明治天皇誕生日は大正時代も祝日でしたか?
明治天皇の誕生日は、大正時代も祝日だったのでしょうか?
大正時代は大正天皇誕生日のみになり、昭和2年に再び明治節として明治天皇誕生日が祝日に復活しましたか?
それとも大正時代の間も大正天皇誕生日とともに明治節は祝日であったのでしょうか?
回答(4件)
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No.4ベストアンサー10pt
戦前は勅令のようです
http://ja.wikisource.org/wiki/年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム
この段階では11月3日が天長節
http://ja.wikisource.org/wiki/休日ニ關スル件_(大正元年)
この段階で11月3日はいったん平日扱い
http://ja.wikisource.org/wiki/休日ニ關スル件
ここで11月3日は明治節として復活
http://ja.wikisource.org/wiki/国民の祝日に関する法律
んで、現状は文化の日で、いつからかな?と思ったら
[085/093] 2 - 参 - 本会議 - 60号
昭和23年07月05日
この辺の討議で11月3日は文化の日ということになっている模様。
この回答へのお礼
ありがとうございました
No.3ベストアンサー20pt
明治天皇の誕生日(11月3日)は明治時代には「天長節」として祝日でした。「天長節」とは、現代風に言うと「天皇誕生日」です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%95%B7% …
参照。
No1さんの回答の通り、11月3日は大正時代には祝日ではなく、昭和2年になってから、「明治節」として「天長節」(昭和天皇在位中は4月29日、現在の「昭和の日」)と並ぶ祝日になったものです。
ちなみに、大正天皇の誕生日は8月31日でしたが、大正時代の天長節は8月31日ではなく10月31日でした。
これは
「8月31日は残暑の厳しい時期なので、礼服を着ての天長節式典の実行が困難である。よって2ヶ月ずらした」
と言われています。
この回答への補足
明治天皇の誕生日は
明治時代・・天長節として祝日
崩御後・・祝日ではなくなる
昭和2年・・明治節として祝日に戻る
という流れでしょうか?
この回答へのお礼
ありがとうございました
WIKIPEDIA「明治節」をご覧下さい。
いわく「明治天皇の誕生日で、昭和2年(1927年)制定。明治天皇の在位中は天長節だった日付が、・・・御聖徳を偲び「國民の與論・總意として」制定されたものである。」
「天皇の誕生日を紀念し、国民の祝祭日として定めたことはこれが初めてである。」
とあります。
つまり、明治時代、大正時代とも11月3日は「祝日」ではなく、昭和2年にはじめて「祝日」となったと考えられます。大正時代には大正天皇の誕生日も祝日ではなかったということになります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%B2%BB% …
この回答への補足
WIKIの「天皇誕生日」には
「国家の祝日として表舞台に舞い戻るのは、明治元年9月22日(1868年11月6日)に天長節として祝ったときである。」
と書いてあるのです。
WIKI「明治節」の「天皇の誕生日を紀念し、国民の祝祭日として定めたことはこれが初めてである。」は1868年の天長節のことを指しているのでしょうか
この回答へのお礼
ありがとうございました
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