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清の朝鮮に対する柵封体制固持<朝鮮の中立独立の理由

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  • 質問者:noname#132489
  • 投稿日時:2008/09/28 13:54
  • 困り度:困ってます
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日清戦争は・・・ロシアがシベリア鉄道を着工していて、鉄道がウラジオストクまで全通した時、露は北太平洋に直接出れるが、港は冬には凍り、軍事的に生かせないというジレンマに陥る。軍事的に生かすために露は良港である朝鮮が必要になる。その凍らない港のある朝鮮を占領されてしまっては、日本が危ない!!
↓↓
朝鮮を中立独立させよう!!
ってことで起きた戦争だと習った気がします。

清の弟分であると、イギリスやロシアに占領される可能性が高いのでしょうか(帝国主義の論理や当時の国際法がわからないですが)??
朝鮮は弟分であっても独立国家ではなかったのですか??
中立独立の方が安全だという根拠は何なのでしょうか??中立と宣言しても占領されたら意味ないですよね・・・。
ご教授おねがいします☆

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回答(4件)

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  • 回答者:a-koshino
  • 回答日時:2008/10/01 22:33

まずは↓を読んでいただいて
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%B8%A3% …

山縣の言う「利益線」とは、具体的には朝鮮半島のことで、明治23年以降については、朝鮮半島制圧を目的に軍備を進めたことは確実です。(陸軍に影響力の強い首相の発言ですので)
明治20年に陸軍参謀本部の小川中佐が作成した「清国征討策案」では、8個師団による北京攻略が考えられていました。日清戦争(明治27年)時点での日本陸軍は7個師団でしたが、現実には第1軍を率いる山縣有朋が強硬に北京占領を唱え、暴走寸前に解任されました。北京の制圧は可能な状況でしたが、中国全土を占領する能力は日本になく、北京を占領したら列強との衝突が予想されたからです。
以上の経緯から、大陸進出のための軍事力は充分にあったと考えます。
そもそも自国防衛のことだけ考えるなら、1875年に江華島事件を起こす必要はありません。

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  • 回答者:alchemisty
  • 回答日時:2008/09/30 20:42

明確な歴史書に書かれていた記憶はありませんが、明治維新の目的のひとつに列強の植民地支配から日本を守るというのがあります。
 当時ウラジオストックまで来たロシアは次は太平洋となったときに日本や朝鮮が無視されるとは思えません。(今でも日露戦争は自衛のための戦争という人もいます)
 明治維新当初から防衛のための編成は行っており、当初内乱や、本土攻撃の防衛といった色彩の強い鎮台(拠点を中心に活動)から1888年に近代的な(拠点のうごける)師団に改変されました。(日清戦争の前です)
 ただし、上記のように歴史書に人の心は記載されず、後の小説家の小説や、歴史家の想像があります。ただ、史実を見ると海軍力の急速な増強と同時に行われた陸軍の騎馬隊の創設を考えると大陸での戦争は考慮していたと考えられます。自衛と言う意味では、国内に攻められるよりずっと楽に戦えます。
ただ、当時の国力を考えるとどう考えても奇跡ですね。日米戦争のときよりも国力差ありますから。(ただし、当時の国家予算の多くは軍事費にかけられており、日露戦争当時の極東の海軍力は日本が最強であり、機関銃等の装備もよかったそうです)

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  • 回答者:a-koshino
  • 回答日時:2008/09/28 16:09

いろいろと、記憶がごっちゃになっておられるようで

・日清戦争は、朝鮮の名目上の宗主国(弟分という表現は正しいと思います)である清が、袁世凱による直接支配を目論んだことが原因です。清が朝鮮を植民地にしてしまうと、日本の大陸進出が難しくなりますので、「清から朝鮮を独立させる」が日本側の大義名分になりました。
・ウラジオストクは、砕氷船を使用すれば厳冬季も使用可能です。

質問の前に史実の確認が必要ではないかと。

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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。記憶がごちゃごちゃになっております。

日本は大陸進出を目指して朝鮮を独立させたのでしょうか??
私は自国を守るために独立させたと思っていたのですが・・・。
日本が大陸進出を果たせたのは、清に勝利し、日露戦争(三国干渉もあり中立独立してほしい朝鮮政府がロシアになびいた&日清戦争の賠償金のお金を貸す代わりにロシアが清の利権を獲得したので、それを排除するため。かなりの軍事費を投入)に勝った結果、うまくいっただけだと思っていました。

維新後の日本は国をまとめるために、内にはデモクラシー・外には帝国主義だったと思いますが、政府は現実主義ですよね・・・。
軍事費を得るために四苦八苦してますし、まず自国の自衛をするのが精一杯だと思います。
当時首相の山県有朋は「日本の独立自衛のためには主権線(自国)を守るために、利益線(自国の安全に密接な関係のある隣接地域)の防御が必要だ」と論じています。

中国大陸には列強がいますから、軍事力もない当時の日本(日露以前)が大陸進出という無謀なことをするでしょうか?
日露戦争もイギリスが同盟をくんでくれて日露戦争を見守ってくれたおかげですよね!?

>>日清戦争は、朝鮮の名目上の宗主国(弟分という表現は正しいと思います)である清が、袁世凱による直接支配を目論んだことが原因です
清は直接支配をしようとしたんですか??併合ってことでしょうか??

清に支配されるとイギリス・ロシアにとって朝鮮大陸を獲得するには有利なのでしょうか??

ところどころ歴史認識がちがうかもしれませんが・・・。多めに見て訂正してくださると助かります。

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  • 回答者:alchemisty
  • 回答日時:2008/09/28 14:23

日本史はだいぶ前にならったのですが、そのような記憶はありませんでした。ただ、その後の史実を見ると対露戦争において朝鮮半島周辺は重要な出撃基地となっています。ここのところがポイントじゃないでしょうか?
 朝鮮を支配下においていなければ日本軍は敵前上陸の必要性がありますが、当時の装備(航空支援、高速揚陸艇もない)では絶対不可能ですね?
 対露戦争のために朝鮮半島を支配下に置く必要があるというのが日清戦争の理由でしょう

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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
当時の日本は軍事力もそこまでなく、大陸には列強がいたので、大陸進出以前に自国自衛するので精一杯だったのではないでしょうか??
何十年もかけて、税金を上げて、軍事費を増やした結果、戦えるようになったのであって、日清戦争以前にすでに基地としてのビジョンをもっていたというのは・・・??って感じがするのですが。
ところどころ歴史認識がちがうかもしれませんが・・・。多めに見て訂正してくださると助かります。

  
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