ロシア帝国について
ロシア帝国と言うのは
13世紀半ばからモンゴルの支配を受けていて
キプチャク=ハン国から独立したんですが…
独立してからの『帝国支配の特徴』が
よく分かりません。
イヴァン3世の時にツァーリと名乗って
ビザンツ帝国を支配して
イヴァン4世の時に皇帝専制主義に基づいて
大貴族を弾圧したのは分かります。
でも、その先のピョートル1世の時とか
エカチェリーナ2世の時など参考書を読んでも
よく分かりません。前者の二つもあまり…。
長くなりましたがお願いします。
回答(2件)
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No.2ベストアンサー10pt
この人達を簡単に記述することは困難です。
この人達については中央公論社からアンリ・トロワイヤの労作が出版されています。
ロシアの歴史書としても読みものとしても好適です。
図書館で探して見てください。
No.1ベストアンサー20pt
そんな長い、500年以上に渡る歴史を一つで説明なんかできるわけがありません。歴史記述はいつも仮説の構築と訂正です。
ロシア帝国の皇帝をみていると思うのが、統治正当化の歴史です。中国の皇帝は、前の王朝のやり方をまねて、前王朝の正史を書いて、儒教を正統と認めて、倫理と王統が相互認証するフォーマット。このフォーマットは神聖ローマ帝国とローマ教皇や、モンゴル王家とチベットの宗教との関係でもあります。
モスクワ公国は、キプチャクカン国の徴税代表として国家が成立しました。そして、宗主国である旧モンゴル勢力の正統性を否定して、代替権威を確立する歴史がロシアの皇帝の歴史です。
初期においては、その代替権威は東ローマ帝国(皇帝は教皇でもありました)でした、ピョートルは西欧の技術力により軍事力を強化することにより正統性と権威を保ちました。エカチェリーナは、(本人がドイツ人と言うことで、初期スタイルの(ギリシャ正教=スラブ人)という方法がとりづらい。そこで、西欧技術力とその背景にある啓蒙主義を取り込みました。
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