主婦暦2年目です。
結婚とは『愛』を誓うことです。
でも、主人を『愛していますか?』と聞かれたら『愛しています』と即答できません。今まで、主人には沢山の嘘をつかれ、裏切られ、話し合いをしようにも、話にならないことが多々あったせいか『愛しい』という感情が皆無です。私はまだ子供はいませんが、街で赤ちゃんを見るたびに心が満たされます。見知らぬ赤ちゃんを見るだけで幸せな気持ちになります。しかし主人の顔を見ても幸せいっぱいって感情はないですし、ふと、昔裏切られたことを思い出したりしてムカつくときもあります。主人とは結婚暦はまだ短いですが、交際期間が7年ありました。
数え切れないケンカもして、何度も別れてやる!!を繰り返したせいか、結婚する大分前から『愛』に幻想を抱いてきました。
しかし、主人がお金を稼いでくれるから私は昼間のパートで済んでいます。今のマンションも私一人では絶対に手に入れられません。主人には感謝もしているし、離婚する気も一切ありません。もう、空気みたいなものです。私は空気に対して『愛』はありません。しかし空気がないと生きていけません。
この前、『愛』について調べていたら不倫女性の作ったHPにたどり着きました。そこには同じ不倫女性が沢山コメントを残しており、皆言うのです。「彼を心から愛している」と。結婚している私が『愛』がなんだか分からないのに独身の彼女たち皆が『愛』を感じています。
彼女たちは、交際期間が一ヶ月~十年と様々で、不倫相手を空気などと表現する人は一人もいないのです。
私のパート先の50代の主婦の方々は皆、旦那様のことを「鬱陶しい」といいます。「旦那を愛している」なんていう人は一人もいません。
結婚=愛ではなく、不倫=愛なのかと思ってしまいます。

不倫女性たちは結婚、出産をあきらめ、生活を扶養されることなく彼のためだけに生きているようです。こういった、相手に見返りを求めない関係こそが『愛』で、『無償の愛』と言うようです。結婚とは扶養されることなので、夫に対して『無償の愛』を示すことは無理です。

彼女たちは言います。彼と付き合って『愛』を知ったと。普通に結婚をしていたら経験できない『与える愛』を、注げる相手がいるんだと。
なんだか、不倫の経験のない私は人を『愛』することが出来ないみたいです。

私の両親は父の女性関係で仮面夫婦になってしまいました。それがトラウマで既婚男性は父親に見えてしまいます。もしも、将来既婚者を好きになり関係を持ってしまったら自殺しようと考えています。仮面夫婦の家庭の歪んだ空間を経験しているせいか、自分のせいであの空間で苦しむ人がいると考えると生きていけません。

皆様、『愛』ってなんでしょうか?

A 回答 (22件中1~10件)

こんばんわ。


joyuです。(長文でごめんなさい)

私は、アメリカではなく、日本の共働き夫婦になにかヒントがないかと思ったのです。
日本でも私(40歳です)たちの親世代に比べて、共働き夫婦は確実に増えていますよね。
少子化防止対策、男女共同参画社会、ベビーシッターや保育園や学童・・・耳にしたことはありませんか?
日本で、離婚しない共働き夫婦がいるとすれば、そこにcarmen-さんの言う「扶養の関係がなければ離婚だらけ」
「扶養の関係がなければ不倫だらけ」という固定観念を覆すなにかがあるのでは?
そもそもディンクスが結婚する理由はなんでしょう?
「扶養してもらうため」ではないことは確かです。
結婚にも育児にも「王道はない」のではないのでしょうか。
「共働き夫婦の家庭は必ず崩壊する」というロジックはどこから?

そりゃ、親世代は「女三界(さんがい)に家なし」世代でした。
私の母も厳格な家長制度主義の父に大変苦労しました。
carmen-さんは「自分らしい生き方」とはどういう生き方か、認識されていますか?
その生き方を「応援し、協力してくれるにはどんなパートナーがふさわしいのか」を知ったうえでご主人と結婚したのでしょうか?
私は、世間で言うところの適齢期にこのことを理解して結婚した女性がどれだけいるのかどうか興味があります。
愛とか恋で勢いで結婚してたまたま「当たり」もあるとは思います。

「女性が経済力があるから歯車が狂って」離婚するのではなく、そもそも自分を知ることなくパートナーを選んだ結果が離婚であって、
たまたま経済力があると、明日からの「自分らしい生き方」に躊躇することなく踏み出せる人が多いだけのことだと思います。
専業だろうが共働きだろうが、子供がいようがいなかろうが、離婚しない夫婦も離婚する夫婦もいます。
個人の事情がいろいろあると思うので、一概に決めつけられないのが夫婦なんだろうと思います。

私の会社の同世代の同僚は共働きママがほとんどです。
幸い、私の勤める会社は産前産後休暇、育児休職、短縮勤務制度が整っており、結婚・出産を理由に仕事を辞めるという観念がありません。
経済的にやっていけないわけではないんですよ。
こうした制度を利用してきた50代の女性管理職も誕生しつつあります。
また、働くママたちのネットワークを利用して、趣味を楽しみながら家事・育児・仕事をフルパワーでこなしています。
絵本の読み聞かせのボランティアもやっています。
朝からロールケーキを焼いたり、親子で早朝お散歩に出かけたり、宿題をみてあげたり、受験勉強につきあったりしています。
食事はもちろん、お弁当も作りますし、お風呂にも入れてあげます。
学年やクラスやPTAの役員もやっています。
授業参観も父兄面談も運動会も入学・卒業式も学芸会も出席しています。
家族でスキーもキャンプも海外旅行も行きますし、休日にいろいろなイベントにも参加しています。
私は週1で大学院の法務の授業に通っていますが、そこでも銀行の管理職で15歳と11歳の2児の共働きママに出会ってしまいました。
みんな輝いています。
すごく羨ましいですし、尊敬します。
この共働き家族の子供たちが集団妊娠するとは思えないのですが・・・

こうした共働きママたちには、離婚しているママもいれば、不満たらたらなママもいれば、円満なママもいます。
社外の専業主婦ママ友達とあまり変わらないです。
要するに、私の周囲の共働きママの離婚率は多くはないですし、家族がガッタガタということもないです。
逆に、私が20代の頃は結婚してすぐに離婚した友達夫婦が何組もいました。おもに派遣やパートや専業主婦たちでした。
若いと離婚も勢いがありますよね。

carmen-さん、自分で自分を窮屈な「女三界に家なし女」にしてしまわないで欲しいです。

最後に、私の不倫についてお話しますね。
この関係はいたってシンプルで、非常に奇妙です。

まず、彼(42歳)には子供はいません。
結婚してすぐに、奥さんの不妊治療に伴い夫婦関係がこじれてしまったそうです。
その後に私は彼と出会いました。
私とつきあって2年後くらいから、彼は奥さんに離婚を申し出ていますが、「彼を愛しているし絶対に離婚しない」の
一点張りでそれ以外はなにも話さないそうです。
過去1年半だけ別居していた時期がありますが、彼が経済的に苦しくなってとりあえず今は奥さんの元に戻って暮らしています。

奥さんと一緒に暮らしていても、彼は私の家に泊まっていきますし、旅行も出かけますし、前述のようにクリスマスも私の誕生日も
彼の誕生日(=奥さんの誕生日=結婚記念日)もバレンタインも一緒に過ごします。
私としては独身男性と普通に恋愛しているような状況で、必要なときに傍にいてくれるのでとても安心ですし、
不倫だけど不倫じゃないみたいです。もちろん妊娠には気をつけています。

彼は私以外に女性関係はありません。
単なる浮気相手というより、「お互いにやっとパートナーに巡り会えた~」という充足感からか、他に気持ちの動きようがないです。

奥さんは、不倫だなんだと騒ぐこともないようですし、前述のように私から連絡をとっても、一向に動じません。
というか、うまくお話できないタイプみたいです。
奥さんは派遣で定収入があるわけではないので、彼が生活費を出しています。

私は正社員で年収は700万です。
これからどうなるのか分かりませんが、私が自分ひとり分の人生を全うするのに、専業主婦よりも経済的に不安な立場だとは思いません。
むしろ私は彼女たちの夫と同じ立場ですが、扶養家族がいない分、余力があるかもしれません。

ところで配偶者を扶養する義務は、夫婦平等に与えられていることをご存知ですか?
つまりご主人に万が一のことがあったら、carmen-さんがご主人を扶養しなくてはいけません。
それがいやだという理由で離婚はできません。
ご主人が同意すれば別ですが。
今は扶養されているから忍として受動的に夫婦生活を続けていますよね・・・
愛もなく空気みたいなご主人を扶養して能動的に夫婦生活を続ける自分を想像できますでしょうか?
社会通念上は夫が妻を扶養することとされていますが、法律上では結婚とはシビアな制度です。
「愛」を唱えつつも、どうぞ今一度、ご主人とのパートナーシップについて納得するような答えを見つけてみてください。
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この回答へのお礼

<<私は、アメリカではなく、日本の共働き夫婦になにかヒントがないかと思ったのです

文化、国は違いますが、衣食住なしには生きられない同じ人間です。
ディンクス自体もアメリカの文化から生まれたライフスタイルです。
歴史の浅い国で、古い考えにとらわれることがないせいか、とても洗練されたような感じもしないでもないですが、人間が何万年と築いてきた文化はやはり理にかなっている部分が多く、先人が苦労して踏襲したのを踏み外すとやはり破綻が待っていると思います。ディンクスは離婚も多く、今はかなり下火になっているようです。

全ての共働き夫婦が離婚し、専業主婦は離婚しないと言っているわけではなく、統計の数字です。ネットで調べればすぐ分かります。
共働きで女性も輝くなんて子供はどうするんでしょうか?子供っていきなり熱を出すし、保育園は必ず親に電話しますが、共働き夫婦は迎えになんて来ないようです。保母さんは「今の親は子供より仕事の方が大事みたい」って言っています。鍵っ子って知ってます?帰っても誰もいなくて暗い部屋に一人ではいるんです。鍵っ子の友人がそういってました。ママの輝きの裏事情です。
<<彼は私以外に女性関係はありません。
単なる浮気相手というより、「お互いにやっとパートナーに巡り会えた~」という充足感からか、他に気持ちの動きようがないです

回答者さま、もし彼が浮気をしたら許せますか?知らないところで隠し子なんていたら許せますか?そして彼の親の介護できますか?
理想のパートナーなんて存在しません。本当に理想なら彼は独身であなたと何の障害もなく結婚しているでしょう。

今、日本の離婚率も増加傾向にあります。
働くママたちはアメリカンな考えな感じもします。
回答者様もすでに夫婦を「パートナー」と表現しているあたりが。

もう、日本どうなんの?どこまでアメリカを追従するの?
日本の未来は、いいえ! 先進国の未来はアメリカのようになると思います。
二度の回答ありがとうございます

お礼日時:2008/07/19 22:13

そうですとも!この世知辛い世の中にも、「普遍なる愛」は存在するのです、あなたのように、心のきれいな人には!



私の好きなリルケの詩に、「愛のはじまり」  (富士川英郎訳 新潮社)があります。著作権に触るといけないから、最初のスタンザだけ…。

ああ 微笑 初めての微笑 私たちの微笑‐‐
ああ なんとそれが一つだったか 菩提樹の香りを吸うことと
公園の静けさに聞き入ることが‐‐ふいにお互いの
内部をのぞきこみ そして驚きの果てに微笑をうかべることが

私も二十年来夫婦やっていますが、「純愛」は、高校生以下の若者か熟年夫婦にしかわからないものでございます。(偏見の塊!!)

でもね、リルケのこの詩では恋人の出会いのきっかけが、公園でたまたま、二人して一匹のウサギを同時に見て、同時に微笑んだことだった、というのです。

自慢じゃありませんが、私も、夫と(当時は親しくも無い仲ですが)目が合って、一瞬微笑んで、…あの時が始まりだった…、と思える瞬間があるのですよ。

長年夫婦をやっていれば、「純愛」にならざるを得ないときもございますよ!!!プラトニックラブというか、またの名をレスというか…。

紙切れ一枚という人もいますが、されど紙切れです。

始まりは皆、結構ロマンチックだったりして、不倫して、酔いしれている人たちが、やきもち焼きたくなるようなことが、結構あったりする、三段腹オバタリアン恐るべしなのでございます!
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この回答へのお礼

不倫女性の傾向というのが、最初は彼の顔を見るだけで幸せな気持ちになり、穏やかになる。しかし関係が長くなればなるほど穏やかさは影を潜め、欲が出てくるようです。はじめのうちだけは楽しいようです。
彼女たちのブログを見ていると、自分の中学時代恋愛を思い出します。
彼の顔を見るだけでドギマギ、会話なんてしたら死んでもいい!!って思っていました。あんな気持ちは子供にしかもてないと思っていましたが、不倫女性はセンパイに片思い中の中学生みたいな感じです。
大人であんなキャピキャピ恋愛できるなんてある意味うらやましい気もします。

お礼日時:2008/07/19 21:22

こんばんわ。



私は不倫を続けて8年になります。
彼の借金トラブルがあったとき、私がお金を貸して、もう2年になりますがまだわずかしか返済してもらっていません。
この件では彼にさんざん裏切られ、彼に失望しているし、信頼も失せています。
なぜいまだ関係が続いているのか・・・。
そして借金のことで彼の奥さんに電話する機会もありましたが、借金のことも離婚のことも我関せずといった様子です。
「主人とは絶対に別れません」と言い切りました。

私が彼と別れないのは、彼を見返りなく愛しているのではなく、彼が私を愛してくれる(と思っている)からです。
お金のこと以外では、彼は私にずっと愛を与えてくれています。
私がお金を貸したのも無償の愛なんかではなく、自分の存在意義を確かめたかったからです。
「奥さんは彼を救えないが、私は救えるのだ」と。
与える愛ですって???
私は彼に愛を与えた覚えはまったくないです。
私が愛を与えられて輝き続けているだけです。と思っております。
見返りを求めまくっています。
見返りなく彼を愛しているのは、むしろ奥さんの方だと思います。
クリスマスも誕生日も結婚記念日もバレンタインデーも愛人と一緒に過ごす夫を、愛しているのは奥さんなのです。
私だったら耐えられませんが!!

確かに奥さんは彼に扶養されているので、彼が必要なのかもしれません。
空気のような存在というより、「パン」に近い存在でしょう。
あなたにとってもご主人は、食べないよりはマシな「美味しくないパン」のような存在なのでしょうか・・・。
私は自分で「美味しいパン」を手に入れられるので、逆に「空気」のような存在が必要です。
彼は、確実に私の人生の中で「空気」のような存在になっています。
だから別れられないのかも。

共働きの夫婦はお互いが扶養とはまったく無縁の世界にいます。
この夫婦はなぜお互い一緒にいるのでしょう?
「愛」については不倫カップルよりも、むしろこのディンクスによって回答が見出せるかもしれません。

この回答への補足

<<共働きの夫婦はお互いが扶養とはまったく無縁の世界にいます。
この夫婦はなぜお互い一緒にいるのでしょう?
これは、違います。今、アメリカの離婚件数がうなぎのぼりです。
アメリカは夫婦共働きが常識で、結婚して女性が家庭に入るなんて概念はありません。子育てもベビーシッターに任せます。
女性に経済力があるせいで、簡単に離婚してしまうのです。
日本や、歴史のある国ならば、女性が我慢してきて婚姻生活を継続してきました。
もちろん旦那様の給料だけではやっていけない夫婦は別です。
この前ニュースでアメリカのある高校のクラスの女生徒が17人も集団妊娠しました。この女生徒のほとんどが、親が離婚しています。
親がいなくて家に一人で淋しくて異性で家庭の寂しさを埋めようとしたようです。全ての夫婦が扶養とはまったく無縁になっちゃうと、どこか、歯車が狂ってきます。

補足日時:2008/07/09 01:05
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この回答へのお礼

不倫女性の立場になっている方の回答、とても貴重です。
なので先にこちらから回答のお礼を書きます。

回答者様の状況がよく分からないのですが、八年彼は奥様と別居ということでよろしいんでしょうか?
彼にはきっとお子様もいらっしゃると思うのでしょうがお子様は一体どういう風にご両親を解釈しているのでしょうか?

奥様が彼と離婚をしなければ回答者様は一生『愛人』ということになります。お子様は・・・どうですか?今の状態で産んだとしても『私生児』になってしまいます。あまり子供が好きでないならこのことは大した問題ではないのですが・・・。


彼は奥様に生活費を渡しているということでしょうか?
奥様の年齢を存じ上げないのですが、子育てに明け暮れていた主婦が4~50代になって離婚しても再婚は難しいです。
仕事も正社員はまず無理です。
明らかに、離婚するより精神的にどんなにみじめでも離婚しない方が賢明です。

私の伯母にもいます。35年愛人しています。今もです。
奥様は伯母の存在を知っています。それでも別れません。
男の方も奥様とも伯母とも別れる気はないようです。
伯母は60前ですが、契約社員で働いています。
今は自分の体が動くからいいけど、これから先はどうなるのか分からない、といって不安を抱えています。伯母はもちろん、独身、子供なしです。閉経するまでは「今なら、引き返せば産める・・・。」と悩んでいたそうですが閉経して吹っ切れたそうです。これから、不倫を続けた伯母はどういう人生を歩んでいくのか、見届けたいです。

質問者様、8年の間に彼は女性関係はなかったのでしょうか?質問者様、奥様以外の異性の存在です。

いち不倫女性の本音が聞けて参考になりました。
回答ありがとうございます。

お礼日時:2008/07/09 01:05

難しいですね・・。



頭で考えることはいろいろあるのですが、それがうまく質問者様に伝わるような言葉にならずにこの回答を見守っていました。

私は「存在しているだけでよい」というのが愛じゃないかと思います。
元気にいきていてくれたらいいとか、そんな感じです。
#18さんの言われる子に対する、というのは確かにこれに当てはまると思います。

不倫する女性たちは自分のために生きていますよ。
自分の欲のために法を犯しています。
愛というよりは「欲」だと思います。

そもそもじゃあ、そんなに愛している相手なら慰謝料たくさん背負ってボロ雑巾のように奥様に捨てられてしまっても、「これで一緒にいられるのね!」なんて喜んで結婚して、慰謝料のために生活も切り詰めてそれで幸せっていう不倫している女性はどのくらいいるでしょう?
若いならまだしも、年配になり残る人生は介護だけになってもそういうんでしょうかね。

質問者様はだんなさんを許して、うまくこれからやっていきたいと願っているから悩んでいるんだと思います。
これも愛だと思いますよ。

縁あって結婚されたのです。
質問者様は幸せになっていいとおもいますし、きっとなれると思いますよ。
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この回答へのお礼

夫婦の危機があったのが一年前だったのですが、そこから今のこの状態に持ってくるまでが大変でした。いまはとても落ち着いています。
あの時は、一生主人を恨み続け、この傷は一生癒えない!!!
と思っていたのですが、今は大分癒えています。
たまーーにムカつくぐらいにまで回復しました。
これが「許す」ということ?と思い、ものすごい葛藤でした。
精神修行ですね・・

回答ありがとうございました

お礼日時:2008/07/19 21:10

 愛とは、辞書で調べると「無償で奉仕」する事と載っています。



 ダンナがどんな態度であろうと「無償で奉仕」する事が愛ではないかと思います。つまり、見返りを求めるなら愛ではないという事になります。

 実際、「無償で奉仕」出来る達観した関係は、ほぼないと思いますので、真実の愛は存在しないのではないかと思います。

 親が子に対して「この子のためなら死んでも良い」と良く聞きますので、この時の親が子に対する気持ちが、限りなく愛に近いモノではないかと想像します。

 ---------------------------
 あまり、余計な事を考えずに、今の状態で居心地が良ければ、今のまま進めば良いし、居心地が悪いなら、改善(最悪別れ)すれば良いかと思います。

 未婚で不倫をしている人の多くが現状で満足してるとは思いません(既婚同士だったら、遊びで満足してるかもしれないですが)。本妻と別れてもらって、あわよくば結婚と願っているヒトも多いハズ。男も「別れる、別れる…」と引っ張ってるのかもしれないですし。
 仮に結婚願望がないとしたら、それは遊びで、次に良い男を見つけたらそっちに乗り換えるつもりかも。

 いずれにしても、愛とは程遠い気がします。
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この回答へのお礼

<<あまり、余計な事を考えずに、今の状態で居心地が良ければ、今のまま進めば良いし、居心地が悪いなら、改善(最悪別れ)すれば良いかと思います。

はい、迷子になっていたように思います・・。
どこの親でも「この子のためなら死ねる」なんていいますが、
私の両親は仮面です。人間死ぬ気で挑めば、大抵のことが出来ます。
仮面夫婦は二人が歩み寄ることによって解消されることと思います。
二人とも、死ぬ気で歩み寄る気もないようです。
私が余命いくばくかになって「本当の意味で仲のよい夫婦になって」ってお願いしても「それは無理」って言われそうです。
親子間の愛って、育て上げるだけなのかな・・なんて思ってしまいました。
回答ありがとうございました

お礼日時:2008/07/19 21:02

結婚生活は日常です。


日常生活にいちいち「愛」を意識しません。
不倫なんてイイトコ取りですし、ひとりの時間も多いですから、
センチメンタルにも浸れるでしょうけど、はかないもんです。

いることが当たり前、やってくれることが当たり前、
失って初めて気付いたりもします。
それが幸せで、まさに愛なんじゃないでしょうか。

いつ終わるかわからない、いつ会えるかわからない、
そんな不安と隣り合わせの愛なんて「愛」じゃないでしょう。

彼がおじいちゃんになった時、オムツを当たり前のようにかえてあげられるかどうか、そういうことじゃないでしょうか。

たくさんの嘘をつかれ、裏切られても、変わらずにそこにいる、それこそ立派な愛だと思いますよ。

一度、離婚を真剣に考えました。たくさんの嘘や裏切りを受けました。
でも、この空間から、明日夫の姿がなくなる、と思うと、
憎らしくても涙があふれました。
悔しいけれど、情も立派な愛だと感じました。

不倫なんて愛じゃないですよ。
見返りを求めないと同時に、そこに責任も存在しないんです。
きれいごとです。
好かれているうちは何とでも言えますけど、不倫している女性も、違う女性にとられそうになったら、見返りを求めないなんて言ってられないと思いますよ。

私はそう思います。
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この回答へのお礼

<<一度、離婚を真剣に考えました。たくさんの嘘や裏切りを受けました。
でも、この空間から、明日夫の姿がなくなる、と思うと、
憎らしくても涙があふれました。
悔しいけれど、情も立派な愛だと感じました。

もう、どこの夫婦も同じようにたくさんの危機を迎えているのですね。
夫婦の根底を覆すような重大な事件が何度もあり、心身ボロボロになりながらも何とか夫婦生活を維持させ、やっとここまでもってきた。
鉄のように沢山叩かれて、それがやがて強靭な絆になっていく。
老夫婦ってそういったいぶし銀のようなものを感じます。
回答者様の夫婦生活、鍛えられた鉄になっているのだと思います。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/07/19 20:50

他の回答者様が、聖書の話を出されたのを拝見して、何だか笑ってしまいました。


変な意味ではないです。
人間は、聖書の時代から『愛』というものが何なのかを模索し続けているのだな、と思ったからです。
そして、未だ答えが見つからないからこそ、人は飽くことなく愛を人生のテーマにし続けるのだなと。
それこそ、神話の時代から人が考え続けてきたことなのに、簡単に答えが出るはすがないのです。
たかが数十年生きただけのひとりの人間ですから。
『これこそ完璧な愛だ!』なんて全人類を納得させることができるような答えは、多分誰一人持ち合わせていないのではないでしょうか?
みんな、わからないなりに自分が納得できる答えを見つけているのです。
それはきっと、正しくもないし、間違ってもいないのでしょう。

ちなみに。
テレビドラマでもマンガや小説でも、『愛』をテーマにしたものが沢山あります。
何故なら、『愛』は素晴しいものと信じられているので、みんながそれを欲しているからです。
けれども、本当はみんなそれが何なのかは知らない。
作り手だって本当のところは良くわっていない。
だから何やらそれらしいものに『愛』という言葉を付ける。
どうせみんな知らないのだから、言ったモン勝ちです。
その結果、あっちでもこっちでも『愛』の大安売りです。
そして知らないが故に、みんな簡単に騙される。
これが『愛』だと言われたら、そうだそうだと思い込んでしまう。
プラシーボ効果と同じです。
ただの小麦粉を、素晴しい薬ですと言って病人に飲ませたら、本当に病気が治ってしまうというアレです。
人間は、思い込みだけで病気も治せるし、結婚だってできてしまうのです。
そして恋愛なんて、そもそもが思い込みです。

とりあえず、ドラマやマンガ・小説に書いてあることなんかを頭から信じてはダメですよ。
あれはただのエンターテイメントです。
聴衆を喜ばせるために存在するものであって、虚実何でもアリなのです。
真剣に検討するものではありません。
ただ楽しめばいいのです。

そして、『気が狂いそうなほど愛している』というのが『確固たる愛』だなんていうのも、私は納得しかねます。
それはただの思い込みと生理現象ではないかと思います。
恋をすると、ホルモンが分泌されて、その結果感情的になります。
ドキドキワクワクしたり、ちょっとしたことで喜んだり悲しんだりします。
そこに「私はこの人を愛している」という思い込みが加われば最強です。
一気に感情の触れ幅が増大し、喜びも悲しみもより強いものになるでしょう。
涙を流して『愛してる』なんて言える人は、思い込みの激しい人で、なおかつ感情の起伏が激しいだけなのだと思います。
結婚して数十年経てば、どんなに愛し合っていても、その激情はいつか冷めます。
気が狂うほど愛しているというのが確固たる愛だとしたら、長年連れ添った夫婦には愛が無いということになってしまいませんか?
顔を見るたびに「愛してる」と思わないといけないなんてことは全く無いのです。
激情と愛情を混同されている人が、世の中には案外多いものです。
やっぱりドラマやマンガの影響ですかね?
まぁ、他人から見てどうかということよりも、本人が納得していることが一番なのだとは思いますが。

ご自分で納得できる『愛』を探してみてください。
愛を知らないこと、わからないことは、決して恥ずかしいことでも、まして不幸でもありません。
同じように、愛を口にする人間が優れているわけでも、より幸福なわけでもありません。
むしろ、わかったつもりになって口にする人よりも、わからないと探求し続ける人の方が、本質的に理解する可能性が高いと私は思っています。
「無知の知」ですね。
きっと他の誰とも違った、あなただけの『愛』の形があると思います。
もちろん、それを知るためには対象者の存在は欠かせませんよ。

人生先は長いですが、頑張ってください。
私も頑張ります。
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この回答へのお礼

<<人間は、聖書の時代から『愛』というものが何なのかを模索し続けているのだな
そうですね~。大昔なんて今のように法律が完備されているわけではないので裏切りだったり、犯罪だったり、一体自分は何を信じて生きていけばいいのかわからないから『愛』という虚構?よりどころ?
自分が信じられるもの、揺るぎのない絶対的なものを作ったのでしょうね。多分・・・?

この前、テレビのなつかしの歌謡曲で小林明子の「恋におちて」が流れ、テロップで歌詞が流れました。番組のゲストはおしどり夫婦で有名な方もいたのですが、「歌詞が切なくて、本当にいい歌です」と言っていました。
あの歌は不倫の歌で、彼を土日も独占したいのにそれを口に出せない願いとしてそれでも男性が好き。ってな歌詞なのですが、不倫には妻子がつき物です。何故歌詞に「奥さん子供ごめんなさいね。あなたのパパを私にください」「出会うのが早かっただけのババァ離婚しろ」「慰謝料はまけてやー」何故、男の家庭の話がでないの!!
あの歌詞は美しすぎます。私の両親を見ているとあの歌詞の「だーりんあいうぉんちゅー」ってあんな寝言言ってられません。修羅場です。
地獄絵図です。「ときめく恋に駆け出しそうなの」とか「私をすぐに届けたくて」とか、お前、本当に悩んでいるのか?と思ってしまいます。

<<人生先は長いですが、頑張ってください
私はまだ半分も生きていない気がします。
嫌になるくらい長いです・・
回答ありがとうございました

お礼日時:2008/07/19 20:40

carmen-さんは何を求めて結婚されましたか?愛そのものでしょうか?そして幸福、安定。

いづれも究極、本物を求めていますよね?
とすれば、私にも不倫女性たちの言っていることが分からないでもありませんが、本当の愛にたどりついているのはやはり、carmen-さんだと思います。

なぜでしょうか?わたしの言いたい事をこんな話でたとえてみましょう。

二人の男女が結婚した時、「真実の愛と幸福はこの人生の海の真ん中にある。しかしそれを手に入れる為にそこでは二人の全てが試されるだろう。」と男がいいました。真実の愛と幸福を求める夫婦はこの人の言うことを信じて人生の大海原へ船出をしました。二人は最初、岸が遠ざかるのを見て幸せへ近づいていると感じました。
二人は力を合わせて船をこぎ続けました。男は左の櫂を漕ぎ、女は右の櫂を漕きました。どちらが欠けても船はすすみません。男は女の、女は男の櫂の動きに合わせ続けるうちに、お互いを自分の一部のように感じるようになりました。二人は幸せを感じ一体となった喜びにお互いをより大切に思うようになりました。
やがて、ふたりは船の周りがすべてが海しか見えない場所にたどり着きました。
するとふたりは急に不安になりました。
ここは一体どこだろう。あの人はこの海の真ん中に真実の愛と幸福があるといっていたが、どこにもそのしるしは見当たらない。
これからどこを目指したらよいのだろうか?
ふたりはここが愛と幸福のある人生の海の真ん中なのかどうかと話し合いを始めましたが結論がでず、とうとう進むべきかとどまるべきか喧嘩をはじめました。
ふたりのうちのどちらかが船を降りれば喧嘩は終わります。しかし、どちらも降りませんでした。二人とも迷っていたからです。もしかしたらもう少しで愛と幸福の真ん中へ辿り着くのかもしれないと。
ふたりが疲れ果てて船の上で櫂を抱えて途方にくれていると海の中から朝日が昇ったのでした。
ふたりはここが愛と幸せのある人生の海の真ん中だと気づきました。そして自分たちが喧嘩したことを反省しました。目指してきた場所にたどり着いた後に必要だったのはふたりがあたらに進む方角だったのです。そして二人は日の昇る方へ向かって飛ぶ鳥を目印にあらたな場所を目指して再び仲良く櫂を漕ぎはじめたのでした。

なにかの比較対象がないとわからないところには本当の愛はない。というのが私の最近の感じ方です。何も見えなくなったところ。そここそがあなたの目指していた場所なのかもしれません。お二人に必要なのはあたらしい共通の目標かもしれませんね。
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この回答へのお礼

夫婦生活と言うのは航海に出ているようなものですね。
ずーっとオールをこぎ続けないといけません。
がんばると疲れるし、かといって片方が怠けると片方の負担が
大きくなります。
がんばり過ぎず、かといって手を抜くことなく、
一定のペースで漕いでいく。
ボートで太平洋横断するかのようです。

私はまだ二年目なので、先が長いです・・・。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/07/19 20:08

>皆様、『愛』ってなんでしょうか?



逆に訊きます。質問者様、『ラーメン』って何でしょうか?

カップ麺はラーメンではないと言っても、手っ取り早く食えるから
ないよりマシ。カップ麺でいいやと思って食べているうちは
カップ麺が『ラーメン』
雑誌でみつけて訪ね歩いて並んだ挙句、少しも上手くない
人気の店もある。
とんこつ、塩、醤油、ミソ、辛みそ、細めん、太麺、つけめん、
こってり、あっさり・・・人の好みもいろいろ

これがラーメーンというのを本気で見つけようというのは
求道者。

ラーメンは、作る側の責任もあるけど、食う側の選択責任も
あると思うのですがどうでしょう。

作り手は、なかにはこれが究極のラーメンだと思って
気合いれて作っていたりします。そうでなくて、どうせうちは
チェーン店だからマニュアル通りでいいんだ・・・みたいにして
いるうちにスープの味がうすまっていても気が付かない店も
ある。
うちに来る客は、そんな期待していないからこれで十分・・みたいな
ラーメンもある。
でも、不思議なのはいつから『ラーメン』がここまで厳しい目にさらされ
るようになってしまったのかということ。
いいじゃない、別に、ラーメンなんてクソ不味くなければ、普通でいいよ。

『愛』については、皆さん舌が肥えたというより耳年間に
なってしまったのではないですかね。


男女の愛が「結婚」という入れ物に入れば約束される・・みたいな幻想は
捨てたほうがいいです。キリスト様も出雲の神様も一度の誓いや杯だけで
皆さん方ひとりひとりの顔すら覚えていられません。
自己責任で愛を育ててくださいと言ってます。

とにかく、結婚するのに少なくとも異なるタイプの男性5人はつきあって
みないと、なかなか気の合う相手は見つからないと思うのです。
ラーメンだってそうでしょう。醤油味だけでも、魚系、とんこつ醤油
鶏がら系・・いろいろあります。
でもって、私の好きなラーメンはこれ・・・ときめて毎日通いつめたら
いずれは飽きます。ほどよく感覚を置いて食べると、ラーメンと私の
幸福な関係が保たれる。
でも、ときとしてその「私のお気に入り」の店が突然閉店したりもする。
だから、いつも自分の好きな店は複数みつけておく方がいいのかも
しれない。

ラーメンのスープでさえも移ろいやすい物なのに、男女の愛など不滅で
あろうはずがない。それも、ろくすっぽ選びもしないで一緒になった関係に
愛が育たないと嘆いてもはじまらない。

いいんですよ。結婚に失敗はつきもの。やり直せばいい。
マンションだって一回でいいもの買えるはずがないのに、買ってから
はあきらめるくせに、買うまえにはあれこれ口やかましい。
失敗したら損していいから買い買える。
結婚も同じ。分かれたら経済力がなくて、マンションも無くなる
収入も減る・・・だから文句だけ言ってみる。それは一番よくない。

近所にまずいラーメン屋しかなくて、幾たびにまずいまずいと言っていれば
店主に嫌がられるだけ。来ないでくれと思われる。
おそらくは、その店の味で満足する客は他にいる。

配偶者もそうで、この程度の愛で満足する相手がほかにいる。そういうこと
だから早く席をあけて、ほかの店にいくか、カップ麺でも食べましょう。

あなたにとっての『愛』があるだけで、世間一般にプロトタイプの『愛』が
あるのではないです。
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この回答へのお礼

ラーメン・・ラーメン・・・。
なにゆえ・・・ラーメンなのでしょうか?

<<近所にまずいラーメン屋しかなくて、幾たびにまずいまずいと言っていれば
店主に嫌がられるだけ。来ないでくれと思われる。
おそらくは、その店の味で満足する客は他にいる。

ここは、ドキッとしました。夫婦の陥りやすい罠です。

私は上京してラーメン屋の多さにびっくりしました。
私の地元はラーメンではなくソバが郷土料理なので、ソバのが幅を利かせています。
美味しいラーメン屋を見つけても同じところってなかなか通わないですね。ある程度、どこのラーメンも美味しいのでいろんなところに浮気します。付け麺なんかも東京で初めて食べました。
香港に行ったとき、本場のラーメンをと期待しましたが、あまり種類もなく、美味しくなかったです。中国生まれのラーメンですが今ではりっぱな日本の国民食です。
回答ありがとうございました。質問者様のせいでラーメンが食べたくなりました。明日食べに行きます(笑)

お礼日時:2008/07/09 02:05

「愛するということ」というタイトルに惹かれてやってまいりました。



「愛」について調べていたら、不倫をしている女性のHPにたどり着いてしまった…というのはなんとも残念です。その、悪のスパイラルから抜け出さなくては。

どうせなら、シェークスピア や、リルケ や、小野小町 に、たどり着いて欲しかった…。

不倫の経験が無い人は愛することが出来ない、なんて冗談にもほどがあります。

あなたが、ご主人を「愛している」と即答できないのは、ご主人の嘘や裏切りをあなたが完全には許せていないからでしょう。でも、許そうとしている、添い遂げようとしている、その行為は「愛」だと思いますよ。時間がかかるものです。「許す」ということは、「憎しみ合う」ということよりも、大変な、時間のかかることです。でも、それが出来たとき、あなたはずっと幸福になります。

「不倫」は道に外れているから「不倫」というのです。「いけないことをしている。」ということが、罪悪感を生み、それを自己正当化するために、「愛している」という言葉を安売りするのです。

Let me not to the marriage of true minds
Admit impediments. Love is not love
Which alters when it alteration finds,
Or bends with the remover to remove.
O no, it is an ever-fixed mark
That looks on tempests and is never shaken;
It is the star to every wand'ring bark,
Whose worth's unknown, although his height be taken.
Love's not time's fool, though rosy lips and cheeks
Within his bending sickle's compass come.
Love alters not with his brief hours and weeks,
But bears it out ev'n to the edge of doom.
If this be error and upon me proved,
I never writ, nor no man ever loved.
シェークスピアのソネット116番「真実の愛」を歌ったものです。

「事情が変わったから」、「相手が心変わりしたから、自分も…」そんなものは愛じゃない!
「嵐の中でも揺るがない」
「年をとって容姿が衰えても、愛は時の道化になりはしない。」
「数時間、数週間という短い単位で変わってしまうものではない、最後の審判の日まで耐え抜くものだ!」
「愛がそういうものでないなら、自分は何も書かなかったに等しいし、世の中で愛したことのある者など誰も居ない!」

このおじさんぐらい、思い切って断言してしまうと、すっきりしませんか?「事情が変わる」「相手が心変わりをする」「年をとって容姿が衰える」全部、想定内の出来事で、でも、「愛は永続する」と強気で断言する…。夫の嘘や偽り、裏切り、…でも、「愛は永続する」シェークスピアに言わせれば、貴女の静かな、長年培ってきて、空気みたいに当たり前になってそこに在る、「愛」、が本物のようですけれど?!
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この回答へのお礼

<<「愛」について調べていたら、不倫をしている女性のHPにたどり着いてしまった。

はい、夫婦愛だとか、そういうのよりもかなりの数の不倫愛がヒットしました。『純愛』も不倫の専売特許になっています。


<<「事情が変わったから」、「相手が心変わりしたから、自分も…」そんなものは愛じゃない!
「嵐の中でも揺るがない」
「年をとって容姿が衰えても、愛は時の道化になりはしない。」
「数時間、数週間という短い単位で変わってしまうものではない、最後の審判の日まで耐え抜くものだ!」
「愛がそういうものでないなら、自分は何も書かなかったに等しいし、世の中で愛したことのある者など誰も居ない!」

おおう・・・この世知辛い世の中で唯一信じれる、普遍の「愛」ですね。うう・・・愛の存在がある限り、私もがんばれそうです。

回答ありがとうございます。

お礼日時:2008/07/09 01:46

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