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応仁の乱について

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  • 質問者:myu314
  • 投稿日時:2008/06/09 14:56
  • 困り度:すぐに回答が欲しいです

1467年に起きた「応仁の乱」につきまして、「応仁」とはそもそもどういう意味なのかを現在調べている処なのですがイマイチよく分かりません。そこで皆様の知恵を拝借したいと思います。質問が重複していたらすいません。

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No.5ベストアンサー20pt

  • 回答者:krya1998
  • 回答日時:2008/06/10 12:11

ANo.4 重複質問で削除されたので、書き足します。(読み下し)
 
 仁之感物、 〔仁、之れ、ものに感じ〕
 物之応仁、 〔物、之れ、仁に応じてあり〕
 若影随形、 〔若し、影にても、形なるに随いてあれば〕
 猶声致響  〔なお、その発する声も響きを致すならん〕

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この回答へのお礼

読み下ししていただき誠に有り難うございます。まさにこの意味を知りたいと思っていたので大変参考になりました。ありがとうございます。

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  • 回答者:krya1998
  • 回答日時:2008/06/10 08:06

 http://kikitai.teacup.com/qa4087469.htmlのANo.1さんの読み下しからは理解しにくいので、浅学ですが私の読み下しを書きます。もちろん仁とは聖賢君主の政治の理念で、宇宙の基本原理の平和と思いやりのことですが。
 仁之感物、 〔仁、これ、もの(大事なこと)に感ずること〕
 物之応仁、 〔物、これ、仁に応え、対応していくいくこと〕
 若影随形、 〔若し(もし)、影が本当の存在である、そのかたち
        の通りでにしていくならば〕
 猶声致響  〔なお、発する声の響き、そして施政の令も致さるならん〕

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No.3ベストアンサー10pt

  • 回答者:kantansi
  • 回答日時:2008/06/09 15:58

応仁の乱の「応仁」は他の方の回答通り、単に元号ですが、出典は唐の高宗の皇后で、中国史上唯一の女帝として武周王朝をたてた女傑、則天武后の著書「維城典訓」で、その中に書かれてある、「仁之感物、物之応仁、若影随形、猶声致響」と言う文から取ったものです。 この文の意味については、漢文に詳しい方に聞いてください。 

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この回答へのお礼

ありがとうございます。中国の文献から引用しているのですね。大変参考になりました。ありがとうございました。

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  • 回答者:86tarou
  • 回答日時:2008/06/09 15:11

応仁元年(1467)に始まったのでその名前が付いてるだけだと思います。元号がなぜ応仁なのかということなら、私には分かりません ^^;

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この回答へのお礼

ありがとうございます。元号から引用した事までは調べたのですがその先の由来に現在苦戦しております。

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乱が起きた「元号」です。
平成や昭和、大正・明治と同じです。

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この回答へのお礼

ありがとうございます。私もどの文献(漢文)から引用したかまでは調べたのですが。。

  
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