欽差大臣(全権大使)・李 鴻章氏についての逸話
日清戦争の戦後処理(講和という)ことで欽差大臣(全権大使)として日本にこられた、李 鴻章さんが瀬戸内海らしいのですが、これを見て「日本にも大きな河があるな」ともらしたとの逸話を聞いています。
【お教えいただきたいこと】
1. これは李 鴻章さんの逸話でしょうか、中国の他の政治家かどなたかの逸話でしょうか。
2. やはり瀬戸内海をみておっしゃったのでしょうか。或いは別のところでおっしゃったのでしょうか。
3. 瀬戸内海だとしたら、四国側におられておっしゃったのでしょうか、本島側におられておっしゃったのでしょうか。
どうかお教えください。
それにしても海外にいったことのない私には、何か海外の河や山、その他のもののスケールの大きさを感じさせられるお話ですが。(私たちの小さいとき、「李 鴻章の○○頭、・・・」とかの心ない囃子歌がありまして。そんなことも考えて、敢えて敬称やお立場を省略しないで書いてあります。私が李 鴻章氏や清朝に特別の見解をもってるのではありません。お互いの歴史の尊重だけです。)
すみません、どうかよろしくお願いします。
回答(1件)
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No.1ベストアンサー20pt
李鴻章が船で瀬戸内海を渡っているとき言った言葉のはずです。
http://blog.todakouen.jp/archives/2006-01.html
このときのやりとりは次のサイトに詳しく書かれてます。
http://members.aol.com/Sanemaro/Rikusyou.html
日本人はそれを負けた清国人の負け惜しみと考えたようですね。
この回答への補足
瀬戸内海をどちらから見たかは、常識的には往路であろうから、多分、四国側からでしょうね。
李鴻章がどういう人と為りであり、どんな心境であったかは知れないが、ご紹介のホームページの後のものよることばが呟かれたかどうかの、真偽は確証は、今は当然ないことですね。
もう57年も前、中学の社会科の授業で聞いて頭に残っていて、今になって中国の人間について思い描こうとして、思い出したのですが。
李鴻章が負け惜しみをいう必要、その理由、そしてその必然性が少し薄弱なような気もしているのです。
海峡と河との錯誤はありえるかも知れませんが。
負け惜しみでは、「日本人ハ、チト大キイ河クライデ海ト呼ブ」というせりふは、私は言わないですしね。そんなところでつまらぬことを言うつもりもありませんしね。そんな感情でなんか言動はしませんね、私や普通のそういう立場のものなら。それにつぶやいたりしないで、見下して笑いますよね、私が李鴻章ならば。
日本人の私は李鴻章と中国を呑竜してしまって、さすが大国の大夫よな、と感嘆しておこうかと存じます。
そしてなお、日本は陸地の中に海を有し、日本人は世界の海はすべて内海と思っているのだが、大陸でしか育たなかった中国大夫の一人ではご理解は無理だろうな、と見切っておきますね。
この回答へのお礼
ありがとう御座いました。
なるほど、こういういきさつの側面もあったのですね。
事情を捨象してしまうと、今となっては、また別の見かたも成長してくるものですね。
ありがとう御座いました
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