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オケのコンサートで楽団関係者の追悼

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  • 質問者:garcon2000
  • 投稿日時:2008/09/25 02:09
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2,3回テレビでですが、オケのコンサートで、楽団関係者が死去したとのことで、追悼的な時間を聴衆と共有するということがありました。聴衆と共有するという意味合いはどういうことなのでしょうか?とりあえず、聴衆にとっては他人の立場です。

この質問への回答は締め切られました。
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回答(4件)

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  • 回答者:madvally88
  • 回答日時:2008/09/30 21:32

No,2です。

>たとえば、楽団員が死んだ場合なんていうのもあったのです。これはいくらなんでも、聴衆とは関係ないですよね。

ということですが、演奏者がいるから、我々聴衆が音楽を聴けるわけですから、聴衆と関係ないということはないと思います。 

そのオーケストラのファンもいますし。 それぞれの楽器のファンもいます。

だから、聴衆の中には、オーケストラ楽団員にたいして、親しみの情をもっているひとが多くいます。

>客演指揮者を崇拝するような聴衆もめったにいるものではないと思われます。

客演指揮者だから、常任指揮者、音楽監督だからということは、関係無いように思います。

客演指揮者でも、その人の音楽性が好きなら、常任指揮者よりも親近感を覚える人は多いです。

客演指揮者でも、何十年もそのオーケストラと共演してきている人もいますから。 聴衆の中にも、その人が振るのを楽しみにしている人が多くいます。 多くのファンがいるから、長年に渡って客演するということだと思います。

>あるいは、いたとしても、コンサートの場で追悼するのはお門違いではないか(あくまで、お披露目しない場での方が筋が通っているのではないか)ということです。

追悼演奏会と銘打って、チケットを販売して行われるコンサートもありますし、お門違いとは思いません。 来客する人も、それと分かってきているわけですから。 コンサートの場で、故人を偲びたい人々が集うので問題ないと思いますが。

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この回答への補足

御礼後でしますね。
追悼コンサートとは銘打っていません。
ま、BSで観た番組に2,3回あったって話です。

で、もちろんmadvally88さんの考えもあることはわかります。しかし、そうじゃない、やっぱり、関係者の追悼を(一応)一般の前で行うのはあまり好まない、という人たちもいるということです。

で、2つの考えがある聴衆の前で、どちらを選ぶのかという問題な気がします。

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  • 回答者:madvally88
  • 回答日時:2008/09/29 23:12

No,2です。

質問です。 私の感覚では、敬愛する指揮者、演奏家が死んだとき、追悼的な時間を演奏家、他の聴衆と共有するということに、疑問を持ったことがありません。

だって、敬愛する人が亡くなってしまい、その悲しみを気持を同じくする人たちと、故人を偲ぶ演奏会がにでかけるのは、普通のことようにおもわれるのですが・・。

>聴衆にとっては他人の立場です。

これが分からないのですが、敬愛する演奏家を赤の他人だと思っている 聴衆なんていないと思います。

墓参りまでする人も、決して珍しくありません。 敬愛する演奏家を、友人や親類以上の親近感を持っている人たちもいます。 

そういう人が、多くいるので、追悼演奏会が行われるのだと思います。

つまり、敬愛する演奏家を他人だとは思っていないということです。

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この回答へのお礼

たとえば、楽団員が死んだ場合なんていうのもあったのです。これはいくらなんでも、聴衆とは関係ないですよね。また客演指揮者を崇拝するような聴衆もめったにいるものではないと思われます。あるいは、いたとしても、コンサートの場で追悼するのはお門違いではないか(あくまで、お披露目しない場での方が筋が通っているのではないか)ということです。

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  • 回答者:madvally88
  • 回答日時:2008/09/27 21:17

まず、確認したいのですが、この楽団関係者というのは、いわゆる裏方さんということでよろしいのですよね?  それと、演奏家の追悼演奏というものには、疑問をお持ちでないと考えさせてさせてもらってかまわないでしょうか?

以上を前提に、お話させてもらいます。

>基本的には、聴衆と出演側は違う立場ですよね。

これは、どういうふうに解釈するのかによるのではないでしょうか?

演奏家、裏方、聴衆、このどれが欠けても、コンサート文化は成り立ちません。 こういうふうには考えられないでしょうか? 音楽を愛するもの同志、 身内みたいなものと言えなくはないと思います。

演奏家と聴衆は、実際に接点が多くあります。 それに比べて、裏方さんと聴衆の接点というのは、裏方さんの仕事の種類にもよると思いますが、非常に少ないといえます。

演奏家は、普段、自分たちを支えてくれている人たちへの感謝、業績への賞賛を、聴衆に知ってもらいたいのだと思います。 彼らがいるから、このコンサート文化がなりたっているのだと。

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この回答への補足

楽団員と常任指揮者の例を知りました。
この2つとも、聴衆にとっては他人なのに、なぜ追悼メニューなのかという疑問が残りました。

この回答へのお礼

失礼しました。客演指揮者です。

聴衆がいなくてコンサートが成り立たないのと同様、客がいなくて料理店が成り立たないと思われます。あまり例としてはぴったり来ないのですが。しかし、そういう追悼メニューは、あくまで私的なリハーサルやら何やらでやるものではないか?という感覚です。コンサート会場に持ち込むものなのか?

聴衆に知ってもらいたいっていっても、それは演奏家のエゴでしょう、という感覚が強いですね。

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  • 回答者:BASKETMM
  • 回答日時:2008/09/27 06:56

いいではありませんか。程度問題でもありますが。
文化は、音楽は作曲者、編曲者、演奏者、楽団関係者、コンサートホール関係者、聴き手などみんなで作って行くものです。どなたが亡くなられたかは知りませんが、日本の、世界の文化の向上に貢献した方への感謝の気持ちを聴衆も持ってよいでしょう。
演奏されたものが、聴くに堪えないものであれば別ですが。

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この回答へのお礼

もちろん「よい」と言う意見もあり、もしかすると、「しまりがない」「自他の境界がついていない」という意見もあるかと思います。しかし、基本的には、聴衆と出演側は違う立場ですよね。
極論すると、レストランに行くとそこの主人が死んだので、追悼メニューにいたしますとかいうのを、客は喜ぶかどうかみたいな気もします。

  
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