも接触を求めるんでしょうねぇ。
ただ、Evianusさんの文章を読んでいる限り、喪失しそうになっている、自分のアイデンティティを再発見するために人との接触を持とうとしていて、さらにそれを、物理的に、時間的に、さらに文化的にも違うところに求める傾向があるようなので、ものすごく贅沢なことになっているかもしれません。ちょっとその辺で、ということにならない所は贅沢と言えるかもしれませんね(気持はわかるけど)。

ちょっときついことを書いてしまいます。
>といっても、このようなバックパッカー・スタイルは、今となってはありふれて
>ますけどね。
このスタイルは、今、自分の住んでいる所から離れる人の定番のスタイルですよね? 全員がそうだとは言いませんが、このスタイルをしてまったく違う世界をを歩いていることによって、バックパッカーの一人だと思って安心してませんか? つまり、出かけた先の外国でのそこの住人との接触よりも、自分と同じ格好をしている(同じ種族)人間との接触を求めている所はありませんか? 結局、自分はどこかに属したい、そんな気持が強いからこそ、僻地に定番の格好をして出かけるのではないでしょうか?

>実際その逆で、「傷を負わな過ぎた」のだと思います。
これに関しては、ある部分に関してはやはり傷ついているのだと思いますよ~。
というのは、傷つかないようにする、人とほんとうに四つに組んで関わるようなことをしないでいる、ということはつまり、使われていないということと一緒で、家や道具も使われていないで放置されているほうが痛みやすいんですよ。逆にしっかりともまれているほうが、メンテナンスが行き届いていたりして、細かい傷は付いているかもしれませんが、本体のほうはまったく問題なく、どこも壊れていなかったりするものです。
だから、傷ついている、ボロボロになっていると思っていたのであれば、それはそれとして認めてるというのだって、自己認識としては間違ってないんです。
しばらく乗っていなかったクルマに久しぶりに乗るとき、いくら見た目がピカピカでもやっぱりエンジンやブレーキのことを考えるといきなり本調子で運転するようなことはボクはしません。まずは徐々に慣らし運転をして、それから様子を見て、直す箇所があればなおして乗りますよ。とりあえず、自分のペースをつかむ、それから自分なりに考えることがあれば考えればいいのではないかなぁ、と思いますけど、いかがでしょうか?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>このスタイルは、今、自分の住んでいる所から離れる人の定番のスタイルですよね? 全員がそうだとは言いませんが、このスタイルをしてまったく違う世界をを歩いていることによって、バックパッカーの一人だと思って安心してませんか? つまり、出かけた先の外国でのそこの住人との接触よりも、自分と同じ格好をしている(同じ種族)人間との接触を求めている所はありませんか? 結局、自分はどこかに属したい、そんな気持が強いからこそ、僻地に定番の格好をして出かけるのではないでしょうか?

ここに関してちょっと意見の相違がありますね。
僕はなぜ自分がバックパッキングが好きなのか。ということ
を過去に考えてみたことがあります。世間に疑問を抱いていたのに
既存のスタイルを踏襲して、恥ずかしくないのか?
しかし、当時僕はそういうことを考える心の余裕があるはずもなく、
とりあえず行動。ということで、既存のスタイルから自分い
最もあったバックパッキングという方法をとったのです。
その理由としては本当に簡単なのですが、
「人とコミュニケーションをとりたい」ということです。
だから、現地であった日本人とも交流するし、現地人とも交流します。

この前フィリピンに行ったときは最初の5日間は、宿では
日本人とばかり話していました。(豪州人、韓国人、比人少々)
しかし、それ以外の2週間半はマニラを離れたこともあり、
一人も日本人と会いませんでした。片言のフィリピノのと
英語で旅をしていました。

中国では日本人についで韓国人の旅人が多いのです。比較的
大きな都市の場合は、彼らと宿で出会う確立も高く、行動を
ともにすることも多いです。
しかし、中国にはもう数ヶ月も旅をしています。そのときに、
日中辞典を持って行って毎日持ち歩きことあるごとに言葉を
勉強しているし、ある程度文法もできるので、簡単な会話は
現地人と「北京語」(公用語のようなものです)で行います。
移動のとき、中小都市の場合は十何日も日本人と会えない。
ということもざらです。
宿は、中国人のふりをして自分で交渉し、格安の値段で泊まります。
ちょっと危険でした。

モロッコに3週間滞在したのですが、このとき日本人はほとんど
いませんでした。
会話はアラビア語は無理なので、公用語であるフランス語で行いました。
会話帳に乗っている程度の会話です。


海外である日本人はとても魅力的です。
だから、日本人に会いに海外に行っているといわれても、
それは間違いではありません。しかし、退屈な場合もあり
そういう時は、その場を去るだけです。

格好は定番のイメージがあると思いますが、実際さまざまです。
僕は、きれいに着飾るのが多少面倒くさいということもあり、
適当な格好、人に迷惑をかけないような格好で旅をしますが、
このスタイルも人それぞれです。予算もそれぞれ。
旅の目的もそれぞれです。
バックの形もそれぞれです。
バックじゃなくたっていいですし。
この前中国に行ったとき、ちょっと大き目のデイバックで
旅行してきました。
そんなに荷物は必要ではなかったし、格好も普段着でした。3週間だったんで。


僕が海外に出かけるのは、とても簡単にわかりやすく異文化交流
(コミュニケーション)ができるからだと思います。
日本人にコンプレックスを持っていた僕も、さまざまな日本人と
出会うことでそれを払拭することができました。

僕がいいたいのは、日本でこのような出会い方が僕にはし
ずらかったということです。

お礼日時:2002/11/08 17:07

こんばんは。


>僕はぼろぼろに壊れたような気がします。
>そこから回復しません。
結局、ここなんだと思いますよ。
ボロボロになるという状態は誰しもがなる危険はあるわけです。その時に、おもりを乗せられて、潰れそうになる、足取りが重くなるタイプもいれば、ほんとうに自分の一部が粉々になってしまう人もいますよね? そういう場合に、壊れてしまったものをどうやって修復するかの作業の方法が、質問にある作家とEvianusさんが近い作業をするのだろうと思います。
何かを自分のなかで整理するとき、はたまた自分にわからないことを納得させるときに必要になってくるのは「言語」である可能性が高いわけですから、この質問の作家はある部分まで、Evianusさんのやるべき作業を代わりにやってくれてしまうのだと思います。作家の描く世界は読者にとっては疑似体験の世界になるわけですから、読んでいる最中は読者の中にも本の中で描かれる世界が生き生きと再現されて行くわけです。
先の回答では、詩をお勧めしましたが、今度は逆にまるっきり違う世界の文章に飛び込んでみると言うのも自分の回復方法だったりしますよ。文明国の住人が砂漠に行くことによって一息ついてくるということもあるわけですからね。ばかばかしいと思うかもしれませんが、椎名誠の『岳物語』あたりを読んでみてください。もしかするとほっと一息つけるかもしれません。
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この回答へのお礼

いちお僕も文明国の住人ですよね。
で、僕も例に漏れず旅人になってしまったわけで、
親に借金をして、サハラ、ゴビ砂漠と行って参りました。
サハラは一応目指していったのですが、ゴビは”流れ着いた”
という感じで、中国旅行の際にちょっと寄ってきました。
敦煌付近です。

砂漠で癒されましたね。
何ででしょうね。
何もないからいいのでしょうね。
外国なので金銭的にも少し余裕ができるし。
砂漠だけではないのです。旅をしているときはいつも、少し
づつ癒されていきます。
僕は人との接触を求めているのだと思います。
本当に。

【追加で質問させてください。できればこれだけでもいいので返答お願いします】
「人との接触を求める」というのは贅沢な感情でしょうか?
これが少なすぎて死にそうなので、僕は休みになると金をためて
海外旅行をします。個人です。飛行機の手配からその日の宿まで。
といっても、このようなバックパッカー・スタイルは、
今となってはありふれてますけどね。

【ぼろぼろ】
どうして僕が傷ついたか。
ということを考えているのですけど、本当は僕は傷ついては
いないんです。
実際その逆で、「傷を負わな過ぎた」のだと思います。
傷というのはコミュニケーションの失敗などで、僕はコミュニケーション
自体希少でしたから、傷つくことにまで達しない。
そして、その不足の感情から自らを苦しめるにいたったのだと思います。
ちなみに、彼女や親しい友達はほとんどいません。

回答ありが乙ございました。
椎名誠は「熱風大陸ーダーウィンの海をめざして」と「中国の鳥人」
を読みました。
「中国の鳥人」はこれを原作にした三池崇史の同名映画で
初めて知りました。
映画『中国の鳥人』は癒し系映画の最高峰です。

それでは、本当に回答ありがとう!

お礼日時:2002/11/08 02:39

こんばんは。

Evianusさんお久しぶりです。
多分、それらの作品が、心の中にある原風景の断片をたぐり寄せるようにして、モザイクのように組み立てたものだからではないでしょうか?
Evianusさんにとって体験や感情とは過去から未来へと明確に線として連続するものではなく、その時々に体験することや感じることがその都度、強烈な刺激となり、それまでの体験や記憶が一時的にせよ破壊されてしまい、破壊されてしまったその記憶や風景を再度自分のなかに作り直そうとすると、これらの作家の描き出しているような世界になって行くからなのではないでしょうか? 
壊れたなくしそうになっているその瞬間に拾い集め、組み上げ直す、そんな作業をしている感じの作家ですよね。
今度は散文ではなく、詩の世界に行くしかないのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

お久しぶりです。

僕はぼろぼろに壊れたような気がします。
そこから回復しません。

少し新しい自分に気が付きました。
ありがとう。

お礼日時:2002/11/05 00:37

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